M15.熱の流れと現象(Q&A)
著者:近藤純正
	● 蒸発と風速の効果についてQ&A(2題)
	● 熱容量の意味についてQ&A
	● 熱収支計算の目的についてQ&A
	● 交換速度についてQ&A

	● 放射冷却と冷却防止法についてQ&A(4題)
	● 大気放射量の推定についてQ&A(2題)
	● 汗が出る原理、ボーエン比についてQ&A(2題)
	● 日本と世界の熱収支・水収支についてQ&A(3題)
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テキストの本文「M12. 入門3: 熱の流れと現象」では、大気中の諸現象を 熱エネルギーの流れの観点から理解するための基本的なことについて 学んだ。地表面の熱収支式でもっとも簡単な応用例として放射冷却を説明 した。
講義では 『テキストの範囲外でも、どんな質問でも歓迎します』 と して質問してもらった。 この章は「入門3:熱の流れと現象」の講義 中に出た質問に対する Q&A である。 受講生は最近になって気象学の勉強を始めた人たちであり、出された質問 は基本的・原理的なものが多く、他の人々にも広く役立つものと思う。 (完成:2005年10月14日、加筆:10月18日)


● 蒸発と風速の効果についてQ&A

Q12.1 蒸発の有無によって地表面温度の日変化に違いがあり、 蒸発がある場合の地表面温度は低くなっています(図15.1: 図12.1に同じ)。 この理由は「水蒸気からの潜熱の影響による」としてよいのでしょうか?

乾・湿地表面温度日変化
図15.1(図12.1に同じ) 蒸発がない場合と、十分にある場合の地表面温度の 日変化の比較。ただし、他の条件(風速、気温、アルベド、地中の熱的な パラメータなど)はまったく同じとした場合。 身近な気象の科学、図17.5より転載)

A12.1 短い言葉での解答は、「水蒸気からの潜熱・・・」ではなくて、 「蒸発にともなう潜熱」の影響によって・・・、とするほうがよいでしょう。

より正確な説明は次の通りです。
同じ日射量、大気放射量が地表面に注がれたとき、そのエネルギーは 地表面を温めて地表面が放出する赤外放射量(地表面放射量)、地中伝導熱、 顕熱輸送量、及び水を蒸発させる気化の潜熱に変わります。蒸発して大気へ 運ばれる水蒸気量の流れは潜熱輸送量という。この場合、蒸発が起きない とすれば、それに費やす気化熱はゼロなので、そのぶんだけ他の エネルギー(地中伝導熱、地表面放射量、顕熱輸送量)が大きくならなければ 熱収支(エネルギーバランス)が成り立たない。他のエネルギーが大きく なるためには、地表面温度が高くならなければならない。その結果として、 蒸発がない(蒸発を抑制した)場合には地表面温度はより高くなる。

Q12.2 風速が強い日ほど気温の日較差は小さくなります(図12.2)。 この関係において、吹いてくる風の温度も影響しませんか?

A12.2 はい、その通りです。したがって、観測地点の気温よりも 高温地域から風が吹いてくれば気温はより高くなり、逆に低温地域から風が 吹いてくれば気温は相対的に低くなり、気温日較差にバばらつきができます。 同じ快晴日、同じ日平均風速の日でも、日較差にばらつきがあるのは そのためです。

● 熱容量の意味についてQ&A

Q12.3 単位体積の空気の熱容量(=比熱×密度)にはどんな意味があり ますか?

A12.3 空気でも土壌でも、他の物質でも単位体積の熱容量が大きければ、 温度の上昇・下降がゆっくりと起こります。例えば空気と水を比較した場合、 熱容量は空気が1.2×103 J K-1m-3 であるのに対し、水の値は4.2×10 J K-1 m-3で空気の3500倍も大きい。それゆえ、 同じ体積に同じ熱エネルギーが与えられたとき、空気は水の3500倍の速さで 温度上昇が起きることになります。

水1立方mの温度が1℃だけ下がり、その熱エネルギーが空気を温めたと すれば、底面積1平方mの大気柱3500mが1℃上昇します。 このように温度変化量を見積もる際には、単位体積当たりの熱容量の数値が 必要となります。

● 熱収支計算の目的についてQ&A

Q12.4 熱収支の式で計算しなければならないのは、どのような時ですか?
また顕熱が気象に及ぼす影響としてどのようなことがありますか?

