すれ違い(4)
「い、いてて、、、、」
ぼんやりとした意識の中、全身の鈍い痛みでジタンは目を覚ました。白い大理石の高い天井が目に入る。
ベッドの上だった。
肩から背中と胸にかけて包帯がぐるぐる。腕と、頭にまで巻かれた包帯が、惨劇を物語っている。
リンドブルムの客室。
「大丈夫?」
天井に向けた視線を横にずらすとエーコの顔がそこにあった。彼女には高すぎる椅子に座り、床に着かない足をぶらぶらと。心配そうなその顔の隣に、期待した愛しい人の顔がなかったことが少々悲しかった。
「大丈夫だよ」
彼は微笑みながら近くにあった柱時計に目をやった。大きな振り子が規則的に揺れながら静かに時を刻む。
気絶してからだいたい一時間ほどが立っていた。
「エーコは?怪我はしてないかい?」
「うん、だいじょぶよ。ダガーが守ってくれてた」
「よかった。あ、フライヤは?それにハルとダガー。ほかの人たちも無事?」
エーコは笑って頷いた。
「みんな無事。大けがした人もいるけど命に別状はないみたい」
「よかった」
ジタンは安心してため息をつくとゆっくりと目を閉じた。
疲労のため、手足が重い。特に背中の傷はじっとしていてもずきずきと動悸が感じられる。柔らかいベッドの上でずるずると睡魔に襲われ眠りのそこに引きずり込まれる。
「そういえば」
「うん・・・・?」
寒い空気から逃れ、毛布の中は暖かい。
「ダガーと喧嘩でもしたの?」
「・・・・なんで・・・?」
途切れそうになる意識。
「ジタンについててあげないの?って聞いたらなにも言わずにいっちゃったから」
「・・・・・・・へぇ」
ジタンは瞼をこじ開け、エーコを見た。
「ダメよ。そんなんじゃ。レディーは大切にしなきゃ」
幼い王女は拗ねたように横を向いた。子供っぽさを残す丸っこい頬が、その怒った横顔がなんだか大人っぽく見えたのは気のせいだろうか。
「ん、、、だな、エーコ、いいこと言う」
遠のく意識を引き戻しながら、ジタンはそっと笑った。
ここに来た理由は、、、、、そうだった、、、、、、
「仲直り」
早くから動き回るのは傷に障りそうな気がしたが痛みがそれほどでもないのでジタンはゆっくりと体を起こした。
「行くの?」
エーコがぴょんと飛び跳ねたのでジタンはVサインをして見せた。
「ダガーならねぇ、見張り塔にいるよ」
「そっか、ありがとな。エーコ」
ジタンは身体に衝撃を与えてしまわぬよう、ゆっくりのそのそとベッドから降りる。心配したエーコが一緒に付き添おうかと尋ねてきたが、ジタンは首を横に振った。
「だいじょぶだいじょぶ、こういうことは自分一人で何とかしなきゃ」
階段を下りる。
女神の像が座る噴水は凍ってしまうからなのか、今日は水が止められていた。多くの兵士が負傷してしまったためだろう、城の中に見張りの姿は見あたらず、そこはがらんとしていた。
彼はリフトに乗って城の最上部から屋外にでた。とたんに凍り付くような風が吹き付ける。
「うおっ、やっぱ寒ぃな」
見張り塔というだけあって、街が見渡せる高いところ。風の強さと冷たさは城下町の比ではない。まるで皮膚を切り裂くよう。身を切るような寒さとはこのことだ。
「こんな時期に見張りなんてオレなら絶対ごめんだね」
前にここで見張りをしていた兵士が、みんな見張り塔での見張りの当番が回ってくるのを楽しみにしているといっていたのを思い出して、彼は苦笑いした。冬にまで楽しみにいる奴はたぶん、いない。
こんな寒いときにわざわざダガーは本当に見張り塔に足を運んでいるかどうか、不安なったがその不安はすぐに消えた。
