M11.入門2:境界層の日変化
著者:近藤純正
	11.1 実例1:地上気温の日較差と日射量
	11.2 実例2:各種地表面温度の日変化
	11.3 実例3:海面水温の日変化
	11.4 温度変化と熱エネルギーの関係
	11.5 地中温度の日変化、年変化

	11.6 温位鉛直分布の日変化
	11.7 大気の安定度
	11.8 大気の安定度と風
	11.9 不安定時と安定時の大気構造
	要約
	参考書
この章についてのQ&A 「M14. 境界層の日変化(Q&A)」の章に掲載してあります。

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大気境界層における気温および地温・水温の日変化の実例を示し、 その考察・解釈から境界層の理解を深めよう。 さらに、気温や地温の時間変化を計算する原理式、大気の安定度、また、 境界層内で生じている気温・風速変動の実態のイメージから 境界層の構造を学ぶことにしよう。

本文中の問11.1~問11.4に対しては、これまでに各自がもっている知識の 範囲で考察し回答することとし、各問ごとに200~1,000字程度にまとめよ。 (完成:2005年7月27日)


11.1 実例1:地上気温の日較差と日射量

図11.1は前橋における1日の日射量の積算値と気温日較差(=最高 気温ー最低気温)の関係である。
前橋の気温日較差
図11.1 前橋における1日の日射量(全天日射量)と気温日較差 (最高気温と最低気温の差)の関係。

[問11.1] 地上の気温日較差と日射量の関係からどのよう なことがわかるか? また、プロットにばらつきができる(同じ日射量でも 気温日較差に違いがある)要因として何が考えられるか? 日射量がゼロの 日でも気温日較差が数℃もあるのはなぜだろうか? 

図11.2は、沿岸域に位置する銚子についての同じ関係である。
前橋の気温日較差
図11.2 銚子における1日の日射量と気温日較差の関係。

[問11.2] 地上の気温日較差と日射量の関係を調べてみ ると、前橋(内陸)と銚子(沿岸)の2地点で違う傾向が見られる。 その要因として何が考えられるか?

11.2 実例2:各種地表面温度の日変化

図11.3 は地表面がアスファルト,コンクリート,裸地,芝生の場合について, 晴天日における地表面温度の日変化を比較したものである。
4種類の地表の地表面温度の日変化
図11.3 4種類の地表の地表面温度の日変化、ただし太い実線は気温 の日変化である。 (杉本・近藤、1994;地表面に近い大気の科学、図4.6、より転載)

[問11.3] 地表面がアスファルト,コンクリート, 裸地,芝生かによって地表面温度の日変化は違う。その理由として考えられる ことは何か?

11.3 実例3:海面水温の日変化

図11.4(左)は海面水温の日変化パターンを風速別に示し、(右)は 日平均風速と水温日較差の関係である。図(左)では、グラフが重ならない ように、風速の違いで日変化がよくわかるように各風速でずらしてあり、下 のグループほど水温が低いというのではない。

なお、風波のある海では 海面から水深数mまでの水温はほぼ等温になっている。この等温層の深さは 風速に依存し、風速2m/sのとき2m程度、5m/sのとき5m程度、15m/sの とき30m程度となる。
海面水温と風速
図11.4 風速の違いによる海水温の日変化(晴天日)。(左)水深1.5mに おける海水温度の日変化、赤の数値は日平均風速 (Kondo, et al., 1979,)、(右)水温日較差と日平均風速との関係 (地表面に近い大気の科学、図5.10、より転載)

[問11.4] 陸地の地温に比べて、海面水温の日較差 が桁違いに小さいのはなぜか?
水面近くの海水温度の日較差が強風日に小さくなるのはなぜか?


