シリアル番号 | 817 |
書名 |
帝国以降 アメリカ・システムの崩壊 |
著者 |
エマニュエル・トッド |
出版社 |
藤原書店 |
ジャンル |
歴史 |
発行日 |
2003/4/30第1刷 2004/2/25第7刷 |
購入日 |
優 |
評価 |
2006/12/1 |
原題:"Apre L'Empire" Essai sur la decomposition du systeme Americain 2002 by Emmanuel Todd
鎌倉図書館蔵
2006/10/30の朝日新聞の風考計で紹介された作家ポール・ニザンの孫でフランスの人口動態学・経済学・歴史学者のエマニュエル・トッド氏が日本に核武装を薦める次のロジックが印象的だったので彼の著書「帝国以後」を取り寄せて読む。
「核兵器は偏在こそは怖い。広島・長崎の悲劇は米国だけが核を持っていたからで、米ソ冷 戦期には使われなかった。インドとパキスタンは双方が核を持った時に和平のテーブルについた。中東が不安定なのはイスラエルだけに核があるからで、東アジ アも中国だけでは安定しない。日本も持てばいい。イランも日本も脅威に見舞われている地域の大国であり、核武装していない点でも同じだ。一定の条件下で日 本やイランが核を持てば世界はより安定する 」
マイケル・ドイルの法則を取り込んだ「もし民主主義が至るところで勝利するのなら、軍事大国としてのアメリカ合衆国は世界にとって無用なものとなり、他の民主主義国家にすぎないという事態に甘んじなければならなくなる」というフクヤマのパラドックス(Paradox Serial No.34) を準用して、教育が普及し、国民の識字率が向上し、女性が主導権を持って出生率を調整しはじめると民主主義が根着き一時革命的気分が横溢して騒乱状態にな るがやがて落ち着きを取り戻し平和になる。イスラムでテロなどが頻発するのは識字率向上のためだ。英国のクロムウェルの革命とイスラムのテロとの類似性を 見れば明らかだろう。さて世界が平和になればアメリカの軍事力は必要でなくなる。しかるに、アメリカは世界なしではやってゆけない国になっている。
米国の製造業はグローバリゼーションにより競争力を失い、米国民の消費生活を維持するために米国の貿易収支はつねに赤字で諸外国からの資金の流入によてマネーフローが成り立っている。もし諸国が米国を必要としなくなり、基準通貨としてのドルの信用が失われれば、 ドルは暴落し、米国への資金の流れは途絶し、米国に投資していた資金提供者と米国は破産する。
そこでやむなく米国はアフガニスタン、イラク、イラン、北朝鮮などの弱小国家にテロリスト国家というレッテルを貼って侵略し、米国は民主主義のため に戦っているかけがえのない国という神話を維持して世界の目をごまかさねばならなくなっている。第二次大戦の敗戦国ドイツが戦後初めてフランスと一体と なってこの米国の目くらましの戦略にノーと言った。日本は極東で孤立しているため、米国はおかしいと思いながらノーと言えないでいる。しかしこの流れは止 めることができない。いずれアメリカはその他とおなじ一つの国に成り下がるだろう。というのがこの本の主旨のようだ。 この米国の恐怖を著者はサッシャ・ギトリの言葉を引用して表現する。
こういう目でみればサミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」で展開される理論など全く見当ちがいなことが分かる。
グリーンウッド氏の「炭酸ガス排出量削減策のパラドックス」につかった妊娠回数と個人年収の相関図はまさに個人年収の増加→教育の普及→国民の識字率向上→女性が主導権を持って出生率を調整を表したものであったのだ。
「貿易の自由化により世界規模で拡大した労働所得の縮小は増大する生産を吸収する力を失わせるだけである」ということをポール・クルーグマンのような偽の反体制順応主義者は認めたがらない。ジョゼフ・スティングリッツは まだましだが「ただ嘆いてみせるだけだ」と。この総需要停滞による景気後退を防ぐためにアメリカは世界経済にとってのケインズ的国家になっている。こうし てアメリカはグローバル化された経済の調整機関として世界に感謝されながら略奪者になりおおせたのである。古代ローマが地中海を包含することにより、各地 からローマに流入する豊富な産品によりローマの農民と職人の仕事を奪って無産化してしまったとおなじことが今アメリカで発生している。パンとサーカスの時 代に入りつつある。そして一部の富裕階級が国を支配し民主制を寡頭制に変えつつある。
ギリシアの都市国家は東のペルシャからの圧力に対抗するために団結して資金と人を共同で出していたが次第に金をアテネに渡して軍事向きのことから手
を引いた。アテネはこれをよいことにその資金を軍事ではなくアテネのアクロポリスの神殿建設に流用した。これをとがめたスパルタにアテネは負けるのであ
る。これと同じことが米国に起こっている。
