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1999年8月
『パーフェクト・スパイ』(上・下)
ジョン・ル・カレ、村上博基=訳、ハヤカワ文庫

この高村薫の巻末の解説を読んで買わずにいるのは難しい。スパイ・ミステリーが好きなら絶対に読みたくなる。そして読み終わって「そうだ、やっぱり高村薫だもんなあ」と思い出すのであった。

はっきり言って読みにくいこと夥しい。高村薫でさえ「何箇所も読み違え」「後戻りするということを繰り返した」のだ。だいたい、自分の過去を振り返るのに三人称を使うかね? しかもよくわからない人名(あるいは地名?)のリフレインはあるし、語り手は断りなしに変わるし、呼び掛ける相手も突然変わる。ル・カレはもともと読みやすい作家ではないが、この難渋さ加減は度をこしている。

8月も本を段ボールから出さなかったので、これしか読むものがなかったのが不幸だったのか幸運だったのか、異例に長く読み続けてしまった。もしかしたらこれは一気に読まないといけないとダメかも。あるいは電子テキストなら検索も簡単なのになあ、と思ってしまった。

あ、肝心なこと何にも書いてないや。つまり、究極のスパイは二重スパイである、そして人はなぜスパイになるのか、ということをスパイ小説の元締め秘術を尽くして描き切った、という感じか。重厚に加えて晦渋、しかしラストの切なさはこたえる。あまりにもあまり、だって結局何にもないんだもん。

ベルリンの壁を越えるクライマックスも、スマイリーとカーラの知略の応酬も、もちろん華麗なアクションもない。皮肉な人生、それだけだ。なんか20世紀の英国の自虐的な自画像に見えなくもない。度をこした読みにくさはまた、主題が要求した文体なのであろう。かくしてスパイはまだまだ生きて、死ぬ。


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