歌劇《ドン・ジョヴァンニ》K.527 序曲代替終結部の評価再考

MIDI演奏について1

1.はじめに

歌劇《ドン・ジョヴァンニ》K.527にはオペラ全曲演奏用序曲に加えて、一般には演奏会で序曲だけ切り離して演奏するためと言われている代替終結部がある。このような代替終結部にはモーツァルト以外にも作曲者がおり、中には作曲者不明のものも混在している。これら代替終結部が作曲された経緯は一様に詳らかではないが、残されたいくつかからモーツァルトを含めた作曲者たちの思惑と、それらの演奏方法を推測し、演奏実践を試みた2

2.オペラ用序曲

オペラのオリジナルの序曲はニ短調アンダンテで始まり、ニ長調のモルト・アレグロの主部が続くが、最後のコーダでは盛り上がったところを急に弱めてヘ長調に転調したあとオペラの第1曲に続く延長終止をとる。コーダのただならぬ高揚とすぐに萎んでしまう静寂との対比が見事な終結部をもつ292小節からなる序曲である(♪1=オペラ用序曲)。

この序曲は演奏会でそのまま演奏しても決しておかしくはない3。事実、弱音でしかも属和音で終止する序曲がオペラから切り離されて演奏される例は初めてではなく、歌劇《後宮からの誘拐》序曲のモーツァルト自身によるクラヴィーア編曲版がすでに存在する4

3.モーツァルト自身による代替終結部

しかし、それにもかかわらずモーツァルトは代替終結部を作曲した。すなわちオペラ自筆譜の第1分冊最初の13枚(25ページ)が序曲本体でありプラハの用紙(タイソンWZ93)に書かれており、14枚目に追加された1枚(1ページ)のヴィーンの用紙(タイソンWZ66 TS=187.5 - 188.5 主に1787年前半から1789年終わりに至る期間に使われた)に13小節分の代替終結部が自筆で書かれている。この状況は代替終結部が必ずしも演奏会用を示唆するものでなく、オペラ上演用の代替終結部であることもまた示唆している5。用紙から分かることでもあるが、さらに新全集序文によれば異なったインクとペンが使用されていることから、モーツァルトが追加作曲したのは1787年のプラハ上演時ではなく、1788年のヴィーン上演の機会であると推定される。しかし、ヴィーン上演時のパート譜が散逸してしまっているため、現在自筆譜にしか残っていない代替終結部の真の用途は不明であり、実際に演奏されたものかどうかも不明である(図1)。

Mozart Ending (former part)

Mozart Ending (latter part)
図1 モーツァルトによる代替終結部

図1の通り終結部は低弦の下降スタッカート音型と木管の下降スタッカート音型が時間差を伴い弱音にて推移した後、おなじみの弦楽器の八分音符音型がニ長調フォルテで現れ終止へと導く。

ところが18世紀、19世紀を通じ、ある時はこの終結部が劣った作品であると言われたり、ある時は全く根拠のないことに筆跡がモーツァルトのものでないとまで言われたのである6。旧全集でも取り上げなかったため、この代替終結部が印刷譜で現れてくるのはようやく20世紀になってからのことであった7

これら出版楽譜では演奏会用終結部と謳い、編集者たちは揃って282小節以降に代替終結部が適用されると解釈していた(図2)。自筆譜においては代替終結部の五線譜最上段(すなわちVn1)の上、そして最下段(すなわちVc/B)の前にそれぞれ参照記号(#)があるが、それに対する対応記号が自筆譜25ページのどこにも(またよく知られた筆写スコアにも)見当たらないためどこから繋がるのか不明であるにもかかわらず、何の疑いも抱かなかったのである。

Mozart 276-281

Mozart Ending 282-287

Mozart Ending 288-294
図2 モーツァルトによる代替終結部
♪2=20世紀初期の解釈・282小節接続の場合)

