BON VOYAGE!

「哀愁のヨーロッパ」
SPECIAL 1999-2000

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第54話:Service in Progress.

日曜日の朝。天気は、相変わらず寒い。今日は教会を見て回って、パブで飲んで、適当にストリート・ミュージシャンを楽しんで、パブで食べて、トラッド・ミュージックのセッションを探してパブで飲んで、・・・。要するになんでもいいのである。

セント・パトリック大聖堂というと、ニューヨークを思い出す人も多いかもしれない。聖パトリックはアイルランドの守護聖人で、ニューヨークのセント・パトリックもアイルランド系なのである。ほら、3月に大パレードをやるでしょう。必ず緑色を身に着けて、頬にはシャムロック(クローバーですね)をペイントしたりして。

セント・パトリックの内部身廊ダブリンのセント・パトリック大聖堂の内部身廊。

セント・パトリックは珍しく入場料が必要だ。2ポンド。渡してくれた日本語のパンフには誇らし気に「国家からの援助を受けていません」とあった。ここは『ガリバー旅行記』の作家、ジョナサン・スウィフトが主教を務めていたことでも有名で、その他にもいろいろ有名人が(といってもアイルランドや英国にとっての)登場するのだが、北側の袖廊付近は戦死者へのメモリアルで壁面が埋まっていた。ふたつの大戦はもちろん、中国、ビルマ、と英国の戦争に参加した際のものもある。

突然、澄んだ歌声が聞こえてきた。ここは少年聖歌隊の伝統を引き継ぐ場所でもあって、学校が併設されている。あれは、練習なのだろうか? 高い天井に残響が消えていく。

外に出た。北側は小さな(といっても一周400メートルのトラックはとれそうな)公園になっている。そこでぼーっとしていると、鐘が鳴った。しばらく休んで、今度は違うリズムで鳴り出した。10時48分。中途半端な時間に鳴るもんだ。

つづいてクライスト・チャーチ大聖堂へ。入り口にはこんな掲示があった。

service in progress「礼拝進行中。見学時間は・・・」

クリスマス前の日曜日。いまも生きて活動している教会だから、信者の礼拝が観光客よりも優先されるのは当然である。また来よう、と踵を返したときに、はたと思い当たった。

あの鐘は、礼拝の時間が近いことを知らせる鐘だったのだ。

だから、リズムも音色も違う鐘が時をおいて鳴らされ、信者たちはその鐘で礼拝開始何分前かを知ることができるのだ。よくよく回りを見れば、街中のあらゆる教会で(ダブリンはいたるところに教会があるのだ)人々が集まり、挨拶をかわし、中へと入っていく。

"SERVICE IN PROGRESS".

これは、単にいま礼拝が行われていることを知らせる記号である、とりあえずは。しかし、こうして多くの人々がにこやかに教会に集うさまを見ていると、もっと違う意味を考えたくなる。

たとえば、関西学院大学のモットーである"SERVICE AND SACRFICE"は「奉仕と犠牲」と、たしか訳されていた。少なくとも、人が少しでも他人の幸せについて考える時間を増やすなら、この世界も少しずつよくなるのかもしれない。

"SERVICE IN PROGRESS".

私たちは、果たして進歩しているのだろうか?

(第54話:Service in Progress. 了)

text and photography by Takashi Kaneyama 1999

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