14.偉大なヘレン・ダンカン


「我々が下手な考えに冒され、知識を広げることの素晴らしさを忘れるとき、事実がしばしば信じがたいものに思えてしまいます」
フランシス・ベーコン卿


ヴィ:ヘレン・ダンカン(Victoria Helen Duncan)はスコットランドが産んだ孤高の霊媒で、歴史的に見てもとても重要な女性でした。

 第二次世界大戦中、ヘレン・ダンカンはたくさんの嘆き悲しみ人々を、戦争で亡くなった男たちと再会させていました。あるとき、ポーツマスで行なわれた交霊会において、亡き船員が物質化し母親と再会しました。彼は集まった人々に、自分が乗船していた軍艦HMS バーラムは少し前に沈んだと述べたのです。サイキックニュースの編集をしていたモーリス・バーバネルは、特に深い考えなしに海軍省に電話し、その船は本当に沈んだのか、その船員が亡くなったのを母親に知らせていなかったのか、と尋ねました。

 さあ、軍の情報部は大変な騒ぎです。この船が沈んだ事実は国家保安と民衆の士気のために最高機密に分類され、情報は差し押さえられていました。しかもこのときはノルマンディー上陸作戦の直前で、第二次世界大戦において最も緊張していた頃です。国家保安員会は、ヘレン・ダンカンの霊媒能力は国家の重大な機密、例えば同盟国がいつどこからヨーロッパに上陸を開始するか、などを簡単に得てしまうと考えたのです。ノルマンディー作戦のような重要な出来事を前にして、海軍省がいかに気を使っていたかは理解できると思います。

O:軍の心配は、それは理解できる。最高機密が一般に漏れていたのだからな。

ヴィ:そうでしょう。しかもその情報の元は、物質化した故人だったのです。

O:まっ、その話はとりあえずおいておこう。それで、どうなったの。

ヴィ:軍がいかに心配していたとは言え、6人の子供と障害を持った夫を養わなければならないか弱い女性を、9ヶ月間も刑務所に送ったやり方は理解しかねます。死後の世界に住む亡き人々と、この地上に残っている人々が対面する手助けをする以外は何もしていない女性を、謀議の上に人々から隔離した海軍省は、全く非常識で不道徳、非道きまわりなく、人道的にも法律的にも違反しています。

O:9ヶ月か。しかし、スパイ行為で最高機密を暴いたのなら、それくらいの刑も仕方ないんじゃないか。戦時中だし。

ヴィ:実はヘレン・ダンカンの嫌疑はスパイ行為ではありません。最初の容疑は浮浪罪でした。しかしこんな罪では実刑は難しいと思ったのか、検察側は容疑を何度か変えてきました。そして魔術法という時代遅れの法律が持ち出されたのです。

O:魔術法? 何だそれは?

ヴィ:元々1603年にできた、悪魔や邪悪な霊と関わろうとするものは有罪だという法律があります。1735年にそれが改正され、今度は簡単に言えば、魔術・魔法などを修練したり使ったりするふりをするものは有罪だというように内容が変わりました。ヘレン・ダンカンに適用されたのはこの1735年の法律です。

O:要するに、あやしいことをやろうとするものはそれだけで有罪だとする法律なわけだな。いいじゃないか。そういうよい法律は是非日本にも欲しい。イギリスでは今でもその法律が有効なの。

ヴィ:こんなに人権を侵害している法律が未だに有効なわけがありません! ヘレンの刑が決まった後で当時の首相ウィンストン・チャーチルは刑務所に面会に行き、裁判の結果について遺憾の意を表し、その告発の元となった魔術法を無効にすると約束しました。実際、彼は確かにこの約束を守って魔術法を廃止したのですが、今一つ力が及ばなかったのか、また似たような新しい法律ができています。1951年以降は霊媒虚偽行為取締法が魔術法にとって代わりました。この新しい法律は、簡単に言うと、報酬のために超常的な事柄を行なうふりをするものは罰せられるというものです。

O:なんだ。結局それまでの魔術法と変わらんじゃないか。

ヴィ:いえ。1951年までは、報酬を得ようと得まいと、霊的行為を行なっただけで魔術法の嫌疑がかかるのです。でもそれ以降は、霊的行為を用いて報酬を得るものにしか嫌疑がかかりません。それともうひとつ重要なことがあります。ウィンストン・チャーチルはスピリチュアリズム、つまり霊能者が霊界に住む者たちとの交信によって一般に提供した事実に基づく宗教、これが宗教として適法であると正式に認めました。これは、霊の言葉を伝える正式な、合法的なスピリチュアリズム霊媒の存在を許したことになります。

O:おかしな国だな。

ヴィ:イギリスは現在、世界でもかなり霊的に開かれている国です。ヒーリングに保険が利きますし、国家公認のヒーラーもたくさんいます。いい国ですよ。

O:まあいいか。他国の宗教についてとやかく言うつもりはない。信じるものは救われるか騙される。そのどちらになろうと本人の決めた道だ。で、話を戻すと、1951年の前であろうと後であろうと、本物の霊媒だったら無実なんだな?