A12.4 熱収支計算の目的は、例えば、日中の地面や物体の温度が いくらになるか、定量的に値を知りたい場合は計算してみなければなりません。

また、ある条件について地面温度を予測したい場合、風速と蒸発の効果の どちらが強く影響するかを知りたい場合も計算してみなければなり ません。計算では、地面からの顕熱輸送量や潜熱輸送量の大きさも同時に 知ることができます。路面温度や作物の葉面温度の予測に利用できます。

後で示す Q12.7 でも、冷却防止用の覆いの温度の見積もりでも熱収支 計算を行うことになります。

天気予報や局地循環流を予測する場合、熱収支計算を地域ごとに行い、 大気全体の温度上昇や湿潤化量、また、気圧変化をもとめ、気圧の地域差 を知ることができます。さらに風の吹き方、雨の降り方まで計算を進めて いきます。

こうした原理が数値天気予報に利用されているわけです。 昔の数値天気予報の初期段階では地表面と大気間の熱輸送量を考慮して いなかったのですが、最近ではそれを考慮しており、以前に比べて予報が 格段に進歩しています。

● 交換速度についてQ&A

Q12.5 交換速度が大きければ、風速が強いということになりますか?  さらに、日中の地表面温度と気温の差が小さくなりますか?

A12.5 はい、その通りです。風速が強い(交換速度が大きい)ときは、 地表面に取り込まれた放射エネルギー(日射量と大気放射量)が顕熱・ 潜熱輸送量に変えられる(配分される)割合が大きくなり、そのぶんだけ 地温を上昇させるエネルギーに配分される割合が小さくなり、地表面温度 と気温の差が小さくなります。

このような日は大気中へ運ばれた顕熱・潜熱輸送量が大きいので、 大気全体としての気温・水蒸気量が大きくなります。 風速が小さいときは地表面温度は上がりますが、大気へ運ばれる顕熱・潜熱 輸送量が小さいので、大気は温まりにくくなります。

● 放射冷却と冷却防止法についてQ&A

Q12.6 晴天微風夜間の放射冷却で地表面温度が低温になるとき、植物の 葉面温度はなぜ地表面温度よりも低くなるのですか?

A12.6 地表面(土壌面とする)では赤外放射の放出によって冷える ぶんだけ、地中からの地中伝導熱が供給されており、それらがバランス するような温度になります。ところが、土壌面から離れた植物の葉面に は地中からの伝導熱はほとんど伝わってこないので、土壌面温度より低温に なります。

Q12.7 植物の凍結害防止のための覆いには、どんな素材でもよいのですか?

A12.7 現実的には経済性と作業効率から決めることになりますが、 覆いの効果は素材によって異なります。ポリエチレンの薄膜は赤外 放射をほとんど透過するのであまり役立ちませんが、他の赤外線を透過 しないビニール、ガラス、自然素材の藁、木の板、発泡スチロール板、 網などがあります。

冷却防止覆い
図15.2 作物の放射冷却防止用の覆いによる作物の葉面温度の違い。 一番左の図では覆いがないので作物の葉面は-2℃に、真ん中の図では 覆いが薄くその覆いの内部で熱伝導があって冷却防止の効果は少ない。 一番右の図では上側表面のみ冷えるが覆が熱伝導の小さい材質ゆえ、 冷却防止の効果がもっとも大きい。

冷却防止の効果を高めるには、厚くて熱伝導の悪い素材(例えば発泡スチ ロールや板)がよいでしょう。 熱伝導が悪いと覆いの上面はよく冷えるかわりに、その底面は冷えず底の表面 温度はそのレベルの気温に近くなります。そのため、覆いの底面からその 下の植物に向かって放つ赤外放射量は大きくなります。

網もかなりの効果があります。網目は空いているので、植物から見たとき、 上空の低温からの放射を一部透通するのですが、斜め方向では天空は見え ないので植物にとっては網からの赤外放射を受けることになるから です。空気の流通が必要な場合には網がよいでしょう。

図15.2に例示したような覆いの温度が何度になのかの計算は、
(a) 覆いの上面の熱収支式
(b) 覆いの下面の熱収支式
(c) 葉面の熱収支式
(d) 土壌面の熱収支式
の4式を連立して同時に解くことになります。その際、大気の温度、湿度、 風速と地中10cm程度の深さにおける地温を与えます。結果として、覆いの 上面温度、下面温度、葉面温度、土壌面温度の4つか求められます。

風速が非常に弱い場合には、殆んど放射収支と地中からの伝導熱で各温度は 決まります。

Q12.8 夜間の放射冷却で、植物の葉の付いている高さによって葉面 温度は変わりますか? また、植物の背丈による違いはありますか?

