60. 水沢観測所と東北農研

近藤 純正

これは、岩手県内陸の旧水沢緯度観測所と盛岡市厨川にある東北農業研究 センターの気象観測露場を見学したときの記録である。 (2006年8月16日完成)

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  	  もくじ
		(1)はしがき
		(2)旧水沢緯度観測所(現・奥州市)
		(3)東北農業研究センター(盛岡市厨川)
		 文献
(1)はしがき
旧水沢緯度観測所では、1902年から気象観測が始まったが、 1965年頃からは都市化の影響が現れてきた。

現在、内陸の気候変動を監視できるのは盛岡市厨川にある東北農業研究センター であり、1950年頃からの観測データがある。それゆえ、旧水沢緯度観測所 と厨川のデータをつなぎあわせれば、岩手内陸の気候変動の実態を知ること ができる。

岩手内陸における気温の長期変動の解析結果については、「研究の指針」の 「K18.宮古と岩手内陸の温暖化量」 の「K18.3 岩手内陸の温暖化量解析」の節に説明してある。

(2)旧水沢緯度観測所(現・奥州市)
水沢市にあった緯度観測所は、最近は研究内容が変わり、国立天文台水沢 VERA(VLBI Exploration of Radio Astrometry)観測所と名称が変わった。 また、水沢市は奥州市となった。

菊地ほか(1981)、菊地(1986;1987)によれば、気象観測露場の周辺に あった樹木が生長してきて、この樹木を含めた地物の影響が気温の空間分布 を起こすことが確認された。 1981年までの20年間に樹木の高さは2倍ほどに生長し10m程度となっていた。 当時、天文観測では、光の天文屈折の補正精度の向上が不可欠となっていた。 つまり、天頂儀が入ったドーム内で気温の空間分布が形成されると、 光の屈折が生じ、天体位置観測の誤差となる。気温の乱れは、地上より高さ を増すにつれて減少し、6m以上の高さではほぼ一様になる。得られた気温分布 より推定される天文屈折の大きさは、もっとも少なく見積もっても0.01秒、 場合によっては極運動のオーダーの0.1秒の可能性を含んでいた。

こうしたことから水沢緯度観測所では、旧露場は気象観測に不適になったと 考え、1986年からは新露場へ移転することとなった。

2006年6月5日、菊地直吉さんの案内で旧緯度観測所を訪問した。 以下は1986年からの新露場、1985年までの旧露場、1984年撮影の航空写真 である。

水沢新露場
写真1 旧水沢緯度観測所の1986年以後の新露場跡(写真の左部分)、 北西から南東方向を見る


水沢旧露場
写真2 庁舎屋上からの旧水沢緯度観測所の旧露場跡(赤矢印の 交点付近)。
1980年前半頃の露場周辺にあった樹木の半分以上は間引き伐採したため、 この写真では
樹木の本数は当時より少なくなっている。なお、新露場跡は左方の遠方に見える。


水沢航空写真
写真3 航空写真による水沢緯度観測所の全景、南東方向から(1984年撮影)、 赤矢印が旧露場
国立天文台水沢VERA観測所(旧緯度観測所)提供


(3)東北農業研究センター(盛岡市厨川)
水沢訪問の翌日2006年6月6日、盛岡地方気象台で古い気象資料を収集した あと、佐々木華織さんの案内で厨川にある気象観測露場を見学した。

厨川の東北農業研究センターに入ると広大な敷地があった。 1950~1969年まで観測していたという旧露場跡の周辺には数本の樹木が あった。近くには研究棟がいくつかあった。

そこから約700mほど北へ行くと、広々とした圃場の中に露場があった。 残念なことに、露場の西側にはビニールハウスが立ち並び、気象観測の 邪魔になるのではないか、と思った。

厨川露場位置図
図1 東北農業研究センター(厨川)の敷地(敷地・圃場の一部は 地図の範囲外まである)。
A:旧露場、標高176m(1950年~1969年12月まで)、B:現在の新露場、標高 177m(1970年1月以降)、
AとBの距離は約700m(阿部、1993、より転載)


露場とビニールハウス
図2 露場周辺に建てられたビニールハウスの設置状況。
(桑形恒男氏作成。赤文字で記入した距離は佐々木 華織氏による)


露場01
写真4 東北農業研究センター(厨川)の気象観測露場 、露場の西側から撮影。


露場02
写真5 東北農業研究センター(厨川)の露場の遠景、南から撮影。
横3枚の合成により、多少ひずんでいる。


「研究の指針」の
「K18.宮古と岩手内陸 の温暖化量」の図18.8に示したように、ビニールハウス群によって 年平均気温が約0.1℃高くなっていることを推定した。

図2に示した通り、気温センサーとビニールハウス端の距離は19.5mあり、 この距離で年平均気温0.1℃の上昇という「陽だまり効果」を起こしている 可能性がある。もしもビニールハウスの撤去が一斉の行われるならば、 こんどは年平均気温が0.1℃下降することが予想される。そのときの気温 データは貴重なものとなる。これによって「陽だまり効果」が確認できれば、 今後の観測露場の周辺環境のあり方を考える際の参考となろう。

文献

阿部博史、1993:北上・奥羽山系牧野及び厨川の累年気候表、 東北農業試験場研究資料、14号(1993-3)、29-160.

菊地直吉・後藤常男・小野寺栄喜、1981:位置天文観測に及ぼす観測室 付近の気象環境(Ⅰ)、緯度観測所彙報、第20号、111-120.

菊地直吉、1986:位置天文観測に及ぼす観測室付近の気象環境(Ⅱ)、 緯度観測所彙報、第25号、1-16.

菊地直吉、1987:観測室内温度分布と気象環境、緯度観測所彙報、第26号、 46-58.

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