読書録

シリアル番号 1034

書名

ものづくり経営学 製造業を越える生産思想

著者

藤本隆宏+東京大学21世紀COEものづくり経営研究センター

出版社

光文社

ジャンル

経営学

発行日

2007/3/20第1刷
2009/9/10第5刷

購入日

評価

2009/11/20

仕事が一段落したので「歴史の終わり」を図書館に返還かたがた岩波新書の「司法官僚」を探しに近くの書店に立ち寄った。目的の本は無かったがこの本が目に 入る。東大の経済学教授が書いたものは空理空論で役にたたないだろうと手にとってパラパラめくると産業に携わっていた技術系の人々が書いた論文を編集した ものだとわ早合点して購入(あとで全部文系学者が書いたものと判明したが後の祭り)。その場に居た人でないと書けない真実味があるとこれも誤解。即購入した。

全部に目を通したわけではなく拾い読みだが自動車産業にせよ、エレクトロニックス産業にせよ垂直統合型で国際競争力を確保してきた。しかし日本の製造業がこのところがたがたになっているのは オープン・インターフェース型に敗れたためとみている。

オープン・インターフェース型とは米国のエレクトロニックス産業が先導したベンチャーでも集まれば何とかなるさという精神の下に「システムを複数のモ ジュールに分解し、モジュール相互のインターフェースをオープン環境で結合することにした。そうするとユニークな技術を持つモジュール専業企業(基幹部品 メーカー)はここに付加価値を集中させて大量普及を図ることが出来る。 一方、完成品ビジネスに特化した企業はオープン化されたインターフェースで基幹部品を低コストで調達し、完成品をブランド力と販売チャンネルを活用しなが ら世界展開できる」という戦略である。

こうして成功したモジュール専業企業の例としてはインテル、マイクロソフトである。アップル社だけはニッチ・ユーザーの心をつかんではなさない特別な存在で、カリスマ創業者の力量に負うところ大である。

完成品をブランド力と販売チャンネルを活用しながら世界展開する企業としてはデルがある。 そして台湾、韓国、中国の企業がある。デルはしかし組み立ては中国であるため米国人の雇用の役にたつ企業ではない。

中国は完成品ビジネスに特化して米国市場で猛威を振るっている。

IBMや日本のエレクトロニックス企業は垂直統合型にこだわって世界市場から消え去りつつある。東大の電気工学科の卒業生が就職できないという。

さて自動車はエレクトロニックスのようにオープンインターフェース化するのは容易ではない。それでもオープンインターフェース化は可能で中国メーカーがこれを確立すると、これから多難な時代に突入することになるだろう。すでにバッテリー車化にその傾向が見える。

こういう時代がくるかもしれず、日本の自動車メーカーとしてはハイブリッド・エンジン 、モーター、バッテリー・モジュール専業企業となって中国自動車業を顧客にする専門企業と、消費者好みのファンシーなデザインを売り物にするが組み立ては消費地でおこなう完成品企業に分化 して先鋭化してゆかないと時代に取り残されるかもしれない。

ひるがえってみれば我が古巣のエンジニアリング業界は典型的なオープン・インターフェース産業である。これがため国際マーケットに参入でき、すぐ動くプラントを提供する完成品ビジネス産業 となった。たとえば現今天然ガス資源ブームで活況を呈するLNGプラントは基幹部品メーカーたる巨大回転機械はGEの製品群のなかから選んで調達し、主熱交換器はこれも米国の専門メーカーであるAPCI社の製品群と どううまく組み合わせるかが力量という世界で商売をしている。その他の機器は国際市場で米国の規格で競争ベースで調達し、建設労働者は現地人を訓練して使うということに特化して世界企業として成功した。

米国のグローバリゼーション環境下で世界企業が生まれ、株式市場はにぎわっても、米国、日本では製造業に働く労働者市場が消えてしまい政治問題化しつつあ る。製造業に働く労働者市場を何で代替させるのか?国民救済のために保護主義に戻れば世界大恐慌への道だし、製品のオープン・インターフェースは禁止でき ないわけで、労働市場をオープンインターフェースししても解決できない。社会が今後どう動くのか興味あるところだ。