塔の先端、望遠鏡のあるU字型に突き出したところに、ダガーはいた。胸ほどまでの高さしかない塀に腰掛け、体を反らして無表情で空を眺めていた。
「何か見えるのかい?」
空を向いていた黒い瞳がぱちりとして、彼女はそのまま首を横に回してジタンを見た。
「そんな風にしてると落ちるよ?」
ジタンは微笑んでダガーのところまで歩いた。
強風が唸りをあげる。塔の下の、平原を埋め尽くす緑が不規則に渦を巻くように波打つ。
「落ちてもオレが助けるけどね」
ダガーはジタンから視線をはずすと軽やかに立ち上がった。靴の踵がなって、彼女の汚れてしまったスカートが揺れた。女王の、豪華なドレス。狩猟祭の騒動のせいでそれは絢爛さを微塵も残していない。
「何か用?」
全く意味はないだろうが、彼女はスカートの裾をはたいて汚れを落とした。
意地悪な他人行儀な言葉がダガーの口をついてでる。それは悲しかったがジタンは笑顔を崩さなかった。
「うーん、用があるって訳じゃないけどね」
彼は包帯の巻かれた頭をかいた。だが、傷の痛みに、思わず手がびくりとしたので、彼はすぐに手をおろす。
今日は、本当に、疲れた。
「ダガー、怪我しなかった?」
「おかげさまで」
そういう彼女の腕にはジタンと同じように包帯が巻かれていた。軽傷だけど、火傷。いくらか弱くなった風が吹き、若干焼き切られてしまった黒髪が揺れた。
「髪、ちょっと焼けちゃったね」
ジタンは呟くような小さな声で言った。
彼女の焼けどももちろん心配だったが、ジタンにとっては彼女の髪のほうが心配だった。手入れの行き届いた綺麗な髪。ジタンはそれが好きだったのに。
「また伸びるわ。」
「ん、、、、でも、さ。女の子の髪の毛は命の次に大事なんだろ?」
言葉がどもりがちになってしまうのは、たぶん、その言葉が本心だったからだろう。
相変わらず不機嫌そうなダガーが横目でジタンを見た。
「別に、そんなに心配してくれる事ないわ」
短い一言に、思わず言葉が繋がらなくなって、ジタンは溜息をついた。
そろそろ本題に入らないとな。
そっか、よかった。オレのダガーが無事で」
「おれの?」
その言葉に反応してくれたことに、ジタンは少し安心した。食ってかかられることが、まずは目的。
彼は満面の笑みを浮かべてダガーに歩み寄る。
「そうだよ。オ・レ・の」
「・・・・・・・・・・・・・・・へぇ」
彼女は至近距離にも関わらず睨むように挑戦的にジタンを見た。
「世界中の女の子を自分の物だと思ってるのかしら?たいそうなご発想ね。でも、残念。他の子はともかく、私はあなたの物になんかならないし、もちろん『オレの』なんて所有格をつけられる覚えもないわ」
ジタンは気づかないうちに苦笑していた。
風がやんでいた。背中の傷が、痛い。
「他の子なんていらないさ、オレに必要なのはダガーだけだか、、、、」
語尾が聞こえるか聞こえないか、パシン、と鋭い音が響いた。
うつむいたジタンの左頬が、赤い。
「、、、、、、、、、」
ダガーは右手をきゅっと握りしめた。衝動的に出してしまった手に、冷たい彼の頬の感覚と罪悪感によく似た鈍い痛みが残る。その瞬間に、胸の痛みが増したような気がした。
彼女は視線を落とした。
痛い。
叩いたのは自分だったのに、その手が痛かった。その痛みの走る手を、彼女は左手でぎゅっと包み込んだ。
「ごめんなさい」
その時だった。空から白い花びらが降りてきたのは。
最初にそれに気がついたジタンは頬の痛みを忘れたように顔を上げ花びらを目で追った。それは蝶のように幻想的に飛び回ると、ダガーの頬にとまって消えた。
「・・・・・・・・・」
