読書録

シリアル番号 1183

書名

日本を創った12人 後編

著者

堺屋太一

出版社

PHP研究所

ジャンル

歴史

発行日

1997/6/4第1刷
1997/9/8第7刷

購入日

2014/04/03

評価



鎌倉図書館蔵

この後編には石田梅岩、大久保利通、渋沢栄一、マッカーサー、池田勇人、松下幸之助の6名の名が見える。この本は大久保利通を読むつもりで借りた。しかし石田梅岩(ばいがん)という全く知らないい男の見だしに武士社会はゼロサム社会とある。

石田梅岩
石田梅岩は「石門心学」の始祖とある。ここで著者は戦国時代は日本のルネッサンスだと指摘している。鎖国して投資先をうしない貯蓄と投資のバランスがとれ なくなった。勤勉をモットーに働いてもまずい。そこで富士講とかしてただひたすら金を使う。勤勉に動いても生産はしない。「徒労のすすめ」である。徒労を 重ねる程仲間内で顔が効くようになる。石田梅岩はこの勤勉に清貧を結びつけた。ピューリタンは清貧と勤勉の折り合いをつけられず、過開拓で環境を破壊した ため狭いヨーロッパを脱出して新大陸に向かわねばならなかった。勤勉をのこして清貧を捨てたのが資本主義だ。禅は清貧を重視し、勤勉は捨てている。勤勉と 節約を両立させるためには細部まで凝ることが重用となる。細部にこだわると高コストになる。すなわち日本人がこだわる過剰品質の弊害は石田梅岩がはじめた ことなのだ。ヒト余り、モノ不足の社会で生まれた思想。これが行き過ぎると丁寧でない仕上がりの商品は人格下劣なやつらが作ったものだと誤解される。この ように石田心学の思想は日本人の美意識と倫理感を規定している。これが非関税障壁と言われるものだ。米国の自動車産業や家電産業はこの点で負けた。この石 田心学が官僚統制の基盤となっている。日本は石田心学からじゆうにならねばならないのだ。

大久保利通
さていよいよ大久保利通だが全て既知のことだった。橋本首相下でも規制緩和できない仕組みを作った主犯はやはり大久保利通だとしている。尊王攘夷の武士が文明開化の欧化 論者に豹変しても自らを変節漢と思わなかったのは維新の目的が日本を外国から蔑まされない国にするという目標があったためで、尊王攘夷とか欧化論は手段に すぎなかったからとする。だから権謀術数を駆使して西郷を失脚させて大久保独裁に持ち込むことに躊躇しなかった。明治の日本は英国陣営だったのに大久保は ドイツの体制を参考に国作りした。産業革命時代の英国はあらゆるガラクタを作っていて、良いものだけが生き残った。消費者主権でよいものを選ばせるのが一 番という思想の政治版が民主主義である。ドイツは後発だったらビスマルクやモルトケは英国で成功したものを導入すればよかった。そのためにはエリート官僚 と国立大学教授にし指導させればよい。大久保はこれを真似した。大久保が独裁者になるのをおそれた人間に暗殺されてからは伊藤博文が踏襲した。帝国議会で は官僚すなわち政府委員が座る席は一番高いところにあり、戦後も変わることがなかった。これはドイツのベルリンの議会に倣ったからである。現在のベルリン の議会の内部はイギリスの建築家サー・ノーマン・フスターの設計で完全に変わっている。このようにドイツ型官僚制度は欠陥があり、ビスマルクやモルトケが 死んだ後、第一次世界大戦を発生させた。日本も官僚主導制が軍事官僚を独走させ第二次世界大戦を起こした。

渋沢栄一
渋沢栄一には面白い逸話もなく、興味の対象外だったが、ちょっと読み始めると現在の日本の苦境を作った人物として紹介されており驚いた。知らないことばか りで一気に読破してしまった。明治期に西洋資本主義を採用した折、文字通り西洋流の個人主義の資本家になったのが岩崎弥太郎、三井、住友、安田、軍靴でひ と財産つくった大倉家、羅紗王といわれた芝川家など財閥と言われる人々だった。渋沢は儒教の精神で皆で仲良くという方向で官僚も取り込む日本式財界協調方 式を育て、財界を作った。これが日本の原始資本蓄積には役立った。西洋流の個人主義の資本家も同時に育ったが第二次大戦の敗戦時に渋沢流の儒教資本主義が 西洋流の個人主義資本家を追放した。その手法は渋沢式資本主義の元締めの大蔵省がマッカーサー命令と称して(ウソ)行った個人資本家の資産を財務省証券と 交換させ、その後の戦後のハイパーインフレで証券を無価値にするという手法だったとエーモン・フィングルトンは書いていた。エーモン・フィングルトンが指摘する儒教資本主義とは渋 沢式官民協調主義または業界談合主義のことということになる。確かに渋沢は論語をボロボロになるまで読み込んでいたという。今の日本の問題は渋沢が考えた 論語の「貧しさを憂えず、等しからざるを憂う」と説きながら同時に殿様は殿様、家来は家来、農民は農民といった秩序の維持を説く自家撞着論理構造にある。 平等には「機会の平等」と「結果の平等」がある西洋の個人主義的資本主義は「機会の平等」を前提にする。しかし渋沢式論語資本主義は「結果の平等」それも 「タテの平等」をもとめ「ヨコの平等」は否定する。年功序列は「タテの平等」を制度化したものだ。タテの平等は世の中を発展させゼロサム社会を維持させる だけだ。そしてこれを維持するのは「嫉妬の政治」である。まさに2014年の日本が陥っている現状はこれでいまだにおぼれたままである。個人的資本主義者 である岩崎、三井、住友は渋沢式資本主義により駆逐された。中国も同じ手法で成功している。そんな軟な組織ではない。日本もとんだ競争相手を育ててしまっ た。日本の戦後の発展はこれも個人的創業者である、松下幸之助、本田宗一、井深大、大和ハウスの石橋信夫、トヨタ家などがある。しかし渋沢式集団資本主義 者で目立つ存在は東芝の石坂泰三、土光敏夫位で人材不足で渋沢式集団資本主義は護送船団方式のため過保護となり、人の育成ができないシステムである。そして団塊の世代の無能な経営層を生み「第二の敗戦」の戦犯と言われているのだ。

マッカーサー
マッカーサー憲法には予算は政府(官僚)が提出すると規定されているという。国会(国民)ではない。米国には国会に予算編成権があるというのに。これはマッカーサーが自身が独裁者だったのでそれが問題だとは思わなかったためだろう。

池田勇人
池田勇人は成績もよくなく役人のキャリヤとしては失意の人生だった。しかし先輩が公職追放されてだれも居なくなりトップにおどりでるという幸運が回ってき た。あとはすべてよし。官僚主導体制を確立して宏池会を作った。官僚に嫌われた政治家は出世しないという伝統も宏池会が作った。

松下幸之助
松下幸之助の確立した規格大量生産方式は中国に移設可能で、日本は松下方式をすてて新しい仕組みを発明しないと先がない。

まとめ
孔子様は2500年以上前の人でキリストより昔の人だ。論語読まなくとも親の考えの
影響下にあるのでなかなか抜ない。官僚に国家を乗っ取られたのは日本にはそもそも自助精神ないし、自治の精神が全くなく、すぐ官僚に泣きつくからで、マスコミ
も含めどうしようもない。新しい世代になっても多分だめ。堺屋さんは内部通報者である。ほかにも同類はかなりいるようだが一番的を射ている。


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