M17.砂時計に観る地球の自然
著者:近藤純正
	17.1 大砂時計の発案
	17.2 試作品24時間砂時計
	17.3 松の幹の乾燥速度の実験
	17.4 松の実験は砂漠50日間の現象

	17.5 乾燥地域の重要パラメータは水分量
	17.6 水文気候(降水量=蒸発量+流出量)の関係
	まとめ
	文献
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1989年7月、仙台市七北田公園で開催された「花と緑の博覧会」の会場 に80日間大砂時計が完成した。その途中の段階で、砂時計の中に砂漠の 自然があることに気づいた。

実は1986年ころ、降水量も蒸発量も少ない中国乾燥砂漠地域における 水収支についての日中共同観測研究を計画し、参加しないかという打診が あったが、当時は乾燥地の裸地面における水収支量の計測方法が確立して いなかった。 それゆえ、共同観測には当分参加せず、裸地面蒸発量の観測方法の開発を行う ことにした。
「砂時計」と「砂漠の水循環」、この両者は密接に関係していたのである。 (完成:2006年3月1日)


17.1 大砂時計の発案

1980年代半ばのことである。仙台市民の発意により、みんなで環境問題を考え るシンボルとして、大きな水時計か砂時計をつくり、それを取り囲み 「時間・環境・資源」などのテーマで話し合い、「心の豊かさとは何か」 を考えていこうではないか、という話があった。

しばらく経って、仙台で「花と緑の博覧会」が開催されることになり、 その期間80日間に合わせて80日間砂時計を作り、その会場のシンボル として展示してもらえることになった。

大砂時計
図17.1 「80日間大砂時計」(仙台で1989年7月28日~10月16日に展示)。 本体の重さ=9トン、高さ=5.5m、天然砂の量=1.2トン、誤差=0.043%。 世界にはコンピューター仕掛けの砂時計もあるが、これは自然落下方式。

まず、砂時計の試作からはじまった。2時間計、8時間計、24時間計、1週間計 へと進んでいった。 24時間計の段階で、砂詰りなどの困難に遭遇するのだが、予想もしなかった 面白い不思議な現象があることに気づいた。

この大砂時計製作の趣意書には次のことが書かれていた。

・・・・・・・砂の流れにより人類が自然と共に過ごしてきた悠久の時の 流れを表現し、下に落ちた砂は歴史となって蓄積した時間を示し、我々人類が 未来に向け、かけがえのない緑を大切にし、「緑の惑星・地球」のより良い 環境を目先にとらわれずに考えてゆくシンボルとしたい・・・・・・・・。

17.2 試作品24時間砂時計

24時間砂時計
図17.2 「24時間砂時計」、ガラス球の直径の最大部=22cm、長さ=30cmが 上下2個(5リットルのフラスコ2個を使用)、オリフィス部の高さ =9cm、中心のオリフィスの内径=1.40mm、砂粒子の直径= 0.19mm(0.18~0.25mm範囲)、砂の量=6kg= 4.8リットル、木枠の円板直径=50cm、全体の高さ=90cm。 時計の精度(平均誤差)=±5分00秒=±0.35%。

砂が小さなオリフィスを流れ落ち、下のガラス球に富士山のような形ができる。 山の頂点が安息角35度以下に鋭くなると、砂は崩れ、裾野に 広がる。果てしなく繰り返し、飽きもせずに観ている。

砂は絶え間なく積み重ねていく。それは人生の、きのう、きょう、あしたと 過去を積み重ねていく姿にも似ている。

上のガラス球には、中央からすり鉢状のくぼみができる。砂は崩れながら、 すり鉢状のくぼみは大きさをましていく。いつのまにか数時間は過ぎていた。

砂の造形を写真に残しておきたくなった。部屋が明るいと、ガラス球の表面 にできるさまざまな反射光が邪魔になる。暗くして、カメラの反対側 から照明のライトを当てたまま、カメラのシャッターを押した。

24時間砂時計の砂の形状
図17.3 「24時間砂時計」の砂の造形。スタートから10分後、20分後、40分後、 1.5時間後、3時間後、7時間後。

しばらくして、また砂の造形を写しにいったときのことである。
照明の反対側のガラス球が曇っているではないか! 砂の水分含有率は 小さくしてあり、ガラス球の内壁が曇るとは思いもよらぬ出来事 であった。

注意
砂はオーブンに入れて100~110℃に熱して乾燥させる。 冷えたのちに室内の空気に多少なじませてから砂時計のガラス球に封入 する。この場合、室内の空気になじませないでガラス球に封入すると、 静電気が発生し、小さい砂粒がガラス球の内壁一面に付着し、砂時計 としての機能は果たさなくなる。

砂時計の雲
図17.4 砂時計のガラス球の中に発生した雲、ただし雲は模式の絵。

照明のライトを消すと、雲は消えて、もとにもどった。
そうか、砂漠では太陽が昇り地面が熱せられると、水蒸気が空に昇り雲が浮 かぶ。日が暮れると、雲をつくっていた水分は再び砂漠の中へ還っている のだ!

