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sick sick sick


引きずるように重い、喉の奥からこみ上げてくるむかつき。
最悪な寝苦しさに、ジタンはたまらず目を覚ました。
明かりが消えていて薄暗い。
全身がひどく熱く汗をかいているのに、何故か、体の芯や手足の先だけはどうしようもなく寒かった。
背中も枕も、汗で湿っていた。
すぐさっきまで眠っていて意識がなかったが、それでも体のださるさだけは随時睡眠中の脳の中でさえ認識できていた。

「……」
何かしらの夢は見ていたような気がするが、なにも思い出せはしなかった。
寝心地は最悪であったし、全く良い夢であったはずがない。
思い出す必要もない、と彼はすぐに考えるのをやめた。
シーツに染み付いた自分の体温を嫌って、彼は一つ寝返りを打つ。
ただそれだけの動作なのに、頭への重力のかかっていた向きが急に変わったことで、彼の視界はぐるんとまわり、重々しい鉛の塊のような頭の中では鈍痛が響いた。
リンドブルム城の客室のベッド。
高級な羽毛の使われているベッドで、寝心地は最高であってもよいのに。

なんでこうなるかな

隣のベッドにビビが寝ている。
すーすーと静かな寝息を立てて、非常に気持ちよさそうである。
本当だったらもうとっくに外側の大陸に行っていてもよかったのに。
せっかく徒歩で奇怪な巨大虫の巣食う太古の採掘跡をとおらずとも海越えが可能になったと言うのに。
全くついていない、とジタンは人知れずため息をついた。
霧の大陸三大王国、その一つを収める16代目の女王に力を貸し、ネズミ族のブルメシア王国を、砂漠の国クレイラを、巨大城を誇るリンドブルム王国を破壊したまさに悪魔と言うべき存在。
クジャ。
あの男が何者なのかはわからない。
ただ、彼らは見てしまったのだ。
外側の大陸。
聖地と呼ばれる不気味な巨大樹で、最強だと伝えられるドラゴンの姿をした召喚獣が。
美しき巨大剣をかたどったアレクサンドリアの城で、伝説とされていた聖なる力を持つ召喚獣が。
突如空に現れた巨大な眼球によって乱心し、暴走し、大惨事を引き起こしたのを。
大国の16代目の女王の命は奪われ、偉大なる歴史を築いてきた王国は壊滅した。
実際、一体何が起こったのかはわからない。
だが、外側の大陸から銀竜にのって現れた悪魔と、空に現れる邪悪な眼球に、なにか繋がりがあることに間違いはなかった。
だから、その足取りを少しでも早く追いたかった。
その姿や、害虫となることから人々に忌み嫌われ、時には商用とされることもある虫の姿から、ようやく少しはマシな(?)蛙の姿へと変貌を遂げたリンドブルムの大公にも、海の足となるブルーナルシスを手配してもらい、すぐにでも出港は可能だった。
ところが、さあいくぞ、というところで、出港を遅らせてしまったのは、他でもない、ジタン本人であったのだ。
それよりも少し前から、微妙に体調の異変には気づいていた。
常に軽くだるい感じはあったのだ。
運動神経抜群、体力にも自信のあった彼だが、ここまでくるのに、異例としか言い様のない長旅をしてきて、疲れがたまっているのだろうとは思っていた。
だが、その疲れが、知らぬうちに彼の体力を奪っていた。
見知らぬ大陸から、この霧のなくなった霧の大陸に帰ってきて、安心したのかもしれない。
常にあっただるさが、ふいにどっと押し寄せて。
気がつけばすでに今の状態だった。
吐き気を伴う高熱。
風邪だった。
おかげで出港は延期。
自分が復活するまで旅は一時停止となってしまった。
少しでも急いで先に進みたいと言うのに。
クジャの足取りを見つけやすいうちに早く追いかけたいと言うのに。
そう思っているのは自分だけではないはずだ。
だるさの異常がはっきりと表れた後も、ジタンは少し無理をして、大丈夫だ、としてすぐにでも出港することを提案した。
だが、全員一致で仲間達はジタンにリンドブルムで療養するよう言って、誰一人ブルーナルシスに乗り込むことはなかった。
自分の大切な物を次から次と奪われたダガーも、自分の出生の皮肉を知っているビビも。
逸る気持ちは自分と同じに決まっているのに。
それなのに彼らは文句一つ言わずに自分の完治を待ってくれる。
ジタンは、彼らには申し訳なく、自分には腹が立った。

ここ数年、健康で病気になることなどなかったジタンには、この具合の悪さが信じられないほどで、なんだか自分が情けなくなったような気がした。
外側の大陸では、ビビやダガーに負担にならないよう、無理な進み方はやめていた。
だが、そんな二人や、途中で仲間に入った幼いエーコが安心して眠れるよう、モンスターの多い地帯での野宿では、自分だけは寝ないで一晩中見張りをしてみたりと、かなり体に鞭打っての旅であった。
自分より体力のないダガーやビビやエーコが倒れることなく、自分が倒れたのも、そのせいなのだろうとは思う。
しかし、なんだか、急に病弱になったかのようで、些か気分が悪かった。

かつん かつん

その時、
頭痛に耐えかね、無意識のうちにこめかみ手をやっていたジタンは、その動きをぴたりと止めた。

誰かが歩いてくる?

