M34.放射(要点)
	著者:近藤純正

	地球上では太陽からくる日射と、地球表面や大気中の水蒸気など
	が出す長波放射は波長範囲が異なり区別できる。前者は短波放射、
	後者は地球放射、大気放射とよぶこともある。放射の減衰、散乱
	と吸収の違い、スペクトル、黒体放射量、日射の直達光と散乱光
	の割合など、基本的なことがらについて説明する。
	(完成:2008年1月11日、図34.3を追加:1月22日)

	目次
	1.日射と大気放射
	2.放射の減衰
	3.散乱と吸収
	4.黒体放射量
	5.日射と大気放射のスペクトル
	6.太陽の直達光と散乱光の割合
	参考書
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1.日射と大気放射

地球上では、太陽放射の99%のエネルギーは波長0.15~3μmの範囲に含まれ ており、これと-50℃~50℃付近で出す大気放射の波長範囲(3~100μm) が区別できて、前者を太陽放射または日射、後者を大気放射または長波放射 と呼ぶ。地表面が出す長波放射を地球放射と呼ぶこともある。

長波放射は大気中の水蒸気、二酸化炭素、オゾンなど温室効果気体によって 吸収される。 同時に、それら気体は長波放射を射出する。その際、各気体に固有の複数 の波長帯で吸収・射出される。放射量は、水蒸気や二酸化炭素などが多い ほど、また温度が高いほど大きくなる。
地表面など固体は、近似的にその絶対温度の4乗に比例する黒体放射量を出す。

2.放射の減衰

日射は空気分子と、大気中に浮遊する微粒子によって散乱や吸収されて 減衰する。散乱は光線の進行方向を変えるだけであるが、吸収はその場の 大気温度を上げる作用をもつ。

日射の散乱と吸収によって減衰する度合いは、後掲の図34.2に示されている。

3.散乱と吸収

散乱と吸収の違いを説明しておこう。
散乱は光の進行方向を、あらゆる方向へ変えるだけで、エネルギーの損失は 生じない。吸収は、吸収された放射エネルギーはその大気層(物体)を加熱 する熱エネルギーになる。また、大気に含まれる水蒸気などから 長波放射が射出されれば、その大気層は冷却する。

短波放射がおもに散乱されるが、長波放射(大気放射)はほとんど散乱され ないと考えてよい。

レイリー散乱:空気分子によって生じる。光の波長の4乗に逆比例し、 短波ほど散乱が大きい。光の進行方向への散乱(前方散乱)と180°逆の後方 への散乱(後方散乱)が対称となりもっとも強く、これと直角の横向き散乱 は前方・後方散乱の半分の強さとなる。

ミー散乱:浮遊する微粒子(雲などエアロゾル)によるもので、広い波長 範囲で散乱される。そのためエアロゾルが多くなると空は白っぽくなる。 散乱される方向は粒子が大きくなると、光の進行方向の散乱(前方散乱)が 卓越する。

レイリー散乱とミー散乱の特徴は天空の輝きの分布から確認することができる。 図34.1~2によって説明する。

レイリー散乱
図34.1 レイリー散乱の説明図。空気分子によるレイリー散乱は前方散乱と後方 散乱が強い。空気がきれいな山に登り、太陽光線と90°の天空を見ると暗く 感じるが、太陽に近い方向(たとえば太陽光線と20°の方向)および太陽を 背にした方向(たとえば120°の方向)を見ると明るく見える。

ミー散乱
図34.2 ミー散乱の説明図。大気中に浮遊する微粒子が多いときミー散乱の 特徴を観察することができる。ミー散乱は前方散乱が強く、波長にあまり 依存しなく散乱される。それゆえ、太陽を遮蔽する小円板(指先でも可)で 太陽直射光を隠しその周辺を見ると、広い範囲がまぶしく白色で輝いている。

図34.3 は薄雲のとき太陽直達光のみ、棒の先端に取り付けた小円板 (直径22mm)で隠して撮影した周辺光の写真である。前方散乱が強く 太陽周辺光が明るくなるミー散乱の特徴が現れている。

ミー22日0930
図34.3 太陽周辺光の写真(2008年1月22日9時30分、平塚市にて)

微水滴や氷晶でできた雲粒子は、他の浮遊微粒子と多少異なる性質をもって おり、光線はその表面で屈折、内壁面で反射したのち、再び屈折して特殊 な方向に進む成分もある。虹は、この性質からできる現象である。

4.黒体放射量

太陽、地球、大気などあらゆる物体の出す放射量の大きさは、その温度 に依存する。放射量の大きさは、最大の放射量を出す黒体を基準にすると わかりやすい。あらゆる物体から放射されるエネルギー量は、その物体の 性質と絶対温度(=摂氏温度+273.2℃)による。一般によく放射する物体は 入射してきた放射をよく吸収する。与えられた温度で最大のエネルギーを 放射する仮想的な物体を黒体という。

図34.4 は黒体放射のスペクトルである。温度が5780K(太陽に相当)、300K (=27℃)、200K(=-73℃)の3通りを描いてある。図中の括弧内の数値 は黒体放射量を示している。ただし、5780Kのスペクトルは下方に移動して 表示した(図中の説明を参照)。

黒体放射スペクトル
図34.4 黒体放射のスペクトル。一点鎖線は温度が5780Kの場合であるが、 そのまま描くと大きすぎて図からはみ出してしまうので、 これは太陽(黒体と見なした場合)の地球大気の上端におけるスペクトル である。曲線の下の面積が黒体放射量(=σT)に等しい量 である。
(地表面に近い大気の科学、図1.3より転載)

