31.インターネット上の気象解説

これは日本気象学会誌「天気」2004年12月号の「気象談話室」
(第51巻、911-915ページ)に掲載の内容と同じものです。

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著者: 近藤 純正

1.はじめに

近年、インターネットの利用が盛んになり、その良 い面、悪い面の指摘も行なわれている。筆者はこの数 年来、大学で集中講義をした際に、学生から提出され るリポートで気になることがあった。多くの人たちは、 同様なことに気掛かりになっていると思うので話題と したい。

私は、学生に講義内容をよりよく理解してもらうた めに、講義の中で各人が関心のあった部分に焦点をし ぼり、「標題」を付けて内容をまとめるリポートを提 出させている。教科書類の丸写しは不可とし、短い文 章で、読者に分かり易い解説や自分の意見を伝える訓 練を意図したものである。講義では教科書を用いるの で、それを主体とし、インターネット情報は補助的な もので、うしろに引用を明記して付け加えてもよいこ とにしている。

気象災害や環境問題などに関して学生から提出され たリポートを読み、講義の簡潔なまとめ、各自の考え を論述した内容、感動を覚える文章に出会ったとき、 私は講義のやりがいを感じる。

他方、一部の学生だが、講義内容をまとめる作業は 面倒なので、安易にできるインターネットで検索し、 引用も明記せずにあちこちに掲載されている内容を合 体したリポートを提出する者もいる。こうしたリポー トを読むと、何のために講義をしたのか、講義する必 要はなかったのではないかと、嘆きたくなる。

教師とはこんな喜びと悲しみを体験するものだろう。 ここでは後段のリポートを問題としたい。この小文が ホームページ作成者と、学生を指導する教師に対して 問題を考える契機となるならば幸いである。

2.放射冷却の解説

例として放射冷却を取りあげる。一部の学生リポー トに書かれた内容の元をインターネットでたどってみ ると、以下に示す記述に出会った。多くの場合、検索 者の知識・学力が不十分な場合、記述内容は大学生・ 研究者向けのものなのか、小・中学生向けなのか判断 がつかない。学生は安易に引用してリポートを完成す る。この安易な引用が問題である。

次の(例1)~(例5)に示す「 」内の解説はそ れぞれのホームページからの抜粋文である。下線部分 は、例として取り上げて議論したい箇所である。

(例1) 小・中学生向けの放射冷却
「地球から宇宙空間へは赤外線としてエネルギーを 放出しています。赤外線は大気中の水蒸気や二酸化炭 素に吸収されやすい性質を持っていますが、雲のない よく晴れた日などは、この赤外線放射が促進され、地 表面温度が低下します。」(出所を辿ると、大学の教 育学部による。)

この解説は説明を簡単にしてあるために間違いだと はいい難いが、小・中学生にとって放射冷却は難しい 現象ではなかろうか。放射冷却は小・中学校の学習指 導要領で取り上げられないが、テレビの天気予報番組 などで使われるため用語を知っている子供もいる。そ のため、総合的な学習の時間で取り上げられる可能性 があるという。

(例2)科学館による放射冷却
「反射式のストーブの近くは、温風が出ているわけ ではないのに暖かく感じます。・・・・・ストーブを とめると、熱かったストーブも徐々に冷えていきま す。・・・温度の高いものがまわりに熱を放出して冷 えるという、ごくありふれた現象が地表と空気の間で 起こった場合、これを放射冷却といいます。」「太陽 が沈んでしまうと日光から熱が供給されません。とこ ろが、地表からは熱が放出されているので、地表の温 度はストーブを止めたときと同じようにどんどん下が り、地表近くの空気も冷やされます。」「雲があると、 地表から放出された熱は雲で反射されたり、一度吸収 されてから放出し返されたりします。・・・・・あま り冷え込みません。」(出所をたどると子供向け科学 館による解説。)

この解説の中で、雲が地表から出た熱(夜間である ので赤外放射)を"反射する"の表現は、あちこちで 聞くものであり、広く普及しているのではなかろうか。 以前、テレビで気象予報士が同様な説明をしていて筆 者は驚き、この引用の元を知りたいと思った。そこで 科学館に問合せると、これは引用文献等なしで記述し た内容であり、さらに、これらの内容は地方新聞に連 載されているという。

この解説からは、子供も大学生も、雲によって可視 光線が散乱・反射するのと同様に、赤外線も同程度に 反射されるものと理解するのではないか。また、"一 度吸収されてから放出し返されたりする"とは、どん な物理過程が考えられるだろうか。

