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・孤独な神羅兵 
Lonely Soldier of SinRa

ピコ半様

 

 薄暗い線路を天井にある蛍光灯が無造作に照らす。
 その道を我が物として走り抜ける機関車。そして、それから飛び降りた三つの人影。
 それとほぼ同時刻。彼ら神羅兵たちは騒がしくも正確な移動を行っていた。だが、それはいつものこと。ただ偶然が一致しただけに過ぎないことなのだ。
 彼らの前に現れたのは、三つの人影。闇雲に戦ってはただ負けて、死ぬというのは誰もが分かっている。しかし、彼らには考えるほど余裕などない。とにかく戦い、それで勝てば問題無し。負ければ死ぬだけ。それが神羅カンパニーに属する彼らのさだめなのだから。



 金髪の青年が両手に持つ大剣を高々と振り上げたかと思うと、次の瞬間には仲間が一人冷たい線路に倒れ伏していた。また一人、また一人と次第に数も少なくなっていく。
 焼けた黒肌の大男が右腕から放つ弾丸が何人もの仲間たちの命を奪っていく。時にはその腕で殴りつけると、側面の壁に叩かれ項垂れたまま起き上がる気配はない。
 長い黒髪を靡かせながら、一見見ただけでは普通の女性にしか見えないその人も革手袋で覆った拳で頬を殴り、それに繋げるように素肌の足を一気に後頭部や脛に蹴りつける。
 目の前で彼はなにもできずにバタバタと倒れていく仲間を見ていることしかできなかった。
 大剣が勢いよく舞うようにして仲間の神羅兵を切り倒す。よく見れば、その瞳は青く染まっている。
 ソルジャー。彼ら一般兵よりも凄まじい戦闘力を持った神羅カンパニー側の存在だったはず。裏切ったのか? だがなんのために……。
 そんなことを頭の中で考えてはすぐに現実に引き戻される。仲間の苦痛な叫びによって。
 時折、配備していた神羅製の機械兵たちも三人に攻撃するがそのどれもが空振り、もしくは掠める程度のものでしかなく、呆気なく真っ二つにされ、あるいは何発もの弾丸をその体内に浴びる。
(これが反乱組織の……ソルジャーの力なのか)
 彼の目には二人は映っていなかった。ただ前線で暴れているようで冷静に斬撃を放っている金髪のソルジャーだけが映っていた。
 あの大きな剣で斬られたらどうなるのだろう。多分、死ぬだろう。やはり痛いのだろうか? だとしたら、倒れている仲間たちはその痛みを全身に受けているのだろうか?
 次第に機関銃を持つ手が震え出す。青い軍服に包まれた彼――エブレスは、まだ神羅兵になってから間も無い。だから余計に実戦が怖い。先輩が呆気なく死んでいく姿を見て、同時期に入った仲間も同じように呆気なく死んで、神羅カンパニーがその自慢の腕で作り上げた機械兵もあの始末。恐怖と驚愕以外に彼の表情に現れるものはなかった。
 最後にその場にいた仲間も今、大男のギミックアームから発せられた弾丸によって倒れた。残されたのは、彼ただ一人だった。
「あとはおまえだけだな」
 大男が右腕代りのギミックアームに弾を込めながら近付いてくる。その風貌は、激しい戦いを潜り抜けて来た者としては十分なほど。
 鉄製の大剣の切っ先を目の前に見せられ、エブレスは小さく悲鳴を上げるとその場に立ち竦んだ。
「死ぬか逃げるか、どっちか一つだ」
 静かに彼の口から発せられた言葉は、随分と酷く重々しかった。
 これがソルジャーなんだということを改めて認識した。
「い……あ、に……」
 奥歯がカタカタと小さな振動でぶつかり合う音だけがエブレスの頭の中を制していた。その時、彼は生まれて初めて腰が抜けるという意味を知った。突然エブレスは座りこんでしまい、後退する気配も見せなければ攻撃するようにも見えない。
「……ふざけた奴だ」
 青年はそれだけ言うと、大剣を高々と振り上げた。エブレスは死を待つだけだった。
「待って、クラウド!」
 不意に女の声が耳に聞こえたが、それはエブレスに届いているかは不明である。しかし、それは彼に女神が微笑んだから起こったことなのだろう。
「この人は既に戦意を失くしているわ。それに、これ以上神羅の兵と時間を持て余しているほど余裕はないの。だから、先を急ぎましょう?」
「まあ、確かにうまくねぇ酒を飲み続けてもつまらねぇしな。さっさと終わらして神羅の野郎に一泡吹かせてやろうぜ!」
 右腕を振り回しながらそう叫ぶように言うと、クラウドと呼ばれたソルジャーも剣を下ろして背中に担ぐようにしてその場を去った。
「フンッ、命拾いしたな」
 最後にその言葉だけを残して、ソルジャーは来た道を戻っていった。それに続くように大男と女性も駆け寄る。
 エブレスは一命を取りとめた。
「は……はは、はははっ、ハッハッハ! ――は、はは……」
 なにがそんなに可笑しいのか、エブレスは一つ笑い声を上げた。だが、それも次第に弱くなっていき、泣き声へと変わっていった。頬をつたう一筋の涙がそれを伝える。
 彼はその後、そのことを上官に伝えたが、肩を優しく叩かれ一言言われた。
「ハイデッカーの奴に知れる前に、ここを辞めた方がいいぞ」
 それにエブレスは小さく頷くことしかできなかった。
 ハイデッカーに知られれば、自分は確実に殺される。その男の評判は、兵の中でもかなり悪い。
 そして、エブレスはその日をもって神羅から手を退いた。仲間と共に失った時間を、彼はミッドガルのどこかで取り戻そうと、静かに暮らし始めた。

「……以上が今回の件で失った神羅兵の数です」
「七十三人か……被害は大きいが、すぐに立て直すことは出来るだろう」
「はい。……それで、兵を辞退した者の対処はいかがしましょう」
「タークスの連中を使えば済むだろう」
「反乱組織と共にいた元ソルジャーの方は?」
「それもあいつらで済ませろ。出来る限り事を荒立てぬようにな」
「承知しました。……レノとルードにそれぞれ分担させて行わせます」
「うむ。……ルーファウスよ、少し休んではどうだ?」
「いえ、私はまだ仕事が残っていますので。失礼します」
 階段を下りる音が静かな社長室に響き渡る。
 プレシデント神羅は、懐から葉巻を一本取り出すと、口にくわえてその先端にライターの火を付け一服した。
「我が息子ながら、なかなか仕事熱心な奴よ」
 葉巻を取り、口内に充満した煙をゆっくりと吹き出す。プレシデントの笑い声が、小さくも社長室内に響いていた。


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