さて、お聴きになって如何であろうか。私は決してモーツァルトを貶すつもりはない。しかし、やはりどうにも頂けないのである。何がまずいのであろうか。

4.ヨーハン・アンドレー版の代替終結部

モーツァルトの代替終結部に不満を抱いたからであろうか、ヨーハン・アンドレー社から作曲者不明の代替終結部が出版された(図3)8

Anonymous Ending 276-284

図3 ヨーハン・アンドレー版の代替終結部( =♪3

図3の通り276小節以降を代替することにより、転調することなしにニ長調終結部へ導いてしまうようにしていることがこの曲の最大の特徴であろう。さらにモーツァルト以後の演奏受容に関わるプラクティスを垣間見ることが出来る特徴として、

が挙げられる。前者はリタルダンドをかけた効果を作曲者自身が譜面に書き込んでいることを意味し、後者は管楽器とティンパニの八分音符のリズムをヴァイオリンがかき消さないようにこれも作曲者が楽器間の音の強さのバランスを想定した上で書き込んでいることを意味している。

私は後者に興味を覚える。この作曲者の時代のオーケストラは、管楽器が弦楽器にかき消されることがままあったのであろう。そうでなければ弦の第2拍が休符になるような書き方はしないであろう(図4)。むしろモーツァルトはその逆で管の第2拍に休符を与えているからである(図5、75小節及び236小節)。

ところで、上記ヨーハン・アンドレー版はいつ出版されたのであろうか。モーツァルトの時代から遠く隔たった19世紀を予想すると見事裏切られる。楽譜に記載されているプレート番号からその出版年を割り出すと、なんと1795年末の出版と分かる9。《ドン・ジョヴァンニ》初演から8年、モーツァルトの死から4年しか経っていないのに、演奏の変化はこのように急激なのであった。

Anonymous Ending bar278  bar 75
図4 ヨーハン・アンドレー版の代替終結部
278小節
 図5 モーツァルトの序曲主部
75小節

LP時代に良く演奏された10このヨーハン・アンドレー版の代替終結部はうまくできてはいるが、何か固いという感じがつきまとう。

5.再びモーツァルト自身による代替終結部

モーツァルト自身による代替終結部に対するそれまでの研究者・指揮者の解釈に異議を唱えたのはフリートリッヒ・シュナップ(ハンブルク)であった。彼はモーツァルトの代替終結部は282小節からではなくて、286小節からであるという説を出し、新全集がこの説に従った(図6)。

276-281

Mozart Ending 282-285

Mozart Ending 286-291

Mozart Ending 292-298
図6 モーツァルトによる代替終結部
♪4=新全集の解釈・286小節接続の場合)

もしこの説が正しければ、それまでは繋ぎ方を間違っていたにもかかわらず、モーツァルトの失敗作とばかり評していたのだから罪は大きい。さて、それで問題は解決したのだろうか。先ほどの指摘事項をチェックしよう。

既に何回か言及してきた転調についてここで詳しく調べておこう(図7)。「ヘ長調への転調(オリジナルの序曲本体282-285小節)は当然ながらオペラの第1番イントゥロドゥツィオーネにつながる経過部分として進むものであった。しかしニ長調終結の序曲の前では力ずくで非論理的に機能してしまう」12という評価が少なからずあるからである。

Mozart 276-281 chord

Mozart 282-287 chord

Mozart 288-291 chord

Mozart 292-298 chord
図7 モーツァルトによる代替終結部の転調(226-298小節)

図7で分かるように、終結部でモーツァルトはニ長調−ト長調(277-281小節)−ヘ長調(282-285小節)−ニ短調(286-287小節)−イ短調(288-289小節)−ニ長調(290-298小節)とめまぐるしく転調を繰り返している。これらの中で280-281小節はハ長調、284-285小節は変ロ長調、290小節はト長調とも取れることから次の表のように理解することが出来る。

表1 転調の推移
小節276まで277-279280-281282-283284-285286-287288-289290291以降
# = 2D       D
# = 1 G     (G) 
# = 0  (C)   a  
# = -1   F d   
# = -2    (B flat)    

