適当な日記
2005/09/05(月)
東京都区内で昨夜(2005/09/04)、台風14号が凄まじかったらしい(神奈川、埼玉も)。
杉並、中野、北、世田谷、新宿(および三鷹、狛江市)で1時間に100ミリを超す豪雨となり、杉並では善福寺川が、中野では妙正寺川が氾濫した(あと環7地下に貯水トンネルがある神田川も97年にトンネルが出来て以来、24万トンの貯水量が初めてオーバーしたようだ)。
※筆者が住んでいるのは渋谷区だが、世田谷区まで歩いて5分。新宿駅でも50分(新宿区ならもっとずっと近い)。中野、杉並でも10〜20分程度の位置だ。が、あまり豪雨という感じがしなかったから不思議だ。
※またこの話とは直接関係ないが、この前の震度5の地震のときも、会社の地方出身者の方は結構驚いていたみたいだが、東京在住の者としては、「あ、わりと大きい」くらいの感覚だった。
で、善福寺川である。
昨年末から、今年の初め、花粉症の時期前まで、よく川縁を散歩した。いろいろとネコ場があるだ!
基本コースは、まず京王線→京王井の頭線で吉祥寺まで出て、ほぼ北東に進んで、東京女子大近辺から信号機(またはバス停)でいうと「善福寺公園前」まで歩き(徒歩約15〜20分)、そこから単に川を下る。場合によっては、北の方の善福寺池のぐるりをまわってから下る(約10〜15分追加)。下ってすぐの井萩小学校のところで僅かに道が途切れる以外は、ずっと川沿いに進むことができる。堀之内というか、立正佼生会のところの環7で若干遠まわりにはなるが……
善福寺川は立正佼生会を過ぎて少し行ったところで神田川と交わって終点となるが、結構括れているので、全長約13キロある(最寄り駅は東京メトロ丸の内線の中野富士見町駅)。ただそれを見届けてから自宅に歩いて戻るとほぼ4時間コースとなるので、通常はもっと手前、たとえば和田堀公園の辺りで川を逸れ、約30分かけて家に戻る。シンドイとき、または雨が降ってきたときは、大宮八幡から東に進んで南下、京王井の頭線・永福町駅から帰る。
※また関係ないが、善福寺川を全域コースで歩くと、途中、送電北多摩線、高井戸線、杉並線、淀橋線などと出会える。もっとも北多摩線は、吉祥寺駅から善福寺公園に至るコースに立っているのだが……
今回の台風では、特に荻窪近辺や和田堀公園付近で氾濫がひどかったようだ。道路が冠水した上萩付近では、確か湧き水も出ているので、ひとたまりもなかったのかもしれない。
また東京電力によると、区内では6カ所で約7000世帯で停電したという。神田川が溢れたのが杉並区方南近辺だから、これも家から近い。
すべてよく知っている場所だけに、何とも表現しがたい感じ!
2005/09/08(木)
ジェイムズ・パトリック・ケリーのSF「ベルナルド・ハウス」(S-Fマガジン594)を読んだ。主人の帰りを待つ家→女性型ロボット(※)の制御装置の許へ、ボロをまとった13歳の少女が訪れ……というお話で、途中「いばら姫」と「ラプンツェル」(塔に幽閉された髪の長い姫の話)が引用される。結末は、おそらく数種類考えられるであろう中のひとつに上手く着地しているが、これを読んでいるとき、作者を「時間旅行者は緑の海に漂う」(SF1206)のパトリック・オリアリーと勘違いしていて、「ああ、あの作者だったら、こんな話を書くかも知れぬ」と思ってしまい、その後、「ああ、サーバーパンクの「夏至祭」の方か!」と気づくと、不思議な感覚に囚われた。
ま、それだけの話。
話としては上記2作品とも好きではないが、癒し効果があるのは「ひきこもり」の話だからか?
※女性型ロボットという表現なら(歴史的に見て)仕方ない気もするが、女性型アンドロイド(男に似たもの)という言葉は、どうも…… 定着しなかったが「ガイノイド」の方がまだマシか? もっともここでいう「ガイノイド(*)」も、結局、女性型娼婦型(チャペックの方に近い)有機体ロボットを意味するのだが……
*リチャード・コールダー作の「デッド・ガールズ」(1994)、「デッド・ボーイズ」(1994)、「蠱惑−アルーア」(1990)(短篇集→「トクシーヌ」「モスキート」「リリム」「アルーア」収録)に登場する概念装置。いずれも傑作!
