シリアル番号 | 表題 | 日付 |
1012 |
登山と巡礼の登坂速度とエネルギー考察 |
2005/12/28 |
運動方程式
まえじま氏が登高時間の推定というページで登高エネルギーモデルを提唱している。
まえじまモデルは歩く人の体重をm(kg)、歩く速度をu(m/sec)、歩く高度差をh(m)、重力の加速度g=9.8m/s2とすれば
mu2/2 + mgh (kg-m2/s2)
としている。高度差のエネルギー項mghはそのとおり。速度のエネルギー項をmu2/2としているがこれはニュートン力学が教えるところの人間が速度ゼロからuに加速してあとは等速運動するときの体のもっている慣性エネルギーだ。風力発電の風車もこの法則に従う。アインシュタインがE=mc2という式を思いついたのもこれがヒントではないか。なかなか一貫していていまさらながら感心する。
だが人間は慣性エネルギーだけでは等速運動は継続できず、疲れ果てるまで足を動かし続けなければならない。これは摩擦損失があるからだ。摩擦損失とは空気抵抗、靴と道路との摩擦、そしてなにより、 関節と手足の筋肉繊維相互の摩擦である。摩擦損失は移動した距離Zに比例し、速度uの二乗に比例する。αを歩き始めの加速エネルギーmu2/2、摩擦損失係数fも含めその他もろもろの定数として一まとめると。
αmZu2 + mgh (kg-m2/s2)
となる。αmは人間が水平に歩くときの水平方向の抗力とみなしてよい。これを単位換算すれば
(αmZu2/g + mh)/427 (kcal)
となる。単位時間 t=Z/u (m/s)の出力、すなわち出力仕事率は
(αmu3/g + mh/t)/427 (kcal/sec)
(αu3/g + h/t)/7.12 (kcal/kg min)
(αmu3/g + mh/t)/75 (ps)
高度差h(m)と水平距離x(m)が与えられたときピタゴラスの定理から斜方向距離Z(m)が求まるので斜方向速度u(m/s)は
u=Z/t=SQRT(x2+h2)/t
α値の決定
αは実験できめなければならない。m=70kgのグリーンウッド氏が身をもって坂東33ケ所の巡礼で実験した結果、h=1,000mの山に登る疲労感をmghで代表させ、u=5km/h=1.39m/sで水平にZ=25km=25,000m歩く疲労感をαZmu2で代表させれば、両者はほぼ同じ 全身の疲労感をもたらすと感じた。これからαは次のように推算される。これは体重の20%相当が摩擦抵抗による抗力となっているということを意味する。
α=70*9.8*1000/(25000*70*1.392)=0.2
人体の熱効率
呼気中の炭酸ガス量から計算した体重70kgの男性の単位体重あたりの単位時間のエネルギー消費量すなわち入力仕事率のデータは科学技術庁資源調査会編:四訂・食品成分表(1997)pp432-433[表II-12]に出ているデ−タを採用する。
これは 体温維持、姿勢維持、消化ならびに体内物質変換エネルギー、頭脳の消費するエネルギーも含めた人体への入力仕事率とする。出力仕事率は摩擦損失補償と位置のエネルギーへの変換だ。
変換の熱効率をh(-)とすると
h=(出力仕事率)/(入力仕事率)
<平地ハイキングの場合>
科学技術庁の入力仕事率は0.073kcal/kg-min、出力仕事率は時速5km u=1.39m/s、h=0から
(αu3/g + h/t)/7.12=0.2*1.393/9.8/7.12=0.0077 (kcal/kg-min)
したがってhは
h=0.0077/0.073 =0.105 (-)
となる。このとき体重70kgの男性の出力馬力は
(αmu3/g + mh/t)/5.692=0.2*70*1.393/9.8/75=0.051 (ps)
8時間継続したときの入力エネルギーは
0.073*70*8*60=2,453 (kcal)
である。
<登山(登り)の場合>
科学技術庁の入力仕事率は0.161kcal/kg-min、 グリーンウッド氏の登山実績から斜度1/2の斜面の登りの最速の垂直速度はh/t=250m/h(h/t=0.069m/s)である。このとき、水平速度はx/t=2h/t=2*0.069=0.138m/sである。従って斜方向速度u=SQRT(0.0692+0.1382)=0.154m/sとなる。出力仕事率は
