言葉(7)
死にかけた、なんて一言も彼はくちにださないが、やはり、死にかけたとは思う。
しかし、そんな危険なところに行ったということを疑いたくなってしまうような明るい表情の彼。
何も言えなくなった。
何も聞けなくなった。
彼はカッコつけたがりなのだ。
しょうがないわねぇ、と何度も呟きながら、結局ダガーは3ヶ月前と同じく、そのことを追求するのをやめた。
そんなことは無意味だし、彼が無事でいてくれたなら、それだけで充分なのだ。
彼が無事でいてくれたら。
そして自分の傍にいてくれたら。
えぇ、なんの文句もないわ。
「よかったな、こんな綺麗なの用意してもらえて」
傷跡は残るが、体力もすっかり回復したジタンが微笑んだ。
太陽の逆光で、彼が眩しい。
両手いっぱいに抱えた花に、顔が埋もれてしまうほどのダガーは彼を見上げた。
「こーんな大きな花束、そうそうお目にかかれるものでもないわね」
傷だらけの彼の顔が作る綺麗な笑顔。
それを見た彼女も花束を抱え、まさに花のような笑顔を作った。
晴れた空の下、眩しい日が溢れている。
暖かな風に揺れる花びら達。
予定より27日も遅れた墓参りだった。
「あの花屋には後でもう一度、礼を言いにいかんとならんな」
今から三日前、スタイナーもアレクサンドリアから戻った。
彼が戻って来たときには、ダガーもジタンも、回復に向かっていることを知り、スタイナーは大いに泣いて喜んだ。
その後三日間、ジタンとダガーの体調の異常がすっかりなくなるのを待ち、彼らはようやく三人で目的だったビビの墓の前にたった。
この大きな花束は、27日前に注文したのを受け取れなかったため、今朝注文したばかりのものだ。
昼になり花屋にこれを受け取りに行った三人は、その大きさに驚かされた。
花屋の娘は、ジタンとダガーが無事に回復したことを共に喜び、全快祝いも兼ねて、と値段以上の花束を作ってくれたのだ。
「よかったわね、ビビ」
ダガーは呟くように言った。
そこだけが、村のほかの場所から切り離されたかのように、常に静かで穏やかな空気をたたえていた。
やわらかな風が草々をさわさわと揺らし、それはあたかも何かの囁く声のようだ。
しばしの間、誰一人とも口を開こうとはしなかった。
神聖さの漂うその場所では、口を開くことよりも黙っていることのほうが、ずっと確実に心で想いを伝えることが出来るような気がしたのだ。
カカシとも見受けられる墓標代わりの人形の纏う、長いこと風にさらされ、ぼろぼろになってしまったローブが静かにはためく。
音なき音に、ダガーは思いだしたように顔を上げた。
草木と空と、そこにあったのは緑と青だけ。
ダガーはそっとしゃがみ込むと、風の音に混じるような音を立てながら、今朝作ってもらったばかりの花束をそこにおいた。
緑を基調としたその場が、白や、黄色や、赤の花びらのおかげでぱっと華やぐ。
空を映したかのような、そんな瞳をジタンはゆっくりと瞬かせた。
「ありがとうな」
花束のおかげで急に明るくなった空気につられ、最初に口を開いたのは彼だった。
まだ言葉なしに心で思いを伝えることに慣れぬ彼らのためにビビがその場の空気を軽くしてくれた、そんな気がしたのだ。
花束と共におりてきた少年が、帽子の縁を掴んできゅっとかぶりなおす。
恥ずかしそうな笑顔が、またそよ風を吹かせた。
スタイナーは黙ってうつむいたまま顔を上げない。
ダガーも花束を置いてその場にしゃがみこんだまま。
少年がそれを見て、少し困ったように微笑んだ。
ある日突然、何の前触れもなくビビが姿を消してから、一年。
会いに来た彼は、昔とちっとも変わってはいなかった。
ちょっと不器用で、よく転んでしまうその姿を、もう見ることは出来ないけれど。
近くにいるだけで、心が安らぎ安心できる、そんな優しさは全然変わってなんかいなかった。
だから
ひょんなことから、ある特別な絆でつながれた大国の女王様と、その国の騎士と、盗賊、おかしな組み合わせの彼らは、それぞれ、心に秘めた思いを小さな少年に伝えた。
(やっぱり、ビビに頼んで正解だったよ。ダガーを守ってくれて、ありがとう)
ポカポカ陽気。
新芽というには些か立派になった緑が大きな花束を受け入れた。
ほんの少し、夏に近づいた陽気。
眩しい陽光を麦藁のとんがり帽子に受けて彼は手を振っていた。
無邪気なその様子が見えていたかはわからない。
ジタンが微笑んだ。
ダガーの横に、彼女と同じようにしゃがみこんだジタン。
彼は、彼女が置いた大きな花束の横に、小さな何かを置いた。
乾いた四ツ葉のクローバー。
「それ、、、もしかして」
ダガーが口を開いた。
小さくて霞んだ緑は、目をはなすとすぐにまわりの鮮やかな緑に飲み込まれて、もうどこに行ってしまったのかわからない。
「今度は、ビビが幸せになる番だからさ」
「?」
「オレには、もうこれは必要ないだろ?」
彼が空に帰って二度目の夏が、もうすぐ訪れる。
「終わり」を迎えた生命を忍ぶことに、本当は意味などないのかもしれないが。
ジタンにはどうしてもそう思うことができなかった。
大きな大きな、きっと君が両手をいっぱいに広げても持ちきれないような、そんな花束を君に贈って、オレたちは君のことを忘れない。
だから、何にも心配すんな。