(え、押井守氏も「ガイノイド」を使っているの?)
さて、同じSFMに「ターミナル・エクスペリエンス」で下した作者の結論以来嫌いな(不快な)、ロバート・J・ソウヤーの話「脱ぎ捨てられた男」が載っていた。記憶転写先のロボットの方が人権を持つ未来社会で、まだ生きている生身の方が心変わりしたら……という内容だが、この展開ではこの結末しかないだろう(しかも、それはこれまでにもあった?)と思わせる幕引きで、構成としての巧みさを感じさせた。
ツクツクボウシ、またはホウシゼミ(前者は漢字で「寒蝉」と書くらしい)の鳴き声、オーシンツクツク → ツクツクホーシ で最後の、ギャースカ いうところが、ときどき「トッポジージョ」に聞こえる。
(ここで終われば、「みつお」か?)
もちろん気分によって、聞こえ方はさまざまだが、「お元気ですかー!(訛りあり)」と聞こえるときは妙な気分だ!
前項とは直接関係ないが、バルタン星人は造形上、ウルトラQのセミ人間に耳、というか上部の加工を施したモノなので、初代に遡るほどセミに似ている……かな?
ついでに、円谷プロのNプロジェクトのエナジーコア(通常のウルトラマンのカラータイマーに相当する部分)の形って、MAZUDAのマークと同じような気がする。タイアップの計画でもあったのだろうか?
で、胸のマークといえば、一峰大二の「電人アロー」の胸のマークは最初(本当に番組スポンサーの話があって)田辺製薬のアスパラマークだった。後に企画がポシャって、違うマークとなるが……
さらについでに、ウルトラマンのスタイルの究極は初代で、これはデザイナー成田亨の功績だが、完全に成田の支配下に置かれたウルトラマン系のデザインはウルトラセブンだけだ。これは脚本家・金城哲夫が(ウルトラマンに弱点がないため)カラータイマーを持ち込んだことに起因する。つまり、後のウルトラマンのデザインには、必ずカラータイマー相当物が描かれているのだ。
(独立プロでありながら、商品としてのウルトラマンを、たとえ笑いモノとして扱おうとも約40年間も維持してきたのは、円谷プロの功績である。過去に失われた(いわゆる懐かしの対象となっている)ヒーローの、いかに多いことか? もっともだからといって、同プロの経営方針に問題がないわけではなさそうだが……)
さて、そのカラータイマーであるが、初代ウルトラマンの変身シーン、燃え上がる炎の中から飛び出してくる名シーンの中のウルトラマンにはカラータイマーがない。この映像的事実と、その昔ノーベル書房という版元から出版され(※)、内容の一部が再録された金城哲夫「小説ウルトラマン」ちくま文庫(2002)にある記述からの解釈「ベータカプセルのフラッシュビームで作り出せるエネルギーは約3分間(記述そのものではない)」を足し合わせると、こんな想像もできる。すなわち本来ウルトラマンにはカラータイマーというエネルギー調節器官はなく、しかし地球上で活動するするため、「カラータイマー」という緊急用のエナジーコアを作り出したのだと!
どうでもいいでっすね!
※調べてみたら、買えるらしい、吃驚(売り切れていなければ)。元が390円だったから、100倍以上の価格になっているわけで、これで状態が良かったら……
まんだらけ(梅田店) 怪獣大全集3 「怪獣絵物語 ウルトラマン」初版・函付き \52,500 状態:函/スレ・小ヤブレ・ハギアト
古書Dejavu 怪獣大全集3(絶67初.箱欠.背.背回りテープ跡.本文小口ヤケシミ).金城哲夫.南村喬之.ノーベル書房 怪獣大全集3 怪獣絵物語ウルトラマン 262,500円
どこにあったんだろう?
解体された軽井沢の別荘とか……
たぶんこの本に載っていたウルトラマンの図解、というか解剖図がもう1回見たい。後に大量に出まわることになる大伴昌司版の図解より、画が格段に綺麗だったのだ! でもまあ、子供だったから、実際のところはどうだったか……
2005/09/10(土)
昨日、会社の近くのT瀬川で、原チャリに乗った兄チャンとか、お婆さんに成りかけの上品な小母さんとかが、フェンス越しに川面を覗いているので見てみると、淀んだそこには結構大きな魚の死骸が浮いていた。それも、あっちに3つ、こっちに2つと、そこから見渡しただけでも10匹以上だ!