(αu3/g + h/t)/7.12=(0.2*0.1543/9.8+0.069)/7.12=0.0097 (kcal/kg-min)
故にhは
h=0.0097/0.161=0.078 (-)
となる。このとき体重70kgの男性の出力馬力は
(αmu3/g + mh/t)/5.692=(0.2*70*0.1543/9.8+70*0.069)/75=0.064 (ps)
8時間継続したときの入力エネルギーは
0.161*70*8*60=5,410 (kcal)
である。
<登山(下り)の場合>
科学技術庁の入力仕事率は0.108kcal/kg-min、グリーンウッド氏の下山実績から斜度1/2の斜面の下りの最速の垂直速度h/t=+330m/h(h/t=+0.091m/s)である。このときx/t=2h/t=2*0.083=0.182m/s、u=SQRT(0.0912+0.1822)=0.203m/sとなる。
(αu3/g + h/t)/7.12=(0.2*0.2033/9.8+0.091)/7.12=0.0128 (kcal/kg-min)
故にhは
h=0.0128/0.108=0.119 (-)
となる。このとき体重70kgの男性の出力馬力は
(αmu3/g + mh/t)/5.692=(0.2*70*0.2033/9.8+70*0.091)/75=0.085 (ps)
8時間継続したときの入力エネルギーは
0.108*70*8*60=3,629 (kcal)
である。
運動の種類 | 単位体重当たりの入力仕事率(kcal/kg-min) | 単位体重当たりの出力仕事率(kcal/kg-min) | 熱効率h(%) | 体重70kgの男性の出力馬力(ps) | 体重70kgの男性が8時間継続したときの入力エネルギー(kcal) |
平地ハイキング | 0.073 | 0.0077 | 10.5 | 0.051 | 2,453 |
登山(登り) | 0.161 | 0.0097 | 7.8 | 0.064 | 5,410 |
登山(下り) | 0.108 | 0.00842 | 11.9 | 0.085 | 3,629 |
人体の熱効率が7.8-11.9%というのはまえじま氏と同じ結果である。バイオ効率は高いというがそれは酵素反応のことで人体全体システムとしては蒸気機関より劣ることになる。
まあまあの結論のようだ。
登りの所要時間tは単位時間の実消費エネルギー=0.161(kcal/kg-min)、熱効率7.8%として
0.2u3+h/t=0.069
下りの所要時間tは単位時間の実消費エネルギー=0.108(kcal/kg-min)、熱効率11.9%として
0.2u3+h/t=0.091
となり、3次式を解かねばならなくなる。というわけでエクセルのソルバー機能を使って収斂計算でtを求めるものとする。
このとき エクセルのソルバーの制約条件として登り垂直速度h/t<200m/h(0.055m/s)、下り垂直速度h/t<300m/h(0.083m/s)、傾斜速度u<4km/h(1.11m/s)とした。
歩行区間で勾配が異なるところはそれぞれ別に計算しなければならない。無論休憩時間は含まない。
平地ハイキングの場合はこんな面倒なことせずに
t=x/u
で求める。
さて以上のモデルをグラフ化してみると
のようになる。少し安全を見すぎた感じである。ソルバーの制約条件登り垂直速度h/t<250m/h、下り垂直速度h/t<330m/hでよかったと思っている。
いずれにしても垂直速度は勾配が0.2以上ではほぼ一定のため、登山に必要な時間は登り垂直速度h/t=250m/h、下り垂直速度h/t=330m/hだけで時間を推定してもよいことになる。登りの場合、昭文社のコースタイムの1.2、下りは1.3倍とした場合、この速度とほぼ同等となる。
以上の成果を坂東33ヶ所相模国内歩行時間予測と旧中山道歩行時間予測に使ってみた。
さて登山において心臓、肺臓にかかる負担や疲労は本論ので述べたとおりである。しかし太股の前面にある筋(大腿四頭筋)の疲労は登りのときより下りのほうが激しい。これに関しては「伸縮性収縮と筋肉疲労」を参照されたい。
Rev. August 31, 2008