ここで、282-285小節がない場合も確かに成り立ちはするが、その場合は長調から短調への接続が四分休符を介して行われるため唐突感を免れないのは前述の通りである。282-285小節があることにより、シャープが一つずつ減っていく転調を徹底的に進めた後、ターンして短調経由で帰途につくという構図がはっきりとまたごく自然に得られていると思われる。新全集で「ニ長調終結に先立つヘ長調への転調はむしろ天才的手腕としてとらえるに充分である」と言われているのはこのことではないだろうか。

従ってモーツァルトの代替終結部は序曲主部の282小節以降の代替ではなく、286小節以降の代替であることに間違いない。

しかし、

ここで、ヨーハン・アンドレー版が「弦楽器が曲を牽引し管楽器が従である」演奏方法を是としていたことを思い出そう。その作曲スタイルがモーツァルトのものと異なっていることを見てきたわけであるから、モーツァルト時代の演奏方法はそれとは逆であったということになるのではないだろうか。つまり、モーツァルト時代はもっと管楽器を強く演奏していたのではないかとの仮定である。同じ曲をそのように演奏してみよう(♪5=モーツァルトによる代替序曲・新全集の解釈+管楽器強調)。

弦楽器のスタッカート付きの下降音型が弱音になっても生きているのであるから、それに続くオーボエとフルートのスタッカート付きの下降音型も生き生きとしていなければならない。ホルンも存在を主張すべきである。(♪4)はこれらの点で頼りなく(♪5)の演奏のほうが明快に終止に導かれているのがおわかりいただけると思う(ここで私は弦が強調される20世紀中葉のカール・ベームに代表される伝統的音バランスが既に1795年に出現していることを興味深く思う。少なくとも音バランスに関しては、纏綿と続いてきた伝統とやらから抜け出さなくてはならない)。

さらに、

この問題については、四分音符をスタッカートにしてみることも有効であろう13♪6=モーツァルトによる代替序曲・新全集の解釈+管楽器強調+スタッカート)。

しかし、それではあまりに能がなく、少なくもヴァイオリンには旋律らしきものを与えなければならないと思われる。同様な部分が序曲主部にある。52-54小節(213-215小節)そして73-74小節(234-235小節)で四分音符の同様なリズムパターンが出現する。54小節(215小節)ではそれまでの八分音符の継続を受け、四分音符を新鮮なリズムとして登場させるのが好ましいため、スタッカートにすることは薦められない。52-53小節(213-214小節)そして73-74小節(234-235小節)はそれぞれ双子の繰り返し小節からなるが、そこでモーツァルトはヴァイオリンに八分音符を奏させている(他のパートのいくらかは四分音符である)。これに倣って、Vn1、Vn2のみ四分音符を八分音符の刻みに分割することを敢えて試みた(図8)。

Mozart Ending 292-298r
図8 モーツァルトによる代替終結部
♪7= 新全集の解釈+管楽器強調+294-295小節のヴァイオリンを八分音符にしたもの)

これは楽譜解釈として行き過ぎであろうか。

以上で皆様には《ドン・ジョヴァンニ》代替序曲が紛れもなくいつもの通りのモーツァルトの作であり、中傷や無視は誤解であったことを演奏を通して納得していただけたのではないかと思う。最後に、本来のオペラ用序曲も管楽器が強調される楽器バランスで再演奏を試みておこう(♪8=オペラ用序曲・管楽器強調)。

6.さらなる課題

《ドン・ジョヴァンニ》のヴィーン上演についてはヴィーン上演版という確立した一つの版が1788年5月から12月まで15回にわたり繰り返し使われたというのはむしろ考えにくく、複数の上演版が存在する可能性の方が高い(新全集では「変更とその試行」と言っており、あくまでもヴィーン決定版を一つに絞り込みたいが絞れ込めないもどかしさを述べているように見える)。これは追加アリアや、最終シーン(Scena ultima)の削除問題に関しても言えることであり、ここで話題にしてきた序曲の代替終結部の上演についても言えるものである。