(注1) 単位体積あたりの熱容量(cρ)を比べると、水は4.2×106 J K-1m-3、乾いた土壌は概略1×10 6J K-1m-3、湿った土壌は概略 3×106J K-1m-3である。
(注2) 比熱(c)とは単位質量の物質の温度を1℃上げるに 必要なエネルギー(J kg-1K-1)である。
(注3) 密度(ρ)とは単位体積の物質の質量(kg m -3)である。

11.4 温度変化と熱エネルギーの関係

晴天日中の地上において、太陽光に垂直な面積に入る直達日射量は1平方m 当り概略 1kWである。したがって、太陽に面する部屋の窓面積が 延べ10平方mあれば、各瞬間ごとに合計約10kWのエネルギーが部屋に 入ることになる。実際には、直達光のほか散乱光もある。

1W(ワット)は1秒間当たり1J(ジュール)のエネルギーのことである。 したがって、1kW(=1,000J/s)の太陽光が1時間(3,600秒)入射すれば、

1,000(J/s)×3,600(s)=3.6×10J=3.6MJ(メガジュール)

となり、5時間では18MJ となる。

顕熱輸送量と潜熱輸送量
顕熱輸送量は空気の乱流(上下左右に動く乱れ、平均風に混じっている) によって運ばれる熱エネルギーのことである。大気中では分子運動による 熱伝導に比べて乱流による顕熱輸送量が桁違いに大きい。

潜熱輸送量も同じように、乱流によって運ばれる。地表面に近い気層中では、 単位時間単位面積当たりの鉛直方向の水蒸気輸送量は蒸発量に等しい。 水蒸気輸送量と潜熱輸送量は同じ内容のことを指しているが、他の熱輸送量 と単位をそろえる必要があり、単位時間当たりの蒸発量に気化の潜熱を 掛け算したものを潜熱輸送量と呼んでいる。

水1kg当たりの気化の潜熱は、0℃のとき2.50×10 J kg-1、40℃のとき2.41×10 J kg-1である。

顕熱輸送量の理解
図11.5 顕熱輸送量の理解(「研究の指針」の「基礎3:地表面の熱収支と 気象」の図3.7に同じ)。

熱エネルギーの大きさのイメージを掴んでおこう。図11.5は、地表面から 高さ h=1kmの大気柱に100 W m-2が与えられたとき、 大気の温度は1時間に0.3℃の割合で上昇する。

潜熱輸送量100 W m-2は日蒸発量で3.53mm、 年蒸発量で1,287mmに相当する。

地中伝導熱の理解
図11.6 地中伝導熱の理解(「研究の指針」の「基礎3:地表面の熱収支と 気象」の図3.8に同じ)。

地表面から土柱に地中伝導熱100 W m-2が与えられたとき、 1m立方の土壌(土柱の高さ h=1m) の温度は1時間に概略0.36℃(乾いた土壌)、あるいは0.12℃ (湿った土壌)の割合で上昇する。温度上昇は土壌の種類のほか、とくに 土壌中の水分含有量に依存する。

実際の土壌は熱伝導率が悪く、1mの深さまで数時間で は熱は伝わらない。そのため、1時間~数時間内には土壌表層(深さ0~0.1m) 付近の温度だけが著しく上昇する。すなわち、深さ0.1m程度までの 土壌温度は平均として、上記の値の10倍ほどの割合で上昇する。

温度上昇の計算式
物体の温度は熱エネルギーを獲得すれば上がる。その関係は次の式で表され る。単位時間(s)に単位体積(m)の空気塊が獲得する 熱エネルギーを Q(J s-1 m-3、 または W m-3) とすれば、

  温度上昇量(℃)=( Q ×時間)/ (比熱×密度)・・・・(1)

こんどは、空気柱または土柱が底面から熱エネルギーを獲得する場合、空気柱 または土柱の高さを h(m)とし、単位時間(s)に単位底面積 (m)当たりが獲得する熱エネルギーを Q(J s-1 m-2、 または W m-2) とすれば、温度上昇量は次式で計算できる。

  温度上昇量(℃)=( Q ×時間)/ (比熱×密度×h )・・・・(2)

温度上昇の応用例
図12.1に示した前橋のデータによれば、Q と温度上昇量がわかるので、式(2) から温度上昇の及ぶ気柱の高さ h を見積もることができる。 すなわち、最高気温は正午過ぎに、最低気温は日の出の頃に起きることが 多いので、この差を気温日較差とみなすことができる。

理解を容易にするために、まず、(A) 簡単な計算を 行う。
この場合、(A1)地上に入る日射エネルギーがすべて顕熱輸送量に変換 されると仮定し、(A2)それによる温度上昇量は高度ゼロから高度 h まで 一様と仮定する。
式(2)を書き直せば、

  h=( Q×時間)/ (比熱×密度×温度上昇量 )

