万字炭鉱と万字線沿線






万字炭鉱は明治36年、北炭が朝吹英二の炭鉱を譲り受け、明治38年に朝吹家の家紋の卍にちなみ万字炭鉱と命名されました。開鉱後は夕張に索道により送炭するも大正3年万字線開業により運炭には鉄道が用いられるようになり、北炭夕張炭鉱から分離し北炭幌内鉱業所万字炭鉱となりました。昭和35年出水事故が多く採算性の悪い万字炭鉱は分離され、昭和50年に台風の被害により坑道が水没、翌51年閉山に至ります。



万字線は大正3年開業。昭和60年4月1日に廃止となりました。昭和60年7月の訪問時には岩見沢駅にはまだ万字線の発着時刻の看板が残っていました。



平成3年の万字小学校。平成2年に閉校になった約1年後の様子ですが入口もしっかり除雪されていました。



平成18年の万字小学校。入口には柵があり進入禁止になっていました。



体育館は万字体育センターとして今も活用されています。



万字線の終着駅、万字炭山駅の駅舎はほぼ当時のまま残ります。ホームの痕跡もしっかり確認ができました。



写真左は万字炭鉱のズリ山の登る階段です。この日はあいにくの荒天で登るのはあきらめました。



万字炭山駅の脇から下った曙町付近に残る建物。



北海道旅情報巻頭  3-1.炭鉱町を旅する
万字炭鉱と万字線沿線