上記の下線部分は、雲があると、雲からの熱(目に 見えない赤外線)が地表に向かって放出されます。と 置き換えればよいだろう。

(例3)インターネット雑誌の気象予報士の解説
「『放射冷却』というのは、地面が熱を出して冷え ていくことをいいます。昼間、地球の表面は太陽の日 差しを受けてどんどん温まっています。夜になると、 今度は温まった地面から熱が出て行きます。ところが 雲があると、雲が布団の役目を果たして、地面から逃 げる熱をしっかりと守ってくれます。それで地面が冷 えない。」

これは、文学部出身者が1年間死に物狂いで勉強し て気象予報士になり解説したと記されていた。雲の効 果として布団の役目の例えは、他所でも多く見かける。 この説明も小・中学生向けであり、説明を省略して あるので、間違いだとは断定できない。しかし、子ど ものときに得た知識・解釈は年をとっても覚えている ので、この説明は気になる。布団の役目は熱伝導の悪 い断熱効果を連想する。したがって、適切な例でなけ れば誤解を生む可能性がある。例は無理に考案しない ほうがよい。

積雪で覆われた下の土壌面近くに生きる動植物が放 射冷却から守られているのは、積雪という断熱の布団 の役目による、という場合の例に用いるなら適当だろ う。

(例4)テレビ気象予報士による解説
「放射冷却現象という人がいたら、それは気象をま ったく理解していない人といってもいいと思います。 すべての物体は、たえず熱を出しています。この熱を 出して冷えることを『放射冷却』と言っているのです。 なんのことはありません。当たり前のことを難しい言 い方に置き換えているだけなのです。たとえば、熱い フライパンがあるとします。そのままにしておけばフ ライパンはどんどん冷えていきます。このとき『放射 冷却によってフライパンは冷えている』といいます。」

これは面白くしてあるが大事な説明がない。最初に、 熱い物体が冷えるのには対流、伝導、放射の3つの働 きがあることを説明する必要があろう。そうして静穏 の晴天夜のように、放射による冷却作用が卓越すると きを放射冷却とするほうが適切だ。工夫しだいで、面 白さを失うことなしに放射冷却を説明することは可能 だろう。

(例5)大学学部専門課程の学生実験リポートによ る解説
「太陽放射は正午を過ぎると減少していき、地球放 射のほうが大きくなると気温が下がりはじめる。これ が放射冷却である。放射冷却が卓越するかどうかは 様々な気象要因に左右される。もっとも大きな要因は 夜間の天気である。雲は地球放射を吸収し、地表へ放 射を返す性質がある。そのため、夜曇っていると宇宙 空間へ熱があまり逃げていかず、翌朝の冷え込みが弱 くなる。」

この下線部分の後半もあいまいな表現とせず、(例 2)の場合と同様に、雲自体から赤外線を地表に向か って放射することを説明すればよいだろう。

このホームページ担当教官に尋ねると、学生による 上記の内容は実験に参加する学生が相互に批判するた めに載せたもので、他大学の学生リポートに引用・利 用されるとは予想もしていなかったとのことである。 学内用・部内用と思っていても、インターネットに接 続してあれば、容易に外部から見られ、コピーもされ る。ホームページの記述は言論の自由によるものだが、 大学・研究機関からの情報は、暗黙のうちに専門性が 高く信用性が高いものと判断されがちなので、解説等 のはじめと終りに、元をたどらなくてもわかるように 注意書きを入れておこう。

3.インターネット解説と専門書の違い

大学・大学院生の中には専門書を勉強するよりはイ ンターネットで検索すれば解説等が見つかり、安易に 引用する者もいる。インターネットの活用はよいこと だが、利用に際して十分な指導が必要である。

ホームページ上の内容は、無責任なものもあるが、 多くの人の目に入りやすい。一方、専門書は専門家が 執筆し、査読者や編集者の目を経て出版されているの で安心感はある。しかし、読書ぎらいの学生にとって 熟読は大変であろう。

書物を大別すると、教科書類と辞典類の2種類があ る。前者は多くの知識が体系的に並べられていて、用 語間の相互関係が述べられている。一方、後者は個々 の知識が別々に並んだ部品のようなものである。イン ターネット情報では辞典に相当する用語解説的なもの が多く、教科書に相当するものは少ない。学習とは、 あるテーマについての知識をつなぎ合わせ体系化する 作業であり、教科書・専門書はそれを助けることを目 的として作られたものである。

大学・大学院生が解説や用語を調べる際に、インタ ーネット検索者が書物利用者よりやや多数である。調 査対象の違い(母集団)にもよるが、インターネット 検索のほうがすでに大多数となっている場合もある。 これは小林文明氏、石田祐宣氏、千葉 修氏によるア ンケート調査(いずれも私信)、及び筆者自身の調査 結果による。

これは現代の傾向であり、今後ますますインターネ ット利用者が増えるであろう。最近言われている"読 書離れ"の一因はこのことにあるのかもしれない。そ うした時、何か改善の手立てはないだろうか。

