2002年10月


「カーリーの歌」
- Song of Kali - Dan Simmons
ダン・シモンズ 柿沼瑛子訳 早川文庫NV

 世界幻想文学大賞受賞。 主人公は詩人で編集者のロバート・ルーザック、 妻はインドからの移民のアムリタ、ヴィクトリアという娘が一人。インドの著名な詩人、ダースが生きている、さらに新作を書き上げているという話を聞きつけ、アムリタ、ヴィクトリアと共にカルカッタへ向かう。カルカッタは熱気、悪臭に満ちた悪夢の都市だった。カーリーを崇拝する教団が一家に魔手をのばす…。

 ダン・シモンズは器用で色々な作風を使い分けているが、これは幻想文学としてはかなり上手い。何しろカルカッタの描写が凄い。読んでいるだけで熱気、悪臭を感じられる目眩がしてくる。カルカッタは抹殺されるべき、街の上に巨大なキノコ雲が立ち上る日を心から待ち望んでいる、っていう最初のトコから凄い。なかなか面白かった。


「ベクター -媒介」
- Vector - Robin Cook
ロビン・クック 林克己訳 ハヤカワ文庫NV

 ニューヨーク市観察員監察医のジャック・スティープルトン、ローリー・モンゴメリーのシリーズの一つ。旧ソ連で細菌兵器開発に携わり米国ではタクシー運転手となったユーリ、極右集団アーリア人民戦線は炭疽菌とポツリヌス菌によるテロを計画。ジャックは敷物商の不審な死体に疑問を持ち調査を始める…。

 クックはさすがに安心して読める。専門的知識を背景に、時事問題を上手く合わせた軽快な物語の展開は飽きさせない。今回は、都市での生物兵器テロというオウム真理教を連想させる題材だけに現実感がある。舞台がニューヨークというのも、9/11のテロを連想させてより緊張感がある。犯人は小者で間抜け、話の広がりは大きく無いってのはいつも通りのクックではあるが、楽しめた。


「台湾火鍋パラダイス」
本間章子 東京書籍

 台湾だけじゃなく中国文化圏全体で大人気の火鍋(ホーグォ)、台湾の話を中心に火鍋だけをかなり突っ込んでいる。食べ放題ランチの火鍋、デパ地下定番ミニしゃぶしゃぶ火鍋、石頭火鍋、三代目の沙茶火鍋、激辛の麻辣火鍋、火鍋と温泉の陽明山名物の焼酒鶏、海のリゾート地淡水の海鮮火鍋などなど。
 まあ、火鍋の色々は出てくるけど、材料や食文化の背景などの奥深さが感じられないのが残念。火鍋のキモとなる 高湯(スープ)なんか、もっと奥が深いと思うのだけど。著者は放送作家。


「ラストオーダー」
- Last Orders - Graham Swift
グレアム・スウィフト 真野泰訳 中央公論社

 1990年4月2日、ロンドン下町のバーモンジー地区、パブ「馬車亭」。今年69歳になる男三人が集まる。くず鉄屋の息子で元保健会社の社員のレイ、元ボクサーの八百屋のレニー、葬儀屋のヴィック。「自分の遺灰をマーゲイトの桟橋から海にほうってくれ」という肉屋のジャックの遺言を果たすため、ジャックの息子のヴィンスのベンツSクラスに乗り、四人はマーゲイトに向かう…。

 道中でのそれぞれの想い出話が中心、それぞれは面白くしんみりさせたり笑わせたり、人生を振り返る様の描写は上手いのだけど、どうにもまとまりが無い話で、そのペースは最後まで変わらずでなんとなくラストを迎える。なんか物足りなかった。1996年度ブッカー賞受賞。


「ダーティー・ハンズ」
- Dirty Hands - Joseph S.Nye,Jr.
ジョセフ・ナイ 伊藤延司訳 都市出版

 パキスタンの核開発の疑惑をもたれている工場から中近東へ大量破壊兵器が輸出されたとの情報。ペンタゴンは工場の爆破を進言、主人公ピーター・カトラー、国務省は外交交渉により戦闘を回避する努力をする…。

