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His Habit

かつては栄えていた召喚士の村、マダイン・サリ。今は廃墟となったその場所が、彼女の居住地となっていた。
海は近いくせに乾燥したこの大地には、草木も少なく全体的に赤茶けた色をしている。
おかげで、様々なものがすぐに風化してしまう。
「あっ!?」
足を下ろしたとたん、土を固めて作られた階段が崩れ落ちてしまい、ラニは慌ててその場から飛びのいた。
なんとかなおそうと崩れ落ちた土を手に取るが指先でそれは粉々になってしまい、もうどうしようもない。飛び散った茶色のほこりで思わずむせてしまう。
「コラ〜ぁ!また壊したクポね!?」
背後からひどく甲高い声にいきなり怒鳴られて、彼女は急いで土で汚れた手を隠して振り向いた。綺麗な白い毛並みのモーグリが腕を組んで突っ立って、もともと細くつりあがった目を、更につりあげている。
ラニは後ろに組んだ手をゆっくりと擦りながら、いたずらっぽい笑みを浮かべた。そうしながらも頭の中では必死にいいわけを考える。
彼女よりもずっと背丈の小さなモーグリは彼女の足元にしゃがみこみ、階段を見つめた。崩れたところを指でなぞりながらため息をつく姿は、丸々と太った羊といったところか。
ラニは思わず吹き出した。
「クポォッ!!」
「ご、ごめんなさいっ!!」
本人は怒ったのだろうが、それでも面白い顔で振りかえったモーグリの頭上を、ラニはわびながらポーンと飛び越えた。
顔の前で手を合わせて舌をだし、もう一度『ごめん』と唇の動きだけで言い、彼女はその場を走り去った。
「…楽しそうクポね…」

