読書録

シリアル番号 1185

書名

イスラム世界はなぜ没落したか? 西洋近代と中東

著者

バーナード・ルイス

出版社

日本評論社

ジャンル

歴史

発行日

2003/7/15第1刷
2003/9/30第4刷

購入日

2014/04/03

評価



原題:What Went Wrong? Western Impact and Middle Western Response by Bernard Lewis 2002
 
鎌倉図書館蔵

中東歴史家バーナード・ルイスがプリンストン大教授を退任したのち書いたネオコンの中東政策の中心論文。この本をよんでチェイニーとラムズフェルドはイラクを侵略したと言われる。

2014/04/03に一度読んでいるが、安倍首相は2015/1/20イスラエルにでかけてISISと戦っている周辺国への支援として2億ドルを出すと 演説した。途端、ISISに同額支払わないと72時間以内に日本人人質を殺害すると脅迫され、あわてて、あれは人道支援だと言い換えた。これでは政治家失 格。

ナチのホロコーストを逃れてユダヤ人がイスラエルを建国したのだが、その結果パレスチナ人が先祖の土地を奪われてアラブは恨んでいる。そういうところの配 慮もなく、ホロコースト博物館でナチを非難する演説するとアラブの逆恨みを買う恐れに気が回らないのか。かつかって日本はそのナチの同盟国だったことを棚 に上げたような愚考である。基本的歴史感覚に欠けているのではないかと心配になる。外務省の取り巻き役人も同じ穴のムジナのように見える。

と思いながらこの本を借りた。読み始めて知っている文章がでてきたので調べると昨年4月に読んでいたことが分かった。歴史的には西洋の中世にはギリシアの著作がアラビア語に翻訳されていて中東のほうが知的レベルは高かった。スペインにおけるレコンキスタが 成就して西洋はアラビア語から西洋の言語への再翻訳が行われた程なので。こうしてルネッサンスを経て、西洋が中東を追い越すのだが、それでもオスマン朝は 西洋に追い越された意識が無く、唯一、西洋で優れている「フランス病」(梅毒)の治療の本だけがアラビア語に翻訳されただったという部分だ。

雑多な論文集なので論旨がまとまっていないが、一つ面白い見方としてイスラムはキリスト教の改革として始まっているため、キリスト教徒とその文化を蔑視し ていた。当初はそれでよかったが、ヨーロッパが中世を抜け出て発展し始めても同じ見方が支配的でキリスト教者社会の変革にも気が付かず、気が付いたときに はすでに時遅しということになったという。アジアも非キリスト教国だが蔑視思想はなかったので判断力を間違うことはなかった。そして低い経済基盤から出発 して西洋に追いつくことができた。

イスラムはしかし投資、雇用創出、生産性において西洋に追いつくことはできなかった。官僚組織なしでの任命と昇進は情実や恩顧で行われるため、組織は腐敗する。中東の資本家は非中東に投資したがっている。すなわち見限っている。

西洋が進歩した主たる原因は教会と国家の分離や世俗法によって統制された市民社会の創出である。

イスラムは機会の平等の教えで始まっているが、主人と奴隷、男と女、信仰者と非信仰者の差別は法的に固定され、改革されなかった。社会に特権階級が 生まれてからカーストは固定された。白人奴隷は購入か捕囚によって維持された女性は享楽のため男性は戦闘のために使われた。

中世のイスラム社会では古い科学が再生され、発展され、新しい科学が創出され、新しい産業が生まれ、製造工業と商業が先例のないレベルに達した。そして迫 害されたユダヤ教徒、反体制的キリスト教徒が避難してきたオープン社会だった。

イスラム世界が西欧に立ち遅れた原因は狂信的宗教権威がイスラムの科学的活動や思想・表現の自 由を窒息させたことにあるとする。性差別主義は人口の半分がもつ才能をすて、もう半分の人口の教育において大切な初期の時期を読み書きも出来ない母親に託 しているのだ。中東が今のままなら憎悪と悪意、憤怒、憤怒と自己憐、貧困と抑圧からなるらせん降下から逃れる術はない。

とはいえ、なぜアラブ人は他人を憎むのか。事態が上手くゆかないとき、他者の責任に転嫁するのは人が示すありふれた反応である。かってはモンゴルを恨ん だ。しかしモンゴルの遊牧騎馬民族はすでに弱体化しているカリフの帝国を打倒したに過ぎないことがわかる。ヨーロッパの帝国主義はその幕間が短かった。そ れを引きついだアメリカが悪役を引き継いだが、説得力は少ない。ヨーロッパの反ユダヤ主義やナチス・ドイツのそれも影響を与えている。

この説が示唆するように中東ではアルカイダ、タリバーンやイスラム国家にような欧米を逆恨みし、仇討ちしたいという目的をもつ集団が若い世代の共感を得て増殖してい る。キリスト教徒がユダヤ人を嫌うのは聖書でユダがキリストを裏切ったことが根にあるが、キリスト自身はユダが自分を裏切るだろうと考えてそこに身をゆだ ね、自身が犠牲者になることによって英雄になることを意図したとも読める。でもこの歴史からユダヤ人は今でもキリスト教徒には嫌われ、反ユダヤ主義は根深く残っており、結果ホロコースト が生じた。その贖罪の意味で欧米はユダヤ人がパレスチナ人の土地を取り上げて入植することを支持し、アラブの反感を買っているわけだ。ここに極東の人間が首 を突っ込むのはことを複雑にするだけ。

「誰のせいでこうなったか」と言う問いは不毛。「我々は何をやり間違えたのか」と問えば、「どうやってそれを正せばよいか」となる。その処方箋は「自由・ 解放」だろう。発言する精神の自由、堕落した運営上の失敗からの自由、男性による抑圧からの女性の開放、暴政からの市民の開放だ。もし中東がこれをなさな いと自爆犯に行き着く。

Rev. January 22, 2015


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