アルバのアスカーニオのバレエ音楽 K.111再現の試み

1771年9月13日のレーオポルトの手紙にはセレナータ《アルバのアスカーニオ》K.111のバレエ音楽に関する詳細が次の通り述べられている。(海老澤敏・高橋英郎編訳『モーツァルト書簡全集II』白水社より)
セレナータは、実際は2部の劇以上のものですが、ヴォルフガングは神の御加護で12日後には完全に仕上げられるでしょう。楽器なしのレチタティーヴォと楽器つきのレチタティーヴォは全部仕上がりましたし、8曲ある合唱もそうで、このうち5曲には踊りがつきます。今日、私たちはバレエの練習を見ましたが、2人のバレエの主役舞踏手ピックとファビエが熱心なのでびっくりしました。最初の演技はヴィーナスで、女神は精霊たち、三美神たちに附き添われて雲上から降りてくるのです.
シンフォニーア(序曲)のアンダンテは早くも11人の女性舞踏手によって踊られます。つまり精霊たちが8人に三美神、あるいは美神が8人と3人の女神たちです。シンフォニーアの最後のアレグロは、32人の合唱隊員、つまりソプラノ8人、コントラルト8人、テノール8人、それにバス8人の合唱で、同時に16人、つまり女性8人と男性8人とで踊られます
別の合唱1曲は羊飼いたちに羊飼いの乙女たちのもので、つまりこれも別の人たちです。それから羊飼いたちだけの合唱、つまりテノールとバスのものが若干と、羊飼いの乙女たち、つまりソプラノとコントラルトの別の合唱がいくつかあります。最後の場では全員、つまり精霊たち、三美神たち、羊飼いたち、羊飼いの乙女たち、男女の合唱隊員と踊り手たちが全部集まり、彼らは全部で最終合唱を踊ります。ここにはソロの踊り手は含まれていませんが、ピック氏、ビネッティ夫人、ファビエ氏、それにブラシュ嬢です。合唱で、ある時はソプラノ2人、ある時はアルトとソプラノ等々のあいだで現われる小さなソロは男女の舞踏手たちのソロとも交りあいます
カンタータの中の登場人物は、ヴィーナスがセコンダ・ドンナ(女性第2歌手)のファルキーニ夫人、アスカーニオがプリモ・ウォーモ(男性第1歌手)のマンツォーリ氏、シルヴィアがプリマ・ドンナ(女性第1歌手)のジレッリ夫人、祭司のアチェステがテノールのティパルディ氏、羊飼いのファウノはセコンド・ウォーモ(男性第2歌手)のソルツイ氏です。
ここで踊りがつく5曲の合唱曲と言っているのは、新全集(NMA II/5/5)のタリアヴィーニの序文によれば第2曲、第9曲、第33曲の他、恐らくは第6曲と第28曲、あるいは第28曲と第29曲であろうという。これにさらに序曲のアンダンテとアレグロに踊りがつく。

また、1771年9月7日の手紙でレーオポルトは次のようにも述べている。

ヴォルフガングには、今、手いっぱい書くものがあります。あの子は、2幕または2部をお互いに結びつけているバレエも作曲しなければならないからです
これに相当する8つの舞曲が自筆スコアの第1幕と第2幕の間に筆写譜で残っている。現存するのはバスのみであるが、モーツァルトの自筆譜は仕上げられるとすぐにピック氏やファビエ氏に手渡され、失われてしまったものと考えられている。新全集(NMA II/5/5)には第1部の幕が下り、第2部の幕開きを待つ間に、羊飼いの娘たち、三美神や精霊たちとニンフたちなどが登場しての美麗な建造物出現の場面があり、これがバレエの形で踊られるつなぎのシーンとして説明されている。筆写譜は以下の通りである。

幕間(まくあい)のバレエ(筆写譜、バスのみ)(NMA II/5/5)
(バスのみのため聴いても面白いものではないが、第5曲などモーツァルト作であろうと思わせるに足る出来映えである)