ヴィ:そうです。

O:じゃあ、有罪になったヘレン・ダンカンは、やっぱり偽者だったんだ。

ヴィ:「私的裁判」では、被告は裁判が始まる前にすでに有罪になっています。そこには適法、真の弁護、公正、公平、正義といったものは存在しません。被告を弁護する証言者たちの主張は受け入れられず、被告は自分を弁護する権利を与えられません。検察側は法律を故意に、また乱暴に歪め、多大な偏見と共に集団リンチに荷担します。もちろん控訴などあり得ません。これが正にヘレン・ダンカンに起こったことなのです。


 どうです。これがいかに異常な裁判であったかがわかるでしょう。

O:うーむ。ヴィクターの提示した事柄がすべて本当だとしたら、ちょっと偏った裁判かもな。

ヴィ:「ちょっと」ですって!

O:でも、どうせ偽者だったのだから、公正な裁判であろうとなかろうと有罪には変わりないだろう。

ヴィ:いいですか。もし政府がヘレン・ダンカンの他界との交信能力を全く認めなかったとしたら、彼女が捕えられることも無かったのです。

O:なんで?

ヴィ:だってそうじゃないですか。彼女の被害者は基本的に誰もいません。強いて言えば、軍事機密を暴かれた軍だけが、その被害者と言えるでしょう。そんな女性はなぜ逮捕されなければならないのですか?

O:いいか。彼女が軍の機密を知ったのは確かだ。軍はそれ以来ひそかに彼女を調べたかもしれない。しかし、これは戦時中のことだ。そんなときに機密を盗むものがいて、どうも簡単にはその情報源がわからない。そうしたら、何らかの理由をつけて逮捕してしまえと、こう考えるのはとても自然だろう。これが戦時中でなければもう少し穏便に調べていたと思うよ。ヴィクター、君の国はあまり戦争と関わらなかったが、戦争体験者の私としては確実にこう言える。戦時中というのは異常な社会なんだよ。とにかく軍が絶対で、違法行為でも軍が要求すれば実行される。

ヴィ:それでは、軍はこの情報源がどういったものかを深く考えなかったと言いたいのですね。

O:そんなことを考え続けるよりは、軍の邪魔をする可能性のある者はとりあえず冤罪でも何でも罪をかぶせて牢屋に入れてしまえ、といったところだろう。だから、この騒ぎ自体は軍が彼女の能力を認めていたことを示しているわけではない。

ヴィ:教授にしては珍しくまともな意見ですね。

O:悪かったね。

ヴィ:それでは実際の裁判の様子を紹介しながら、ヘレン・ダンカンが魔術法で裁かれるべき人であったかどうか、つまり偽者の霊媒だったかどうかを考えてみてください。

 ヘレン・ダンカンの裁判において41人の証人が、彼女によって物質化された故人と対面したことが事実であることを訴えました。

O:そういった体験を作り出して訴えるのは誰でもできるな。

ヴィ:教授、いいですか。これはオールドベイリーという由緒ある刑事裁判所で起きた事なのですよ。法廷で嘘の証言をしたらそれは偽証罪になります。しかし、宣誓をしたとても信用できる人たちが、非常に明確な言葉で、自分たちが亡き家族や友達と再会するのを可能にした物質化は真実の現象であると述べたのです。反対尋問に覆された弁護側の証人は一人もいません。

O:なんかおかしいんだよね。そんなにすごい証言が集まったのなら、何で無罪にならなかったの。

ヴィ:だから、これは私的裁判だったと言えるのです。偏見を持った陪審員たちが証言を受け入れたかどうかは、重要ではありません。とても信用のおける人々が、たくさんの歪んだ判決を下してきた支配層のリーダーたちと争うための勇気を出したことが重要なのです。彼らは法廷に出向き、霊媒ヘレン・ダンカンの物質化能力によってどのように愛する故人と再会したか、その物質化の真実を、それ以外の何物でもない掛け値なしの真実を述べたのです。

 体制派はすべての物質化を、ヘレン・ダンカンかその協力者がシーツや付け髭、かつらなどを用いて装ったものだと訴えました。しかし彼らがトランス状態で物質化の現象を起こしているヘレンを「襲撃」したとき、そこにはシーツも付け髭もかつらも、そして協力者も、とにかく不正を示すような何かは一切見つからなかったのです。

 証言台に上った41人の人々の中から、典型的な証言を4つだけ紹介しましょう。


 教授、これらの証言をどう解釈しますか?