モーツァルトは何回目かのヴィーン上演で最終シーン(Scena ultima)のカットを決断したが、そのときにドン・ジョヴァンニ地獄落ち時のレポレロの叫びに合せて他の登場人物全員が「アー」という叫び声を発するような追記をしている14。この自筆譜上の追記のインクが、追加アリアや序曲代替終結部のインクと同一なのかまたは異なるのか、きわめて興味深いテーマではある。そして、モーツァルトは追加した「アー」の叫び声を再び消し込んだのだが、その消し込みのインクの成分分析もまた、課題である。《ドン・ジョヴァンニ》のヴィーン上演にはまだまだ問題が山積している。

注:
1 例によって演奏例はMIDIである。今回は特に演奏の差を論じるので是非ハード音源でお聴きいただきたい。テンポについては以下の通りである。Jean-Pierre Marty, The Tempo Indications of Mozart, Yale University Press 1988によると、アンダンテは四分音符MM=88である。しかし、このテンポのアンダンテではスラーの付いた三連符の三十二分音符が聴き取りにくいため、MIDIではアンダンテを四分音符MM=72とした。一方モルト・アレグロはマルティのとおり四分音符MM=240である。52小節以下でファゴットが八分音符では息が続かないことから四分音符で吹くことを新全集では認めているが、MIDIでは八分音符のままとした。
2 モーツァルト以外の作曲者として以下が挙げられる。なお、(1)、(2)、(4)についてはDennis Pajot氏からの情報提供に感謝する。
(1) クリスティーアン・カンナビヒ(1731-1798):ミュンヒェン、年代不詳(ニッセンのモーツァルト伝による)。
(2) A. E. マルシュナー:クラヴィーア編曲版、年代不詳。
(3) J. P. シュミット:フルスコア、ベルリーン、シュレジンガー社、1839頃(ケッヒェル第6版による)。
(4) 作曲者不明:クラヴィーア編曲版、クランツ社、ボスワース社、リトルフ社、ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から。
(5) フェルッチョ・ブゾーニ(1866-1924):フルスコア、ニューヨーク、G・シャーマー社、1908年作/1911年出版(276小節+108小節。モーツァルトのテーマによるパラフレーズの趣)。
(6) レーオポルト・ストコフスキー(1882-1977):フルスコア、未出版、1976年3月にナショナル・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してLP録音されている(275小節+26小節? 巨大化されたオーケストレーション)。
(7) オットー・クレンペラー(1885-1973):フルスコア、未出版、1964年10月にニュー・フィルハーモニア管弦楽団を指揮してLP録音されているが、コピストの手稿譜の最終ページには1968年と記載(281小節+30小節。軽快ながらベートーヴェン風終結)。
3オトマール・スイトナー指揮、シュターツカペレ・ベルリーンのモーツァルト歌劇序曲集に例がある。
4歌劇《後宮からの誘拐》のモーツァルトによるクラヴィーア用編曲は別項を参照。
5新全集II:5/17《ドン・ジョヴァンニ》の巻はヴォルフガング・プラートとヴォルフガング・レームの共著となっており、その序文は大変に読み応えあるものとなっている。序文においてこの曲は演奏会用に限定する必要はないということから「別の(演奏会用)終結部」と呼ばれ、括弧付きで留保されている。ところが、同じ曲が新全集IV:11/10交響曲の巻に再び取りあげられた時には、ヴォルフガング・プラートが「《ドン・ジョヴァンニ》序曲(演奏会版)」と括弧付きでむしろ限定して呼んでしまい、しかも作曲日時をあろうことかプラハ初演前の1787年9月28日に設定してしまっている。慎重さに欠けるこの記述は禍根を残すもととなろう。なお、注2で挙げた各種終結部を持つ他作曲家の作品は単独演奏用のものと考えてよいであろう。
6新全集II:5/17序文を参照。
7Kalmus A6417 Conductor's Score, Edition Eulenburg No. 608, Dover Orchestral and Vocal ScoreC. F. Peters c.1941の増補復刻版)に20世紀初期の印刷の名残を見ることが出来る。ネヴィル・マリナー指揮、セント・マーティン・イン・ザ・フィールズの録音もある。
8音楽之友社OGT 42には誤ってモーツァルト作の終結部と記されている。Breitkopf & Härtels Partitur-Bibliothek Nr. 212, Mozart. Don Juan Ouvertüreでは脚注に"Der Schluss der Ouvertüre vom Zeichen [コーダマーク] an, ist von Joh. André zum Zwecke von Aufführung derselben in Konzerten u. s. w. komponiert, in welchen sich nicht die Introduction der Oper an die Ouvertüre anschliesst."とあり、すなわちヨーハン・アンドレーの作曲となっている(森 泰彦氏に感謝する)。Dover出版の "Seven Great Opera Overtures by Mozart" (1998) の注記でも "The endings of the overtures to Die Entfuhrung aus dem Serail and Don Giovanni were composed by the legendary music publisher Johann Andre for concert performances; the original endings lead directly into the opera." とあり、すなわちヨーハン・アンドレーの作曲となっている(Dennis Pajot氏に感謝する)。しかし、大英図書館他に所蔵されている Ouverture à grand orchestre de l'opéra: Don Juan, composeé par Mr Mozart, Oeuvre 52, -Offenbach, J, André, No.881. - St. から言えることは、ヨーハン・アンドレーはこの終結部を持った序曲の出版者ではあるが、作曲者はあくまでも不明であるとしなければならない。
9 Wolfgang Matthäus & Hans Schneider: Musikverlag Johann André, Tutzing, 1973 によればプレート番号 881(=2266) は1795年11月24日および1795年12月3日(再版)の出版である。
10 ベルンハルト・パウムガルトナー指揮、モツァルテーウム管弦楽団、あるいはコリン・デイヴィス指揮、ロイヤル・フィルを参照。
11新全集II:5/17序文では「下降音型が二つの連続する弱音の4小節グループとなり、また弦楽器奏者の八分音符の動きもうまく取り入れられるようになった」と述べている。
12新全集II:5/17序文を参照。
13ブルーノ・ヴァイル指揮、ターフェルムジーク・バロック管弦楽団、あるいはエマニュエル・クリヴィヌ指揮、シンフォニア・ヴァルソヴィアの演奏もそうしている。
14新全集II:5/17序文を参照。