温度が高くなると、空気は多量の水蒸気を含むのに対し、砂は 逆で、高温になると水分を放出するのだ。

砂(土壌)は湿った所に放置しておくと、水分を多く含み、乾いた 所へ置くと、水分を出して、ちょうど空気の水蒸気量とバランスする状態で 平衡となる。

砂でなくとも、クッキーやよく乾燥した魚の干物なども湿ったところに 出しておくと、水分を多量に吸収して柔らかくなってしまう。 これは私たちの生活体験である。

「砂漠気候の研究」と聞けば難しそうだが、日常だれもが 経験している生活の科学と同じではないか!

17.3 松の幹の乾燥速度の実験

ちょうどこのころ、降水量も蒸発量も少ない中国乾燥砂漠地域における 水収支についての日中共同観測研究を計画し、参加しないかという打診が 私の所に寄せられていた。しかし、当時は乾燥地の裸地面における水収支量の 計測方法が確立していなかったので、共同観測には当分参加せず、 裸地面蒸発の観測方法の開発を行っていたのだった。

それと並行して、私たちは森林など植生地における蒸発散量を 求める方法についても研究していた。

東北大学理学部は仙台の青葉山にある。当時、青葉山の中腹にマンション を建設するために造成工事が行われていた。松の木が伐採されていたので、 私は、その幹の一部をもらい研究室へ運んだ。

その試料を使って、雨天日に濡れた松の幹がどのように乾燥していくか、 手製の風洞に入れて、時間ごとに重量を測った。

濡れた森林からの蒸発のことは遮断蒸発と呼ばれている。日本では降水日は 1年間に100日程度である。この約100日間に起きる蒸発量は年間の全蒸発散量 の30~40%ほどもある。

風洞
図17.5 濡れた松の幹を入れて重量変化の測定を行う風洞実験の模式図。

最初の実験では、風洞の風速を1m/s に設定した。
約24時間までは松の幹の重量は直線的に減少した。そののち、重量の減少速度 つまり蒸発速度は小さくなっていった。これは図17.6に緑色で示す曲線である。

こんどは風速を3m/s に大きくして、同様の実験をした。松の幹の 重量は赤色の曲線で示すように減少しはじめた。数時間までの線の傾斜は 風速1m/s のときよりも大きく、蒸発速度は大きいことがわかる。

松の乾燥クイズ
図17.6 松の乾燥クイズ、24時間後の乾燥速度はどうなるか?

念のために、風速3m/s の実験は48時間後まで続けることにした。

クイズ
風速 3m/s の場合の結果は、赤色の実線か、それとも破線か?

このクイズを日本気象学会講演会で出してみたところ、 大多数は赤色の実線(a)が正しい、と回答した。

それは間違いである。正解は赤色の破線(b)である。
これは生活の科学であり、厚手の衣類などが乾燥する速さは風速に 依存しなくなるのだ!

「蒸発は風速が強いほど大きくなる」という知識は、限られた条件において 成り立つものであり、一般にはそうではないのだ! だから私は、中国の 砂漠地域における日中共同観測研究の打診があったとき、”現段階では 準備が出来ていない” という理由でお断りしたのだった。

1974、75年に東シナ海で行われた気団変質実験AMTEXでは、最初の話があって から準備期間が約10年もあったのだ。

砂の中から大気中への抵抗表示
図17.7 砂の中から大気中へ水蒸気が流れるときの抵抗形式の表示。

木材や厚手の衣類、あるいは乾燥砂漠における蒸発速度が風速にほとんど 依存しなくなる原理を図17.7に示した。

土壌の表層が乾燥してくると、液体の水が気化する蒸発面は表面下の数cm、 あるいは数十cmの地中の黒丸で示した所になる。そこで気化した水蒸気は 土壌の間隙を通り表面まで運ばれ、さらに、その上の大気中では乱流に よって上空へと運ばれていく。