下層大気を想定すれば、比熱×密度(=cPρ)≒1.2×103 J K-1m-3である。

図12.1の横軸は1日の積算日射量であり、多い日(晴天日)には概略 24MJ m-2である。したがって日の出から正午ころまでの 6時間について単位時間(s)に単位底面積(m)当たりが 獲得する熱エネルギーは、

Q=(24/2)×106 /(6×3600)=555 W m-2

日の出から正午ころまでの地上における温度上昇量は気温日較差(=12℃) に等しいとすれば、

 h=(555×6×3600)/(1.2×103×12)≒800 m

つまり、晴天日の朝から正午ころまでに、温度上昇する気柱の高さは約800m と見積もることができる。

つぎに、(B)現実的な見積りを行う。
現実には、地上で顕熱輸送量に変換される割合は日射エネルギーの一部分に過ぎない。 詳細は次章「熱の流れと現象」で述べることになるが、 (B1)日射量の 1/2 が顕熱輸送量になると仮定し、(B2) 大気の温度上昇は 地上付近で大きく、上空へ行くにしたがって直線的に小さくなると仮定しよう (後掲の図11.10において6時と12時の温位鉛直分布で囲まれた形が近似的に 三角形である)。

(B1)の仮定により h は1/2 に、(B2) の仮定により h は2倍となる。 結局、温度上昇の及ぶ気柱の高さ h は約800mとなる。

11.5 地中温度の日変化、年変化

図11.7 は春秋分ころ、晴天日の乾燥した裸地を想定した場合の地温の時間変化 である。
地表面と、地表面からの深さ0.05m、0.13m、0.25m における地中温度の時間変化を示した。

地中温度の日変化
図11.7 地中温度の日変化(「研究の指針」の「基礎2:気温・地温と局地 循環」の図2.4に同じ)。(地表面に近い大気の 科学、図4.10、より転載)

地表面での変化を基準としたとき、位相は深さに比例して遅れる。図の例 では、最高温度の時刻は、深さゼロでは13時であるのに対し、深さ 0.13mでは19時となっている。

水戸の地温年変化
図11.8 水戸における地中温度の年変化 (地表面に近い大気の科学、図4.11、より転載)。

図11.8は地中温度の年変化を示している。年変化のように周期が長い場合、 地表面で起きた変化は地中の深くまで伝わる。深さによる振幅の減衰率および位相の 遅れは周期の平行根に逆比例する。1年周期と1日周期の場合を比べてみよう。 365の平方根は19であるので、深さ0.1mの日変化は深さ1.9mにおける 年変化に対応する。

11.6 温位鉛直分布の日変化

図11.9は会津盆地で観測した気温の鉛直分布である。図では気温を温位に 換算して描いてある。会津盆地は、周囲の尾根との平均標高差が約1,000mあ り、夕方18時の分布に比べて、朝5時過ぎには高度1,000m以下が冷却し 低温層が形成されている。この低温層のことを「冷気湖」と呼ぶ。

温位
温位の定義は、熱の出入りなしの断熱状態で空気塊を一定の気圧 (普通1,000hPa)にしたときの温度である。この定義に従うならば、 地球の標準的な大気では、ある高度の温位は高度1kmにつき 約10℃の割合で気温に加算すれば得られる。
地表面に近い大気を扱う場合、そのときの地表面の気圧を基準にして温位 を定義することがある。その場合、地表面からの高さ z の温度を T としたとき、高度 z の温位= T + Γd×z とする、ただし Γd=0.00976 K m-1(乾燥断熱減率)である。

会津盆地の温位鉛直分布
図11.9 会津盆地で観測された温位の鉛直分布(鎖線は18時、実線は翌朝 5時15分の観測) (地表面に近い大気の科学、図6.15、より転載)。

つぎに、朝から日中にかけての状況を想定する。 地表面から大気へ輸送された顕熱は、まず最下層の大気を加熱し、拡散に よってしだいに大気境界層全体を昇温する。図11.10 は春秋分ころを想定 したときの朝6時から18時までの3時間ごとの温位鉛直分布の変化である。

温位鉛直分布の日変化
図11.10 温位鉛直分布の日変化(「研究の指針」の「基礎2:気温・地温と 局地循環」の図2.6に同じ)。(地表面に近い大気の 科学、図4.8、より転載)

