ブランドンがアイルランド語(彼はあまりGaelic[ゲール語]と言わず、Irish[アイルランド語]と言っていた)の教師だ、というので、暖炉の回りで一緒にいるときに尋ねてみた。
「"Mo Ghile Mear"って歌を知ってますか?」
「え? ああ、もちろん。習いたいのか?」(ブランドンの目が輝く。彼は教え魔なのだ)
「あー、いやあー、この歌詞が知りたいので、楽譜か本がどこで手に入るか教えてもらえませんか?」
「歌詞? いま教えられるよ! 紙とペンはあるか? 書くから。それより歌はどうなんだ、歌は?」
「歌は知ってるんです。あ、いま紙とラップトップを持って来ます」
まず、MP3に入れたチーフテンズのアルバムを聞いてもらった。
「この発音はダメだ。歌っているのはイングランド人だろう。スティング? 声はいいが、発音はなってないな。待って。おい、これはコーラスはアイルランド語だけど、1番以降は英語だよ。いいか、この歌は18世紀にチャールズ王子が・・・(以下、延々と歴史の講義がつづく)」
ブランドンはコーラスと1番と2番の歌詞を書いてくれた。
「本当は12番まであるんだ。全部の歌詞がいるか? いらない? いいか、これは希望の歌でもあり、絶望の歌でもあるんだ。英雄を待ち望みながら、かなえられないことも分かっている。それでも、自由を望んで歌うんだ。これがFreedom
song。アイルランド人の心は・・・(以下、講義がつづく)」
「いいか、あとで発音を君が書き込めるようにダブルスペースにするからね。・・・、よしと。じゃあ、発音するから。いや、違う。めあr。もう1回。OK。ヘーン。これはフェーンとも発音する。メアリー・ブラックは『フェーン』と発音している。どちらでもいい。次・・・(以下、発音のコーチがつづく)」
「じゃあ、明日にでも練習の成果を聞かせてくれ。それまでに3番の歌詞を思い出しておくよ」
かくして私は結局、アイルランド語に片足を突っ込んだ。いや、もっと深い沼に取り込まれたような気がする。
(第88話:自由、希望、絶望の歌。 了)
*翌日、約束通りブランドンは3番の歌詞を教えてくれた。さらに、"Mo Ghile Mear"をちゃんとしたアイルランド語で歌っているアルバムを3枚も推薦したうえに、ダブリンで手に入る場所も地図を書いてくれた。しかし、私の歌の発音は合格せず、「人前では(in
public)まだ歌っちゃダメ」ということで持ち越しとなってしまった。
text by Takashi Kaneyama 1999
|