あなたの小鳥になりたい
イーファの樹の枝が根が唸りをあげている。
紫の空が不気味にうめいている。
早く、早く、、、
「王女様」
やめて、やめてよジタン。そんな風に呼ばないで。
ダガーはもがいた。彼に触れようと、彼の手を掴もうと。
しかし、体がどんどん上に上がっていく、微笑んだ彼の顔がどんどん遠くなる。
あっという間に眼下にみえるその姿は、もう小さな点でしかない。
いやだ、お願い行かないで。私を置いていかないで。
毒々しい濃い緑の枝が、鞭のようにうねり小さな点を直撃した。
いや、いやだ。こんなの、こんなの、いや・・・・・・っ!!!
ガーネットは目を覚ました。白いレースに囲まれた豪奢なベッドの上で。
涙と汗でぐしょぐしょになった頬に黒い髪がじっとりと張り付いている。
夢。
あの時から、何度この夢を見たことだろう。
ジタンがクジャを助けると言ってイーファの樹の中に飛び込んでいってから、どれほどの月日がたったことか。
当時、肩までしかなかった艶のある髪は、元のように腰の下まで伸びている。
夢、だけど現実。
ジタンは、帰ってこなかった。
彼が助けにイーファの樹に行く、と言ったときも、そして繰り返し見る夢の中でも、ガーネットは何度も「行かないで」と言おうとした。単純な言葉。
それでも、彼を止めることが出来るような気がしたから。
でも、口からその言葉が出てくることはなかった。言えなかったのだ。
なぜなら。
自分の意思のままに進む、そんなまっすぐな彼が好きだったから。
そう、好きだったから。
ガーネットは小さく口元に笑みを浮かべた。
しかし、唇はすぐに力なく泣きそうなへの字に曲がってしまう。
「好きだったから」
その言葉さえも、伝えることは出来なかった。
どうしてなの?ひどいよ。必ず帰ってきてって言ったのに。
なんて、なんて無責任な人なのかしら。誘拐して、途中でほっぽりだすなんて。
ガーネットは窓辺に近づいた。
そこから見える真っ青な空は、いつか見たときの青空によく似ている。いつのことだったかは思い出せないが。
白い鳩が飛んでいくのが目に映った。
濃い鮮やかなブルーに濁りのないホワイト、美しいコントラストだ。
女王という重荷はガーネットの肩に重くのしかかる。
「小鳥になりたい」
あぁ、そうだ。
今日、タンタラスの劇場艇がアレクサンドリアに来るのだ。
演じられるのは『君の小鳥になりたい』。
それは、あの日彼にはじめてあったときに演じられていたものと同じ。
きっと、みんなにも会えるんだわ。
わずかに微笑むと涙が乾いた頬がつっぱって、ぴしりと痛かった。
「懐かしい」
ガーネットは劇場艇の舞台を眺めて微笑んだ。
朝はあんなに憂鬱だったのに大衆の前に出ると、不思議なことに女王としての自信がでてくる。そう、負けてもいられないのだ。
自分が頑張らなければ誰がこの国を守ってくれるというのだろう?
「泣いてばかりはいられないわ」
そのとき、照明が明るく舞台を照らし立派な衣装をまとったバクーが舞台の前へと歩みでて、前説が始まった。
あの時もここから、この舞台を見ていた。
お芝居を見るのは大好きだった。特に『君の小鳥になりたい』は本で何度も読むほど好きだった。
でも、あの時は全然楽しみでなんか、なかった。大好きなお芝居が始まるというのに、つまらなくてしょうがなかった。
だが、開演してその気持ちが大きな決心に変わったのだ。
王女コーネリアは自分の恋を貫くため、家柄を捨てようとした。
ならば、自分も、王女ガーネットも城を家柄を捨てることが出来るのではないか、と思った。
結局、ひとりでは何も出来なかったけど、そのおかげであなたに会えたのよね、ジタン?
そして、劇はクライマックスへ。
何度も本で読んで、先がわかっているストーリーなのに、やはり何度でも鳥肌が立つくらい感動してしまう。
やっぱり、台詞がとても素敵だからかしら?
・・・今回は、なんだかそれだけじゃない気がする?BGMのせい・・・?
「太陽はわたしたちを祝福してくれなかったか・・・」
・・・違うわ。マーカス役の声が、なんだか、とても懐かしい気がする?
「おぉ、月よ、どうかわたしの願いをかなえてくれ」
お月様は願いをかなえてくれるの?
それが本当なら私の願いも叶えてほしいのに。
ガーネットは舞台の白い、小さな月をじっと見つめた。
ジタンに、会わせて
「会いたい、愛しのダガーに!!」
なんですって??
頭の中が真っ白になってしまって、一瞬、自分の視覚と聴覚を信じることが出来なかった。
舞台のマーカスを演じている者が、自分のもうひとつの名を呼んだ?
彼の顔が隠れるほど深くかぶっていたフードつきのマントがはずされて、そのなかから出てきたのは、シッポのある見覚えのある顔の男。
・・・嘘でしょ・・・・夢?・・・
夢でも、よかった。なんでもいい、彼の顔をもっと近くでよく見たかった。
もし、夢だと言うのなら、目が覚めてしまう前に、彼の声が聞きたかった。
「ジタン!!!」
無我夢中で階段を駆け下りた。
人ごみをかきわけた。
早く、早く
「あっ・・・・!!」
首にかけていた銀のペンダントの鎖が千切れて床に転がり落ちた。
それはアレクサンドリアの紋章がはいった、大事なペンダント。
女王の証。
あわてて拾おうと伸ばした手はペンダントまで届かなかった。
もっと、大切なものがある、と彼女の足が駆け出したのだ。
ドレスの長いスカートの裾がこんなに邪魔に感じたことはなかった。
ようやく舞台にたどり着いた時には、息が切れて、心臓がどきどきした。
でも、そんなことはどうでもよかった。
彼女はためらうことなく舞台の上の人物に近づいた。そして、倒れこむようにして抱きついた。
「会いたかったよ、ダガー」
フザけて、カッコつけたみたいな口調は、ちっとも変わってはいない。
ダガーは小さな拳を思いきりジタンの胸にぶつけてやった。ついでにヒールの高い靴で足を踏みつけてやろうかとも思った。
「心配して、どれだけ泣いたと思っているの!?」
ジタンは答えるかわりにダガーをぎゅっと抱きかえした。
「もう少しで、あなたの顔を忘れるところだった」
涙が溢れて止まらなかった。
さっき泣いてばかりはいられないと言ったばかりだったのに。
「オレは毎日ダガーのことばっかり考えてたけど?」
幼い時から何度も本で読んで大好きだった『君の小鳥になりたい』。
とっても素敵な物語だと思う。
ダガーはゆっくりと、彼に手を伸ばした。
まるで、とてもかよわく儚い、おびえた小鳥のように。
「あなたという名のかごに、私を入れてください」
でもね、私はもっと素敵な物語を見つけた。
「私は、あなたの小鳥になりたいの」
王女コーネリアは最後に悲しく死んでしまうけど、
ジタンはフザけて、カッコつけたみたいな笑顔を見せた。
そして、包み込むように差し出されたダガーの手をそっと握り締めてやった。
「もちろん、喜んで。」
私の見つけたこの物語は、ハッピーエンドで終わるから。
だって、そのほうが悲劇よりもずっと素敵でしょう?
Fin.
エンディングのお話です。
エンディングではとても感動したので、すごく書きたかった一編だったのですが。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ちなみに、名前をダガーとガーネットの両方を使っているのは
間違えたわけではありません(笑)