交響曲・交響詩・管弦楽作品
Symphony,Symphonic Poem,Other orchestral Works
交響詩“山上で聞きしこと”
交響詩“タッソー:悲嘆と勝利”                                       
交響詩“前奏曲”                                               
交響詩“オルフェウス”
交響詩“プロメテウス”                                  
交響詩“マゼッパ”      
S95
S96
S97
S98
S99
S100
交響詩“祭典の響き”
交響詩“英雄の嘆き”
交響詩“ハンガリー”                                
交響詩“ハムレット”     
交響詩“フン族の戦争”        
交響詩“理想”  
交響詩“ゆりかごから墓場まで”                            
S101
S102
S103
S104
S105
S106
S107
ファウスト交響曲                                  
ダンテ交響曲

 レーナウの”ファウスト”からの2つのエピソード
1.夜の行列
2.村の居酒屋の踊り

メフィストワルツ第2番                                                   
S108
S109

S110
S110/1
S110/2

S111
  3つの葬送頌歌
1.死者たち
2.夜
3.タッソーの葬送的凱旋
S112
S112/1
S112/2
S112/3
栄えよポーランド
1859年シラー祭への芸術家たちの祝祭行列
ゲーテ記念祭の祝典行進曲
E.H.zu S.-C.-G.のモティーフによる祝祭行進曲
ラコッツィ行進曲
ハンガリー戴冠式行進曲
ハンガリー突撃行進曲
S113
S114
S115
S116
S117
S118
S119
ビューロー〜リスト マズルカ幻想曲
コルネリウス〜リスト オペラ”バグダッドの理髪師”の第2序曲
エグレッシー,エルケル〜リスト 表明と国家
S351
S352
S353
 聖フランチェスコの伝説
1.アッシジの聖フランチェスコ
2.パオロの聖フランチェスコ
S354
S354/1
S354/2
王の旗は先立ち
祝典前奏曲
忠誠行進曲
岩壁から海まで
S355
S356
S357
S358
ハンガリー狂詩曲
1.第1番(原曲第14番)
2.第2番(原曲第12番)
3.第3番(原曲第6番)
4.第4番(原曲第2番)
5.第5番(原曲第5番)
6.第6番(原曲第9番)
S359
S359/1
S359/2
S359/3
S359/4
S359/5
S359/6
アレグリ,モーツァルト〜リスト システィナ礼拝堂にて
ピウス9世 教皇賛歌
”ハンガリー戴冠ミサ”によるベネディクトゥス
シューベルト〜リスト 行進曲
ツァレムプスキー〜リスト ガリシアの踊り
S360
S361
S362
S363
S364
交響詩“山上で聞きしこと”                             S95       1848/49年
リストの交響詩第1作目です。最も初期のスケッチは1830年代にみられる、とのこと。1848〜49年に作曲し、1850年、1854〜56年に改訂しています。初演は第1稿、第2稿が1850年2月末にリスト自身の指揮によって、第3稿は1857年1月7日にワイマールで行なわれました。第1稿、第2稿はラフによる協力がありました。この曲は“山岳交響曲”と呼ばれることもあります。リスト自身が最初、この作品を“交響的瞑想”と呼び、その後“山岳交響曲”と呼んだことに端を発しています。

曲は、ヴィクトル・ユーゴーの詩集“秋の木の葉”(1831)の中に収められた詩“山上で聞きしこと”(1829)をもとにしています。詩人が山で、二つの声を聞きます。ひとつは秩序に満ち、雄大で力強い自然の声、もうひとつは苦悩に満ちた人間の声です。自然と人間は格闘し、そして人間は信仰の中に平穏を見つけ、神によって苦闘はまとめられる、といった内容のようです。リストの交響詩“山上で聞きしこと”も、それぞれの“声”を主題で表わし、それらが入り組むことでドラマティックな世界を描きます。

