第7回 アルペジオの話




 アルペジオとは、分散和音のことです。和音の構成音を一度に弾くのでなく分けて弾くということです。ギターでいえば、左手で和音の形を押さえ、右手で何らかのパターンを爪弾くというのが一般的です。単にアルペジオと聞けば、私はそういう類のアルペジオを思い浮かべますが、もっと広い意味で言えば、例えば「ドミソドミソド」というように和音の構成音をメロディーとして上下させるのもアルペジオです。しかし撥弦楽器の場合、やはり複数の弦を響かせながら奏するアルペジオが、奏法として独特の効果があり、マンドリンの場合も、アルペジオといえば通常、複数の弦にわたる複合的なピッキングのパターンのことを指します。19世紀以降にももちろんよく使われますが、むしろ18世紀に非常に盛んに使われたテクニックです

18世紀のアルペジオ
 一般にバロック様式の音楽では、特にゆるやかな部分において記譜は簡略に済ませ、実際の演奏では奏者がインプロヴィゼイションで装飾を施すということが普通に行なわれていたわけですが、18世紀のマンドリン曲も同様のスタイルであるため、その装飾のテクニックのひとつとしてアルペジオが重要な位置にあったと言えます。そして同時にそれは変奏曲の変奏の手法としても盛んに活用されました。18世紀に書かれた教則本には豊富なアルペジオのパターンが紹介されています。中でもレオーネ(Gabriele Leone)の教則本には20種類のパターンが一覧表にして載せられており、しかも潜在的には更に多くのパターンがあると述べられています。更に、それらのアルペジオを生かした変奏曲などが収録されていて、非常に充実したものです。これはスイスのミンコフから復刻版が出ていますし、川口雅行氏による和訳本があるので、一部の専門店で手に入るのではないかと思います。楽譜に関して言えば、18世紀の作品でアルペジオの生かされたものとしてはレオーネ以外にも、デニス(Pietro Denis)やリジェーリ(Antonio Riggieri)などによる曲があり、トレッケルなど海外の出版社から多数出ています。

滑走アルペジオ
 19世紀以降になると、かつてのアルペジオの中でいくつかのパターンは重要なものとして生き残るものの、淘汰されてアルペジオの種類そのものは減少する感があります。しかし、その反面、いわゆる滑走アルペジオのような新たなパターンも開発されます。滑走アルペジオとは、3コースあるいは4コースにわたって流れるような一連の動きでダウンとアップの往復をするパターンのアルペジオです。つまり、ダウン・ダウン・ダウンと流してアップ・アップ・アップと戻す動きの連続です(スウィープ・ピッキングと同じです)。カラーチェの作品などにはよく出てきます。うまく弾くコツは、折り返しで間延びしないように気をつけることと、アップの時、親指を少し曲げることです。ゆっくりしたテンポから練習します。

マクレイノルズ・クロスピッキング
 ポピュラー系の演奏では、一般にリズムをはっきりさせるためダウンアップを交互に繰り返すパターンが多く使われますが、ブルーグラス畑で有名なものにマクレイノルズ・クロスピッキングというテクニックがあります。ジェシー・マクレイノルドというマンドリン奏者の十八番で、主に3コースにわたってダウン・アップ・アップ・ダウン・アップ・アップ・ダウン・アップという基本パターン(ロールと呼ばれる)を繰り返します。バンジョーで使われるテクニックを応用したもので、通常メロディーを織り込んで演奏されます。独特な効果があり、なかなか面白いものです。詳しくはジャック・タトルの「ブルーグラスマンドリン」などの教則本を参考にして下さい。

代表的なアルペジオパターンのコツ
 2コースに渡るダウン・ダウン・アップの連続パターンのアルペジオは全ての時代にわたり最もよく使われるもののひとつです。このパターンのコツは、ピックの根元を少し下に傾けて弾くことです。最初のダウンを重く、後は軽く弾きます。アップは1本だけ引っ掛けるくらいのつもりで良いでしょう。全般的には、動いている音を強調して、メロディーが自然に浮かび上がるようにします。パターンの機械的な反復が耳につかないよう、優雅な演奏を心掛けます。常に言いたいことですが、テクニックを見せることより音楽として表現することを大事にして欲しいと思います。



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