《 ミギーの言葉 》
ミギー: わたしは恥ずかしげもなく「地球のために」という 人間が嫌いだ…… なぜなら 地球ははじめから 泣きも笑いもしないからな なにしろ 地球で最初の生命体は 煮えた硫化水素のなかで生まれたそうだ (「寄生獣」岩明均 アフタヌーン 1995/1月号)
* そのとおり。 「地球のために」という言葉が使われる時、多くの場合は 「人間の行為が巡り巡って人間の不利にならないように」 ということを意味していて、そこに「地球にとっての利益」 と言う価値基準はない。 たとえば「パンダを絶滅から救おう」というのは、そういう生物種が 絶滅する事が人間にとって(なんとなく)悲しい出来事だからである。 あるいは、パンダを絶滅に追いやる「自然破壊」という出来事が、人間をも 絶滅に追いやるということを連想させるので、それを避けたいと思うの かもしれない。 パンダは守りたいと思うが、人間にとって致命的な病気をもたらす生物種 である「マラリア条虫」(マラリアをもたらす寄生虫)を絶滅から守れ、 と声高に主張する人は少ないだろう。 どちらかというと積極的に絶滅させようとするだろう。 どちらも地球上に生きる生物としては同等であり、違いは人間にとっての 利益/不利益の度合でしかない。 結局、人間も利己的に生きている生物の1種にすぎないのです。