4.ホームページ作成・利用者の心がけ

おおよそ30年ほど前の昔、学生にリポートを課し た際に、友人のリポートをコピー(手書コピー)し、 あたかも本人が仕上げたリポートであるかのようなも のも見られた。原作者のリポートよりも上等のリポー トになることもある。こうした例から、私は協同リポ ートでもよく、連名での提出も可、としてあった。

社会に出て活躍する場合、協同作業が多くなるので、 その訓練の意味から協同リポートは良しとした。今で も記憶に残るが、協同リポートは2人ではなく、何人 もの名前を連ねたリポートもあった。名前を入れさせ てあげた本人も、入れてくれと頼んだ者、みんな仲良 しだったのだ。このクラスは一般物理学実験に熱心で、 徹夜で実験を続けており、リポート提出期限に間に合 わない者もいたであろう。

こうした学生気質は時代とともに変化している。最 近では、学生は独立心が強いというのではなくて、個 人単位で行動しているように見受けられる。分からな いことは友達同士で教え合えばよいのに、遠慮し過ぎ の傾向になっているのではないか。ゲーム機など無機 質なものとの付き合いが増え、目と目で向かい合って 話す機会が減ってきたと指摘する人もいる。こうした 社会の変化の中で、大学生がインターネットから安易 に引用してリポートをつくるようになった。

そこで、ホームページ作成者にも心がけが必要とな る。学生はインターネットの最大の利用者である。利 用者に良いホームページを提供することが重要となる。 ホームページ作成者は、作成者及び引用した文献等 を明記しよう。疑問が生じた場合、すぐ作成者に問い合 わせることによって、内容をより有効に活用すること ができる。作成者を探すことが簡単な場合もあるが、 容易でないこともある。私は、問合せにすぐ返事がく る担当者は責任感のある人だと思っている。

例えば「この解説は小学生向けゆえ、より正確には 専門書等を参考にされたい」等の補足説明があればよ い。私がこのことを提案したところ、早速、そのよう にしたホームページもある。

私は、ホームページ上に無責任な記述もあることに 気付き、こうした現状ではいけないと考え、最近ホー ムページ(http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu) を開設し、大学生や大学院生たちのために、「身近な 気象」や「研究の指針」を逐次増設中である。教科書 や専門書のように丁寧に記述すると硬くなり過ぎるの で、読者が気楽に読めるように、可能な限り分かりや すく書くことを心がけている。

論文・リポート類はもちろんのこと、ホームページ の作成に際しては最低限、引用元の明記が必要だが、 他の情報源からの引用に際し、注意すべきことがある。 例えば、新聞記事は1~3行程度なら引用元を明記す るだけでよいが、それ以上の長文の引用は許可が必要 であり、1万円(新聞による)を請求される場合もあ る。新聞記事の作成には、それ相当の労力と費用が掛 かっているからである。

小説の抜粋引用も原則として許可されない。しかし、 条件によっては許可される。私は転載・引用の許諾を 得て、そのことをホームページ上の該当場所に明記す ることにしている。許諾手続きはE-mail でも行なう ことができるので、思ったよりは簡単である。

ホームページ上で他の資料・文献からの引用や掲載 の許諾によることを明記したものはめったに見つけら れない。著作権の無視が多いことは、良いホームペー ジの出現を難くしており、内容の未熟なものが残存す るのではないか。

インターネット検索の結果表示の順序として、ペー ジ上に検索言語が多く含まれている場合や検索語がタ イトルに含まれるページが上位に表示されるサイトが ある。また、多くの検索サイトでは検索結果は多くの サイトからリンクが張られているものが上位に表示す るようになっている。つまり、たとえ間違った情報で も面白い(わかりやすい)話であれば、情報は広がっ てしまい、多くの人から見られるようになり、上位に 表示される。これは一見よさそうだが、利用者は注意 が必要である。このことは大学初学年、将来はもっと 低学年で教えるべきだろう(石田祐宣氏からのコメン トによる)。

全ホームページは通常の検索では出てこない。そこ で、よいホームページがあれば、学生たちにそれを積 極的に推薦し、利用の方法とマナーを指導しよう。よ いホームページとは、内容のレベルは高く、記述は正 確で、易しく、面白く書かれたものとする。いろいろ な人が見るので、特殊な用語は可能な限り用いずに、 小・中学生でもかなりの部分が理解できるような内容 を理想とする。書物とインターネットでは、読者層の 幅が異なるので、記述方法も違ってくる。

こうしてホームページが信頼を獲得するようにな れば、無責任なものは淘汰されて読まれなくなるだろ う。しかしインターネットがここまで普及してくると、 間違った内容のものと良質のものが混在し、その中か ら良質のものを探しだす能力を身に付けさせることが 重要となる。学生がたえず引用に注意するようになれ ば、内容の良し悪しは区別できるようになるだろう。