こんな夜中に誰が、と一瞬訝しんだが、見まわりの兵士なのだろう、と納得する。
目を覚ましていてもなんだか気まずいので、ぐちゃぐちゃになっていた掛け物をすばやく頭の上まで引き上げると、彼は寝たふりをすることにした。
ただでさえ、頭は湯気が出そうなほどに熱くなっていて、布をかぶることは不快だったが、寝たふりでも寝顔を見知らぬ兵士に見られるのに抵抗があったので仕方がなかった。

かつん かつん

それにしては。
ジタンは熱くなった掛け物の下で再度訝しげに首をかしげた。
足音の主はリンドブルム兵士だろうと踏んだのだが。
なにかおかしい。

かつん かつん

兵士にしては、足音が軽すぎる。
少なくとも男性兵士のたてる足音ではない。
かといって女性兵士の足音とも考えにくい。
なんというか、兵士は最低限の武装をしているし、どんなにそうっと歩いてみてもこんな軽がるとした足音は出せない。
聞こえるのは少し高いヒールのある靴の音。
言うなれば、軽装の女性。
一般人?
いや、夜中に城の出入りを許されているはずがないし、第一こんな夜中に何のようがあるんだ?

、、、、じゃあ、賊か?

タンタラス?

ルビィかな?

いやいや、それにしてもこんな夜中に忍びこむ必要はないはずだ。

誰だろう?

足音が女性だとわかる時点で、危険性は感じない。
ただ、非常に不思議だった。
具合の悪いことも忘れて、じっと気配を窺うジタン。
足音が近づくにつれて彼には何か思い当たるものがあった。
よく聞いてみると足音に特徴があるような気がした。
聞き覚えのある特徴。
誰が聞いても女性の足音だとわかるのは、足音からヒールの靴だと想像できるからだけではない。
歩き方が上品で女性的なのだ。
上流階級の、優雅な歩き方。
その足音の記憶と、そんな上流階級の歩き方などを心得ている人物で、ジタンはそれが誰だかわかったような気がした。

ダガー?

ジタンは僅かに掛け物をめくって歩いてくる人物を覗いた。

やっぱり。

何をするでもない、目的は特にないだろう。
まるでさ迷うように、17代目のアレクサンドリア当主が歩いていた。
ふらふらと歩く彼女は何を思っているのか隣のベッドに近づき、ビビの寝顔を覗きこむ。
ビビは彼女に目を覚ますこともなく、寝返りを打った。
子供の眠りは深く、無理もない。
しばらくの間ビビの顔を見ていたが、ダガーが、今度はジタンのベッドに近づいてくる。
彼は妙にどきどきした。
いや、変な意味ではなくて。
別にこれがダガーではなく、誰であっても同じだっただろうと思う。
全く知らない他人だったら更にどきどきしたであろうが。
自分が寝たふりをしているので、理由はないが、起きているのがバレるのではないか、という気持ちが生まれるのだ。
だが。

あっ

声には出なかったが、掛け物の下でジタンは口を開けていた。
わざと引っ掛けようと思ったわけではない。
たまたま、彼がベッドの脇においていた、彼の盗賊刀の入った鞘。
暗闇ではそれが見えなかったのか、ダガーがそれを踏んづけて、、、、、、、、、、、。
ヒールのある靴はバランスが悪い。
ちょっとした凹凸でも踏めば転んでしまう。

彼女がコケた。

しかも、ただコケたではなくて、ベッドで息を潜めるジタンの上に。


「………、、、、、だ、、ダガー、、、、」
彼女が重いわけではないけれど、重力で勢いがついて倒れてきたときは論外だ。
痛さにジタンはうめいた。
それに、彼女が倒れてきたのだから、それで目を覚ましたことにすればいい。
「、、、、痛いです、、、、」
病人になんてことする。
そんな思いが頭をかすめもしたが、ちょっとラッキーかも、などと改める。
と、いうことで痛いといいながらジタンはちゃっかり彼女を抱きとめていた。

「!!」
自分が転んだせいで起こしてしまったことに慌てたのか、それとも、抱きとめられたことに焦ったのか。
ダガーはものすごい勢いで起きあがる。
ジタンは笑った。
「何やってんだよ、こんな時間に」
ダガーを躓かせてしまった刀と鞘を拾おうと、ジタンはベッド下に手を伸ばしたが、ダガーが気を利かせて先に拾っていた。
サンキュ、と受け取ると、ジタンは横になったままそれを自分の枕元に置きなおす。
「座んなよ、眠れなくて来たんだろ?」



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