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 オワカレ

細い雨が、静かに降っている。
足元の水たまりに雨粒が落ちてピシャン、ピシャンと、音を立てる。
ビビは雨に濡れたとんがり帽子をきゅっとかぶりなおし、ポケットの中のチケットをそっと指先で触った。
一人は恐かった、でも、平気だった。
どうして、静かな雨は気分を切なくさせるんだろう・・・?

今日の天気は、あの日にとてもよく似ている。



「雨は嫌だなぁ。洞窟の中が水浸しになっちゃうし・・・。」
ビビは雨の中、森を歩いていた。
雨の多いこの時期は、洞窟で厳重に保管しておいた食料も、すぐに駄目になってしまう。
今は隣の街トレノへ食料を買いにおつかいに行った帰りだ。
せっかく買ったばかりの食料を濡らさないように気をつけなければならなかった。
「よ・・・いしょ・・・・っと・・・」
彼は水たまりをひとつ飛び越えた。
着地に失敗して、かかとが水たまりを踏みしめてしまい、茶色い水がはねた。
「冷たいなぁ・・・もう。」
ビビは食料のはいった皮袋を木の枝に引っ掛けて、水のついた裾を払う。
雨は、やみそうもない。
灰色に濁った空は、まるでビビを彼が住んでいる洞窟に帰さないように邪魔しているような気がした。
ビビはため息をひとつつくと、再び皮袋を抱えて、のんびりと歩き出した。

「ただいま〜」
ビビの声が洞窟の中に広く響いた。
ピシャン。
天井から雫が落ちる。こんな雨の日には洞窟の中など湿ってしまうのだ。
・・・あれ、おかしいな?
いつもと、何かが違った。
なんてことのないわずかな違いなのだが、ビビの小さな心の中に妙な胸騒ぎを残した。
『おかえりアル〜』
いつもならすぐ帰ってくるその声が今日はなかった。
「おじいちゃん・・・?」
そして信じられないものを見たように、彼の瞳の金色の光が強さをました。
心臓が、鼓動がおかしいくらいに速くなっていく。
どうして・・・?・・・なに、これは?・・・
バシャン。
大切な食料の入った皮袋がビビの手をすり抜けて水のたまったくぼみに落ちた。
「おじいちゃん・・・!?!?!?」
彼は慌てて床に倒れている育ての親の元へ駆け寄った。なにが起こったのか、わからなかった。
どうして、こんなに大きな声で呼んでいるのに、おじいちゃんは起きないの?
「クワンおじいちゃん!!!」
自分よりもとても立派で、とても頼りになるクワンの大きな体を激しくゆすっても、その広い手はビビの頭を撫でてくれることはなかった。
「ねぇ、起きてよ、おじいちゃん!どうしたの!?ねぇ!?」
ピシャン。
また、遠くで雫が落ちた。
「ビビ・・・?」
そっと閉じられていたクワンの目がゆっくりとひらいた。
ビビはこんな弱々しいクワンの顔を見たことがなかった。
「ビビ、よく聞くアルよ・・・。どうやら、お別れのときがきたみたいアル・・・」
クワンの口からは蚊の鳴くようなか細い声しか出てこなかった。
それは、まるで今にも消えてしまいそうな揺らめく蝋燭の火のように。
「オ・・・ワカレ・・・??オワカレってなに?」
ビビのおびえたような声がわずかに聞こえる雨の音に混ざる。
「お別れ・・・っていうのは、もうそばにいてあげられ・・・ない、ってことアルよ」
徐々に苦しげになっていくクワンの言葉。
いやだ・・・いやだよ・・・おじいちゃん・・・。
ビビはわめいた、別れが恐くて、悲しくて。
でも彼は、泣くということを知らなかった。
「いやだ!おじいちゃん、オワカレなんて、ボク嫌だよ!」
「ビビ・・・そんな顔をしないでほしいアル」
クワンははかなく微笑んだ。
ビビの悲しそうな顔は、もう見たくなかったのだ。
「お別れ・・・は、悲しいことじゃないアル・・・。確かに、も・・う、そばにいてあげられないアル・・。で、で・・・も、ビビが思い出してくれれば、いつでもビビ・・の心の中に、いら・・れるアルよ・・・。」
「おじいちゃん・・・・」
「だから・・・もう、悲しまないで・・・。ビビの笑顔が見たい・・・アル・・。」
わかった、おじいちゃん。ボクが思い出せば、いつでも戻ってきてくれるんだよね?
ビビは微笑んだ。精一杯、悲しい気持ちを押しのけて。
「さようなら、おじいちゃん。」
それを見て、満足だ、と言うようにクワンも微笑んだ。
そして、彼のその瞳は閉じられた。もう、2度と開くことはない。
悲しくなんか、ないよ。
ビビは再度微笑んだ。
そのとき、ポタリと、目から水がこぼれたような気がした。
それがなんなのか、彼にはわからない。

洞窟の外からは、かすかに聞こえる、雨の音。
細い、糸のような雨が、静かに、とても静かに降っていた。
きっと、あれはおじいちゃんのお別れの言葉。
自分を忘れないで、というメッセージだったに違いない。


帽子をかぶりなおしてきだしてしばらくたつと、ようやく雨と霧に煙った高原に大きな城が見えた。
「ここが、アレクサンドリア・・・?」
ひとりで、ここまで来たんだよ、おじいちゃん。
おじいちゃんはいないけど、悲しくないよ。ボクは、もう大丈夫だからね。

糸のように細い雨。
そう、今日の天気は本当にあの日に似ている。



うー・・・短っ。
ダメじゃん。思ったよりもものすごく短く終わってしまった。
うーん、あんまり内容が思いつかなかったわけで。




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