M36.大気安定度(要点)
	著者:近藤純正

	大気が安定か、不安定な状態かによって地表面に近い大気
	(大気境界層)中での風の吹き方、顕熱や水蒸気あるいは
	汚染物質の運ばれ方が大きく異なる。ここでは安定度の定
	義のしかたなど、基本的なことがらについて説明する。
	(完成:2008年1月13日)

	目次
	1.安定度のいろいろ
	2.静力学安定度
	3.気層全体から判断する安定・不安定
	4.リチャードソン数
	5.安定度と風の特徴
	Q&A
	参考書
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1.安定度のいろいろ

空気塊を鉛直方向に持ち上げたとき、周囲との温度差(正確には水蒸気が軽い ことを考慮する仮温度の差)によって浮力が上向き(下向き)に働くとき 不安定(安定)という。これは局所的な”静力学安定度”である。

気層全体の仮温度鉛直分布から、気塊の変位が継続するかどうかを判定して 決める安定度があり、これは”非局所的な安定・不安定”である。

そのほか、安定度を量的に表す”リチャードソン数”などもある。 一般に、リチャードソン数 Ri は高度によって変化し、Ri > 0.2 になると、 乱れ(乱流)は少なくなり、間欠的に途絶えるようになる。このような 状態では大気拡散も弱く、汚染物質が滞留する。

2.静力学安定度

安定度について図36.1 によって説明しよう。左側の図中に示した10℃の 空気塊を移動させれば、移動させた方向と同じ方向に力が働き、空気塊は ますます変位してしまう。これが不安定である。 したがって、不安定なときは、上下の混合が盛んになる。

気塊の移動と安定・不安定
図36.1 空気塊を上昇・下降させた場合に作用する力。(左)不安定の例、 (右)安定の例。(「身近な気象」の「M11.入門2:境界層の日変化」の図11.11 に同じ) (身近な気象の科学、図14.2、より転載)。

いっぽう、右側の図中に示した10℃の空気塊を変位させれば元の方向に 戻そうとする力が働く。これが安定な場合で、このときは上下の混合は 弱くなる。

安定と不安定の中間のときを中立状態という。

図36.2は安定、中立、不安定状態について描いた、気温と温位の鉛直分布 である。温位とは、大気は上空ほど気圧が低く、空気塊を断熱的に持ち上げ ると100mにつき1℃(正確には0.976℃)の割合で温度が下がることを考慮し たものである(「身近な気象の科学」p.133)。

気塊の移動と安定・不安定
図36.2 気温と温位の比較。(左)気温分布の例、 (右)温位分布の例。(「身近な気象」の「M11.入門2:境界層の日変化」 の図11.11に同じ) (身近な気象の科学、図14.3、より転載)。

安定、あるいは不安定な状態とは、具体的にどういうときかを見てみよう。 図36.3 は陸面上における地表面温度と気温の日変化の例である。

安定・不安定の時間
図36.3 安定・不安定の時間の説明図((「身近な気象」の「M11.入門2: 境界層の日変化」の図11.14に同じ;「研究の指針」の「基礎1:地表 近くの風」の図1.7に同じ)。

一般に、陸面の地表面温度の日変化の振幅は気温のそれに比べて大きい。 地表面温度が気温より高温のときが不安定であり、逆のときが安定である。 図36.3 の例の場合、7時~18時過ぎまでの日中が不安定となっている。

図36.3は地表面温度と気温の日変化の一例である。気温と地表面温度の差や 変化パターンは風速、地面の湿り、放射量に依存する。地表面が 湿っていれば、蒸発が盛んなため相対的に地表面温度は低くなり、日中の 不安定な状態の時間は短くなる。

3.気層全体から判断する安定・不安定

仮温度: 水蒸気(HO)は空気(おもに窒素と酸素)よりも軽い。そのため 同じ温度で上下に重なっていても、水蒸気を多く含む空気が少ない空気 よりも軽く、水蒸気を多く含む空気が上昇することになる。このことを考慮 した温度を”仮温度”と呼び次式で表す(「水環境の気象学」p.25~p.28)。

 仮温度=(1+0.608×比湿)×温度
 比湿=(0.622×水蒸気圧)÷(大気圧-0.378×水蒸気圧)