理解を容易にするために、次のように置き換えてみよう。
水蒸気の流れ・・・・・・・・・・・・・・・・・・電流
水蒸気の流れに作用する抵抗・・・・・電気抵抗
黒丸と白丸間の水蒸気量の差・・・・・電位差(電圧)

水蒸気は、土壌内部では土壌間隙をくぐり抜けなければならないので、 その抵抗(r2)は大きいのに対し、空気中の抵抗(r1)は大気中の乱流で 運ばれるので小さい。 つまり r1>>r2 の関係がある。電気の直列抵抗の原理によれば、

合成抵抗: r =r1+r2 ≒ r2

となり、合成抵抗は大気中の抵抗r1(風速に逆比例)によらず、ほとんど 土壌内部の抵抗(r2) のみによることになる。

17.4 松の実験は砂漠50日間の現象

ちょうどこのころ、裸地面蒸発の野外実験とモデルに基づく数値 シミュレーションの研究が一段落して、その論文をアメリカ気象学会誌に 投稿し、レフリーによる査読の段階にあった。

濡れた松の幹の乾燥速度の実験から、乾燥が進んだ段階で「蒸発速度は風速 に依存しない」ということが分かったので、私は三枝信子さんに数値 シミュレーションを新たに追加するようお願いした。その追加計算の 結果を図17.8の右図に示した。

砂の中から大気中への抵抗表示
図17.8 土壌が十分に湿った初期条件からはじまった場合の土壌面蒸発の 時間変化。(左)潜熱輸送量の7日間の時間変化(プロットは測定、実線は 計算)、(右)風速が4m/s, 8m/s, 16m/s の場合について150日間の 日平均潜熱輸送量の計算、時間が十分経過し約50日(赤矢印)以後では、 潜熱輸送量(蒸発量)は風速に依存しなくなる。なお、潜熱輸送量 100 W/mは蒸発速度3.53mm/d に相当する。 (Kondo, Saigusa and Sato, 1992, JAM より転載)

右図の赤矢印で示すように、土壌が湿った初期条件から約50日以上の時間が 経過し、乾燥してくると、潜熱輸送量(蒸発速度)は風速に依存しなくなる。

松の幹の24時間の実験は、砂漠の50日間の変化に対応していた。

17.5 乾燥地域の重要パラメータは水分量

前述の実験から予想されるように、乾燥砂漠域では土壌の種類が水収支気候 にとって重要なパラメータとなる。土壌がどれだけ水分を含み得るか、など 土壌の性質のほかに、気象条件としては大気中に含まれる水蒸気量 も重要である。すでに述べたように、風速は重要ではない。

ここで、頭の中だけで考える「思考実験」をしてみよう。もちろん、読者は 身の回りにある簡単な道具を使って実験してもよい。 図17.9を参照しながら、次のクイズに答えよう。

砂漠蒸発のクイズ
図17.9 砂漠蒸発のクイズ。

クイズ
2つの砂漠 a と b がある。雨が降ってから数十日以上の時間が経過した。 両砂漠 a と b において大気の湿度のみ異なるが、日射量、気温、土壌種類など 他の条件はまったく同じだとする。大気の湿度が高い a 砂漠に立つ人 A と、 乾燥した b 砂漠に立つ人 B がいた。日中、大きな蒸発量を観測するのは どちらか? (これは「研究の指針」の「6. 気象学 夏の学校 (2004年7月24日)」のクイズ5に同じ)

(1)A が日中、多い蒸発量を観測する
(2)B が日中、多い蒸発量を観測する
(3)A も B も日中、同じ蒸発量を観測する

正解は(1)である。

土壌は空気中の水蒸気量が多いほど、多量の水分を大気中から吸収して平衡 状態になろうとする。そのため土壌 A は、地中温度が低くなる夜間に、より 大きな凝結によって水分を貯える。ところが日中になり土壌温度が上昇すると、 その水分は大気中に放出(蒸発)される。

土壌と大気間で交換される水蒸気の流れの方向は、大気中の 水蒸気量と土壌内に含まれる含水率の関係によって決まる。 これを、平衡状態における大気の比湿と土壌の含水率の関係(図17.10) から理解しよう。

含水率と比湿
図17.10 平衡状態における大気の比湿と土壌の含水率の関係。土壌として砂 (太線)とローム(細線)について、温度20℃(実線)と30℃(点線)の 場合について示す。 (近藤、1994、天気、525-535、第7図より転載)