「はぁっ…」
慌てて走って、息切れしてしまった。
村から2kmほど離れた山道まで、彼女は一気に走ってきてしまったのだ。
黄金に染まった道が眩しい。小石が長い影を引いているのは、日が低い証拠。朱色がかった太陽が顔を出したばかりだ。
はしゃいでる。
ラニは自覚していた。
まるで贈り物のふたを開けるときのような期待と、わずかなもどかしさ。
狙った獲物は逃さないと言っていた頃の彼女と、今の彼女は別人格。今のラニは充分に幸せだった。
彼女は少し背伸びをして向こうの道から誰も来ていないことを確認すると、懐から薄汚れた小さなミラーを取り出した。白く濁ってしまったそれにラニは自分の顔をうつした。目をぱちぱちとして、にこっと笑顔を作る。かと思うと、ツンとすまして、なにくわぬ顔をしてみる。
「バカねぇ」
娘らしい感情を、自らバカにしながらも彼女の頬は緩んでいた。嬉しくて仕方ない気持ちを、自分自身に隠す必要なんてない。
わくわくとしすぎている胸を落ち着けようと、ラニは肺にたまった空気を一気に吐き出した。
再び背伸びをして道の向こうを出来るだけ遠くまで見ようと試みてみたが、やはり人が来る気配はなかった。少し、早く来すぎてしまった。
待ち人は、まだ来ない。
太陽が、少し高い位置に来た頃に彼はようやく現れた。
ラニは無邪気そうに手を振って見せ、彼の名を叫ぶ。
燃える炎のごとく真紅の髪、体は鍛え上げられ、筋肉はよく締まっていた。
彼の肩に担がれた荷物は、重量のあるものだったが、彼が担いでいるかぎりは重さは全く感じられなかった。
焔色のサラマンダー。
「今日もわざわざありがとう」
ラニはさきほどのミラーの前でのリハーサルどおり、あどけない笑顔を作った。
そんなことで、サラマンダーの感情がなにか変わるわけがないことは、彼女もよく知っていたが。
サラマンダーは持ってきた荷物をラニの足元にどすりと降ろした。
なかには、野菜やらさまざまな果実やら、それに加えて少量ではあるが貴重な肉などが詰め込まれていた。
マダイン・サリでは食料を自分達で作り出すことはほとんどできない。外から補給してくる以外に方法がないのだ。
以前は隣村のコンデヤ・パタまでラニが足を運んでいたのだが、いつしかサラマンダーがこうして食料を持って来てくれるようになったのだ。
「今日はいちだんと多いわね、助かるわ」
普段の2倍はあるかと思われる荷物をラニはまじまじと見つめた。体力に自信がないわけではない。
しかし、この量では。
サラマンダーにならともかく、女である自分にこの大荷物をだいぶ離れたマダイン・サリまで持ちかえるのは、とんでもない大仕事になりそうだった。
食料はあればあるだけ助かりはするのだが。
「・・・よっ!」
彼女は短い気合で、一気に肩に荷物を背負いあげた。
背筋の曲がった老婆のような苦しげな姿勢のまま、ラニは数歩歩いたかと思うとやはりよろけて、座り込んでしまった。
「大丈夫か?」
ワケないでしょ。
「大丈夫よ」
心に思ったことは、わざわざ口に出さずにおいた。
彼女はもう一度必死に立ちあがったが、何mも歩かないうちにまた座り込んでしまった。
「持ってってやる」
密かに期待していたサラマンダーの言葉。
ラニはおとなしく、荷物を担いだ彼の後に続いた。
彼女の歩幅など気にする様子もなくずんずんと大股で歩いていく彼の後姿。
いつからだろうか、その姿を見るのが楽しみになったのは。
別に、狙って荷物を持てないフリをしたってワケじゃないわよ。ホントに重かったんだから。
自分自身にいいわけをしている彼女の顔は、どうやらだいぶ嬉しそうな笑顔だったらしい。
「なにがおかしい?」
気がつくと、サラマンダーに怪訝そうな顔で見られていた。
気恥ずかしさと、慌てたのとでラニの顔は一気に紅潮してしまった。とっさに出た理由は、
「お、かしいっていうか、嬉しいのよっ、ほら、ほらっ、こんなに食べ物があってモーグリ達が、大喜びするじゃない?それを想像してたら・・・」
彼女自身はこれで充分理由になるだろうと思っていったものだったのだが。
サラマンダーがなにやら、いぶかしげな表情をしている。
見ると、彼の手元にはもうあのでかく、かさばる荷物はない。かわりにラニの足元には、例の荷物に群がって中を覗きこむ嬉しそうなモーグリ達。
『モーグリ達が喜ぶ姿を想像する』必要はなかった。
気がつかぬ間に、マダイン・サリについていたのだ。いつのまにか、頭に羽が生えて意識をどこかに飛ばしてしまっていたらしい。
彼女は誤魔化すように中途半端な笑みを浮かべながら、後ろ髪を撫でつけた。
小さなモーグリ達は、食料を少しずつに分けて保管庫に運び始めた。微笑ましいその姿にラニは満足そうに微笑んだ。
「モーグリ、カワイイでしょ?」
彼女の嬉しそうな声に、サラマンダーはどうだかとでも言う風に肩をすくめた。
「そろそろ帰る?おくっていくわ」
おくっていく、というか、ただついていきたいだけなのだが。
「その前に言っておかなきゃならないことがある」
先に歩き出したラニの背に声がかかった。
振りかえって見たサラマンダーの表情は先ほどと違って、あまりいいものではない。少なくとも、いい話ではないらしい。
誰もが自然にするように、彼女は少し構えた。多少のよくない知らせに対応できるように。
「食料を運べるのは、今日で最後になった」
聞き違えたのだと思った。
「え?」
「ここを離れることにした」
普段となにもかわりばえのしないサラマンダーの表情。だが、ラニの顔は凍り付いていた。
引きつった笑顔が張り付いたまま動かない。驚愕のあまり、目の前が霞み、めまいを覚えた。
「どうして・・・?」
彼女は喉元を押さえた。そうでもしなければ、今朝のモーグリのように、ものすごい金切り声を上げてしまいそうだった。
まるで肺を握りつぶされたかのように、急に息苦しく、血が引いていくように寒かった。
「まぁ、いろいろ」
なによ。なんなのよ。なんだっていうのよ!?
握り締めた拳が、白くなった。手のひらに食い込んだ爪が皮膚を突き破ったのではないかと思われた。 脳天に槍でも突き刺されたかのような衝撃には彼女の構えでは対応できなかった。
「なによ!?『まぁ、いろいろ』って!!どこに行くって言うのよ!?!?」
両手いっぱいに食料をかかえたモーグリ達がいっせいに驚いて降り返った。
ここを離れる理由など、聞く必要はなかったかもしれない。
ここは不便だ。住みにくい所だ。離れられるなら、離れてもっと住みやすいところを探すのが道理というものだ。
でも、理由を聞きたかった。
しかし、わけもわからず怒鳴られたサラマンダーのほうは気を悪くしてしまったらしい。
「うるせぇな。もう行く」
「あ!!ちょっと!!」
追いかけることもできただろうが、無駄だった。追いかけたところで、彼がどこかに行ってしまうのをとめることはできないだろう。
ラニは突っ立って、去っていくサラマンダーを見送った。ただ無表情なまま。
「行き先くらいおえてくれたっていいのにね、かっこつけちゃって。かわいげのない奴」
足音ですぐ背後にモーグリが近寄ってきたのがわかったので、彼女は言ってのけた。
平然といったつもりだったが、かすれた声が震えていた。
小さな、小さなため息が聞こえる。
「アレにかわいげがあったら気持ちが悪いクポ」
「それもそうね。もしかわいかったら、ピンク色のサラマンダーになっちゃうわ・・・」
語尾ははっきりとしなかった。
『ピンク色のサラマンダー』をバカにするように笑ったつもりだったが、喉が乾燥して声は出なかった。
胸がどんどん冷たくなってくるのがわかる。
耐えきれなくなって瞬きをすると彼女の、自慢の褐色に日焼けした健康的な頬を一筋の涙が駆け下りた。
「いいクポか?」
「なにが?」
背後のモーグリが彼女の涙に気づいたか否かは不明。
「今ならまだ間に合うクポ」
「あんた達を残してはいけないわ」
「後悔するクポよ?」
渇いた風が、彼女をそこから追い立てるように吹き抜ける。砂塵が巻き上げられて、彼の立ち去った方を濁らせた。
サラマンダーの姿はとっくに見えなくなっている。だが、走れば追いつくことは可能だろう。
「さよならはいらないクポ、またいつか逢えるから」
モーグリが笑ったのがわかったのでラニは走り出した。
「ごめんね、ありがとう!」