びっくりしたように空を仰ぐダガー。美しき花びらは次から次へと舞い降りる。
雪。
それは天上界に住む妖精が年に一度だけ地上にくれる贈り物だと伝えられる。
ダガーは珍しいその贈り物を目を細めて見ていた。
「ただの遊びだなんて、ほんとにそう思ったわけじゃないよ」
幻想に溶けているみたいな、真っ白な世界の中で、ジタンが呟いた。今更なにを、といった感じで彼女がジタンに視線を戻すと、彼は微笑んだまま、空を仰いでいた。彼女は腑に落ちなそうに眉をひそめると
「今更そんなの信じられないわ」
再び視線を落とした。
春に咲く桜みたいに、真っ白な氷の花は花吹雪となって二人の周りを舞う。
地につくとはかなく消えてしまうそれの弱さが、今はなんだか悲しかった。
「でも、ダガーは忙しくって構ってくれなかったから」
「私のせいなの!?」
ダガーはその言葉で、声を荒らげた。
哀しくなったのだ。
ジタンはわかっていてくれると思っていたから。仕事が忙しいのもどうしようもないことだってこと、ちゃんとわかってくれてると信じていたから。
彼女は哀しそうにジタンの顔を睨みつけた、だが彼はなおも優しく微笑んだままだった。
天からの贈り物達は、静かに包み込むようにしてその純白で世界を染めてゆく。
ダガーは髪に積もってしまった雪を払うために頭をふった。
「ほんとはずっと一緒にいたかった」
その言葉が、過去形にされていたのが悲しかった。空を仰いだ彼の横顔が、なんだかとても遠く感じた。
降り積もる冷たい花。
ダガーは、泣きそうになってジタンに背を向けると、望遠鏡に手を置いて遠くを眺めた。
「抱きしめたかった」
たぶん、ここよりも早く降り始めていたのだろう。向こうに見える山の頂は、既に白い冠をかぶっている。
「でも、できなかった。仕方ないってわかってたけど」
きっと、城がこの白に覆い尽くされるのにも、そう時間はかからない。
「やっぱり、淋しかった」
見る見るうちに雪原となっていった大地は、遠く遠くどこまでも続いていて、果てを見ることなんてできなかった。
深く吐き出した息が白くなって雪の世界に溶ける。
「ブランクにダガーと上手くいってるかって聞かれたとき、オレには答えられなかったんだ」
積もった雪は、音を吸収してゆく。
緊張してしまうほどにしんとした空気の中に、ジタンの声だけが静かに聞こえる。
「自信がなかったから。だから、だからただの遊び、なんて言ってみた」
城下の賑やかさも、それに吸い込まれて聞こえることはなかった。
「なんてね、」
ジタンはため息の混じった声を出すと、くるりと方向を変えてさっきダガーが座っていた塀に肘をおいて城の外を見やった。
真っ白な、ただ単純な白がそこには広がっているだけだった。
「言い訳にしか、聞こえないよね」
彼はダガーを見ると哀しそうに微笑んだ。ちょうど、くるりと振り返ったダガーと目があう。
もっと上手く言うつもりだったのに、途中から自信がなくなってしまっていた。
ジタンはわざと明るめの声を出すことをこころみた。
「はい、オレのいいわけはおしまい!もうなんにも言わないよ。嫌われちゃったのは仕方ないしね」
「・・・・・・・・・・・・」
「じゃあね」
ジタンは今日何度目かの作り笑いをすると、手を振ってダガーに背を向けた。降り積もった雪が彼の足元でぎゅっぎゅっ、と鳴く。
寒いねぇ、、、やっぱり冬は
虚しさは寒さを誘う。
底冷え。傷の痛み。
嫌なことづくめ。
城の客室の、ベッドの中に再び戻ってもう少し眠ってしまおう。
そう思った時、パァン、と急に後頭部に何かがぶつけられた。雪の粉がジタンの頭から落ちながらきらきらと光る。