リストの交響詩における“詩”の占める比重として、象徴的に用いているのみの“オルフェウス”(S98)“プロメテウス”(S99)らのグループに対し、この“山上で聞きしこと”は“理想”(S106)と同じく、音楽語法による構築よりも、詩、文学のコンセプトによる構築の比重が大きいと思えます。

また交響詩“山上で聞きしこと”の、“神の主題”のアンダンテ・レリジオーソの部分は、オルガン曲“アンダンテ・レリジオーソ”(S261a)となります。

Ce qu’ on entend sur la montagne
(30:24 HUNGAROTON HCD171/3)
交響詩“オルフェウス”                                S98          1853年
リストはワイマールの宮廷劇場でグルックのオペラ『オルフェーオとエウリディーチェ(1762年)』を上演することとなり、その序曲を作曲します。それが交響詩“オルフェウス”(S98)です。作曲のインスピレーションは、リストがオルフェウス神話をいろいろと調査するに際し、ルーブル美術館で見たエトルリアの壷によります。その壷に描かれていたオルフェウスの絵にリストは非常に感銘を受けたのです。リストはこの曲を14日間で書き上げます。交響詩は1854年に初演されました。

≪オルフェウス神話≫
オルフェウスはアポロンと女神カリオベとの間の子です。オルフェウスはアポロンから竪琴をもらい、それを巧みに奏でました。オルフェウスの竪琴の音には神々はもちろん、動物や樹木、岩までもがうっとりと聞き惚れました。オルフェウスはその後エウリュディケと結婚します。ところが結婚して間もなくエウリュディケは草むらで蛇に噛まれ死んでしまいます。悲嘆したオルフェウスはよみの国へ行き、よみの王ハデスに懇願することを決意します。そしてハデスの玉座の前で竪琴の音を伴奏に歌をうたうと、ハデスも願いを聞きいれ、エウリュディケを生き返らせます。ただし一つ約束がありました。それはエウリュディケを連れてかえる道中、けっして後から着いていくエウリュディケを振り返ってはならない、という約束でした。恋人がしっかり着いてきているかどうか気になったオルフェウスはとうとうハデスとの約束を破り振り返ってしまいます。その途端エウリュディケは再びよみの国へと連れ戻されてしまうのです。

ただリストは以上の物語を交響詩化したのではなく、オルフェウスが持つ高い芸術的精神を表現しようとしました。リストの交響詩の中で、最も愛らしい作品で、もっとポピュラーになってもいいと思える作品です。

Orpheus
(11:29 HUNGAROTON HCD171/3)
交響詩“プロメテウス”                                S99   1850年
1850年にヘルダーの記念碑除幕式のためにリストは合唱曲を作曲します。それが合唱曲“ヘルダーの解き放たれたプロメテウス”で、リストは“オルフェウス”と同じように14日間で書き上げたとのこと※1。リストはその序曲を1855年に改訂し交響詩として発表しました。
※1
この辺のエピソードはユリウス・カップ“フランツ・リスト伝”によります。1850年代のリストの充実した創作力を物語るエピソードです。

≪プロメテウス≫
ギリシア神話の巨神族の一人です。神は、プロメテウスとその弟のエピメテウスに、人間を製造すること、また他の動物たちをも含め、生きていくのに必要な能力を与える役目を与えます。エピメテウスは、動物達に翼や、牙、ひづめ、と次々と与えていったところ、人間に何も与えるものがなくなってしまいました。そこで兄のプロメテウスに相談すると、プロメテウスは太陽の二輪車の火を持ち出し、人間に与えたのです。火のおかげで人間は、地上の動物の中で、最も強い動物となりました。ゼウスはプロメテウスが火を人間に与えたことを怒り、プロメテウスを岩山に鎖で括り付け、鷲にその肝臓を喰らわせるという拷問に処します。プロメテウスの肝臓は喰らわれても、喰らわれても、次々と復活したため、この拷問はいつ終るものか分からないほど厳しいものでした。プロメテウスさえゼウスに服従すれば、いつでも解放されたのに、彼は拷問に耐え抜いたのです。そのため強い意思の持ち主であるプロメテウスは、忍耐と反抗を象徴する者として、数多くの芸術の題材となりました。

