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The Past






アレクサンドリアの港。
遠く広がる空が熟れたオレンジの色に染まり、それは徐々に広い海の向こうへと広がりつつある。
海は穏やか。
聞こえてくるその細波の旋律は絶えることなく。
「夕日って、綺麗ね」
海を見ていたダガーが振りかえった。彼女の黒髪と王家の証のペンダントが、空と、海と同じ暁色に染まっていて、それは夕日以上に綺麗だった。
「うん」
ジタンは微笑みながらその隣に歩いていって、彼女と同じ景色を見た。
たぶん、自分の金色の髪も、彼女と同じく暁色になっていることだろう。

この場所を、忘れてしまったわけではない。二人の場所だったこの場所を、忘れてしまうはずがない。
こんな風に寄り添っていると、思い出してしまったり。
昔の、想い出。


「もう、十分でしょ?」
それは
雨の日だった。
小雨の中。
呼びだされたから、笑顔でアイツに会いにいった。
「あなたは、あんなにたくさん女の子に声をかけられるんだもの。私よりももっといい子を見つけられるわよね?」
アイツは、作り笑顔でそう言った。


振りかえったダガーが、そっとジタンの腕を掴む。
「でも、なんでかな。夕日って、見ていると淋しくなるの」
一国の、誰にも手が届きそうのない、いつも遠くを見つめている女王が、自分の前でだけ、一人の女の子に戻る。
それは、くすぐったいような嬉しさであり、過去からは想像しがたかったこと。
チャプン、と足もとに打ちつけられた海水が音を立てた。
「大丈夫、オレがそばにいるよ」
ジタンは紅色に染まった瞳を瞬かせて呟くと彼女の肩を抱きしめた。

アイツは彼女よりも少し背が高かった。抱き寄せたときにも、こんな風に彼女を抱きしめた時のように頭のてっぺんは見えなかった。


「もう、あなたに、あたしは必要ないでしょ?」
笑顔が、あれほど突き刺すような武器にさえなりうるなんて知らなかった。
海は静か。
小雨の作る波紋を幾重にも広げながら、それは、今日のように寂しいほど穏やかだった。
「さよなら」
アイツの黒髪が、小雨に濡れて揺れる。
濁りきった雲は、冷たく見下ろす。
それは悲しい、哀しい過去の想い出。


真っ赤な夕日は燃えるように、それでいて静かに海原へと身を沈めていく。
「もうすぐ、暗くなるね」
ジタンは、ゆっくりと呟くように言った。
ちくりと痛む胸を悟られぬよう、彼はダガーを抱きしめた腕をぎゅっとした。
それは、彼女の姿に、アイツの影を見てしまう自分の往生際の悪さと、彼女へのすまなさの気持ち。


「さよなら」
アイツはもう一度小さく呟くと、背を向けて立ち去った。
その後ろ姿が雨の霧の向こうに消えた時、なぜだか笑いが止まらなかった。
嬉しかった訳じゃない。
ただ、おかしかった。
自分が、おかしなくらいに、おかしかった。


「アレクサンドリア王女の誘拐ぃ?」
ジタンはターゲットの話に素っ頓狂な声を上げた。
人の誘拐、なんて自分がタンタラスに入ってから、初めての任務だった。
人に危害は加えない。
それが彼らの美学でもあったから、彼は本当に驚いた。
「なんで誘拐なんか?」
彼の質問に、マーカスが首を傾げた。
「知らないっスよ、そんなこと。でも、なんかしたりするわけではないらしいっス」
「なんかって、なんだよ」
そのときに見せてもらった誘拐するという王女の写真。
世界で一番美しいだろうと噂されていた彼女の顔に、ジタンは苦笑させられた。
その、写真に写る綺麗な笑顔を、つらくて、見ていられなかった。
「まぁ、詳しいことはあとでボスが教えてくれるっスよ」
「ん、そうだな」
生返事しか返せなかった。
アレクサンドリアの王女。
それは、雨の日に別れを告げたアイツに、とてもよく似ていたから。

「お前、本気で女を好きになったことないからなぁ」
いつか、ブランクがバカにしてきた。
なにも答えなかったけど、そのときに想いだした雨の日に、ジタンは苦笑していた。
本当はアイツだけが必要だったのに。
癖か、軽さか、自分の弱さを隠すためか。
多くの女の子に声をかけたことで招いてしまったあの雨の日。
自分の愚かさが、大いにおかしかった。