A12.8 はい、葉面温度は高さによって変わります。いろいろな条件が ありますが、無風状態では、植物の一番高いところでは全天空が見えており、 放射冷却がもっとも強く、葉面温度が低くなります。その下部では、自分より も上に覆いの役目をしてくれる葉があり冷えにくくなります。最下部では 地面の影響もあってもっとも冷えにくいです。

こんどは弱い風が吹く夜を想定しよう。最上端部にある葉面は放射冷却で 冷えるのですが、まわりの空気(気温は必ず葉面より高温になっている) からの顕熱の供給を受けて放射冷却が弱められる。最上部の少し下層では 植物群落自体によって風が弱められ、その高度の空気から葉面への顕熱 輸送量が小さく、結果としてもっとも放射冷却の影響を受けて低温となる。 さらにその下層では上に覆いの役目をしてくれる葉があるので、放射冷却は 弱められ、低温による被害が少なくなります。

無風夜に霜害が生じた時に観察すると、最上面よりも少し下の葉がもっとも 被害が大きくなっていることがあります。また、茶畑の霜害のような場合、 道路・通路側で風が通りやすい場所では被害が少なくなります。このように、 どんなことでも注意深く観察すると面白いことがわかり、観察・研究の 楽しさを味わうことができます。こんごは注意して自然を観察する習慣を もちたいですね。

次に植物の背丈による違いについて考えてみよう。風速は通常、地面からの 高さとともに増加しています。特に晴天夜のように大気が安定な時は、 ごく地表面付近が無風に近いときでも、背丈が高い植物だとその上端付近 では風が吹いていることがあり、放射冷却は弱められます。

一方、斜面だとすると、夜間のごく地表面付近に斜面下降風が発生することが あります。このような場合には、気温の鉛直分布も関係するので、風速と気温 と放射条件によって、植物のどこがもっとも冷えるかは熱収支計算による 検討が必要となります。

Q12.9 都市化でビルなどが多く建てられ天空率が小さくなることで、 都市全体として平均気温が上昇するのはどのような原理によるのですか?

A12.9 上記のQ&Aで述べたと似た原理に似ています。ビルなどがなく平坦地 だとすると、夜間に天空はすべて見えます。このとき夜間の放射冷却は もっとも強くなります。しかし、高層ビルなどで天空の大部分が見えな くなると、ビル壁面からの赤外放射が地面(ビルの隙間の道路など)に 来るようになります。ビル壁面は上空の大気平均より高温であり、 そのうえ黒体放射に近い赤外放射を出すために地面の放射冷却が緩和される ことになります。

日中を想定すると、平坦地とビル壁面のアルベドが同じとした場合、 都市に入る太陽光は壁面や地面で何回も反射を繰り返したのち、大気側へ 還っていきます。反射の都度、一部の太陽光のエネルギーが 吸収され、都市全体として太陽光をより多く吸収することになり都市全体が 温度上昇することになります。

● 大気放射量の推定についてQ&A

Q12.10 晴天夜間の大気放射量L↓を推定したい時、L↓=σTとし、 気温 T はアメダスの観測値を用いるのではなく、それよりも20~30℃程度 低温の気温に対する黒体放射量を用いるのはなぜですか? つまり σTよりも「大気放射量」は小さいという意味ですね?