彼はなにが起こったのかわからなくて振り返った。
「、、、、ほーんとっ!!なんなのよ今更いいわけなんて!!わ、私がどれだけ悲しかったかわかってるの!?どれだけっ、どれだけ泣いたと思ってるの!?理由があるなら最初っからそう言ってほしかったわっ!!バカ!!!!」
「ば、、、、、」
ジタンは頭に残る雪を払いながら呆然と立っていた。
怒ったみたいに膨らました女王の頬は先ほどのリンドブルム王女よりもずっと幼く見えた。
真っ赤になった顔。
その顔が面白かったのでジタンは吹き出しそうになるのをこらえて、ダガーの前まで歩いていくと困ったような顔をして見せた。
「そうだよねぇ、オレってほんとにダメな奴。」
彼は雪の中に片膝をついて頭を垂れ、ダガーに跪いた。
「こんなダメ男を、許してはいただけませんか、お姫様?」
顔を上げ、上目使いに若き女王を見上げると、彼女は腕組みをしてそっぽを向いた。
「わたくしは、もう姫ではありません」
「まぁまぁ、そうおっしゃらずに」
ジタンは立ち上がると彼女に両手を広げて見せた。
見上げれば白いわたがくるくるとまわりながら無数に舞う。
ダガーは彼をちらりと横目で見ただけだった。
今日という長い一日はハッピーエンドで終わらせるつもりでいたジタンは待っても自分からこないダガーを、広げていた腕の中に捕まえた。
「オレにとっては今でもお姫様。『放して』って女王命令もオレには効かないよ」
しんしんと寒さが身にしみる。
ダガーはびっくりしたように何度も瞬きをした。
全速力で長距離でも走ったときのように、どきどきと暴れ出した心臓。息苦しくなってついたため息がジタンの首筋にかかる。
「ごめん。冗談でもあんなこと言うべきじゃなかった。」
妙にくぐもった声。それでも充分に嬉しくてダガーは彼の胸に顔を押しつけた。
「狩猟祭で優勝して、今年こそデートに誘うつもりだったのに」
「しなくていいわ、優勝なんて」
「なんで?」
ダガーは頭をジタンの胸に当てたまま首を回した。そうすると目にはいるのは彼の左腕の白い包帯。痛々しそうな光景に彼女は目を細くした。
「危ないもの」
ジタンが笑って、その肩が揺れる。
意識なんかしていなくても、彼の唇の端はあがっていた。
「心配?」
その声色があまりに嬉しそうだったので、ダガーは平然と言ってやった。
「当たり前よ。『オトモダチ』なんだから」
ずるり、といつものノリでずっこけてしまいそうになったが、ジタンはダガーを捕まえたままだったのでやめておいた。
「お、『オトモダチ』って、、、、、。まだそういうこと言う〜?素直じゃないなぁ」
ジタンは情けない声を出しながらダガーを放した。
ようやく冗談をも言ってくれるくらい機嫌を直してくださった笑顔の女王。
彼もそれにつられるように笑顔になる。
「許すわ。全部、全部許してあげる」
「光栄です」
彼は恭しく礼をして空を見上げた。
牡丹雪。
一瞬だけ雪雲がはれて、差し込んだ日の光矢が大粒の結晶を打ち、輝ける宝石を作り出した。
寒さもその景色の美しさには勝つことなどできないだろう。
だが、そう思っていたのはジタンだけのようで、急に空がかげると、寒さを思い出したかのようにダガーは身を縮めた。
では、最後に
ジタンはダガーの華奢な肩を掴むとそっと引き寄せた。
「ちゅーして、いい?」
顔を近づけ彼女の額に自分のそれをぴたりとつけるとにっこりと笑う。
照れるかと思われた女王は、意に反してこれ以上ないだろうというほどの極上の笑顔を浮かべ、
「だめ」
と言い。ジタンは思わず固まった。
「・・・・・・・・・・そ、そんなに笑顔で言わなくても、、、」