これからも、ずっとその綺麗な青空から
オレたちを、見守っていてくれよ。
そうしたら、オレたちは希望を持って生きていけるから。
言葉にしない想いに、ジタンはもう一度微笑んだ。
墓参りを終え、そこから村までの帰り道。
「ねぇ」
二人きりでいるときみたいに、こっちがどきりとしてしまうような、そんな甘い声に呼び止められた。
ダガーは大抵、人前で一緒にいるときと、本当にジタンと二人だけでいる時とで声色が変わる。
恋愛関係を持った男女とはそう言うものなのだろう。
だが、モテる、などと自称しながら、これ以前に女性と交際したことがなかったジタンは、そんなことは知らない。
自分の声色さえ多少ながら変化していることにも気づかず、彼はダガーの甘い声を聞くたび特別な優越を覚えていた。
ジタンは、自分の裾を引っ張った最後尾を歩いているダガーを振り返った。
「なんだい?」
「ね、ジタン。もう一回アレ言ってよ」
「アレ?」
「そうよ、アレ」
今回のことで、すっかり痩せてしまった頬をにっこりと微笑ませ、彼女はジタンの言葉を待っていた。
反対に、自分の肩越しにその笑顔を見ていたジタンは少し難しそうに目を細める。
何を言うべきか図っていたのだ。
先頭を歩いていたスタイナーも、二人がついてきていないことに気がつき、少し先で振り返り立ち止まる。
ジタンは小さく尋ねた。
「アレって何のことだい?」
木々がそよ風にそっとざわめいた。
墓地から村まで、木立に囲まれた道で、木漏れ日が降ってくる。
彼女が瞬く。
「忘れたの?」
木が揺れるたび降ってくる陽光のくずに、幾度も、幾度も眩しそうに目を細めながらジタンはダガーの質問に青い目をさまよわせた。
丸い漆黒の瞳に見つめられ、思わずたじろいでしまう。
そんなことにも気づかないダガーは心配そうな表情。
だがジタンは結局、ダガーに向かって短く呟いたのだった。
「、、、、、、、、、忘れた」
「ひどーい」
不機嫌な顔をした彼女が駆けていく。
先頭で立ち止まって二人を待っていたスタイナーを追い越して、ずっと向こうまで駆けていく。
「ひどいと言われても困るんだよなぁ。」
急に駆け出したダガー。
彼女は走り去る瞬間、ジタンの背中を手のひらでバチンと叩いていった。
眉をそびやかして、背中に手をやるジタンは彼女を目で追っていた。
「いって、、、」
彼女が足を出すたび、長い髪が跳ね上がる。
走りにくくはないのだろうか。
不機嫌な顔をしていたが、その後姿ははしゃいでいるようにも見える。
「お」
ジタンがそんなことを考えていたとき、ちょうどスタイナーと視線がぶつかった。
ジタンとダガーを待ってそこでずっと突っ立っていた彼は、ガーネット様に何を言ったのだ、と仏頂面をする。
どうやら、アレクサンドリアのこの一騎士は、なんでもかんでもをジタンのせいにしたがるらしい。
そんな彼の向こうに、走り去るダガーの姿が幾分小さくなって見えた。
ジタンが何度か瞬きをする。
頭上で揺れる木々の緑が目に染みるほど鮮やかだったのだ。
「困ったもんだね」
彼は怖い顔のおやじに肩をすくめてみせると、いきなり小走りになり、次第に速度を上げて走り出した。
ただ立っているスタイナーを追い越して。
木立の中に一人残された、他の二人より年配の騎士。
彼はおもむろに走り去った二人とは反対のほうを振り返った。
そして、恭しくそちらに一礼すると、ゆっくりと村に戻る道を歩き出した。
足の遅いダガーに、足の速いジタンが追いつくのは造作でもない。
いつでもどんなときも、ダガーが頼りにしてきた彼の運動神経のよさを、目にするのはこんな日常的な時でもあって。
彼は簡単に追いついてダガーと伴走して見せると、彼女の肩に手をかけた。
「やっぱりダガーは走るの遅いな〜」
そうからかわれたダガーは、運動能力が優れているわけでもない。
彼女の全力疾走がそんなに長く続くはずもなく、早くもバテ気味だった。
ダガーはぜいぜい言いながらジタンに目をやった。
彼は笑っていた。
右手をダガーの左肩に乗せ、息も切らさず彼は悠々と走っているのだ。
お喋りをする余裕さえ覗かせるジタンに、ダガーは感心を覚えたものの、あまりにも容易に追いつかれたその事実が悔しさを誘い、隣のジタンを睨む。
だが、彼の笑顔に睨みつけた鋭い目つきも消されてしまうのだった。
爽やか過ぎる笑顔は、まるでもうどこにも行かないことを約束してくれているように見えた。
「じゃ、お先に」
彼はこともなげにダガーを追い越す。
ダガーの肩にかけられていた手にぐっとほんの少し力がこもった。
それで抑えつけられたみたいな状態になって、走りにくそうにダガーが体を傾けたその瞬間、彼女は驚いたように目を見開いた。
追い越す際、ダガーの耳に口を近づけたジタンが、彼女にしか聞こえないような声でそっと言葉を呟いたのだ。
「愛してるよ」
彼が追い越した後、ダガーは走る速度をだんだん落とし、ついには立ち止まってしまっていた。
ジタンはわざわざ振り返ることをしなかったが、彼の予想通り案の定、彼女の頬は薄紅色。
ダガーはくすぐるように言葉が囁かれた左耳をそっと抑えた。
吐息と共にそこに落とされた言葉が、彼女に走ることをやめさせたのだ。
わたしもよ、
なんて、、、、、、、、、、
言えるわけないじゃない!
