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5.I-ネットと教師の嘆き =近藤純正=

以下の約1,400字の文章は、高知新聞社
から掲載の許諾を受けたものである

インターネットが普及し便利になった反面、社会問 題となる事件も起こるようになった。 この数年来、大学で授業した際に、学生から提出さ れるリポートでも気になることがある。

学生に環境問題や気象学の授業内容をよく理解して もらうために、各人が関心のあった部分に焦点をしぼ り、適当な「標題」を付けて要点をまとめるリポート を提出させている。

教科書類の丸写しはだめとし、読む者にわかりやす い文章で、自分の意見を伝える訓練だとしている。授 業では教科書類を用いるので、それを主体とし、イン ターネット情報は補助的に利用し、リポートのうしろ に引用を明記させることにしている。

簡潔なまとめや自分の考えを述べたリポート、感動 を覚える文章に出会ったときは授業のやりがいを感じ る。 他方、一部の学生だが、授業内容をまとめる作業は 面倒なので、安易にできるインターネットで検索し、 あちこちに掲載されている内容を羅列したものもある。 こうしたたぐいのものには、何のために授業したのか、 と嘆きたくなる。 が、ともかくも教師とはこんな喜びと悲しみを体験 するものなのだろう。

一部学生のリポートに書かれた内容の元をインター ネットでたどってみると、小中学生向けに書かれた解 説、あるいは無責任で不正確な記述、解説者本人が原 理もわからずに掲載したと思われるものもある。

検索する側の知識・学力が不十分だと、そこらへん が分からない。学生はそれらを安易に引用し、そのま ま印刷してリポートを"完成"させているのである。 インターネットで見るホームページ上の記述は、た とえ間違った内容でも、面白ければ人の目に入りやす くなる。検索の仕組みとして、そうしたものが検索上 位に表示されるようになり、間違っていても情報は瞬 く間に広がってしまう。利用上、注意すべき点である。

その点、専門書は専門家が書き、編集者や下読みす る他の専門家の目を経ているので安心感はある。

学習関係の書物は教科書類と辞典類に大別できるが、 前者は多くの知識が体系的に並べられていて、それぞ れの用語の相互関係が述べられている。後者は個々の 知識が別々に並んだ部品のようなものである。インタ ーネット情報は辞典のように用語解説的なものが多い。 学習とは、あるテーマについての知識をつないで体 系化する作業であり、教科書・専門書はそれを助ける ものである。

学生が解説や用語を調べる際、インターネット検索 者が、書物利用者より多数になってきた。インターネ ット利用の教育も小学校から始まっている。「総合的な 学習」では、先生もインターネットから教材を用意す ることがあり、その際に前述の大学生のように、十分 な吟味もないまま安易に生徒に渡すこともあるのでは ないだろうか。

だから思うのだ。良質のホームページが多数でてき て欲しい、と。私の考える良質のホームページとは、 内容のレベルが高く、記述は正確で、文章は易しく、 面白く書かれたものである。私自身も、よいホームペ ージづくりを目指している。
(高知県吾川郡いの町出身・神奈川県平塚市中里49の6)

―2004年10月27日付高知新聞朝刊『所感・雑感』に掲載―

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