 著者は学者でありながら任命により政治の実務に着き、カーター政権下の国務次官補、クリントン政権下の国防次官補の経験を持つ。政治的判断の複雑さを論文の形で説明する難しさから、小説の形にしたらしい。その前提に興味を引かれたけど、しかしながら小説としてはあまり面白くない。これでは肝心の知識が活かされず、著者の目的が果たされていない。残念。
 本国では著者の夫人モーリー・ハーディング・ナイの反対により、日本のみで出版されている。物語中の主人公の不倫話のせいだと思うけど。


「さらばカタロニア戦線」上
-Tapestry of Spies - Stephen Hunter
スティーブン・ハンター 冬川亘訳 扶桑社ミステリー

 1936年秋、スペイン、英国の詩人ジュリアン・レインズは共和国軍でファシズム反乱軍と戦い英雄となっていた。レインズがソ連のスパイではないかという疑いから英国MI6ホリー=ブラウニング少佐はケンブリッジ時代の友人、ロバート・フローリーを派遣する。ソ連情報部、ドイツ義勇軍、なぞの金塊、が絡み合うスパイ戦。

 ちょっと「パナマの仕立屋」などのジョン・ル・カレを連想させるスパイもの。ロマンチシズムはあるが古くさく、展開はダラダラしていて、面白くは無い。「狩りのとき」の様な、小気味よい洗練されたストーリ展開は感じられない。スワガー・シリーズのヒットで古い作品を引っ張り出して来ただけなのか。


「さらばカタロニア戦線」下
-Tapestry of Spies - Stephen Hunter
スティーブン・ハンター 冬川亘訳 扶桑社ミステリー


「パリのカフェをつくった人々」
玉村豊男 中公文庫

 「パリ物語 グルメの都市をつくった人々」の改題。パリのカフェ、ブラッスリーの発生は地方出身者の出稼ぎ商法が根本らしい。カフェのギャルソンにはオーヴェルニュ地方の出身者が多い、カキはブルターニュ地方から運ばれるが、殻を無垢のはアルプス山脈のサヴォワ地方出身者と言った具合。地方とパリの微妙な関係が面白い、地方出身者のネットワークの不思議さを感じる。
ビール、生ガキ、ワイン、クレープ、チーズ、栗などさまざまな食材の話題も多い。


「メイド・イン・ジャパン・ヒストリー 世界を席巻した日本製品の半世紀」
徳間書店

 製品開発の物語としては「メタルカラーの時代」の方がはるかに面白い。内容的にはちょっと浅い感じがする。「グッズプレス」に1993年2月号から1994年10月号まで連載された「パラダイス・ロスト・アゲイン」をまとめたもの。
 NEC98シリーズ、ソニーのウォークマン、本田技研のF1、富士フィルムの写ルンです、新幹線、TOTOのウォシュレット、ニコンF、カシオのデジタルウォッチ、オカモトのコンドーム、厚木ナイロンのパンストなどなど。


「テレビ消灯時間2」
ナンシー関、文春文庫

 週刊文春の1997/7/3号〜1998/7/16号の連載コラムをまとめたもの。
小さいからこその岡村、関口の仕切り、藤井フミヤの技術、「聖者の行進」のラストシーンのなさけなさ、「8時だJ」の男の性の商品化、長野五輪の欽ちゃん、さらにNHKおしゃれ工房のニットデザイナー広瀬光治を料理したのは凄い。単なる個人ではなく、そこをNHK的な囲みの空間と見ているのはさすが。
今回は宮部みゆきの解説が結構面白い、社会的眼福という言葉の使い方はお見事。ナンシー関の言葉の技と、視点の上手さ、その才能を語る。ナンシー関ファンは必読。


「聞く猿」
ナンシー関 朝日文庫

 週刊朝日1995/9/29号〜1997/2/28号に連載したもの。「小耳にはさもう」の文庫本版第三弾。テレビでの一言へのつっこみと、内容は同じ。
 大物タレントとの共演関係でのツッコミによるヒロミの位置、これはみごとな指摘。また芸能人の上がりとしての政治家、という見方はなかなか凄い。その他、ボキャブラの清水圭の笑いを語る理不尽、水野晴郎の次回作の百恵出演へのラブコール、藤田朋子の笑いものになる事、反オカルトとしての大槻教授などなど。
 今回の消しゴム、本人も最初に謝っているがケビンコスナー、ほんとに似てない。いつも似ている訳ではないが、これは記録的に似てない。ある意味偉業であるほど似てない。


Books Top


to Top Page