拍子を変えて力強く入ってくる導入部が鮮烈な作品です。“ダンテ交響曲”と同じ雰囲気を持っていると思います。“前奏曲”“オルフェウス”“プロメテウス”の3曲は、リストの交響詩の中でもコンパクトにまとまっており、当時から評判を得られた作品です。新ドイツ楽派として“新しい音楽”を発表し続ける巨匠リストの、先鋒となった作品だったのでしょう。

Prometheus
(13:23 HUNGAROTON HCD171/3)
交響詩“ハンガリー”                                 S103  1854年
1856年9月にペストでの“グラナー・ミサ”演奏の際に、プログラムのひとつとして初演されました。

1840年にハンガリーを訪問した際にヴェレシュマルティから、リストは詩を献呈されます。その詩を元に作曲したのが“ハンガリー風の英雄行進曲”(S231)というピアノ独奏曲でした。このS231はその後ピアノと管弦楽のための作品にも編曲されています。そしてさらにS231を元に交響詩“ハンガリー”を作曲しました。重苦しい導入部のあと、“ハンガリー風の英雄行進曲”のマーチにつながります。交響詩はS231を膨らませるような形で作られています。

前半の親しみやすい哀愁のあるマーチの旋律に続き、中間部で勝利を謳い上げるようにドラマティックに盛上がります。そして曲は深くまた沈み込んだあと、再び豪壮に華々しいエンディングを迎えます。浮き沈みのある作品は、ハンガリーの複雑な歴史を物語っているのでしょうか。

Hungaria
(22:16 HUNGAROTON HCD171/3)
交響詩“ハムレット”                                 S104  1858年
1876年に初演されました。最もポピュラーなシェイクスピアの悲劇の前奏曲として作曲されました。ハムレットの内面の葛藤を中心に描いたようで、この曲はリストの交響詩の中でも、際立って重く暗い曲です。リスト自身もこの曲は“演奏には適しない”※1と考えたようで、初演までに作曲年と初演の間に18年もの開きがあります。

僕は“ハムレット”が“ファウスト交響曲”の第1楽章の冒頭あたりに似ていると思います。ただ“ファウスト交響曲”第1楽章がその後ドラマティックな展開を見せるのに対し、“ハムレット”は一貫して暗いムードに覆われます。“苦悩”という点で、リストの中でファウストとハムレットが近くなったのではないでしょうか。

※1
アラン・ウォーカー 『フランツ・リスト ワイマール時代』 P326

Hamlet
(14:35 HUNGAROTON HCD171/3)
交響詩“フン族の戦争”                                S105  1857年
リストの肖像画も多数残しているカウルバッハの絵にインスパイアされて作曲されました。カウルバッハの絵は451年のカタラウヌスの戦いを描いた絵です。ゲルマン民族大移動の時代、一大勢力を築いたアッティラ大王の率いるフン族は、451年のカタラウヌスの戦いで、ローマ、西ゴート、フランクの連合軍に敗れ、フン族の帝国は瓦解します。その一部がドナウ河畔に定住し、ハンガリーの原初となるのです。

アラン・ウォーカーの『リスト』では、アッティラは皇帝テオドリックと戦った、と紹介されており、その注釈で“これはリストの序文による情報だが、これは間違っている”となっています。ですがマイクロソフト・エンカルタによれば、西ローマ帝国の将軍アエティウスは、西ゴート王テオドリック1世の支援をうけて、フン族を撃退した。しかしカタラウヌムの戦いで、テオドリック1世も戦死した、となっています。リストの序文は正しいのではないでしょうか?