O:まず考えられるのは、全員が嘘の証言をした可能性だ。

ヴィ:これだけ色々な地位、職業の41人が偽証罪の危険を冒してまで?

O:まあ、私もその可能性は低いと思う。となると、彼らは確かにそのような体験をしたわけだ。誰かが化けている可能性も低いだろう。自分がキスを交わしている相手が夫か、それとも別の人なのかわからないということはそうそうないだろうからな。女性というのはそこらへんがすごくするどい。これははっきり言える。まったく、何であんな遠くからでもキスマークを見つけるのか・・・。

ヴィ:そんなものをつけたまま家に帰っているのですか。

O:テレビなんか出てるとね、ふざけてキスしてくる女性がいるんだよ。この前、それに気付かずに帰ってしまってな。

ヴィ:ご愁傷様です。

O:それはさておき、ヴィクター、LSDを知ってるな。

ヴィ:もっとも強力な幻覚剤ですね。

O:あれを体験した人によると、いわゆるトリップをしているときに見る幻覚はとても現実性があって、自分がLSDを飲んだことを覚えていなければ真の現実と区別できないほどだそうだ。

ヴィ:つまり教授は、すべてが幻覚だったと言いたいのですね。

O:ヘレン・ダンカンが何らかの幻覚剤を出席者に飲ませて、言葉巧みに誘導し、故人の幻覚を見せたと私は考えるな。

ヴィ:じゃあ、こんなのはどうです? 数年後に、マジシャンクラブの創設者ウィリアム・ゴールドストンが率いるマジシャンチームが、ヘレン・ダンカンとともに実験的な交霊会を行ないました。ゴールドストンとその同僚たちは、亡き友人である大マジシャン「偉大なラファイエット」が物質化し、彼の声で自分たちに話しかけるのを聞いて驚愕しました。ゴールドストンはサイキックニュースに交霊会の報告を書き、ヘレン・ダンカンの霊媒行為は間違いなく本物で、そのときに彼と仲間のマジシャンたちが目撃したことを再現できるマジシャンはどこにもいないと保証しています。

 マジシャンたちがみんな騙されて、そんな幻覚剤を飲みますか? もし飲んだとしても、何人もの人たちが同じ幻覚を見るのはどうしてなのでしょう。

O:その部屋に無味無臭の幻覚剤が充満していたら、いかにマジシャンでもそれを吸ってしまうだろう。複数の人がある程度同じ幻覚を見るのはあり得るよ。このラファイエットの件も、その姿を見ている二人に服装を描かせたら、その絵は細部がかなり違ったんじゃないか。

ヴィ:それなら会話が成り立ったのはどうしてです? 複数の人が同じ内容の幻聴を聞くとは、さすがに言い出しませんよね。

O:でも、実際に複数の人と会話が成り立った確かな例は示されてないじゃないか。

ヴィ:次章で、宙空から声が聞こえてくる直接談話現象を扱いますので、この問題はそこで詳しく論じましょう。その後でなら教授も幻聴説を捨てるはずです。

O:ふーん、楽しみだな。

ヴィ:最後にヘレン・ダンカンのさらなる悲劇について述べます。

 1956年に、ノッチンガム警察はヘレン・ダンカンの交霊会を襲撃しました。事前に交霊会に出席した二人の警官が、1951年に制定された「霊媒虚偽行為取締法」に彼女が違反しているのではないかと苦情を言ったため、この捜査となったのです。とはいえ、これを捜査と呼ぶのは、適切ではありません。なぜならこのときヘレン・ダンカンという一個人の家をノックした警官は捜査令状を持っていなかったのです。それにも関わらず、彼らは入室を許されると霊媒のいるキャビネットのカーテンを開け、彼女をつかんでフラッシュライトを浴びせました。警察は物質化が通常は半暗闇で行なわれ、突然明りが点けば霊媒の体に重大な傷害が起き、ときには死に到るということを当然知っていたはずです。この計画的な手入れによって、ヘレン・ダンカンは5週間後にその命を無くしました。

弁護士の論じる死後の世界


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