  1. 《アンダンテ》(ト長調、8分の6拍子)
  2. 《アダージョ》(変ホ長調、4分の3拍子)
  3. 《アレグロ》(変ロ長調、2分の2拍子)
  4. 《アレグリーノ》(ヘ長調、8分の6拍子)
  5. 《アレグロ》(ヘ長調、4分の2拍子−ヘ短調[ミノーレ]−ヘ長調[マッジョーレ])
  6. 《ラールゴ》(変ホ長調、4分の3拍子)
  7. [テンポの表示なし](変ロ長調、8分の6拍子)
  8. 《フィナーレ》(ニ長調、4分の2拍子−ニ短調[ミノーレ]−ニ長調[マッジョーレ])

一方、これらのうち、第2曲がクラヴィーア小品として知られている K.Anh.207=K6.Anh.C27.06第4曲とバスラインが一致し、また第3曲も同じく第5曲とバスラインが一致していることがプラートにより報告された(MJb1964)。

クラヴィーア小品 K.Anh.207=K6.Anh.C27.06(すべてテンポの表示なし)(NMA IX/27/2)

  1. (ニ長調、4分の2拍子)
  2. (変ホ長調、4分の2拍子)
  3. (ハ長調、4分の2拍子)
  4. (変ホ長調、4分の3拍子)……筆写譜(バスのみ)の第2曲と同じ
  5. (変ロ長調、2分の2拍子)……筆写譜(バスのみ)の第3曲と同じ
  6. (ヘ長調、4分の2拍子)
  7. (ト長調、4分の2拍子)
  8. (ハ長調、8分の3拍子)
  9. (ニ長調、8分の6拍子−ニ短調[ミノーレ]−ニ長調[マッジョーレ])

これらクラヴィーア小品の原典はかつて旧ベルリン・プロイセン国立図書館で発見された古いコピーであったがもはや保存されていない。それをアルフレート・アインシュタインが書き写したものが残っている。

プラートはNMA IX/27/2の序文で、1964年のモーツァルト年鑑でアルバのアスカーニオK.111の失われたバレエ音楽のオリジナルな形にこのクラヴィーアの最終的な編曲版をあてはめるという試みを行ったが反論はなかったと述べている。クラヴィーア版は無味乾燥であり傑出しているとは言い難いが、それにもかかわらずここでモーツァルト自らが作品に携わった、あるいは恐らくまたレーポルト・モーツァルトが作品に携わったという可能性を締め出してしまうことはできないとしている。このような初期(1771年)における作品の真正を評価するのは事実非常に難しく、編曲の真正を検証するにはさらに繊細な手法の展開が要求されるが今日の研究の成果はまだそれを手中にしていない、と結論付けている。

以下、アルバのアスカーニオの[幕間の]バレエ音楽 K.111の再現演奏を試みるが、その前にいくつかの疑問点を整理しておこう。

アルバのアスカーニオのバレエ音楽 K.111
(クラヴィーア小品として知られた K.Anh.207=K6.Anh.C27.06を弦楽合奏にて演奏)
  1. (ニ長調、4分の2拍子)
  2. (変ホ長調、4分の2拍子)
  3. (ハ長調、4分の2拍子)
  4. 《アダージョ(?)》(変ホ長調、4分の3拍子)
  5. [ガヴォット]《アレグロ》(変ロ長調、2分の2拍子)
  6. (ヘ長調、4分の2拍子)
  7. (ト長調、4分の2拍子)
  8. (ハ長調、8分の3拍子)
  9. (ニ長調、8分の6拍子−ニ短調[ミノーレ]−ニ長調[マッジョーレ])
パート設定:Nos.1-3, 6-9: CH1: Strings; Nos.4-5: CH1: Violino I, CH2: Violino II, CH3: Violoncello, CH4: Basso
使用楽譜:Nos.1-3, 6-9: NMA IX/27/2, Nos.4-5: NMA IX/27/2 + NMA II/5/5
              

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作者:野口 秀夫 Hideo Noguchi
URL: http://www.asahi-net.or.jp/~rb5h-ngc/j/k111.htm
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(作成:1998/5/3、改訂:1998/5/31)