5.気象解説のあり方に対する提言

教科書や参考書などでは、それが小学生向きなのか 専門家向きなのかが明瞭である。しかし、インターネ ットでは小・中学生向けと思ってつくった解説でも、 大学生が利用するようになってきたので、解説は、可 能な限り正確に説明しよう。さらに前述したように、 ホームページでは易しく面白く書くことを心がけよう。 やや難しい気象用語でも、子供たちはテレビ等で聞く ことがある。前記の(例1)~(例5)では、大事な 説明が落ちている解説、解説者本人が原理の理解もな いままで記述したと思われる解説、不適当な例えなど を指摘したが、工夫しだいで、より正確な解説が可能 と思う。

小・中学生にあまり難しい内容の現象は教え込まな いほうがよいが、説明が必要になった場合には、ごま かしはしないがよい。その結果、たとえ小・中学生に 50%しか理解できなかったとしてもよいのではないか。 小・中学生が成長し、昔わからなかった現象の本質が 理解される時を待ちたい。その時の感動が重要なのだ。 学校にもよるが、インターネット使用の教育は小学3 年生ごろからはじまる。教科の中でインターネットを 使う割合は理科がもっとも高い。総合的な学習では、 地球温暖化など環境問題がよく取り上げられる。先生 もインターネットを使って教材を用意することが多く、 その際に上述の大学生と同じように、十分な吟味もな いまま安易に小学生に渡すこともあるのではないだろ うか。インターネットで珍しい昆虫を探すのと、大気 現象(例えば放射冷却現象)を理解するのはかなり異 なった学習プロセスだと思う(小林文明氏のコメント に基づく)。

こうした現状から、多くが関心を抱いている気象・ 環境問題で出てくる解説について、気象学各分野の専 門家有志数名でつくるグループ(グループは複数あっ てよい)が自分の得意な内容についてホームページ上 で解説する。クループは記述について自由に討論し合 う人たちでつくられたものとする。用語解説と教科書 的な内容のものを並列して作成する。完全な解説はあ りえないが、少しでも良いものに仕上げていこう。主 な読者は大学・大学院生を想定するが、説明上にでて くるやや高度な用語は小・中学生にも理解できるよう に工夫する。身近にいる子供たちによって理解度を測 りながら記述の改訂を行なう。そうしてグループ内で リンクを張り、小・中学校の先生方にも生徒にも、大 学・大学院生にも目に入るように必要な努力をする。 他によいホームページが見つかれば、許可を受けて紹 介する。

昔の大学教官は、ひと言を告げるだけで、ついてく る弟子たちがおり、研究に没頭し高度な独創的研究の 成果をあげることができた。現代でも、この種の学生 もいるのだが、大学は大衆化している。幼稚園児を育 てるように、何もかも指導しなければならなくなって きた。大学の新入生にはオリエンテーションの一環と して合宿し、親睦をはかり、学生同士で話し合いの訓 練をさせることもある。また、保護者(父母、学費の 支援者)からの要請で、専門課程の学生についても学 業履修状況を知らせるようになり、保護者の希望者に はキャンバス案内や進路相談もする大学もでてきた。 一方、過度のサービスで学生の自立を遅らせるのでは ないかと心配する人たちもいる。

学校教育は一種のサービスであるので、学生には自 立心を促すような指導のほかに、良いホームページの 提供も推進しよう。

お願いと謝辞

お願い:気象学や大気環境に関連した良いホームペ ージをご存知の方は、自薦、他薦を問わずお知らせく ださい。整理してそれらHPのURLを公表し、役立て たいと考えています。その際、推薦されるHPの特徴 をひとこと付記してくだされば幸甚です。

謝辞:大学教育に経験のある各年齢層の方々から、 有益なコメントをいただきました。石田祐宣、見延庄 士郎、榊原保志、荒生公雄、山岸米二郎、小林文明、 千葉 修、木村龍治の諸先生に謝意を表します。



アンケート
「気象・気候」や「大気環境」について 書かれたよいホームページのURLを皆様から推薦していただき、 それらを整理し公表して、広く役立てたいと考えています。

なお、よいホームページとは次の条件をかなり備えているものとします。

(1)わかりやすく親しみを感じさせ、読者の興味関心を引き立てるもの。
(2)記述は正確で、科学的水準が高いもの。
(3)作成者(責任者)が簡単に分かり、疑問等の問合せに対して返事が速いこと。
(4)他からの引用がある場合には、その部分に引用が明記されていること。
(5)記述内容の対象としている読者層が容易にわかること。
(6)リンクを張れること。

自薦他薦にかかわらず、ホームページ内容の特徴もひとことお書きください。


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