空気が凍った。思わず目が点になってしまう。
「寒い」
「、、、、、、え?」
「風邪ひきそうだわ、中入ろう?」
ダガーはすいっとジタンの横を抜けていく。その呆気なさに彼は思わず吹き出した。
「やっぱ、かなわないね、女王様には」
彼は包帯だらけの腕をきゅっと伸ばすと、彼女の後を追って城の中に入った。
残された二種類の足跡。
後から後から舞い降りてくる妖精の贈り物たちが、静かにその跡を消してゆく。
まだまだ、暗くなりきらない空は、白い宝石を振りまき続ける。
七時を告げる鐘がリンドブルム中に響きわたった。
街は雪に覆われて、冬らしい景色がそこにはあった。
ようやく暗くなった空の下、ダガーと商業区の通りを歩いていたジタンはあわててポケットから懐中時計を出した。
「どうしたの?」
「うん?あぁ。帰りのね、飛空挺のチケットの時間が7時半なんだ。そろそろいかなきゃ」
ジタンは残念そうに言うと懐中時計をしまった。
一緒に帰りたかった。
でも、時々忘れそうになってしまうのだが、ダガーは紛れもなく一国の女王。
リンドブルムに来るのにも、彼女専用の豪華飛空挺で来ているに決まっている。一般の観光客用の飛空挺で帰るわけにはいかない。
私服に着替えたダガーと、久しぶりに二人で街を歩いたりしたので、それはとても楽しかった。おまけにショップなどをのぞいたりして、まるでデートのようだった。
「じゃあ、行きましょうか」
ダガーがにこやかに言う。
「いいよ。寒いし、見送ってくれなくても。」
それは嬉しかったが彼は丁寧にことわった。
明日、アレクサンドリアに着けばダガーは忙しい女王ガーネットに戻ってしまう。そうなれば、またあまり会えなくなってしまう。
明日という日はすぐに訪れる。だから、早いうちからそれに慣れておくべきだと思った。
「遠慮しないで。デートみたいで、楽しいじゃない?」
ダガーにしては珍しく積極的なことをいい、彼女はジタンに近づくとするりと彼の腕に自分の腕を絡ませた。
「行きましょう」
その珍しさに、ジタン自身も珍しく気恥ずかしさを覚え、目を泳がせて頭をかいた。
リンドブルムの夜景の中を腕を組んで歩く恋人達。彼らの中にジタンとダガーはごく自然に混じっていった。
「七時半発アレクサンドリア行きの飛空挺、出発いたします。お乗りの方はお急ぎください」
最後に一度、どこか店によってなにか今日の思い出の品なんかを買っていきたかったがそれには時間がなさ過ぎた。
飛空挺乗り場に着いたときにはすでに七時半頃で、艇長の声を耳にして最後は走るはめになった。
「大変だったけど、実は楽しかったよ。今日はありがとう」
ジタンはチケットを出して飛空挺に乗り込みながら振り返った。
最後は笑顔で。
そんな風に振り返ったジタンだったが、乗り場の向こうの方から見送ってくれているとばかり思っていたダガーが、ジタンのすぐ後ろにいたので彼は驚いた。
「なにしてんの?一緒に乗る気?」
「そうよ」
きょとんとした彼をよそにダガーは頷くとポケットに手を突っ込んでチケットを出した。
『七時半発アレクサンドリア行き』
彼女のチケットにはジタンと同じことがかかれてあった。
彼は目を丸くする。
王国の女王様が、こんな一般客用の飛空挺で帰る。そんなこと予想すらしなかった。
「なに?ダガーって、この飛空挺で来てたの?」
「うん、そう。城の飛空挺、なんだか息苦しくて。変装してきたのよ。」
どこから出したのか、ダガーはサングラスを手にして笑っていた。
「そんなことあのおっさんがよく許したね」
「ベアトリクスがいいって言ってくれたの」