朝6時の分布では、高度500m付近より下層に強い逆転層が見られる。
太陽が昇り地表面が加熱されると、大気は下層から昇温しはじめ、 鉛直方向によく混合された、ほぼ等温位の大気混合層 が形成される。
大気混合層は9時には高度200m付近まで、15時には高度1,400m付近まで 達している。

11.7 大気の安定度

周囲の大気と熱の交換がないような(断熱的)状態で空気塊を急激に持ち 上げると、気圧が減少し気温は低下する。空気が乾燥しているときは、 高さ100mごとに気温は1℃(正確には0.976℃)の割合で低下する。 この変化を断熱変化、気温の減少の割合を乾燥断熱減率 (Γd=0.976℃/100m=0.00976 K m-1)という。 逆に空気塊を下降させる場合は同じ割合で気温は上がる。大気の状態は、 実際の気温の高度減率Γと乾燥断熱減率Γdの関係によって 大きく変わる。

図11.11を参照すると、空気塊を移動させたとき、移動させた方向と同じ 方向に力が働き、空気塊はますます変位してしまう場合が不安定である。 したがって、不安定なときは、上下の混合が強くなる。

気塊の移動と安定・不安定
図11.11 空気塊を上昇・下降させた場合に作用する力。(左)不安定の例、 (右)安定の例。 (身近な気象の科学、図14.2、より転載)。

いっぽう、空気塊を変位させたとき元の方向に戻そうとする力が働く場合が 安定で、このときは上下の混合は弱くなる。安定と不安定の中間のときを 中立状態という。

以上は空気塊を断熱的に鉛直方向に微小変位させたときの力の作用する 方向から定義された静力学安定度である。

図11.12は安定、中立、不安定状態について、気温と温位の鉛直分布を描いた ものである。

気塊の移動と安定・不安定
図11.12 気温と温位の比較。(左)気温分布の例、 (右)温位分布の例。 (身近な気象の科学、図14.3、より転載)。

図11.13は現実的な場合について、気温(正確には仮温度:横軸)と高度 (縦軸)との関係を表している。大気境界層の中では、図の折れ線 ABCE で 描かれるように、地表面温度が著しく高い場合、地上Aにある高温の空気塊は 周囲と混合しなければ、どの高度まで自然に上昇することができるだろうか?  点 A と点 D の中間まで上昇したとき、周囲の気温と比べると高温なので、 上昇を続けることができて点 D まで達しうる。このとき、BC 間は Γ=Γd(静力学的に中立)であっても空気塊は A~C 間で 盛んに上下運動をしており、大気は不安定である。

全層の仮温度鉛直分布と安定度
図11.13 全層の仮温度鉛直分布から大気の安定度を判断する模式図。 (地表面に近い大気の科学、図3.13、より転載)。

いっぽう、陸面上の夜間を想定した場合、折れ線 A'B'C'E' の例では A'~B' 間には強い逆転層があり安定である。この場合の B'~C' 間の温度勾配は 日中の温度勾配(赤線のBC間の勾配)と同じであっても、空気塊の上下運動は ほとんど皆無である。つまり、夜間の B'~C' 間は中立である。

図では日中と夜間で中間層の温度勾配は同じになっているが、最下層の温度 勾配が違うだけで、安定か不安定かになる。 それゆえ、図11.12で見たように安定・不安定は局所的な温度勾配だけでは 判断できず、広い範囲の温度分布から判断しなければならない。

: 仮温度とは、水蒸気が空気(主に窒素、酸素からなる)より軽い ことを考慮した温度である。したがって、気温が等温でも下層に水蒸気が 多ければ大気は不安定である。

安定、あるいは不安定な状態とは、具体的にどういうときかを見てみよう。 図11.14 に、陸面上における地表面温度と気温の日変化を示した。

安定・不安定の時間
図11.14 安定・不安定の時間の説明図(「研究の指針」の「基礎1:地表 近くの風」の図1.7に同じ)。

一般に、陸面の地表面温度の日変化の振幅は気温のそれに比べて大きい。 地表面温度が気温より高温のときが不安定であり、逆のときが安定である。 図11.14 の例の場合、7時~18時過ぎまでの日中が不安定となっている。

: 不安定(安定)となる時間は風速や日射量などの気象条件のほか、 地表面の湿りと粗度などの条件による。この問題は本ホームページの 「研究の指針」の「基礎3:地表面の 熱収支と気象」で詳しく説明してある。

