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また会える




傍らには、苦しげに横たわる自分と同じくシッポのある青年、クジャ。
世界を破滅の道に進ませる力さえも持っていたと言うのに、今の彼はあまりにも哀れで儚かった。
樹の枝々がまるで大蛇のようにうねり、唸りを上げながら暴れる。
脱出は不可能だと思われた。
無謀だということくらいは、わかっていた。でも、それでも、放っておくわけにはいかなかったのだ。
そして、大蛇がとうとう牙を剥いた。
目にもとまらぬ速さで四方から一直線に襲いかかってくる枝をよけることも叶わず、
ただ、反射的に伸ばした腕に、激しい衝撃をうけてジタンは目を閉じた。
そして。

気がつくと、真っ白だった。床も、天井も、右も左も、そして前も後ろも、全てが真っ白だった。
一瞬、視力を失ったのではないかと混乱してしまうほどに。
でも、ジタンは慌てたりはしなかった。彼にはなんとなくわかっていたのだ、自分の置かれた状況が。
そこは絵本や物語に出てくる『天国』という国にあまりにもよく似ていたから。
ただ真っ白なトンネル。このトンネルを抜ければ爽やかな涼風と一面に広がる花畑が待っているはずだ。
ジタンはごろりとあお向けになって目を閉じた。
目のくらむような白は、雪原のそれに似てはいるが、目を閉じると体中がぽかぽかと暖かかった。
いつかの、霧なんてない草原で陽光を浴びながら昼寝したときのようだった。

きっと、花畑が近いからなんだろうね。

寝転んでいるというのに、まるで宙に浮いているかのような気分だった。このまま、どこへでも飛んで行けてしまいそうな気にさえなった。
ところが、ふとクジャを助けることができたのかが不安になった。
が、今じぶんがこんなところにいるということは・・・。
疑問の答えは考えずともわかったような気がした。

ごめんな、結局助けられなかった

彼は唇の端に笑みを浮かべた。
この日がこんなに早く来るなんてことは考えたこともなかったというのに、実際に今、その瞬間が来ている。
「オレって天国に行けんのかな?」
誰に話しかけているわけでもないが、ジタンはバカみたいに大きな声で誰かに聞いた。
白の空間に、彼の声は素直に響いていく。
次第に気分がよくなってきて、いっそこのままここで眠ってしまおうかと思ったときだった。
瞼の向こうの白光が急に何かに遮られた。なんだろうと目を開けると、小さな女の子がジタンの顔を覗きこんでいた。
驚いた。この場所に自分以外に生き物がいるとは思ってもみなかった。
なぜなら、ここは・・・。
「こんにちは」
目を丸くしたままのジタンに女の子が微笑んだ。
なにか、不思議な雰囲気を持った子だった。同時にどこかであったことがあるかのような懐かしさを覚えた。
「誰だい?」
ジタンはゆっくりと体を起こしながら尋ねると、女の子は困ったようなそれでいて嬉しそうな顔で答えた。
「う?ん?…天使…、かなぁ…?」
天使と言われて納得した。
背中に白く大きな翼もなければ、頭上に金の輪もなく、天使という呼び名は似合わないような感じではあったが、
女の子の黒い瞳にはその言葉を信じさせてしまうような神秘的な光が宿っていた。
彼女はきっと自分を死者の世界へと迷わないようにつれていってくれるのだろう。
「行く?行く?一緒に行く?」
天使は瞳をクリクリさせてジタンの手を握った。
触れた白く小さな手が思っていたよりも冷たかったことに驚いてジタンが天使を見ると、天使は濁りのない笑顔をにっこりと作ってみせた。
と、急にただ、白かった世界が眩い光を発し始めた。
それは次第にぐるぐるとまわり光の渦になりながら七色に変わり光の道となって足元からまっすぐに伸びていった。

そこを歩いている感覚は全くなかった。しっかりと足を踏みしめているつもりなのに、その歩みはあまりにも不確かなのだ。
虹の道ははるか遠くまで延々と、きっともう2度と戻ることのできない場所へ続いているのだろう。