この前の台風(14号)の影響かと思うと、善福寺川の鴨&魚たちはどうなったのだろうと気にかかり、本日、久しぶりにフルコースを歩いてみた。
しっかり歩数で25226歩(3時間48分)もかかったが(※)、氾濫・冠水したと思われる地域には、いずれもその形跡が残っていなかった。さすが。都区内というべきか!
もちろん魚の死骸はなかったし、鴨も無事だった。心なしか数が少ないような気もしたが、これまで1匹だけ確認していた鷺が2匹もいたので、きっと鴨も全部(か、ほとんど)が助かったのだろう。烏たちも元気だった。
※吉祥寺駅→善福寺川→自宅の計。
それはそれとして、ふとした拍子に川に眼鏡を落としてしまった。一瞬の動きのミスから、あっという間に…… さすがに一級河川なので、落ちた眼鏡が見える。右岸のすぐ下4メートルくらいの所か? いったんは諦めモードになって、「まいったな!」などと思いながらしばらく歩いたが、そのうち思い直して引き上げに行くことにした。朝早くだったし、人も一時に3、4人しか通っていないし…… また幸いなことに、橋から数メートルのところには、鉄製の壁面埋め込み式U字型梯子(というのか?)がある。
で、まず橋を潜りたくなかったので、梯子を向こう側(岸)のモノに決め、いちばん乗り越えやすそうな橋の手すりの所から川縁に隈なく張られたフェンスの内側に入り、フェンスで身を支えながら梯子のところまでコンクリートの縁を伝い、下に降りた。あとは横断である。水深は、それでも深いところで膝くらいまであって、苔などで若干滑りやすくなっていたが、転ぶこともなく現場に到着。眼鏡を拾って、付いていた藻を取って掛け、それまでの行為を逆に辿った。
水がボタボタ垂れていたから、歩きを再開してからしばらくは怪しかったに違いない……
(川を渡っているとき、小母さんたちが見ているような声が聞こえたが、あえてそちらは見なかった)
※上記は、脚色のない事実である。場所は西荻北近辺だと思うが、番地を確認しなかった(電信柱に書いてないんだよね)ので、違っているかもしれない。
2005/09/19(月)
日記じゃなくて、やっぱり週期になっている。ていうか、それ以上。
2005/09/11(土)は、夜明け前に永らく放っておいた自転車をちょっと拭いて、手押しポンプでタイヤに空気を入れた後、1キロ弱先にある自転車屋の店先に置いてある圧搾空気入れでパンパンに空気を追加(妻のと2台分。1回50円)。それが終わってから、適当に走りはじめる。円谷プロが八幡山に移転したそうなので、「じゃ、祖師谷の方はどうなった?」と見に行くと、ちゃんとありましたよ! 事務所として使っていないというだけなんですね。それから坂を下って、東宝経由で東宝ビルドをぐるりして、多摩堤通りで二子に行って、新庄、溝の口付近をまわってから、同じ二子橋を渡って世田谷入り。それから色々ぐるりして、帰宅。万歩計はカウントなし。
09/16(金)は、2ヶ月毎の通院。高脂血症(おそらく家族性)なのである。元々は胃というか食道あたりが気になって通院をはじめたのだが、結局03年の12月以来、通い続けている。
今回の結果は、こんな具合。
※( )内は正常値
総蛋白(6.7-8.3 g/dL)6.8
アルブミン(3.8-5.3 g/dL)4.0
A/G比(1.3-2.0)1.4
尿素窒素(6-20 mg/dL)13
クレアチニン(0.6-1.1 mg/dL)0.58L
ナトリウム(138-147 mEq/L)143
カリウム(3.6-5.0 mEq/L)4.0
クロール(100-110 mEq/L)106
カルシウム(8.8-10.2 mg/dL)8.7L
ZTT(1.5-13.5 K-U)5.9
総ビリルビン(0.2-1.2 mg/dL)0.4
AST(8-38 U/L)32
ALT(5-36 U/L)31
Al-p(104-338 U/L)505H
LDH(106-211 U/L)148
γ-GT(0-98 U/L)159H
クレアチニンキナーゼ(62-287 U/L)116
総コレステロール(130-220 mg/dL)238H
LDHコレステロール(38-98 mg/dL)50
中性脂肪(30-150 mg/dL)155H
血糖(60-110 mg/dL)96
計る項目は、そのときの状態によって若干変わる。数値については解説しない。興味のある方は調べてください。
で、検査が終わってから、病院(御茶ノ水)から自宅(笹塚)まで歩く。
歩数16661(しっかり15371)歩(その後の追加分含む)であった。
※つづく
【日記じゃなくて(その2)】
