読書録

シリアル番号 1212

書名

知の逆転

著者

吉成真由美

出版社

NHK出版

ジャンル

サイエンス

発行日

2012/12/10第1刷
2013/2/20第6刷

購入日

2014/10/19

評価



ボストン美術館の北斎コレクションを観に上野の森美術館に出かけた折、T.H.に一読を薦められ、藤沢で購入。

著者は元NHKディレクターの美女。T.H.はこの著者の質問が素晴らしいと言っていたが確かによく勉強している。そこらへんのジャーナリストは違う。 NHKを退職してからMITの脳および認知科学学部を卒業した才女でもある。調べたらMIT教授の利根川博士の妻で3児の母。。以下の大物に直接インタ ビューしてまとめた書。質問がすぐれているから答えも切れ味が良い。

ジャレッド・ダイヤモンド:この人が書いた本は「人間はどこまでチンパンジーか」、「銃・病原菌・鋼鉄」、「文明崩壊」 と3冊。You Tubeで講演も聞いているので、新しい発見はなかった。再確認したのはヨーロパの成功は良い気候、家畜化できる野生動物と農業のための植物にめぐまれた という地理的条件が有利だったというだけで、ヨーロッパ産の人間が優れていたわけではない。

アフリカが貧しいのは熱帯気候だから。またアジアで明朝が行った海禁(Hai Jin)のようにリーダーが民衆の活力を削ぐ規則などを作ると国の衰退を招く。個人の優れた判断力が民主主義のための条件となる。アメリカは崩壊寸前の ローマ帝国にようだ。言語の獲得がチンパンジーと人間を分ける能力の違い。

ノーム・チョムスキー:この人の本は「チョムスキー、世界を語る」、「チョムスキーの『アナキズム論』」 と2冊読んでいる。チョムスキーの生成文法は言語学の革命となった考えで、なぜ赤ん坊が苦も無く母国語を覚えるのか?とか、ハワイなどの島にいろいろな母 国語の子供があつまるとそれぞれの単語は母国語からの借用だが、語順が同じクレオール語またはピジン語というものが自然発生する。この語順(構造、文法) こそ我々の言語野の構造すなわち生成文法を反映しているという意味でつかわれる。なぜネアンデルタール人が絶滅し、アフリカを10万年まえに出たホモ・サ ピエンスだけが繁栄したかはホモ・サピエンスの脳の特殊な構造にある。音楽、数学、絵画も言語野と同じ基本構造はもう過去5万年不変という考えだ。文法は 堅固だが、その他は可塑性があり、なんにでも適用可能。

2か国語使える人といえども生成文法は同じ。そこで日本語であれ、英語であれ、言語の持っている意味を理解できる。翻訳者は意味を別の言語でも表現でき る。しかしコピュータは生成文法を組み込んでいないから膨大なデータを覚えることはできるが、意味は理解できない。ただ統計処理してそれらしく振舞ってい るだけ。生成文法の構造は未だにわからず。だからコンピュータは意味が分からないし、発明はできないし、ロボットは福島原発を修理できない。日本の教育は 可塑性の部分まで無用な情報を詰め込んでその可塑性を奪う教育をするから米国のような新技術が生まれてこない。日本ではもうノーベル賞は期待できない。個 人の好奇心尊重にする社会を作らない限り、いくら教育費を増額しても試験で成績評価しているかぎり無理。ここらへんのことは文系政治家も文系役人も理解で きない。東大の西村肇は例外として理系はもっと始末におえない。