付録:42/43小節(203/204小節)の間における奇妙なねじれ状況

新全集序文には「42小節(203小節)におけるVn2のb'音と43小節(204小節)におけるVn1のh"音に関し従来から多くの研究者そして少なからぬ指揮者はモーツァルトの書き間違いと信じ、あれこれの面から統一化しようとした(つまりb'-b"あるいは h'-h"である);そのような解釈はすでに初期の筆写譜に始まっている。しかし、モーツァルトの自筆譜はこの点において明確であり、音楽的先入観以外のものは音符の変更を示唆しないのである。本巻の編集者はそれ故統一化はしない。逆に、クレームを付けられたねじれ状況はドン・ジョヴァンニの怪しげな性格に全くぴったりとふさわしいと思われる。」という記述がある。この部分を音で比較することは非常に有益であると思われるのでMIDIファイルにし、皆様のご参考に供したい。ここでも楽器バランスによって感じ方が変わるようである。演奏は32-55小節である(問題の42/43小節は12-13秒目に当たる)。

b'-h"(弦楽器強調の演奏): b'-h"(管楽器強調の演奏)

b'-b"(弦楽器強調の演奏): b'-b"(管楽器強調の演奏)

h'-h"(弦楽器強調の演奏): h'-h"(管楽器強調の演奏)

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作者:野口 秀夫 Noguchi, Hideo
Email:ホームページを参照ください。
URL: http://www.asahi-net.or.jp/~rb5h-ngc/j/k527.htm
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(作成:2001/5/2、改訂:2007/1/7)