翌日(2005/09/17)は、なんとなく京王線で分倍河原駅まで行き、だいたい線路に沿って桜上水駅まで歩き、それから電車に乗って自宅まで帰る。西部多摩川線(白糸台駅近辺)と交差するところで、昔見た送電車返線と遭遇。この場所はそうでもなかったが(でも、ぐるっとまわったが……)、千歳烏山駅付近から先は線路沿いの道がないので、旧甲州街道を進んだ。
歩数28082(しっかり26351)歩(ただし、その後の買い物分上乗せ)。
しっかり歩数で25000歩を目指した。歩いていた時間は、だいたい3時間半くらい(1時間約7000歩)。
昨日(09/18)は、自宅から中野通りを哲学堂公園まで行き、左手に給水塔を見ながら目白通りを越え、仙川通りを西へ。フェンスのヨレヨレさと、『柵を乗り越えて学内に入るな!(表現不正確)』の看板に武蔵大学(左手側)を感じながら、ほぼ中村橋まで。若干手前で折れて、中杉通りを南下。途中、送電野方線210〜204番沿いに遊び、その後、西武線・野方駅付近で環七に乗り換えて甲州街道まで南下、左折して自宅に戻る。この日は午後の歩きだったので、たいへん暑くて疲れた。
歩数28184(しっかり26101)歩(その後の追加分含む)。
ちなみに以前、中杉通りを自転車でもっと先まで行ったことがある。豊島園近くの石神井川にぶつかって終わっていた(ていうか、目白通りにぶつかって終わり、なんだろうな……)。そのとき送電豊島園線を発見。その名の通り豊島園に電力を供給する(と思われる)約10数本の短い鉄塔群で、民家の庭に立(建)っていたものは、電信柱くらいの高さだった。総合体育館より若干北にある谷原変電所で終わっているが、もっと西まで行けば、武蔵野変電所に行く着くはず。
※つづく
【日記じゃなくて(その3)】
本日(2005/09/19:敬老の日)は、知り合いのONAKA氏が小田原から新宿まで歩いているというので(18〜24日予定)、小田急線で小田原駅まで行ってみた。結局、小田原城址で像と猿と孔雀を見て午前中に帰ってきただけだが、途中、読みかけていた橋本治著「これで古典がよくわかる」を読了。それでも歩数12827(しっかり10242)歩(自宅−小田急線・下北沢駅往復含む)。
土産に塩辛を買う。
神奈川の文庫地図を持って行き、駅名に合わせてページを繰ったりもしたが、神奈川の地図は東京や埼玉のような区や市ではなく全体を長方形に区切るメッシュタイプではなく、旧態依然とした区分地図なので、見にくいことこの上ない。歩く(車で走る)のだったら、やっぱりメッシュタイプである。
神奈川の地図がそうなっていないのが不思議! 理由はあるのだろうか? 田舎だからか? SやCよりも…… ま、場所によっては、そうか!
あと、田舎の送電線は煩いな……
【で、歩く以外に】
何をしていたのかというと、図のようなものを作っていたのである。
モザイク画
モザイク画(拡大図)
いわゆるモザイク画であるが、詳細は以下で。
※ http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=2054960
今回のモザイクのタイル画はネコ写真だが、最初にmixiのコミュに載せたものは、その昔LDからキャプチャーした『プリズナー』の登場人物&村の風景だったよ!
※全然、小説を進める気になれない! 昨年は、いまの時点で200枚越えてたのに…… 再決意2年に目にして、もう挫折か? でも、「ま、いっか(五藤圭子風)!」
2005/09/24(土)
2005/09/19(金)、夜19時頃、買い物から帰ってきて、ふと独立行政法人都市再生機構賃貸住宅居住者専用の(長いな……)駐輪場で自転車を探すと、見つからなかった。厭な予感がして来訪者用の有料自転車置き場を除くと、あるではないか! 第2番目の駐輪器にかけられていたのだ。で、腹を立てながら回収。700円かかった。2時間無料で、その後5時間毎に100円徴収なので、約37時間前に駐輪器にかけられたことになる。
実はこれ、2回目なのである。
前回はまだ住宅公団の時代で、しかも悪意ある(としか思えない)誰かに公団居住者の所有物であることを証すシールを剥がされていたので、警備員に駐輪器にかけられても仕方がないといえたが、今回はシールもあり、住所もしっかり記してある(もっとも前回も住所シールは貼ってあったが……)。
で、09/20(火)、再生機構のホームページにあるご意見フォームから、苦情を送った(内容は次に)。前のときは対応に一週間ほどかかり、怒りのフォームを数回再送することになったが、今回はどうなるか楽しみ!