「チョムスキー、世界を語る」で語ったノーム・チョムスキーの痛烈なアメリカ批判は健在だが、同時に市場原理だけでは資本主義は必ず破 綻するとする。鉄道、コンピュータ、インターネット、飛行機(軍用機の民間機への転用)、薬など便利なものは経済の公共部門(政府による資金供与)から出 てきたという見方は新鮮だった。これらは米政府のプロジェクトとして開発されたものだ。MITはその中心的役割を果たした。そういえば原爆、原子力、ミサイ ル、原潜などもそうだ。そういえば日本政府の資金供与は米国に比べれば小さなものだが、政府資金で開発されたものなどあったかしら。なぜか技術革新のベースとなる個人が集団に優先する社会としては 日本はアメリカに足元にも及ばないとひしひしと感ずる。ところでアメリカでも金融部門は唯一市場原理で動いているので何度も破綻する。だから規制は必要 だ。製造業も「不の外部性」があるため、政府の規制が必要となる。ただ国家財政の赤字の評価は難しい。中国は資源もないし、エネルギーも不足して高度な技 術は持っておらず、日本から供給されている。アメリカの核兵器は抑止よりも核支配のためにある。オバマ政権は言い方がうまいだけで本質は変わっていない。著者はチョムスキーの名言をいくつか紹介しているが、2つ上げよう。「偽善者とは自分に課す基準と他人に課す基準が違う人だ」と「エリート大学は最も従順な生徒を選択し、体制順応者を生産する」 である。最後に理想とする教育は子供達が持っている創造性(creativity)と創作力(inventiveness)を伸ばして自由社会で機能する 市民とすること。こういう教育だけが進んだ経済というものを生み出す。テストをするための教育は3万年前に絶滅したネアンデルタール人を作るようなもので 最低。ネアンデルタール人は素晴らしい道具を作れたが、ホモ・サピエンスがもっている好奇心や創作力を書いたがために絶滅したのだ。

これを読んだY氏から、generative grammar生成文法、transformational grammar変形(生成)文法: 言語の本質は人間の主体的な創造的心理能力にある。初期のころは変形文法や変形生成文法、生成変形文法、universal grammar普遍文法と3つあると教えられる。言語の本質は人間の主体的な創造的心理能力にあるという意味でtransformational grammarがよさそうだが、チョムスキー自身が使っているので微妙な差があるが、一般にはどうでもよい。

オリバー・サックス:この脳神経外科医の本は「消された科学史」で感覚幻視がカオス理論で説明できるということを思い出させてくれた。「個人物語」(narative)が個の確立に重要。

マービン・ミンスキー:人工知能の権威で本は読んでいないが、あらゆ るコンピュータ雑誌に紹介されている。ロボットは日本で沢山開発されたが、福島事故で使えるものは一つもなかった。それは開発者がそれらしく見せることに 拘ったからだ。チェスには勝ててもドアひとつ開けられない。自動翻訳機も内容を理解して翻訳しているわけではない。膨大な記憶容量をもって高速で確率的処 理できたとしても過去の例文は解釈できるようになったとして、新しいアイディアは処理できない。本質的に理解力のあるプログラムの作成にはいまだ成功して いない。その原因は長期的視野に立っての研究に資金を提供する組織が無くなってしまった。科学の歴史を振り返ってみると叡智というものはアイザック・ ニュートン、ジョン・フォン・ノイマン、アラン・チューリング、アルバート・アインシュタイン、ポール・ディラック、エルヴィン・シュレーディンガーなど の「個人知能」によってもたらされた。決して「集合知能」のおかげではない。感情(大脳周辺系を使った本能的思考)と思考(大脳皮質を使った思考)は別物 とかんがえてきたが、この区別は間違い。IQテストは無意味。むしろ数学知能、図工知能、言語知能、運動知能などの複数知能説が実態に近い。

トム・レイトン:MITの数学科の教授がインターネットサーバーの分 散化により、人気動画に世界中から接続リクエストがきてもパンクしないサーバーの配置法とその分散処理の制御プログラムを開発した。そして教え子の提案で アカマイ社という企業を立ち上げ、9万台のサーバーの時間貸しで年商5,000億円の売り上げ企業になった話。

ジェームス・ワトソン:この人の本は「DNA」でよむ。故フランシス・クリックが来日したとき講演を聞いたが、そのパートナー。

アダム・スミスが「国富論」のなかで「そもそも文明の大きな進歩というものは『個人』が生み出すもので、「政府」からは決してうまれてこない」といってい る。これはノーム・チョムスキーの市場原理だけでは資本主義は必ず破綻するとするとか便利なものは経済の公共部門(政府による資金供与)から出てきたとい う見方と矛盾する。

デイビッド・ヒュームは「われわれは論理ではなく、情熱に支配されている」


Rev. October 25, 2014

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