11.8 大気の安定度と風

前章「M10. 入門1:境界層と風」では、大気の安定度が中立に近いとき、大気境界層の 下部の「接地境界層」では風速は対数分布になるが、不安定のときは強い混合 作用によって上下の風速差が小さくなる分布、逆に安定なときは上下の 風速差が大きくなる分布となることを説明した。また、風速の乱れについては 不安定のとき激しく、安定のときは弱くなることも説明した。

この節では1983年4月27日、東北地方の各地でほぼ一斉に山火事を発生させた ときの風速変化の例を示すことにしよう。

この日は西からの深い気圧の谷が接近し、気圧の傾き(気圧傾度) が大きくなる状態、つまり天気図からは強風が予想される状態であった。 しかしながら、地上は前夜から朝方にかけて微風であった。この微風は、 数日前からの異常乾燥と晴天による夜間の強い放射冷却で、朝方地面付近 に溜まった冷気層が上空の強風を遮蔽したことによるものであった。 すなわち、冷気層「接地逆転層」の中では大気は安定で乱流が生じにくく、 上空の強風を入り込ませなかったのである。しかし昼ごろになって、 太陽熱で地面が熱せられ、冷気層が消えると、突風状の強風が吹きはじめた。 このとき大気は不安定な状態で、平均風速に比べて最大瞬間風速が特別に 強く、火災域では飛び火が盛んにおこり、火災を大規模化させた。

図11.15は1983年4月27日の東北各地で山火事の発生・大規模化させたときの 風速変化である。

仙台の風速日変化
図11.15 安定状態から不安定状態に急変したときの風速変化(仙台、 1983年4月26日~27日、風速計の高さは地上から52m)。平常時の地上 平均風速を青の横帯で示した。火災発生は12時過ぎ。 (身近な気象の科学、図6.4、より転載)。

図中の小黒丸印は火災前日から当日にかけての仙台管区気象台における 10分間ごとの平均風速である。大きい丸印は上空1kmの風速である。 正午過ぎの地上風速は上空1kmの風速と同じ程度になった。 こうした典型的な現象は、10年間に1回程度の頻度で発生しており、注意が 必要である。

さて、火災発生日の朝方にできていた下層大気の冷気層「接地逆転層」は 日射によってどれだけ加熱されたかの見積りをしてみよう。

図11.16は気温の鉛直分布(ただし縦軸は気圧)の時間変化である。太い実線 は午前8時30分に地上から放たれたラジオゾンデで観測した値、数字の9、 10、・・・・・は9時、10時・・・・・の鉛直分布である。破線は山火事 が発生・延焼中の13時における鉛直分布である。13時には上空に寒気が 流入し、下層大気の不安定化に拍車をかけたことを表している。

仙台の風速日変化
図11.16 山火事発生日の仙台における気温鉛直分布の時間変化、各分布に つけた数値は時刻。(近藤、1983、第1図より転載)。

破線と太い実線で囲まれた範囲の大気を加熱するに必要な熱エネルギーは 4.6MJ である。いっぽう、日の出から強風 発生時まで(接地逆転層が解消するまで)に日射と大気放射によって 1m当たりの地表面が受けとった正味放射量は4MJ であった (1m当たりの日射量=7MJ、反射日射量=1MJ、正味赤外 放射量=2MJ)。 この日は乾燥晴天日が続いていたので、4MJ のうち顕熱輸送量に なった分は正味放射量の80%の3.2MJ 程度と推定される(近藤・桑形、1984)。 それゆえ、4.6MJのうちの顕熱輸送量による 寄与は70%(=3.2/4.6)程度であり、残りの30%は他の諸々の原因 による寄与とみなされる。

火災発生日に似た、他の強風発生日14日間について同様に調べてみると、 接地逆転層の解消は地表面からの顕熱輸送量によってほぼ説明できる日がおよそ 半分ほどある。実際には空気の移流の効果その他があり、一般に大気現象は 諸要素が重なって起きることが多い。

11.9 不安定時と安定時の大気構造

ごく地表面に近い、高度1m以下の層ではいつでも強制的な対流(中立 状態のときに見られる乱流)が支配的であるが、高度が高くなるにつれて 安定(あるいは不安定)の状態における特徴が現れる。