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独立行政法人都市再生機構
赤坂住宅管理センター
○○市街地住宅
ご担当者さま
前略 ○○市街地住宅△△号を賃貸している◇◇ですが、昨日(2005/09/19)また、所有している自転車が機構指定の駐輪場から来訪者用の有料駐輪場に移動されていました。
これで2回目です。
前回(住宅公団当時)は、おそらく悪意ある誰かの悪戯で公団シールが剥がされていましたが、今回はそういう状態にはなく、シールも住所もしっかり読める状態にありました。
また前回は気づくのがはやく、金銭上の被害はありませんでしたが、今回は自転車を駐輪器から外すために700円かかってしまいました(註1)。
自転車を移動した犯人が警備員なのか、そうでないのかは不明です。
以下、調査後、釈明および賠償をお願いいたします。
1)自転車を移動したのが警備員だった場合、なぜそれを行ったのか?
2)自転車を移動したのが警備員でなかった場合、なぜ駐輪器にあった機構シール付の自転車をそのまま放置したのか?
※御機構ホームページによると「CS向上宣言」という宣言をされているらしいので、ご対応のほど、よろしくお願いいたします。
(なお、ご回答は電子メールの方がありがたいです。昼間(御機構の営業時間内)は当然のように自宅にいないため)
【註】
1)駐輪器は2時間無料でその後5時間ごとに100円徴収されるので、発見(09/19、19時頃)の約37時間前に駐輪されたことになります。
以上
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先日、家に落ちていた福武文庫の「モーパッサン怪奇小説集」(だったか?)を読んでいて、「なるほど、「迷図4U」(筆者の非工学的SF小説)の遠い祖先は、この辺りにあったのかと納得。特に「オルラ」とかは、現在のホラーのルーツのひとつでしょう、たぶん。モーパッサンは有名な「女の一生」と怪奇ではない短篇しか読んだことがなかったので(それも大昔に……)、その身近さに驚き! モノ、知らないからね……
話飛んで、フランスのSFって、これもその昔読んだサンリオSF文庫54A「この狂乱するサーカス」ピエール・プロや、同36A「不安定な時間」、36B「熱い太陽、深海魚」ミシェル・ジュリなどがあまり面白くなかったので(「深海魚」の方は結構好きだったが……)、続けて探そうとはしなかったが、判断を誤ったかな?
上記を書いていて、なぜか「模造世界」ダニエル・F・ガロイ(創元SF文庫)を思い出す(発行年:2000年、定価:580円)。きっと、フランス人だと思ったんだろうな、名前を? この話は前ディックって感じで面白かった。コンピュータの中に囚われているという話の先駆(たぶん)。エメリッヒ「13F」の原作らしいが、映画は未見なので詳細不明。
って、それで思いだすのが、エメリッヒの「インデペンデンス・デイ」は下品な映画だったってこと。ノヴェライズはそうでもなかった、っていうか、いわゆる荒唐無稽で「許す!」って感じだったけど、映画は下品だったなぁ、人間の描き方が…… 特撮(古い!)は結構きれいだったのに……
※書いたの09/20(一部手直しアリ)
2005/09/24(土)
【場末ノ会社デ蝙蝠ヲ見タルコト】
翌週に不意の仕事が二つ入り、その準備や手配をして、「さて、そろそろ帰ろうか?」と思ったときのことである。聞こえた声は、「あ、それ、コウモリだよ!」。その声に、仕事用の小実験室から廊下に出てみると、果たして蝙蝠が飛んでいる。もうすっかり日も暮れた夕刻6時半くらいのことであった。
蝙蝠の大きさは、羽を広げて30〜40センチくらいあっただろうか? 折りしも吹いていた風に運ばれ、別の部屋の開放された非常扉から飛び込んできたものらしい。困ったように狭い廊下を行ったり来たりしている。捕まえるには道具もなく、またそれなりに動きが速く、例のソナーで障害物を避けるため、人との間で拮抗状態が続く。それで仕方がないので、階段のある方向に向かわせることにした。そこは4Fで、窓はすぐに開けたのだが、窓上部の壁に超音波が跳ね返るのか、なかなか出て行かなかったからだ。
しかし嵌め殺しの窓に1回ぶつかり、落ちた後、階段部分でいきなり見失う。屋上に逃げたのかとも思ったが、行ってみるといない。では階下かと、そのときちょうど上がってきた年配の社員に聞いてみると、何も見なかったという。煙に巻かれたような気持ちで佇んでいると、階下から声が…… やはり蝙蝠は階段を下に降りていたのだ!
