ケララモデルと人間の安全保障

上智大学経済学部濱田壽一教授

2006年1月25日

従来発展途上国(Developing Country)という一語でくくられていたが、いまでは失敗国家(Collapsed State または Failed State)という国も出てきて一様には理解できない。その中でもインドは民主主義、法治主義が定着して発展途上にある。

世界の貧困地域といえば南アジアとサブ・サハラといわれる。このような地区の人口増加率はパーキャピタインカムが増えなければ下がらないと従来いわれてきたが、アマーティア・センが指摘したように必ずしも経済的に豊かにならなくても、病気にならない、識字率が高い、平等である、人間開発や人間発展が可能、人間個人の安全保障などのBHN (Basic Human Needs)が満たされるという条件が整えば人口増加率が減少するということが、南インドのケララ州で証明された。このようなモデルをケララモデルという。

ケララモデルの特徴を表すことばに3Msというのがある。

Missionary

Maharaja or Monarchy

Marxist

である。

Missionary:ケララ州はインド亜大陸南端の西海岸にある。東隣はタミル・ナードウ州である。ヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰を回って1448年5月18日マラバル海岸(現ケララ州)のカッパド・ビーチに漂着して以来早くから、ローマンカトリック とヒンズーが共存している。(濱田壽一教授は指摘されなかったが実はヴァスコ・ダ・ガマに先立つこと約40年前に中国の鄭和がマラバル海岸のカリカットにきてアラビア商人と貿易している)

Maharaja or Monarchy:大英帝国の直接支配を受けず、開明的なマハラジャ支配下にあり 、文化・学問の振興がなされたため教育程度が高く識字率は90%を越え、インドでは最高である。税による富の再配分(Public Distribution System)がうまく機能している。母系社会の伝統が残っていて女性の権威が高かったこと。これに比べウッタル・プラデッシュ州、マディア・プラディッシュ州、マハーシュトラ州などは未だに女性蔑視が残り、人口増加は止まらない。中央政府が農地解放政策をとっても州レベルでは実施されずケララ州以外では未だに大地主支配が続いている。

Marxist:共産党の人気が国民議会派についで強く、人権に敏感である。マイクロ・エンタープライズを奨励している。リーダーはブラーマン階級。ただし家族はなぜか米国居住。 外資系巨大企業の進入には反対の態度を示している。実際にここに進出したコカコーラ社が地下水をくみ上げすぎて地下水位が下がり、近隣の住民が飲料水不足をきたしたという例もある。

ケララ州にも問題はある。

-失業率が20%と高い。

-極貧層(Below Poverty Level)が存在する。

-階級制度が厳然と存在するため教育程度の高い人は筋肉を使う労働を嫌う。ただキーボードアレルギーがないので公的機関のウエブサイトへのデータ供給は日本以上に完備している。 ちなみにケララ州政府の改革運動のサイトは

http://www.kudumbashree.org/

である。

-第二次産業が伸びていない。

-農業が労働集約的な米作から労働力が少なくてすむ換金作物であるコーヒーに移行しつつある。

-ストライキが多い。

-少産、少死のための老齢化。

-かなりの人が中近東へ出稼ぎして外貨を稼いでいる。また女性は看護婦となって全世界で活躍している。

-小さな政府という世界的傾向、税収の減少と社会福祉資金の減少。

私はインドといえばボンベイとグジャラート州のバローダの経験しかない。アラビア湾のダス島で指揮したインド人達はケララ州の出身だったのかしら?

January 29, 2006

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