帝国主義の本質的な強さは普遍主義という活力の源泉であるとともに安定性の原理を持っていることにある。普遍主義とは人間と諸民族を平等主義的に扱う能力で、これを古代ローマは持っていた。しかしアメリカ が建国時代に持っていた普遍主義は後退している。たとえばイスラエル贔屓に如実に現れているといえるのだ。
2014/7/8来日したトッドは本書に書いた米国の覇権の終わりと欧州の米国からの自立を予言したが、当たらなかったと告白。EUの失敗はメン
バーが水平的につながる関係ではなく、経済大国ドイツが主導権を握る階層的な連合体になってしまった。統一ユーロの存在が原因の一つ。この10年で生じた
ことは国家の復活である。先進国の出生率の低下は国家による中産階級への支援が不可欠だ。欧州各国は自立しているが、日本は米国に従属するという意思表示
は集団的自衛権容認ということだろう。
Rev. July 9, 2014
2008/3/13にアントニオ・ネグリ、M・ハートの「帝国」を買いに鎌倉の書店に立ち寄ったが見つからず、店頭でこれを見て衝動買い。帯に「アメリカは『帝国』に非ず」とか、「ハンチントン、フクヤマ、チョムスキーを逆手にとり、『EC露日v.s.アメリカ』という新構図『新ユーラシア時代の到来』を予言」とある。 イラク戦争が始まった時に日本訳が出たのでかなりの卓見といえる。
著者は本著を「世界が民主主義を発見し、政治的にはアメリカなしでやって行くすべを学びつつあるまさにその時、アメリカの方は、その民主主義的性格を失おうとしており、己が経済的に世界なしではやってゆけないことを発見しつつある」と要約している。
読書録を見て実は図書館で借りて読んだことがあったことに気がつく。ただ新たなる角度で読んだ。すなわちイラク戦争はブッシュ大統領が愚かであったから始まってしまったと思っていたが、実は一大統領の知性の問題とは関係なく、根は深いということを思い知らされた。
1年以上前にこの本を読んでも、米国の貿易収支が巨額になっているにもかかわらず、ドルの価値が安定していることが理解できないでいた。無論、長期間にわ たる日本の超低金利政策のため、余剰金は米国への投資となっていたのであるが、いつかは暴落するドル資産をもつリスクに金融機関はなぜこうも鈍感なのかと いう疑問である。最近サブプライム問題でようやく ドルの信用が落ち、ドル=100円以下に暴落しはじめた。前回は80円まで下がった。今回はもっと根源的なのでもしかしたら60円くらいに下がるのではな いかとの予感もする。中国が元のドルペグ制をやめたら暴落するのではとの観測もある。
米国という国家はかってのローマ帝国のようなものとの理解は実は幻で、世界はその真の姿に今、ようやく気がつき始めているということが理解できる。米国は すでに手遅れで米国の次の大統領に誰がなっても大した期待はもてない。日本は米国一辺倒で心中することなく、中国とロシアとの関係もしっかり構築してゆく ことの重要性の認識に思い至るのである。
Rev. April 16, 2008
2008年9月米国経済は遂に崩壊して、市場を失った日本のメーカーはパニックに陥ってヒト切りに狂奔している。本著の ようにこうなることを予期していた人は居たが、普通の人は経営者を含め、盲目だったというそしりは免れないだろう。さすがの米国民も目が覚めて、新大統領 を選んだが、世界からの資本の流入が停止した今、何が出来るというのだろうか。日本は米国なしに生きる術を学ばなければならないだろう。
本著の言うとおり、アメリカの戦費に日本が財政的協力をしないというだけで、(インド洋の給油はしたが)アメリカの崩壊には充分だった。ドイツは第二次大 戦中の一般市民への大量爆撃の被害の意味について考察しようとしている現今、世界は1945年の核攻撃に関する論争をしないで済ませることはできない。
著者は重ねて言う。「ロシア、日本、ドイツ、イギリスが外交的自由を取り戻した時に初めて、第二次世界大戦から生まれた冷戦の世界は決定的に終わりを告げることになるだろう」
日本の財政赤字が膨らみ、ドルの崩壊前に円の崩壊が危惧されるようになった。
イランも日本も核武装すべしという著者の意見はパワー・バランス上その通りだが、そうすればインドのように原発のウラン調達に困るようになるだろうという危惧があって踏み切れないだろう。
アントニオ・ネグリ、M・ハートの「帝国」は9/11の直前に書かれた本であり。本書は直後にかかれたものだが、両方とも時代を見る目はたしかだと朝日のゼロ年代の50冊の内の2冊にノミネート
Rev. June 27, 2010
2011年1月8日、朝日のオピニオンでトッドのインタビュー記事が出た。トッドは「今の時代に権力を握っているのは、実際のところ政治家たちではなくて、自由貿易という経済 思想なのです」、「民主主義の普及は識字率の向上と結びついています」、「高等教育の普及によって新たな教育格差が別の重い意味を持つようになった」、「共同体としての信仰の喪失の結果、人々を戦争に動員することはできなくなった」という。これはフランコ・カッサーノ の「南の思想」にも通ずる
Rev. January 8, 2011