蝙蝠が4Fにいたときから、70リットルのゴミ袋で捕獲しようとしていた女子社員がいたので、それを譲り受け、とにかく1Fまで追い込むことにする。玄関を開放すれば、少なくとも廊下の窓よりは面積が広いので、上手く追い出せるかと考えたのだ。それで首尾よく1Fまでは追い込んだのだが、そのとき半分開いていた玄関から、なかなか出て行ってくれない。やはり行ったり着たりなのだ。他に方法もなく、ゴミ袋による捕獲も試みる。一度は捕まえたが、悲しいかな、炭酸カルシウム入りポリエチレンのゴミ袋では軽すぎて、すぐさま這い出てしまった。
と、そのとき、その後の宴会の待ち合わせでその場に居合わせた若い部長が、玄関ドアを全開してくれた。数瞬後、その真っ黒な蝙蝠は玄関扉を抜け、駐車場に飛び出していった。
会社近くの川上空をヒラヒラしながら飛ぶ蝙蝠の姿は、仕事帰りの夕刻に何度か見たことがあったが、ここまで間近に遭遇したことはこれまでなかったので、珍しい経験といえばいえよう(2005/09/22(木))。
【送電鉄塔練武線ヲ追イカケタルコト】
2005/09/23(金)は、自転車に乗って武蔵野変電所に向かう。前に日記に書いた事項(豊島園線−○○線−武蔵野変電所)を確認する気になったためだ。
最初に豊島園線に出会ったときのように、阿佐ヶ谷から中杉通りを北上するつもりだったのだが、暑さにやられたのか急に考えが変わり、間違っているわけではないが、環8を北上することにした。
で、西武線である。
ご存知のように、その辺りを北上すると、西武線に2度出会う。最初が新宿線、ついで池袋線だ。これが自転車にとってはちょっと辛い。自動車ならば新宿線は潜り抜け、池袋線は上を越えて行けばいいのだが、自転車では怖いというわけだ。それで新宿線(井萩駅近傍)を迂回して踏切を探し、「すぐに環8に戻らなくても平気だろう」と抜けた小道を走っていると迷ってしまった。よくわからないのだが逆走してしまったようで、しばらく行くと鉄塔が見えたのでそれを追っていくと、違う鉄塔(高井戸線)だった。
で、仕方がないので京王・井の頭線の高井戸駅近くから、また環8を北上することにする。同じ西武新宿線のところで、潜る車道を前進。多少は怖かったが、すでに肝は座っている。が、その先の池袋線の高架を上る気にはならなかったので、ここは踏み切りを渡った(練馬台駅近傍)。で、環8(笹目通)を北上。なかなか鉄塔が見えてこない。もう光が丘だ。と、そのとき、谷原付近で練武線を発見! あとはただ追うのみである。
とりあえず石神井ろう学校近傍は通った。あとは地名不明。以下の近傍を、ときには近く、ときには近く、ときには別の線(境−蔽線)と間違えながら通過する。
高松6-21(25)、オークヴィラ(24)、野沢ピアノ教室(23)、土支田3-27(22)、レオパレス21大泉壱番館(21)、金沢木材店(20)、ハイツ上原(19)、クリーニングマジック(関越西すぐ)(18)、大泉町3(17)、小俣荘(16)、さつき荘(15)、東京都水道局朝霞上井草間総帥施設(14)、明石ビルサービス(13)、桜ハイクリーナー(マルエツ大泉学園店すぐ東)(12)、大泉学園町6-7(11)、大泉変電所(10)、トランプCS(9)、青山あみもの教室(関越すぐ南)(8)、西大泉4-8(7)、ドエルフジ(6)、Pro-Acts-Inc(5)、武蔵野冷機工業(4)、光風館大泉(3)、北町4-1(北多摩線124)、ゴール(武蔵野変電所)。
で、今度はそれを(必ずしも同じコースとはならなかったが)逆に辿り、
読売新聞YC土支田(26)、オートレッカー・イケダ(27)、ネットトヨタ練馬谷原マイカーセンター(28)、(笹目通越えて)グランドール(29)、ゴール(谷原変電所)(30)
ついで豊島園線だ!