    もう、2度と、
          戻れない、場所へ。

こわさはなかった。ただ、ただ。
ただ、地上に残してきた愛しい人に一言だけでも言葉を伝えたかった。

  さよなら、ありがとう、会えて良かった、ごめんなさい、オレのこと忘れないで

                   好きだよ。

「………」
ジタンは頭を振った。
伝えたい言葉は、たくさんありすぎた。とても一言にはならなかった。
そして、それ以上考えるのは止めた。
彼女のことを思い出せば、その声が聞きたくなる。
声を聞きたくなれば、顔を見たくなる。
顔を見たくなれば、会いたくなってしまう。
どれも実行できない苦しさに花畑に向かうことが恐くなってしまうような、そんな気がしたから。
そう、まだ諦めきれているうちに全てを忘れてしまえば、すむことなのだから。
「いいの?」
自分で気づかないうちに、哀しい笑顔を作っていたジタンに天使が言った。
「なにがだい?」
天使の、誰かにそっくりな綺麗な黒髪が風もないのに静かに揺れる。
「大事な、人?」
天使の子供っぽいピカピカした瞳は、何かを見透かしているようだった。
「いいの?君の大事な人、さびしがってる」

さすが天使。

「そっか。よかった寂しがっててくれて。これで『せいせいした』とか言われてたらショックだし」
ジタンはいたずらっぽい笑顔を作った、つもりだった。
幼い天使はなおも真剣に彼の顔を見上げたまま。
「君がいなくなったから寂しがってるんだよ?」
「ダガーはしっかりしてるから大丈夫さ。」

そう、オレなんかいなくてもね。

なにかが喉元に引っかかるような、そんな感じがしてしまうのはしかたのないことだった。
自分だって、本当はいなくなんてなりたくないのだから。
「あの人、ないてるよぉ?」

仕方ないよ。
だって、どうしようもないじゃないか。成す術がないってやつ。
オレは、もう、帰れない。

「カワイソウ」
「………」

もう、帰れない。
        二度と。

「帰りたい?」
「え?」
「ダガーのとこに帰りたい?」
天使はなぜだか不安そうにジタンの顔を見ていた。
ジタンは自分よりずっと身長の低い少女のために、しゃがんで目線を合わせてやった。
「帰りたいと思う?」
少女は天使なのだから、きっと人間だった自分よりもずっと崇高な存在であるのだろうが、
その姿から彼は子供に話しかけるような口調で言った。
「オデコのあたりに書いてあるよ『カエリタイ』って」
天使はジタンの額をぺちぺちと叩いた。
「そっか。」
ジタンは優しく微笑んだ。
「やっぱりオレ、帰りたいって思ってるんだ」
彼はゆっくりと立ちあがってため息をついた。
帰りたいと思うのは事実。変えようもない、どうしようもない事実。
でも、帰ることが出来ない、と言うのもまた、事実なのだ。
「…今ならまだ戻れちゃったりなんかしたりするよ」
「え?」
天使が生意気に得意げな顔をしてみせたので、ジタンは思わずその顔を覗き込んだ。

虹は時折、キラキラとした光の粉を撒き散らす。その虹が一瞬霞んだ。
「まだ、死にたくなんてないでしょ?」
真っ白な幻想の中に虹の道がゆっくりととけてきえた。
「まだ、ダガーと一緒にいたいでしょ?」
再びただの真っ白に戻った世界が、突如として真っ黒な闇に変わった。
「ちがうの?」