フンガロトンのCDの竹家氏によるライナーだと、1856年、リストはチューリッヒのワーグナーを訪ねた帰りに、ミュンヘンのカウルバッハのもとを訪れ、しばらく滞在しそこで絵を見た、となっています。ですがアンドラーシュ・バタによるオリジナルの解説では、ヴィトゲンシュタイン侯爵夫人が、まずこの絵に感銘を受け、その複製をリストに送った、となっています。またこの絵はベルリン美術館の階段の壁に飾られていたのですが、第二次大戦時の戦火で消失したとのこと。

この曲の中ではコラール“十字架に誠実なれ”が使われます。
エンディングの響き(旋律ではなく)が、楽器の選択の仕方からか、続く“理想”の主題に似ています。また“ファウスト交響曲”の第一楽章“ファウスト”のエンディングも思わせます。オーケストラの壮大な音と、オルガンによるコラールの旋律が交互に奏でられます。“戦争”が持ち合わせる性格、“英雄” “悲劇” “救い”といったテーマを描いているようです。またリストはオルガンの演奏については、“カーテンの後ろに位置し、隠れているように”と指示しているとのこと。コラールの旋律は、天からの“救い” “慈愛”というような意味合いが強くなります。このような演出的な効果は、リストは同じように“ダンテ交響曲”の“マニフィカト”でも実施しようとしました。

アラン・ウォーカーによると、リストは楽譜に、たとえばイントロの部分では“亡霊のような音”、ホルンのパートでは“戦争の悲鳴”といった指示を書いているとのこと。

Die Hunnenschlact
(13:52 HUNGAROTON HCD174/5)
交響詩“理想”                                     S106  1857年
フリードリッヒ・シラーの同名の詩にインスパイアされて作られました。この曲はカール・アウグスト大公の生誕100年記念式典のために、また同時にワイマール劇場の前にあるゲーテとシラーの像、そしてヴィーラントの像の除幕式のために作曲されました。式典においては、“芸術家に寄す”“理想”そして“ファウスト交響曲”が演奏されました。“理想”はこの時点では受け入れられなかったようです。またこの式典が、ヨーゼフ・ヨアヒムが音楽性の違いからリストのもとから離れていくことを決定的なものとしました。

1859年1月にハンス・フォン・ビューローがベルリンで“理想”を指揮したとき、非難が巻き起こったため、ビューローが非難する聴衆に、退場を促すスピーチしたというエピソードがあります。その後、同年の2月にリスト指揮の再演によって“理想”は成功を収めました。

“オルフェウス”にも通じるような魅力的な主題を持っています。ですが“オルフェウス”が主題を中心にコンパクトにまとまっているのに対し、“理想”はその主題を変奏する部分をつなぐようにドラマが演奏されていくため演奏時間がとても長いです。より詩を意識した作曲がされているのでしょう。全体の構造がなかなかつかみにくい作品であるため、演奏会ではなかなか評価を得られなかったようです。合唱曲“芸術家に寄す(S70)”の旋律が使われている、とのことですが、聴いてみた感じどこなのかよく分かりませんでした。

Die Ideale
(26:49 HUNGAROTON HCD174/5)
ファウスト交響曲                                   S108  1854/57年
リストの膨大な作品群の中で、ソナタに並んで最重要な作品です。

≪ベルリオーズとリスト≫
19歳の若きリストは1830年12月4日にベルリオーズと会い、ベルリオーズからゲーテの“ファウスト”を読むように薦められます。このあたりの事実は“ベルリオーズ回想録”が出典のようです。リストは“ファウスト”に熱中し、1840年代からスケッチが開始されますが、当時のリストの能力では彼の望むレベルを作品化するのには無理があり、作曲は中断してしまいます。1846年にリストに先んじてベルリオーズが“ファウスト”を題材にした“ファウストの劫罰”を完成させ、1854年の出版時にリストに献呈します。それに発奮したリストは“ファウスト交響曲”に再び着手し、1854年にある程度完成させます。1855年の夏にリハーサルも行なわれました。翌年に第1ヴァージョンが、何人かの前でリスト自身の指揮で演奏されます。その後も改訂、補筆は続けられ、終結の合唱が1857年に加えられます。そして“ゲーテ、シラー、ヴィーラント記念碑除幕式”の祝典期間中である1857年9月5日に、リスト自身の指揮により、聴衆を前にして初演されました。
※1“ファウスト交響曲”は、返礼としてベルリオーズに献呈されました。さらに1861年に改訂、1880年にも改訂されています。