仮温度は温度より、通常1~2℃ほど高温である。

図36.4は現実的な場合について、気温(正確には仮温度:横軸)と高度 (縦軸)との関係を表している。地表面温度が著しく高い場合、大気境界層の 中では、図の折れ線 ABCE で描かれるように、地上 A にある高温の空気塊は 周囲と混合しなければ、D の高度まで自然に上昇することができる。

全層の仮温度鉛直分布と安定度
図36.4 全層の仮温度鉛直分布から大気の安定度を判断する模式図。 (「身近な気象」の「M11.入門2:境界層の日変化」の図11.13 に同じ) (地表面に近い大気の科学、図3.13、より転載)。

つまり、点 A と点 D の中間まで上昇したとき、周囲の気温と比べると高温 なので、上昇を続けることができる。このとき、BC 間は ”静力学的に中立”であっても空気塊は A~C 間で 盛んに上下運動をしており、大気は不安定である。

いっぽう、陸面上の夜間を想定した場合、折れ線 A'B'C'E' の例では A'~B' 間には強い逆転層があり安定である。この場合の B'~C' 間の温度勾配は 日中の温度勾配(赤線のBC間の勾配)と同じであっても、空気塊の上下運動は 弱い。つまり、夜間の B'~C' 間は中立である。

図では日中と夜間で中間層(B~C、B'~C’)の温度勾配は同じであるが、 最下層の温度勾配が違うだけで、安定か不安定かになる。 それゆえ、図36.2で見たように安定・不安定は局所的な温度勾配だけでは 判断できず、広い範囲の温度分布から判断しなければならない。

次の図36.5に具体的な例を示した。地表面が高温になり、下層大気が不安定で 上下の混合が盛んな場合、この層を”混合層”と呼ぶ。混合層の中の 温位はほぼ等しい鉛直分布になっている。

混合層の模式図
図36.5 左:混合層の模式図、厚さ h はほぼ100~2,000m。 右:温位分布の時間変化、A は朝、B は顕熱輸送量が小さい場合、C は顕熱輸送量 がBの4倍の場合。 (身近な気象の科学、図14.5~6より転載)

混合層は地表面から顕熱が供給されて発達する。その状態を図の右側に 示した。A の分布の時刻から B の分布になるまでには点々範囲の面積で 表される顕熱が地表面から与えられたことを意味している。

4.リチャードソン数

地表面に近い下層大気の安定度を量的に表すものとしてリチャードソン数、 フラックス・リチャードソン数などがある。大気中の乱流は、場所による 風速の違いから渦を巻くような”機械的な作用”で発生する。また、温度の むらがあると、”浮力の作用”で対流が発生する。浮力が乱流を抑制するよう な方向に作用するとき、乱流は沈静化する。

フラックス・リチャードソン数は機械的な作用と浮力の作用の比で表す安定度 である。リチャードソン数はこれと少し違うが、温位鉛直勾配と風速 鉛直勾配から比較的容易に決められる安定度である(「水環境の気象学」 のp.115)。

5.安定度と風の特徴

大気安定度が安定な状態から、中立、不安定となるにしたがって、風の乱れ (乱流)が強くなる。乱流が強いことは空気のかき混ぜが盛んなことで、 風速や水蒸気量などは鉛直方向に一様化される。図36.6は地表面近くの風速 と気温の鉛直分布の関係を示している。

気温と風速鉛直分布の関係
図36.6 気温と風速の鉛直分布の関係、縦軸の高さは直線目盛(「研究の 指針」の「基礎1:地表近くの風」の図1.5に同じ;「身近な気象」の 「M10.入門1:境界層と風」の図10.12に同じ)。

陸面上の日中のように、地表面に近いほど気温が高い「大気が不安定な状態」 では、鉛直方向の混合が激しく風速は赤線で示すように、地表面近くでも 強くなる。

逆に「大気が安定な状態」では、鉛直方向の混合が弱く、風速の 上下差は大きくなり、青線で示すように、ごく地表面に近い層の風は微風に なる。乱流が弱く、大気中の汚染物質は下層に滞留する。

参考書

近藤純正、1987:身近な気象の科学.東京大学出版会、pp.189.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学.朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.

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