読書録

シリアル番号 884

書名

イスラムからの発想

著者

大島直政

出版社

講談社

ジャンル

宗教

発行日

1981/9/20第1刷
1991/2/12第11刷

購入日

2007/08/17

評価

講談社現代新書

ミセスグリーンウッド蔵書

イスラム諸国を理解するには最適の書

「イスラム教は砂漠で生まれた一神教という認識が一般だが、モハメッドは商人出身であり、メッカとかメディナという商業都市でうまれた都市型宗教である」という指摘が新鮮である。結果として宗教というよりは商業関係もふくむ法体系となっている。結果として政治、経済、文化も規制することになった。

アラブ社会の伝統は西洋と同じく「首長は選出」であたっため、マホメットの死後、選ばれたのは血統上の正統であったアリーではなく、ウマイヤであった。こうしてカルバーラの悲劇が発生し、ウマイヤ王朝に反対する人々がシーア派を結成したのである。

中央アジアから移動してきて軍事技術者としてアラブに雇われた、トルコ人はアラブ帝国をひっくり返してアラビアを400年間支配した。トルコ人はアラブの宗教法体制に手がつけられないことに知り、宗教法グループ毎にミニ国家としてみとめ、トルコ皇帝に反抗しないかぎり、また一定の税を支払うかぎり、グループ毎の自治を認めることにした。すなわちその存在をみとめ、保護するというミレット体制である。一種の封建制度と似ているが、ここに宗教・法体系毎のグループというのが違う。

トルコが第一次大戦で崩壊したのちの現在の中東の国境線は英仏とそれに結びついた現地の緒勢力の手によって決ったことは「砂漠の女王 イラク建国の母ガトルート・ベルの生涯」にくわしい。

さてその宗教法が細部でことなり、その相違が政治的対立に発展し、現国境と宗派が一致していないため、民主制を持ち込めばどの国家も分裂するだとうと著者は言っている。2007年の時点で米国が民主制を持ち込もうとしているイラクが正に分裂しそうになっていることを予想しているわけだ。このような国では権力の集中を特定の個人や少数グループに握らせることが次善の策というものだろう。「砂はしっかり握っていないと、すぐバラバラになる」である。

さてしかし権力者や権力グループは常に腐敗や思いあがりというワナに落ちる。たとえ高潔な人物がいたとしても血族に富と地位をもたらさねば血族という最も有力な後楯を失い孤立してしまう。こうして貧富の差が生まれる。民衆の目から国内の現実をそらすために「イスラエル」、「米国の帝国主義」を利用しようとするのである。ちょうど旧大日本帝国軍人の唱えた「神州の正義」や「東洋の解放」と大差ない。いずれも手前勝手という点では帝国主義、シオニズム、コミュニズムと同じこと。

日本が近代的国民国家たりえたのは重い宗教のくびきがなかった幸運というしかない。

ルイス・ベネディクトが「菊と刀」で日本人は唯一絶対神を持たないためその道徳基準は神に対する「罪」の意識ではなく、世間に対する「恥」の意識だとしたが、欧米でも大半の人々は日本人と同じく世間体を気にしている。従って欧米でも「罪」は建前であり、実態は恥であるといっていい。さて唯一絶対神を背景にしたイスラムの社会でも道徳原理は恥である。

日本では自己主張することは美徳とされないし排斥すらされる。しかし欧米でも自己主張があるが中東ではそれが一層顕著で自己主張は美徳というよりこれなくしては存在を認めてもらえない。客に招かれ、「紅茶にしますか、コーヒーにしますか」と聞かれたとき「どちらでも」などと答えれば、飲み物さえ自分で選べない「意思薄弱者」とされてしまう。

欧米に進出した日本企業の日本人社員の妻が現地人社員に「いつも夫がお世話になっています」と挨拶したとすると、言われた欧米人は「自分の夫は無能であり、あたたのおかげで地位を保っていられるのです」といわれたと思ってビックリしてしまうのである。


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