へぇ、とジタンは納得すると飛空挺の中に入った。ダガーもその後に続く。
飛空挺の中は既に人でいっぱいで、彼ら二人が最後の乗客だったようだ。空いている席を探すと、前の方に2つだけ、並んでシートが空いていた。
ジタンとダガーがそこに座ると飛空挺のエンジン音がしだした。もうすぐ、飛び立つのだろう。
ジタンはふぅ、と鼻で息をついた。ダガーは私服に着替えたが、ジタンはそのまま。
汚れているし、傷だらけ。こんなんで綺麗なシートに座っていいものか、とも思ったのだが、疲れていたので彼は構わず座っていた。
アレクサンドリアに着くまでに、居眠りでもしてしまいそうだ。
彼は周りを見回した。
包帯だらけの自分が、そこでは目立ってしまうだろう、と思っていたのだが、他の客も狩猟祭の参加者であり、皆少なからず怪我をしていて彼自身が目立つこともなかった。
座った席が窓際だった彼は窓の外を見た。
飛空挺乗り場。
ダガーにいいところなんて見せられなかったぞ
しつこくブランクに向かって呟くと、彼は窓の外を向いたまま口を開いた。
「ねぇ、ダガー」
飛空挺がゆっくりと動き出す。
少しずつ動くリンドブルムの景色。
「あのリンドブルムからきた役者と一緒に歩いてたのはやっぱり」
そのとき、城の外にでた飛空挺が上昇して、カクン、とダガーの頭が肩にもたれかかってきた。
オレへの仕返しだったのかい?
そう聞こうと思っていたジタンは、彼女を見て言うのをやめた。そしてかわりに小さく呟いた。
「やれやれ、女王様はどうやらお疲れのようだ」
見るとダガーは既に小さな寝息を立てていた。
顔に、少しだけかかった黒髪。その寝顔が、とても、かわいかった。
「・・・・・・・・・・・・」
恋はすれ違い。
いつか、誰かがそんなこと言ってたな
相手を想う気持ち、とは強ければ強いほど疑ってしまったりするものらしい。
お互いの気持ちに、本当はすれ違いなんてないのに、深く読み過ぎてしまうのも困りもんだね
まぁ、そのすれ違いを想いの強さっていうんなら、今回のことは喜ぶべきことなのかもしれないけど
とりあえず、誤解が解けたことにはひと安心
でも、こんなことはやっぱり二度とごめんだな
けど、ダガーとのすれ違いはまだまだ続くんじゃないか?
とはいえ、それもまたいいかもしれない、と思ってしまう自分がいるんだけど
「矛盾」
ジタンは一人で微笑むと再び窓の外を見た。
粉雪の舞う景色が、とても綺麗だ。
傍らで眠る少女。
穏やかな寝顔と伏せられた瞼にどきどきする。
彼女のうっすらと開かれた薄紅色の唇に、ジタンは自分の唇をそっと寄せた。
二人のすれ違いはまだまだ続く。
顔を上げてから、彼女の唇に紅がさされていたことに気がついたジタンは慌てて手の甲で自分の唇をこすった。
「確か、キスもいやだって言ってたよね」
彼はまた苦笑いをした。
ダガーがそれに気がつくこともない。
やっぱり、恋はすれ違いだ、という説は、まんざら間違ったこと、というわけでもないらしい。
もうじきやみそうな粉雪はふんわりと。
ダガーは気づいてないかもしれないけど、
オレ、イーファの木から還ってきてからは、
女の子をナンパしたことなんて、ないんだよ
明日、アレクサンドリアに着く頃には、雪はもう、やんでいるかもしれない。
彼は微笑みながらゆっくりと目を閉じた。
シートから伝わるエンジン音。
飛空挺は飛ぶ。
白い冬の空の中を
アレクサンドリアを目指して
Fin.
おーっ
完成じゃーん。
かける書けーる!自分もなんとかロングなタイプの小説書けるじゃーん。
時間はすごいかかったけど。
なんとか完成!