うつむきがちになってしまっていた顔をダガーはしっかりと上げた。
恥ずかしいといつも怒ったみたいになってしまうその顔を真っ赤にして、彼女はもう遠くのほうに見えるジタンに向かって思わず叫んでいた。
「バカぁ!別にそんなこと言わなくたってわかってるわよ!!!!!!!」
見上げる空は快晴だった。
洗濯日和なこの日、家の外に出ていたそこの村人たちが、数日前まで病人だった少女の金切り声を聞いて驚いたように振り返る。
誰よりも先に村の宿の入り口に走り着いたジタンは、村人たちと同じくその声を背後に聞いて、ほんの少し呆れたような顔をした。
文句ありげにぼそりと呟いた彼の言葉は、誰かに聞かれることもない。
「自分が言えって言ったくせに、、、、、」
木漏れ日の森で
ダガーの言う『アレ』がわからなかったわけではない。
純粋に『アレ』があらわす言葉をほしがる瞳に見つめられ、どぎまぎした。
彼は、普段からダガーが恥ずかしがることも平気でするし、言ってのけるから。
多分ダガーは、彼が『アレ』を言うことになんの抵抗も感じないと、そう思い込んでいたのだろう。
だから、彼はわかっていたのに知らないふりをした。
その理由は
ただ、
普通に
恥ずかしかったから。
だって普通、あんな場所で言わせるか?
おっさん、聞いてたじゃないか、、、、、、、、
これだから女の子は、、、、、、、
困る+++
オレにだって恥ってもんくらいあるってこと
それでも、走っていってまで彼女に囁いたのは、やはり。
今回のことがあったからだろう。
言葉にしたときに、もう遅すぎるかもしれない、なんて思ってしまうことがないようにするためにも。
やっぱり、伝えたいことは、言葉にするべきだと思った。
本当はいつでも言いたい、伝えたいはずの言葉を、恥ずかしさなんかで隠しておくなんて。
もったいない。
そう実感させられた。
「でも、、、、、、、、やっぱり、ずるいよなぁ、、、、、、、、、、、人にばっかり言わせて自分は言わないなんて」
言葉。
それは簡単に口にできても、扱うのは非常に難しいものだ。
快晴の空に帰っていったとんがり帽子の少年のように、心で想いを伝えることが出来たとしたら
ここまで苦労することもなかったとは思う。
それでもオレ達には言葉が必要だって思うんだ。
もちろん、心で伝わることだって、ある程度あるだろうけど、
本来オレ達は言葉でしか想いを伝えることが出来ないからさ。
それに、思うんだよ
言葉とは扱うのが難しい物
でも、扱うのが難しくて、それゆえ儚く形の変わりやすいものだからこそ、
口に出して
声にして
そして相手に伝えて初めて、
それは何より美しいんじゃないかな。
なーんて、ね?(照)
FIN.
はい、ようやく終わりました〜。
ほんと、ようやくって感じですよね。なんたってもうFF]が発売してますよ!
もうクリアしている人もいらっしゃるんじゃないでしょうか?私はまだですけど。
「言葉」はどうでしたか?ちょっと我が人生初、な長編だったのですが。
今回は珍しく真面目に後書きを書いてみたりして(笑)いやぁ、それだけ長かったので。
個人的には前半が不安定だった気がします。終わりのほうもなんだか微妙なんですけれども。
\の小説はこれで最後になるかなー?
ほんっとうに\は私の中で大ヒットだったので、こんなにたくさん書いたのですが。
次は]にも取り掛かろうとは思うのですが、うーん、、、
\ほど]を好きになれず、\ほど]をプレイしていてもネタが思い浮かばないんですねー。
やっぱりもしかすると次のも\の小説になるかな〜?わかりません。
えっと、感想、すごくほしいです(露骨//笑)
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では、これからもどうかどうか、よろしくです!
うにゃにゃ