まず、砂(太線)について、気温も土壌温度も20℃(太い実線)の場合を考える。 大気の比湿が0.01kg/kg では緑丸が平衡状態である。温度が変わら ないで比湿のみ大きくなると、太い実線に沿って、土壌は大気中から水蒸気 を吸収し含水率は平衡になるまで増加する。逆に大気の比湿が小さくなると、 土壌はそれと平衡になるまで水分を放出する。

こんどは平衡状態にあった20℃の緑丸が、温度のみ30℃に上昇すれば、 新しい平衡状態は赤丸であるので、土壌中の含水率は減少しなければならない。

図17.10 に描かれた曲線の関係は、土壌の種類ごとに異なる。
同じような曲線は、クッキーやビスケットなどについて求めることが できる。材料の重量は市販の電子デジタル天秤を利用する。空気の 湿度から比湿を求め、ほぼ平衡状態になったときの室温とともにグラフ用紙に プロットする。たくさんのプロットが出来上がり、等値線を描けば図17.10 のような曲線を得る。お菓子の味と含水率の関係を調べるのも面白いだろう。

一般に大気の条件(気温、比湿)は絶えず変動するので、土壌はそれに平衡 になろうとして、水分の放出・吸収を繰り返しているわけだ。 その現実的な例を見てみよう。

トルファンの含水率季節変化
図17.11 中国トルファンにおける土壌各層の含水率の季節変化。 実線は0.01m、点線は0.04m、破線は0.1m、一点鎖線は0.66mの深さ。 (Kondo & Xu, 1997, JAM; 近藤、2000:地表面に近い 大気の科学、図8.13より転載)

図17.11は中国北西部の砂漠域トルファンにおける土壌含水率の 季節変化である。最表層の深さ0.01mの層の含水率は、温度の高い夏期に 小さく、冬期に大きくなっている。

トルファンの年降水量は14mmである。ところどころにスパイク状の 大きな含水率の変化があるのは降雨日に生じる現象である。最表層の0.01m層 では日々の気象の変化によって含水率が激しく変化するが、0.1mや0.66mの 層では日々変動はほとんどなく、季節変化のみである。

乾燥砂漠域の土壌はもともと乾燥しているので、土壌内の水分移動はほとんど が水蒸気の分子拡散で行われるために、変化は緩慢である。0.66m層での 季節変化は最表層に比べて、位相が約半年も遅れる。 こうした振る舞いは、日本など湿潤気候で見られる現象と大きく違う。 雨の多い湿潤気候では、土壌中の水分移動はほとんどが液体水の形で 行われ、変化が速い。

自然状態の撹乱に注意
湿潤気候の日本などで、土壌水分を測る際に、数十cmまでの土壌を掘り 起こしセンサーを埋めた後、ひと雨後あるいは10日ほども経てば、 土壌内はほぼ元に近い状態に回復し、自記記録ができるとみなしてよい。
ところが乾燥砂漠では、いったん掘り返して埋め戻しても、元の状態に回復 するまでには10年以上もかかる。十分な注意を払わないと、自然状態を 撹乱することになる。掘り起こす際には、各層ごとの土壌が大気に触れない よう短時間内に密封しておく。こんどは埋め戻す時には、それを短時間に 元の深さに戻すように慎重に作業を行う。それでも安定になるまでには 長い時間がかかる(「地表面に近い大気の科学」の図8.14を参照)。

17.6 水文気候(降水量=蒸発量+流出量)の関係

上で述べてきた乾燥砂漠地域における大気と土壌の水分交換過程を定量的に 表す計算モデルを作成した。それに気象の日変化・年変化の 観測データを用いて熱収支・水収支、土壌各層の温度と含水率を計算した。 その結果から、降水量と蒸発量と流出量(=降水量 P ー蒸発量 E )について 水文気候の関係を知ることができる。

裸地面水収支気候
図7.12 年蒸発量と降水量の関係、いずれもポテンシャル蒸発量 Ep で割り算し、 土壌種類ごとに示した。(Kondo & Xu, 1997, JAM;  地表面に近い大気の科学、図8.2、より転載)(「研究の指針」の 「6. 気象学夏の学校(2004年7月24日)の図6.12に同じ)

図7.12 は中国の乾燥域から湿潤域にかけての水文気候の関係である。 縦軸は蒸発量 E、横軸は降水量 P、パラメータは土壌種類である。斜めの1対1の 実線と各曲線間の縦軸上の距離が流出量である。

縦軸と横軸は「新しいポテンシャル蒸発量 Ep」(下記の注を参照)で割り算 することによって、気候学的な水文関係が見えるのである。図に示された ように、この関係は土壌の種類に依存する。