ミヤマ工業練馬(出)(谷原1-5)(1)、オーク建設(2)、橋本産業LPG格納倉庫(3)、貫井4-47(目白通りと石神井川が交わるすぐ南)(4)、造園一力園(5)、橋本塗装店(6)、高松1-8(石神井川左(北)岸)(7)、向山西町会館(同右岸)(8)、練馬福音キリスト教会(9)、向山4-23(10)、向山4-24(11)、ゴール(名無しの変電所)(12)
それから練馬駅に出て、環7に乗り、帰る。全行程で5時間(09:30−14:30)もかかって、ヘトヘトになる。歩数15759(しっかり0)歩。
※簡単に書いたけど、川越えるときとかは大変なのよ!
【北鎌倉デ土砂降リニ降ラレタルコト】
2005/09/24(土)は、前日寝坊してミスした北鎌倉に出かけた。04:20頃起きて、京王線笹塚駅04:45始発。新宿−品川−北鎌倉着で、06:20くらい。降りて歩くと、土砂降りに会う。ずたぼろ。ポリ袋で防御していなかった方の文庫も濡れる。円覚寺近傍の澁澤家と浄智寺の墓を見たいと思ったが、調べていなかなかったので、どちらもミス。近くは通ったのだろうか? 自慢ではないが、地図見が下手で、方向感覚というものがほとんどないのである。山之内ではなく今泉(台)の坂を運動し、お土産にハトサブレを買って帰る。歩数19862(しっかり16190)歩。
10:40くらいに家に戻り、シャワー浴びたり、靴を洗ったりし、一連の日記を書きはじめる。もう05;00である。
※帰りの横須賀線はずっと窓の外の景色を見ていた。行きには季語なしが一句浮かんだ。
かたち崩れ空に交わる石畳
2005/09/25(日)
朝起きてしばらくは雨が降っていたので様子を見、11時前に出かける。別に目的もないので、久しぶりに送電駒沢線をゆるゆる辿ることにする。環七、野沢、都立大学駅、東工大、石川町駅。それから洗足池経由で歩いているうち迷う。地図があったが、まあよいという感じでフラフラ。疲れたので、最寄駅を探して歩く。結局、都立大駅から帰る。下北沢で電車を降り、歩く。100円ショップなどで買い物をして帰還。歩数29769(しっかり27627)歩。いま16時過ぎで、時間が半端。
話変わって、日本で、アメリカのスコット・メレディスみたいな版権代理業が起こらなかった(あるいは流行らなかった)のは何故だろう? 大手の出版流通機構のせいか? 出版社のせいか? はたまた、特別視が好きな日本人気質か? 日本の場合、雑誌は基本的に投稿制じゃないしね……
いまだったら、商売として成り立つんじゃないかね? 同人誌を売るのが好きな人がいる、いまの時代なら……
自分で作って、自分で売り込んで、っていうのができる人は、文筆家としての才能があれば、いずれ売れるかもしれない(必ず発動されるとは限らないが、新人賞には暗黙の年齢制限とか、一次選考との××とかがあるので、何ともいえないけど……)。もちろん日本でのその商売は、そういうことができない人たちのためにある(はっきりいえば、筆者のような「ひきこもり」のため)。成功報酬で2〜3割程度なら払っても良いというという人は、いくらでもいるんじゃないかな? 筆者もOK! もっとも1枚1000円で50枚で5万円なら、その3割でも1万5000円。雑誌の場合、よほど大勢を採用可にしないと儲からないか? でも商売敵がいない、いまなら、実績を積めば強いぞ! 単行本の場合は未知数、っていうか、別の分野でもいいから実績がないと難しいかも…… 小説の場合は、ワークショップ出身者で、誰々先生に付いて、○○新人賞3〜6席とかじゃないと、なかなか出してくれないみたいだし…… 売り込まれる方も、経験がないから戸惑うだろうし…… やはり、雑誌掲載から実績を積むのがよいか?
誰か、やる人いませんか!
※言うのは簡単……