A12.10 はい、そうです。水蒸気量が無限に多い場合、大気が放つ赤外 放射量(大気放射量)は近似的に黒体放射量σTに近づきます。 しかし現実には、大気中の水蒸気や二酸化炭素などはそれほど多くなく、 大気放射量は地上付近の気温 T に対する黒体放射量の60%(水蒸気量が 少ないとき)~90%(水蒸気量が多いとき)程度の大きさです。

Q12.11  大気からの大気放射量をより具体的に推定する方法を説明して ください。

A12.11 大気放射量は直接的な観測によるか、ラジオゾンデによる高層 気象観測データ(気温と湿度の高度分布)から計算によって求めます。 いっぽう、地上気温の日平均値と水蒸気圧の日平均値から大気放射量を 推定する方法もあり、本ホームページの「研究の指針」の 「基礎3:地表面の熱収支と気象」の図3.6に示してあるので参考にして ください。下に、その図と同じものを図15.3として掲げましたので、例題 によって説明します。

放射量計算図
図15.3 下向きの大気放射量の計算図。地表面に近い 大気の科学、p.74、図2.23より転載)

例題
快晴日の夜間
地上の日平均気温(アメダス観測値でもよい)Ta=15℃
地上の日平均水蒸気圧(近くの気象台、測候所の値でもよい)e=10hPa

まず計算によって、σTa391 W/m2
を求める。ただしσ=5.67×10-8W m-2K -4(ステファン・ボルツマン定数)

(1) 図15.3 にて一番下の横軸から e=10 hPa の目盛を見つける。
(2) 赤点線のように上方へ延ばし、「快晴」の曲線との交点を決める。
(3) その交点から水平に赤点線を延ばし、縦軸の値を読み取ると、 0.75
(4) 計算: 391 (W/m20.75=293 (W/m2)

下向き大気放射量は 293 W/m2 として推定できました。

計算式による推定は「地表面に近い大気の科学」の付録 B にて、
図の曲線の式: p.75の式(2.33)~(2.37)
水蒸気圧 e と日平均露点温度の関係式: p.299の式(A2.1)
日平均露点温度から有効水蒸気量を推定する式: p.299の式(A2.2)~(A2.7)

が利用できます。

● 汗が出る原理、ボーエン比についてQ&A

Q12.12 ボーエン比にはどのような意味がありますか?

A12.12 ボーエン比=(顕熱輸送量 / 潜熱輸送量)であり、この比が大きい か小さいかによって大気への影響は違ってきます。ボーエン比はその地域の 気候を表す重要なパラメータとなります。

顕熱輸送量が大きいときは、大気への直接的な熱エネルギーがより多く 供給されたことになり、大気の昇温量が大きくなります。逆に大気から 地表面へ顕熱が輸送されたとき、大気は冷却したことになります。 こうした過程によって気温が上がったり下がったりしているのです。

他方、地表面からの潜熱輸送量(つまり蒸発量)が大きいときは、大気は より湿潤化します。 その空気塊がどこかで凝結する際には潜熱が開放されます。砂漠では顕熱 輸送量が大きく、潜熱輸送量はほんのわずかです。ボーエン比は気温に よっても変わります。

Q12.13 ヒトが夏に汗を出す理由は何ですか?

A12.13 ひと言でいえば、夏は気温が高いので汗が出るのです。ヒトは 毎日2000キロカロリー前後のエネルギーを食物から得ています。 このエネルギーは寝ていても基礎代謝に使われ、ヒトが活動する運動の エネルギーになるのです。摂取エネルギーは最終的には熱エネルギー (1日に2,000キロカロリー、瞬間瞬間では平均100ワット) となり体外へ放出され、体温を維持しています。

体外への熱放出は赤外放射、 顕熱、発汗による気化の潜熱によって行われます。周囲の気温が低いときは、 体温・気温差が大きく顕熱による放出量が大きくなります。しかし気温が 高くなると体温・気温差は僅かで顕熱による放出が難しくなります。 物体や地表面では温度が上がるのですが、ヒトは体温が上がりすぎる と機能が不正常(病気、熱中症など)となるので、正常な体温を維持する ために、発汗を盛んにし潜熱輸送量として周囲へ放出します。

気温が高いときはボーエン比(=顕熱輸送量 / 潜熱輸送量)が小さく なります。これは人体に限らず、植物表面でも地球表面でも同じであり、 ”ボーエン比の気温依存性” と呼んでいます。平均的にみると、地球の 低緯度では潜熱輸送量、つまり蒸発量が大きいが、高緯度では蒸発量は 少なく、地表面・大気間の温度差が大きくなることで顕熱輸送量を大きくして います。

● 日本と世界の熱収支・水収支についてQ&A

Q12.14 日本では年平均降水量1,800mmのうち500~1000mmほどが 蒸発すると、毎年毎年水が増えていくことになりませんか?  地球全体ではバランスがとれているのでしょうか?