「綺麗だね。夕日」
ダガーの声に、気がつかぬ間に苦笑していたジタンははっとなった。
心の内を気づかれてしまわないか、内心焦っていた。
「だな」
その焦りが、声にでてしまわなくてよかった。
昔の想い出にかき回されている自分を知ったら、彼女はなんと思うだろう。
ひどい、と言ってくれるだろうか。
仕方ない、って言ってくれてしまうのだろうか。
わからない。
打ち寄せる紅い波が、だんだん黒くなってゆく。
苦しい想い出も、打ち寄せる波と一緒に忘れ流せればいいのに。

今から思えば、あれは片思いだったというのが有力。
自分は、愛されてはいなかった。
第一、アイツは好きだとか、一緒にいたいとか、そんなこと一度も言ってくれたことなんてなかった。
典型的過ぎだった。あの片思いは。
情けだかなんだか知らないが、好きでもない自分の恋人のフリなんてしてくれなくてもよかったのに。
自分が、女の子誰にでも声をかけるから、なんてのは、後から付けた理由にすぎないんじゃないだろうか。

「そろそろ、帰ろうか」
美しい夕日の港に、つらい雨の日の港を想い出してしまうことに抵抗を覚えてジタンは呟いた。 
波の音は、あの日とちっとも変わってはいない。
「あのね、ジタン」
自分を放しかけた腕を、ダガーはぎゅっとつかんで引き留めた。
すっかり、その場から早々と立ち去るつもりになっていたジタンは、瞬間的にどんな反応をしていいのかわからなくなってどきりとした。唯一運が良かったのは、彼女を抱きしめている今の位置では、ダガーからジタンの表情を見ることができないということ。
「一週間ぐらい、ブルメシアにいくの」
彼女の声は、波の旋律と混ざり、打ち寄せるように聞こえたかと思うと、引くように消えていった。
「重要な会議続きらしいの」
へぇ、ととりあえず返事をしてみてから、その自分の声の素っ気なさにジタンは寂しさを感じた。夕日が沈むのはこんなに早いもんだ、と無理矢理意識を空へ向けたとき、腕の中で振り返ったダガーと目があった。
「だから、一週間、会えないわ」
どこまでも純粋な黒の瞳に、思わず吸い込まれそうになる。
彼女はよくなれた小動物のようにジタンの腕に頬をぴたりと寄せた。
「淋しいんだ?」
自分でも驚くくらい、いつもの癖のように、自然にでた言葉はいつものジタンだった。冗談みたいな口調はよけいな意識を必要としない。
彼の腕の中でダガーはほんの少し身じろぎをすると呟くように言った。
「あなたは何とも思わない?」
拗ねたみたいな口調に、ジタンはダガーを放すと黒艶の彼女の頭をぐしゃりと撫でた。
「淋しいにきまってんだろ」
彼女は怒った顔で自分の頭に手をやってぐしゃぐしゃになった髪をなおす。
ジタンは微笑んでいた。
その仕草がかわいかったから。
「ほんとなら一緒にいきたいんだけど、今回はそうもいかないわ」
ダガーが淋しそうに笑った。

                  ホントナラ一緒ニイキタイケド



            一緒ニイキタイケド






                         一緒ニ

その言葉が、どれほど耳に響いたか。
ダガーの淋しそうなその笑顔がどれほど美しく見えたか。
太陽はなおも沈んでいく。
ジタンは、心のなかでもう一度笑った。

違うんだな、やっぱり。

小声ながら声に出して呟いたジタンに、ダガーは敏感に反応した。
「なにが違うって?」
ジタンはそれにほんの少し肩を聳やかすと、こっちの話、ともう一度呟いた。
空に浮かんでいた大きな黄金色は完全に海の向こうに消えた。海の、日の沈んだ場所だけがまだ、美しい色をしている。

確かなことがある。
雨に立ち去ったアイツと、アレクサンドリアの女王は面影がよく似ているが、それはただそういう事実があるだけで。
アイツが淋しいと言ってくれたことなんてなかった。
一緒にいたいなんて言ってくれたことなんてなかった。
アイツとアイツで。ダガーはダガー。
今、ジタンが本当に大切だと、必要だと思うのは、雨の日のアイツでは決してなく。
アイツではないダガーを大切だと、必要だと思うようになったのも、彼女がアイツに似ていたからでは決してない。
アイツとダガーが似ているのも確かだが、彼のこちらの持論の方が、もっともっと確かなものなのだ。


                                          Fin.


参りました;;;
スランプで、書けマしぇぇーン(汗泣)




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