大気が不安定な状態になると、境界層の中では組織的な構造、つまり比較的 規則的ともいえるような変動が起きるようになる。

細いサーミスター温度計を20本ぐらい立体的に配置して気温が観測された例 を紹介しよう。図11.17ではプルーム(熱気柱)の構造が見られる。

図(上)は鉛直断面であり、風が右から左方向に吹いてとき、上昇する温かい 空気柱が前のめりの形状になって流れている。温かい空気柱がくると、まず 周りより0~0.7℃高温(緑色で示す)となり、やがて1.5~2℃となった のち、気温は急下降する。

プルームの構造
図11.17 熱的なプルームの等温線の鉛直断面(上)と、水平断面(下)。 周囲よりも温度の高い範囲を色別に示した。 (Wilczak and Tillman, 1980; 大気境界層の科学、 図5.6、より転載)。

図(下)は地面近くの水平断面図である。温度の高いプルームは風向と直角 方向に300m以上(図の範囲いっぱい)に長く広がり、縞模様になって流れて いる。あたかも衛星雲写真でみる横縞模様に似ている。

周囲よりも高温の気柱は狭い範囲で急上昇しており、残りの広い範囲(無地の 範囲)では弱い下降流となっている。したがって、ある場所で気温の自記 記録をとっていると、気温は時間とともに上昇し、極大温度を示したあと、 こんどは瞬間的に下降する。そのあと変動の少ない時間がしばらく続く。 やがて、変動を伴ないながら気温は再び上昇する。つまり、間欠的な変動が 記録される。

今度は非常に安定な状態における大気構造を紹介しよう。
地上風速が弱くて安定度が強い夜間の乱流構造の著しい特徴は間欠的に 起きる乱流と静かな状態(静流状態と呼ぼう)が交互に続くようになる。

安定度が強いときほど、静流状態が長く続くようになる。こうした記録は 地表面から10m程度の高度でも観測できる。最近では煙突からの煙はめったに 見ることはできないが、田畑の広がる地域で草焼きをした夕方、 煙がたなびくのはこうした状態のときである。

静の構造
図11.18 非常に安定なときの接地層における流れの構造。 (上)模式図、(下)風速の鉛直成分と気温変動の記録。 (Kondo, et al., 1978; 大気境界層の科学、 図5.11、より転載)。

図11.18の上半分の鉛直断面模式図によれば、ある境界面を境にして、 その下(青色部分)は乱流層で気温は低く、上側(赤色部分)は気温 は高く風速は速い。境界面は波のようになって風下へ移動している。

要約

(1)日射量と気温日較差との関係や、地表面の種類によって地表面温度の 日変化は異なること、また、海面付近の水温の日変化は風速によって変わる ことを学んだ。

(2)大気温度や地中温度の時間変化と熱輸送量との関係式を求めた。

(3)地温の日変化は深さによって振幅と位相がかわる。変化の周期が長く なるほど深い層まで影響が及ぶ。

(4)陸上における晴天日の大気境界層内では、夜間は安定な逆転層が形成 され、日中は温位が鉛直方向にほぼ一様な混合層が形成される。

(5)大気の安定度は気温または温位の鉛直分布の勾配によって変わる。 空気塊の微小変位から静力学的安定度は定義される。実際には、境界層全 範囲にわたる気温(正しくは仮温度)の鉛直分布から安定か不安定かを 判断しなければならないこともある。

(6)不安定な時のプルーム構造と、非常に安定な時の間欠的な乱流構造 をイメージ的に理解した。

参考書

近藤純正、1987:身近な気象の科学ー熱エネルギーの流れー、東京大学出版会、pp.189.
(風については4章、6章、14章、15章が参考になる。)

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学、東京大学出版会、pp.324.

近藤純正、1982:大気境界層の科学ー理解と応用ー、東京堂出版、pp.219.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学ー地表面の水収支・熱収支ー、 朝倉書店、pp.350

近藤純正、1983:東北地方多地点一斉大規模山林火災を誘発した1983年4月 27日の異常乾燥強風(1)、天気、30、545-552.

近藤純正・桑形恒男、1984:東北地方多地点一斉大規模山林火災を誘発した1983年4月 27日の異常乾燥強風(3)、天気、31、127-136.

Kondo, J., Y. Sasano, and T. Ishii, 1979: On wind-induced current and temperature profiles with diurnal period in the oceanic planetary boundary layer. J. Phys. Oceanogr., 9, 360-372.

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