A12.14 バランスはとれています。降水量から蒸発量を引き算した 残りの量は流出量となり、河川によって海に流れて行きます。 流出量は私たちの利用可能な水となります。

日本のような湿潤な気候帯では流出量が多く、「水資源に恵まれた地域」 ですが、降水量の少ない地域では流出量は僅かで「水資源に乏しい地域」 となります。海洋を含めた地球全体の平均では年降水量(約1,000mm) は年蒸発量に等しくバランスはとれています。

Q12.15 地表面の熱収支について、例えば、赤道付近と南極では 熱収支は違うように思うのですが、入ってくる熱と出て行く熱はバランス がとれているものですか?

A12.15 各熱収支量の大きさは地域や地表面の状態で異なるのですが、 地表面での収支(出入り)はどこでもバランスがとれています。

テキストの本文「M12. 熱の流れと現象」の式(12.3)以下で説明した 熱収支式を復習しておきましょう。
放射量をまとめた正味放射量Rn の定義は,地表面のアルベドをref ,地表面温度 TSに対する黒体放射量をσTS4, 日射の反射の分を S↑とすると, 次式で表されます。

 Rn=S↓-S↑+L↓-L↑=(1-ref)S↓- ε×(σTS4-L↓) ・・・(式12.3)

赤外放射に対する射出率 ε は 1 に近いので、簡単化のために ε=1 と します。熱収支式は次のように表すこともあります。

 R↓ = σTS4 + H + lE + G ・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・ (式12.4)
(入力放射 = 地面放射 + 顕熱 + 潜熱 + 地中伝導熱)

ただし入力放射量:  R↓=(1-ref)S↓+L↓ 

で定義しました。式(12.4)を書き直せば、

 Rn≡R↓-σTS4 = H + lE + G ・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・ (式12.4b)

地表面(陸面、海面)での熱収支式は各地点ごと、瞬間ごと、時間平均値 でも必ず成り立つ物理則「エネルギー保存則」です。

図15.4は正味放射量 Rn、潜熱輸送量 lE、顕熱輸送量 H、海中への熱 G の4項の 緯度分布を示したもので、各緯度で熱収支式は成り立っています。 「海中への熱」は陸面では「地中伝導熱」に対応するものです。

熱収支緯度分布
図15.4 地表面における熱収支量の年平均値の緯度分布。身近な 気象の科学、p.15、図2.5より転載)

陸面の場合、地中への熱(地中伝導熱) G は1年間で平均するとゼロになり ますが、地表面が海面の場合には G(海中への熱)はゼロとならず、 プラスあるいはマイナスの値として存在します。なぜなら、海では熱が 海流によって水平方向の他所へ運ばれているからです。

図15.4をみると、南緯15°~北緯23°付近の低緯度では 海中への熱がプラス であり、年間平均で大気側から海中へ熱が入っていることになります。 つまり、この海域では放射量が多く、いつも海水を温めています。温められた 海水は海流によって高緯度に運ばれ、高緯度の海面では年間平均して下層から 熱が運ばれ、そのエネルギーが潜熱・顕熱輸送量に変換されろことになり ます。

要約すると、熱収支式はどこでも成り立つのですが、各熱収支項の大きさ そのものは場所によって違うのです。

Q12.16 海面から大気へ向かう潜熱輸送量が最大の場所(蒸発量が最大の 場所)は、どこでしょうか?

A12.16 潜熱輸送量(蒸発量)は海面温度と気温差が大きく風速が強い 海域で大きくなります。

平均的には大陸東岸の黒潮流域やメキシコ湾流域で 大きいです。平均的な蒸発量の緯度分布は緯度10~30°の亜熱帯で極大と なっています。上記の図15.4を参照してください。降水量と蒸発量の差が プラスとなる緯度帯は赤道域と緯度40°より高緯度にあります (水環境の気象学、図13.6)。差がマイナス、つまり蒸発量のほうが大きい 緯度帯は亜熱帯高気圧帯に対応します。

参考文献

近藤純正、1987:身近な気象の科学、東京大学出版会、pp.189.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用―、東京大学出版会、pp.324.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学ー地表面の水収支・熱収支ー、 朝倉書店、pp.350

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