次式で示すように、放射強度が最大となる波長λm は温度 T が低くなるに したがって長くなる。

 ウイーンの変位則: λm=2897 / T  (λm:μm、T:K)・・・・・・・・・(34.1)

したがって、T=5780Kではλm=0.50μm、T=300Kではλm=9.6μm、 T=200Kではλm=14.5μmである。

黒体放射量は絶対温度 T の4乗に比例し、比例係数σはステファン-ボルツマン 定数である。

 黒体放射量=σT (σ=5.67×10-8 W m-2K-4) ・・・・・・・・・・(34.2)

表34.1 温度 T と黒体放射量の関係(「身近な気象の科学」表5.3から抜粋)

                          T(℃)   T(K)  σT(W m-2) 

                        -20        253.2       233    
                           0        273.2       316
                          20        293.2       419
                          40        313.2       545


5.日射と大気放射のスペクトル

図34.5 は太陽光のスペクトルの例である。いちばん上の細い実線は大気に 入る前(大気上端)のスペクトル、いちばん下の太い実線は地上に到達 するスペクトルである。点々の範囲は空気(主として窒素分子と酸素分子) およびエアロゾルによる散乱で減衰する分、斜線の範囲は主として水蒸気、 その他オゾン、酸素分子、二酸化炭素の吸収によって減衰する分である。

太陽光スペクトル
図34.5 太陽が天頂にあるときの太陽光のスペクトルの例。 (地表面に近い大気の科学、図2.5、より転載;「研究 の指針」の「基礎3:地表面の熱収支と気象」の図3.4に同じ)

波長のもっとも短い部分はオゾン層によって吸収されるために、0.29μm より短波長の光は地上にほとんどこない。波長0.5μm付近にエネルギーの 最大値があり、この周辺の0.38μm~紫・青・緑・黄・橙・赤~0.77μm の範囲が可視光である。

可視光より波長の長い(目に見えない)近赤外線領域に太陽エネルギーの 概略半分ほどが含まれている。

大気中に浮遊する汚染物質が多いときや、大気中の水蒸気量が多いほど 日射は大気中で散乱されたり吸収される分が多くなり、地表面に到達する 量は少なくなる。空気が比較的きれいな夏の中緯度における快晴日の正午の 地上における日射量の目安は1kWm-2である。

図34.6 の実線は快晴時の地表面へ下向きに入る大気放射のスペクトル の例である。いちばん上の破線は温度288Kに対する黒体放射のスペクトル、 実線は地上が受ける大気放射のスペクトルである。

大気放射のスペクトル
図34.6 大気放射のスペクトルの例。(地表面に近い 大気の科学、図2.12、より転載;「研究の指針」の「基礎3:地表面の熱収支 と気象」の図3.4に同じ)

大気放射量は,大気中に水蒸気量が多いときには黒体放射(破線) に近づくが,水蒸気量が少ないときには小さくなる。また,低層の雲が 厚いときには,大気放射量はその雲層の温度に対する黒体放射量に近くなる。 同じ水の量であっても,水蒸気(気体)は雲(液体または固体の水)に 比べて放射量を出さない。

黒体に比べて,とくに8~13μmの範囲のエネルギーが少ない。この波長範囲 を大気の窓と呼び、この範囲では地表面からの 上向きの長波放射はほぼ素通りして宇宙空間へ出ていく。

このことを利用して,宇宙から地球表面の温度を,雲があるときは雲頂の 温度を観測することができる。 このようにして測られた温度を「輝度温度」(相対黒対温度)という。

6.太陽の直達光と散乱光の割合

大気中に浮遊する微粒子(エアロゾル)が多くなると、太陽光は散乱され、 一部は宇宙へ返され、他の大気中へ広がった分は、またエアロゾルによって 散乱を繰り返す。その結果、地上に到達する太陽から真っ直ぐにくる 直達光は弱まり、その代わり天空からくる 散乱光(天空光)は多くなる。

雲が白く見えるのは、雲をつくる水粒子や氷粒子からの散乱光が多いことの 現れである。また、大気汚染で大気が汚れてくると、散乱光が増加し、 空は白っぽく見える。

直達光と散乱光が地面(水平面)に入る全量のことを全天日射量(水平面日射量)、 または簡単に日射量とよぶこともある。

 全天日射量=直達光×cos(太陽天頂角)+散乱光・・・・・・・・・(34.3)

直達光、全天日射量、散乱光の例を表34.2に示した。

表34.2 快晴日の直達光と全天日射量と散乱光の例
条件:緯度=北緯36°、9月21日(1月1日からの日数:day=264)、
気圧=1013hPa、気温=20℃、水蒸気圧=16.4hPa(相対湿度70%)、
地面の反射率(地域平均)=0.15、時刻は地方時、
日射量の単位は W m-2
(「地表面に近い大気の科学」付録 E の計算プログラムによる)。


                  時刻(時)  太陽天頂角(°)  直達光  全天日射量  散乱光 

  大気混濁係数=0.05のとき
                     12          36          885        780       55           
                     16          66          697        328       39        

  大気混濁係数=0.2のとき
                     12          36         667(76%)   693(89%)  139(253%)         
                     16          66         441(63%)   272(83%)   89(228%)


表中に示す括弧内のパーセント数値は大気混濁係数が0.05のときに対する割合 であり、直達光は大きく減衰するのに対し、全天日射量は散乱光の増加によって 減衰が少ないことを表している。

参考書

近藤純正、1987:身近な気象の科学.東京大学出版会、pp.189.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学.朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.

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