「なんでこんなに歩くのが早いのかしら?」
ラニは走った。
どれほど走っただろうか。彼女にはもう、半日ほど走っているように感じられた。サラマンダーの姿は見えてこない。
なんとしても、おいつきたかった。おいつかなければならなかった。
足が重く、息が出来ないほどになっても、彼女はスピードをおとさなかった。
漂う砂埃が目に入ろうとも、彼女は立ち止まらなかった。
そして、やっとのことでその姿を遠くに確認することができた。
「待って!!お願いだから待って!」
呼んで聞こえる距離ではない。気がついてもらうには、もっとおいつく必要があった。が、
サラマンダーがふりかえった。
なぜ。
「サラマンダー!!」
ラニは手を振った。泣き出しそうになるのを抑えながら、必死に手を振って走った。
体はとうに疲れきっていた。でも、彼女はサラマンダーの元へ走りよった。
「さっきは、ごめんなさい」
聞こえるか、聞こえないか、ぎりぎりの声でラニは言った。手で膝を掴んで頭を垂れ、苦しそうに肩で息をしながら苦しそうにうめいた。おいついたとたん、急に疲労が押し寄せたのだ。吐き気や頭痛を催し、それでも彼女は足を踏ん張った。
「教えて、どこに行くの?」
呼吸が落ち着いてくると、ラニはまっすぐ顔を上げた。他人と目をあわすことを好まない目を決して逃さぬよう、彼女はじっと挑むように見つめた。
だが彼は、こともあろうにそっけなく目をそらした。
「さぁな」
せっかくおいついたラニを置きざりにして、彼はさっさと歩き出してしまう。ふりかえることなく片手を振って別れを告げるサラマンダーを彼女はおいかけようとしたが、今度こそ足は言うことを聞いてはくれなかった。
彼女は座り込んでしまった。悔しさに再び涙がにじむ。動いてくれない自分の脚を、待ってくれないサラマンダーを、彼女は少なくともその一瞬は呪った。
既に彼女から離れたところまで歩いていってしまったサラマンダーにラニは叫んだ。
「ついていきたいっていうのがわからないの!?」
「団体行動は好きじゃない。」
まるで嘲笑うかのように言われて、ラニの胸の中で何かが爆ぜた。
かわいくない…っ!!
「あんたなんか、あんたなんかピンク色になっちゃえばいいんだわ!!バカじゃないの!?好きなのにっ!ついていきたいのに!!どうしてわかってくれないのよ!?!?」
「……」
空気が、またしても冷たくなっていく。
なぜ、自分はこんな思いをしなければならないのだろう。
唇をかみながらラニは視線を落とした。
「ごめんなさい。もう、いいから。はやく行って」
空回りしている自分がバカらしくなった。自分がなにを言っているのかも、よくわからなくなり、投げやりな気分になってしまった。
涙がこぼれおちた。でも、彼女はそれをぬぐおうともしなかった。
そのとき、離れていったはずの足音が彼女のほうまでひき返してきた。ラニは顔を上げた。
「はやく立て。アレクサンドリアにいく船に乗り遅れる」
乾いた風はかけぬける。わずかにはえた頼りなく細い草を撫でながら。
「え?」
落ちたばかりのはずの涙が、既に乾ききってしまっていた。赤くなった目に、風がしみる。
「次に船が出るのは1ヶ月後になるぞ?」
サラマンダーの固く結ばれた口元が、うっすらと微笑んだのを彼女は見た。
「いいの?ついていってもいいの?」
「勝手ににすればいい」
彼はあきれたようにまた肩をすくめて見せた。

ラニはしっていた。

「団体行動は嫌いだって言ったくせに」

バカにするように肩をすくめるサラマンダー。
短いけど、長い間彼の姿を見てきたから、他の誰よりも彼をよく見つめていたから、ラニはちゃんと知っていた。
それが彼の癖だということを。

「二人は団体行動とは言わない」
「ふぅん」

それは彼が、照れ隠しによくする癖だということを。

「ごまかすことないのになァ」

そして彼女は、もう一度サラマンダーが肩をすくめるのを確認せずにはいられなかったのだ。

Fin.





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