私は化学工学会学会誌の編集長や化学工学会の理事を務めながら、引退後は化学工業界の人と付き合は絶ち、つとめて異分野の人とつきあってきた。

たまたま古巣の元上司にたのまれて化学工学会経営システム研究会で「一次・二次エネルギーの世代交代」という講演をしてその後、飲み会にさそわれ昭和電工のOB小嶋・西村両氏と親しく話しをする機会を得た。

両氏から昭和電工は青色ダイオード以外の化合物半導体を使って交通信号の赤や橙の発光ダイオード(中村氏発明の窒化ガリウムの青色ダイオードは日亜化)、 記憶媒体のディスクと磁性体膜製造(東南アジアに自社工場をもつ)では世界のシェアの60%くらいを占めているという話を聞いた。両名はこれを推し進めた リーダーであったのである。

チッソの水俣病の保証金を稼ぎ出しているのはフラットパネルディスプレーに使われる液晶であり、論理・記憶素子の高純度シリコンは信越化学、そして水素化 シリコンは三井化学と知っていたが、昭和電工が素材だけでなく、デバイスの部品まで進出してかつ市場の支配していたということは知りませんでした。

米国発のモジュールのアセンブル産業化の波にのまれて日本のエレクトロニックス産業は韓国・台湾・中国などのメーカと苦しい戦いをしている。しかし製造技 術を開示せず製造工程丸ごと東南アジアに進出し、米国・韓国・台湾・中国のハードディスクのアセンブル企業に部品供給している昭和電工のような企業は強い と認識した次第です、ちなみに日本企業が独占的なのは光学ピックアップ部品なのでこことの連携を重視しているそうである。日本人の雇用には役立たないが、 他化学部門の赤字を補填しているという。

だれも中身を詮索しないが考えてみれば世界中のパソコンと世界中のインターネットサーバーと世界中のコンテンツを全て自社の巨大サーバーに取り込んで分析 しインデックスを作成しているグーグルのハードディスクはほとんど昭和電工製のディスクの可能性大ということになる???

西村氏はハードディスクの潜在的競争相手であるSSD(ソリッドステートドライブ)が気がかりで自分のパソコンにSSDを搭載し、Gavotte RAMDiskというソフトをインストールして4GbをプロセッサーのRAMに使い、残りをストレジデバイスにする使い方をしているそうである。磁性膜を 縦に記録するとか、オンオフ信号が曖昧なときにどちらかを判断するソフトなども必要とされるとのこと、だんだん細密化してゆくと遂に量子メモリーというと ころまで到達するということであった。

Rev. November 25, 2009


さて数年がすぎて「文系官僚と文系マネジメントが日本を滅ぼす」をまとめた時点の2012年になって偶然この本を再び手に取って、なぜ日本の製造業、すなわち家電や自動車が赤字企業に転落したかわかった。

この本を理系が書いたと思って買ったのは誤解であって、すべて文系の人間が書いている。そもそも「ものづくり経営学」というタイトルがいけない。日 本の経営者は消費者がほしいと思う世界のどこにも存在しない魅力的な商品を開発せず、すでにあるものの品質を向上させるか価格を下げるという外挿の展開で しか経営していない。文系はそういう理解しかできないのだ。このような文系経営者の下では技術者は委縮して上から言われたことしかしない。文系の軛から解 放されなければ、発想は天かけることはないのだ。

日本の製造業はこういう文系的理解で運営されているから日本の製造業が没落したのだ。この本が詳細に分析している米国式オープン・インターフェース 企業に体育会系、摺合せ立国の日本は敗退したのだ。オープン・インターフェース企業で利益を上げられるのはインターフェースに会う部品を作れる企業ではな く、それで売れる組み立て製品を構想できる企業なのだ。どうしたら構想できるのかと言葉を尽くして沢山書いてあるが肝心のことは書いてない。なぜなら文系 経営者が魅力的な製品を構想させる心的環境そのものを阻害しているからだ。己の存在自体が阻害要因なのだから認めたくないだろう。死ななきゃバカは直らな い。企業もつぶれなくては治らない。

すなわちこの本は東大経済学部の藤本隆宏を筆頭とする文系学者が書いた悪書である。この本は事態を改善したのではなく悪化させたのである。

Rev. June 13, 2012


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