降水量(P)とポテンシャル蒸発量(Ep)の比(P/Ep)を「気候湿潤度、 Wetness Index:WI」と定義し、気候を表す指標とする。 流出量は実際に使うことが可能な最大量であり、多いほど水資源量が豊富 といえる。

	  表17.1 気候湿潤度 WI による気候区分(近藤・徐, 1997)

(気候区分)           (水資源の状態) 乾燥域     WI≦0.1   流出はほとんど生じない 半乾燥域   0.1<WI≦0.3 土壌種類により流出が生じる 亜湿潤域   0.3<WI≦1   排水のよい土壌で流出量は多くなる 湿潤域     1<WI    土壌種類によらず流出量が多い


各土壌ごとに水文関係は違ってくるが、同じ土壌種類でもプロットに ばらつきがある。このばらつきは降雨の降り方によって生じた ものである。図中に南平(青三角)と長沙(赤ひし形)を色分けしてあるが、 前者に比べて後者は集中的な降雨が多い。集中的な雨が降ると、その時 まとまった流出量が生じ、地面の乾く期間が長く、年蒸発量は少なくなる。 この関係は積雪域でも同様で、融雪期に短期間に流出が生じ、年蒸発量が 少なくなる。

(注)新しいポテンシャル蒸発量
従来、いろいろなポテンシャル蒸発量が提案されてきたが、いずれも定義があいまいな ため、水文関係を明確に表現することはできなかった。
近藤と徐(1997)はそれらに替わる新しいポテンシャル蒸発量を定義した。 これは気象条件だけで定義され、「仮想的な標準面」(黒い湿潤な面、 表面はやや粗い裸地に相当)からの蒸発量とする。その値は通常の ルーチン日平均気象データから計算できる。

まとめ

(1)大気は高温で水蒸気を多く含みうるのに対し、土壌は逆に高温になると 水分を放出する。この関係にしたがって、大気-土壌間で水蒸気の交換が 行われている。

(2)水分の少ない条件では、大気-土壌間の水分交換量の風速への依存性 はほとんど無視できる。これは、湿潤域における蒸発の性質と大きく 異なる点である。

(3)従来、日本など湿潤気候域で開発された蒸発量の観測方法として、 次のものがある。
(a)数高度で湿度や風速を測る「傾度法」
(b)放射量などを測る「熱収支法」
(c)湿度変動と超音波風速計で風速変動を測る「渦相関法」

乾燥砂漠地域では、蒸発に伴う潜熱輸送量の絶対値は 10 W/m程度 またはそれ以下であるので、これら従来法では観測精度上の問題から蒸発量を 求めることは不可能と考えなければならない。

(4)砂漠地域における大気-土壌間の水蒸気交換量は土壌内の水分移動に 強く依存する。そのため、土壌の水分特性を知り、土壌の含水率と大気の水 蒸気量を測る方法に基づいて水分交換量を評価しなければならない。

参考
大気-土壌間の水蒸気交換量を知るには、土壌各層の温度と含水率 (液相、気相を含む)の日変化・季節変化を数値計算で解き、時々えられる 土壌温度や含水率の実測値を用いてチェックする方法による。

計算モデルとして、土壌間隙内部における水の気化と水蒸気輸送を考慮した 裸地面蒸発の多層モデルがある(Kondo and Saigusa, 1994)。このモデルでは 土壌を多孔性のキャノピーとして考えている。

上記モデルを少し簡単化し、数十年以上にわたる計算が短時間にできる ようにした実用モデルもある(Kondo and Xu, 1997)。 乾燥域の陸面過程について、「地表面に近い大気の科学」の第8章に解説 されている。

文献

近藤純正、1989:大砂時計ー世界初への挑戦ー.東北大学生活共同組合 印刷出版事業部、pp.154.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学ー理解と応用ー. 東京大学出版会、 pp.324.

近藤純正・徐健青、1997:ポテンシャル蒸発量の定義と気候湿潤度.天気、 44、875-882.

Kondo, J. and N. Saigusa and T. Sato, 1992: A model and experimental study of evaporation from bare soil surfaces. J. Appl. Meteor., 31, 304-312.

Kondo, J. and N. Saigusa, 1994: Modeling the evaporation from bare soil with formulation of vaporization and water vapor diffusion in the soil pores. J. Meteor. Soc. Jpn., 72, 413-421.

Kondo, J. and J. Xu, 1997: Seasonal variations in heat and water balances for non-vegetated surfaces J. Appl. Meteor., 36, 1676-1695.

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