西芦別の原炭ポケットと彩り炭鉱住宅





様々な屋根の色が映える西芦別の住宅街






三井芦別炭鉱には一坑を核とする西芦別とに坑を核とする頼城がありました。そのどちらにも鉱業所機能から生活サービスまで一連のものがありました。炭鉱はなくなりましたが西芦別には今も多くの人が住み、暖かさを感じる空間が広がります。



炭山川鉄橋には三井芦別鉄道のディーゼル機関車と貨車一両が冬期を除き保存展示されています。機関車は昭和39年に製造され廃線時の平成元年まで使用されたものです。



芦別には芦別鉱業の高根沢坑、黄金坑と平野重機械鉱業の東芦別炭鉱の炭山川露天坑と露天坑が幾つかあります。その案内板が炭山川の道路橋の脇にありました。



同じく道道115号の分岐点に程近い場所にあるのが三由輪店の建物ですが現在は営業していません。



三井芦別炭鉱の一坑の施設はほとんどが撤去されてしまい工業団地としてそれらの土地は活用されていますが、その裏手の小高い丘には写真左の選炭ポケットと写真右のホッパーがわずかに残ります。三井美唄炭鉱にも同様の様式の原炭ポケットがあります。


西芦別はカラフルな屋根の住宅街が続きます。マーケット機能、浴場などもあり、近年の炭鉱住宅街の趣を色濃く残した場所といえるでしょう。



写真左は平成17年に建立された石炭産業無名殉職者慰霊碑。写真右は平成16年に建立された三井芦別炭鉱殉職者慰霊碑。



三井芦別鉱業所本部事務所の建物は今も残ります。



三井芦別鉱業所病院は昭和62年に閉鎖されました。その源流となる旧一坑病院の跡地には三友土建と記された門柱のみがわずかに残ります。



西芦別小学校。



北海道旅情報巻頭  3-1.炭鉱町を旅する
西芦別の原炭ポケットと彩り炭鉱住宅