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夜空には星が灯るように瞬き、湿り気を含んだ夜風はやわらく頬をなでる。
小川のせせらぎがかすかに耳に届き、草むらからは蛙の合唱が遠く近くに響いている。
水田には月がひっそりと影を落とし、大きく息を吸い込むと夏草の匂いが胸の奥にまでしみこんでくる。
・・・ここが、「月夜野ホタルの里」だよ。
母を連れて訪れたのは6月も終わりの頃だった。
「最後にホタルを見たのはいつだったかしら。もうずいぶんと長い間見ていない。昔に見たあのホタルの光をまた見てみたい」
しきりに懐かしがる母にホタルを見せたくて、一緒にホタルの里の遊歩道をゆっくりとたどっていた。
「子供のころは田舎に住んでいたから、ホタルなんて田んぼの周りにたくさんいたし、家の縁側からでも見えた。
近くに来たホタルをうちわで叩いて捕まえたら、虫かごに入れて家の中でも蛍の光を楽しんだものよ」
そう言って微笑む母の顔は、月光に照らされてほの白く闇夜に浮かんでいた。
どこか遠くを見つめているようで、そこには少女のころの記憶が、きっと鮮やかによみがえっていたのだろう。

群馬県最北端のみなかみ町にある月夜野地区。
この地域は昔から多くのホタルが飛び交っていた。
しかし戦後は農薬の使用や田畑の土地改良などの環境破壊のため、その数は減少の一途を辿った。
そこで昭和57年から「月夜野ホタルを守る会」が結成され、保護育成が行われた。
その結果、ホタルの棲みやすい自然環境が再現され、生息数も増えて今やホタルの里と呼ばれるようになった。
しばらく歩くと、ぽーっと草むらの向こうに黄緑の光が浮かび上がった。
やがてふたつ、みっつと増えていき、まるで見えない糸に操られるように、たくさんのホタルが空中をふわふわと漂いはじめた。
無重力のようなその舞いは、あたかもスローモーションの動画を見ているかのようだった。
ひとしきり母はただじっと見入っていた。
「きれいねぇ。まだ月夜野にはこんなにホタルがいたのね」
母のかすかなつぶやきは、夜の静けさに溶けていくようだった。
灯りの乏しい闇夜では、人の知覚はかえって深く敏感になる。
だからこそ淡く朧げな蛍火が、魂にまで染みるように美しく見えたのかもしれない。
『物おもへば沢の蛍も我が身よりあくがれ出づる魂かとぞみる』
ホタルと魂。百人一首に採られたこの和歌を詠んだ和泉式部も、同じような思いを抱いたのだろうか。
・・・母が亡くなってから歳月が流れて久しい。けれど、あの夜に見たホタルの光は母の記憶と重なり、今でも心の奥で静かに瞬き続けている。
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