ちがわない。戻りたい。帰りたい。
声が聴きたい。顔が見たい。
この腕に、抱き締めたい。

「正直者には、いいことがあるんだよ」
天使は小さなこぶしをきゅっと握り締めた。ふたたびゆっくりとそれが開かれた時、そこには銀色の小さな鍵が光っていた。
「この鍵ほしいでしょ。」
天使の背後で薄茶色の影が揺らめく。それがどんどん大きくなって見極められるカタチとなったとき、それは一枚の扉だった。
「ほしくないの?」
そのノブの下には小さな鍵穴があいている。そう、ちょうど天使の手のひらの、銀の鍵がぴったりとはまりそうな鍵穴が。
「………………………
      ………………………いる……………」
ジタンが少し悔しそうに呟いたので、天使は満足そうににっこりと笑った。そして彼の手を取って、小さな鍵をその手に握らせた。
彼女はジタンの手を大事なものを扱うようにそっと上から握り締めると、そのままゆっくりと顔を上げた。
「約束してほしいことがある」
しっかりとした声だった。
まっすぐに彼の目を見据える真っ黒な瞳。
「あの人のことは、ずっと大切にして欲しい」
「わかってるさ」
「何があっても、ずっとずーっとだよ?」
「もちろん」
「よろしい」
ふたたび満面の笑みを浮かべ天使はジタンの手を離した。
彼は慎重に扉へ歩み寄った。
古臭い扉だった。同時に触れた瞬間泡のように消えてしまいそうな、儚さを感じた。
彼は、受け取ったばかりの小さな鍵を、鍵穴にさし込んだ。鍵は、鍵穴にぴたりとはまり、彼はそれをゆっくりとまわした。
カチャン
ジタンはそっと扉を開けた。
目がつぶれてしまうかのような眩しい光。
彼は閉ざされた闇の中の唯一未来へ繋がる扉を開けたのだ。
扉の先にあるもの。
それはもう2度と帰ることの出来ぬ場所ではなく、希望へと続く道。
「よかったね、これで、帰れるよ」
ジタンはその光の中へ一歩を踏み出した。
彼は振りかえった。
扉のすぐ向こうに天使が後ろ手を組みながら微笑んでいるのに、扉のこちらがわと、天使の立っている向こう側とではもう、全く別の世界だった。
「ありがとう」
天使は黙ってうなずいた。
それを待っていたかのように、まるでそれが合図だったかのように、古臭い扉はゆっくりと閉まり始める。ジタンははっとなった。
「そうだ、君、名前は?天使にだって名前ぐらいはあるだろ?」
「ないよ。」
扉はなおも閉まってゆく。
「待って、今オレが考えてやるよ、、、、、、、、、、っと、そうだ!」
ジタンが考えたばかりの名を言おうとすると少女は笑顔のまま首を横に振った。
「その名前、まだ言わないでおいて。5年後?10年後?いずれか近いうちに聞かせてもらうから」
「また会えるのかい?」
「もちろん」
少女は笑った。そしてスカートの裾を持ち上げて丁寧にお辞儀をしてみせた。
「さよなら」
扉はもう少女の身体が半分以上隠れてしまうほどまで閉まっていた。
そして、扉は音を立てて完全に閉じた。
「あっ、、、おまえっ、、それ、、!」
彼は見た。扉が閉まる寸前、あの少女の後ろでゆらり、と長いシッポがゆれたのを。

なぜ気づかなかったのか、少女も彼と同じようにシッポを持っていたのだ。
閉まってしまった扉を前に、彼は呆然と立ち尽くした。やがて扉が薄らいで消えてしまっても、彼は動かなかった。
そして、真っ白な世界の中で、彼はどうしようもないほどの睡魔に襲われた。
眠りに落ちる寸前、薄らいでいく意識の中、彼はあの少女の声を聞いた。彼をここまで導いてくれた少女の声を。

『お母様のこと、たのむね』


彼が次に目を覚ましたのは、黒魔道士の村の、小さな宿屋。
彼は包帯を巻かれたままベッドに寝かされていたのだった。

彼が少女の言葉の意味を理解するのは、これよりも更に後のことであった。


Fin.




なんでしょう、これは・・・?
もう少し泣ける話を書きたかったのだが、、、、
あっけねぇ〜!!!
あ、そう言えば「歌ったんだ」(わかるよね、、?)のセリフのこと
すっかり忘れてた、、、、(汗)





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