オネゲル交響曲第四番「バーゼルの喜び」
 「バーゼルの喜び」と題されたこの作品は第三番に引き続いて1946年にスイスの音楽界の大立者の指揮者パウル・ザッヒャーの依頼により作曲されました。この第四は恐らく重苦しい第三と対になった作品ではないかと私は考えています。ベートーヴェンの第五と第六のようにほとんど同時に作られた作品であり、オネゲルの作品の中でも最も親しみやすい作品となったのです。
 恐らくはモーツァルト、ハイドンへの回帰というか、帰依がこの曲には聞き取れます。それはスイスで親しい友人たちに囲まれ、幸福な夏の休暇を過ごす中から、もう1度人間に対する信頼を持ち直した作曲者の明るい心から生まれ出たからではないでしょうか。
 第一楽章はレント・エ・ミステリオーソ。ゆっくりと神秘的にと書かれた抒情的な世界から次第に活気を帯びていき、リズミックなアレグロ(快活に)の主部に突入するのです。アレグロに入っても、曲の調子は多分に田園的で、木管の果たしている割合の高いこの楽章は、若い日に作曲した「夏の牧歌」の生まれ変わりのようなところがあります。私はこの楽章を聞きながら、あのさわやかな高原のハイキングの途中の一休みしたことを思い出していました。
 いくつものモチーフをうまくまとめあげたオネゲルの作曲の技術の高さに驚きます。
 第二楽章はラルゲット。荘重なパッサカリアではじまります。こうした古い音楽形式が二十世紀の作曲家はよく用いましたが、それに対して美しい流れるようなテーマ、そしてスイス・バーゼルの歌である"Z'Basel an mi'n Rhyn"という曲のメロディーが組みあわされて見事なポリフォニーの世界を築き上げます。(このバーゼル民謡がどんな歌なのか私は知りません。御存知の方、ぜひ御教示いただけないでしょうか?)
 しかし、弦に美しいメロディーが、配置されホルンがゆったりとした歌を歌い上げ、木管がさえずり、飛び回る、こんな天国的な世界で深い瞑想をさせるような、独特の楽章に仕上がっています。
 第三楽章ヴィヴァーチェは、ロンドを対位法で構成したような楽章で、古くはベートーヴェンの交響曲第三番「英雄」の終楽章でこれに似た試みがなされていますが、もちろんオネゲルは独特の構成で発明に満ちた素晴らしい音楽に仕上がっています。
 この楽章でもバーゼルの民謡"Baseler Morgenstreich"が使われているそうですが、この曲も私は知らないので、これ以上立ち入ることはできません。
 オネゲルはこのフィナーレについて「少々複雑な対位法で書かれているが、聴き手がそんなことを気にする必要はない」と言っています。多分そうでしょうが、作曲を専門としている私としては、かなり気になる世界ではあります。
 静かに、弦の下降する旋律に続いて木管のやや諧謔的なフレーズで、さわやかにそしてさりげなく曲を閉じます。大交響曲というのではなく、オネゲルの田園交響曲のような趣があり、この作曲家への親しみが湧く作品であると申せましょう。