※1
ムーティーのCD解説では1855年の時点で、ワーグナーとベルリオーズを前にして初演がされたとの記述があります。またインバルのCD解説では、1857年12月にワイマールの“ゲーテ、シラー、ヴィーラント記念碑除幕式”の祝典で初演されたとありますが、どれが正しいのかわかりません。いちばん詳しい、”2台のピアノのためのファウスト交響曲”のトーマス・ヒッツェルベルガーによる解説を参照しました。

≪ファウスト伝説≫
ファウストは、ルネサンス時代に実在したと伝えられる錬金術師です。ゲーテの戯曲が最も有名ですが、民話として、物語が伝えられてきました。ゲーテはその物語を使って一大戯曲を書き上げたのです。“ファウスト伝説”には、数多くの芸術家が魅了され、ゲーテ以降も“ファウスト”を題材にした作品が産み出されます。トーマス・マンの“ファウスト博士”には、ファウストは登場しません。“悪魔に魂を売ってでも、真理を追究する”というモティーフが下地になっています。作曲家アドリアンは娼婦と関係を持つことで、わざと梅毒に感染し、その梅毒が産み出す狂気が、異常なまでの芸術を産み出していきます。僕にはトーマス・マンの衝撃的なプロットの方が、ゲーテよりも“ファウスト”を理解する手助けになっています。

≪3人の人物描写と最終合唱≫
リストは“ファウスト”を音楽化するにあたって、“物語”を中心に描くという手法は取りませんでした。3人の主要登場人物の性格を深く描きだす方法をとったのです。“ファウスト交響曲”は“3人の人物描写による”という副題を持ち、それぞれの楽章となっているのです。そのためよく“3つの交響詩の集まり”という捉え方もされますが、全体として一つの交響曲として非常によくまとまっており、ここはリストが与えた“交響曲”という名称を尊重したいところです※2

※2
次に各楽章について、自分なりに書いていきますが、僕は“ファウスト交響曲”には見事なドラマツルギーがあると考えています。リストは当然一つの交響曲を目的として作っています。音楽には文学と同じく論理があるため、ファウストの物語的な側面も見事に描かれる結果となったのだと思うのです。最終部の合唱は”ファウスト”第2部の一番最後のテキストが用いられますが、”グレートヒェン”を第2楽章で描くということは、リストが最も強く影響を受けたのは、”ファウスト”第1部の方だと思います(第1部の倍ぐらいのボリュームの第2部には、グレートヒェンは登場しません。中心的ヒロインは女神へレナです)。1830年の段階でリストが”ファウスト”に触れた時、ゲーテの”ファウスト”第2部は出版されていませんでした。リストが受けた最初のイメージ、”ファウスト”第1部の方が、交響曲全体を支配していると思います。

1.ファウスト
“ああ、これでおれは哲学も、法学も、医学も、また要らんことに神学までも、容易ならぬ苦労をしてどん底まで研究してみた。それなのにこの通りだ、可哀そうにおれという阿呆が。”(岩波文庫 上巻 354行 P33 相良守峯訳)

ファウストの基本的な性格は、悪魔と契約してでも“真実を追究しようとする貪欲な探求心”です。それは力強く、男性的な性格です。使われる5つの主題を、ファウストの性格分析にそれぞれ当てはめることがよく行なわれています。デレク・ワトソンによる分類に肉付けすると、

  第1主題: 感情と真実への探求、渇望
  第2主題: 恋人としての優しさ
  第3主題: 絶え間ない葛藤、格闘
  第4主題: 恋慕と苦悩
  第5主題: 英雄的性格とファウストの“Im Anfang war der Tat”の言葉

という感じです。それぞれが複雑に入り組んで第1楽章を形成します。第1主題、第2主題で神秘的な幕開けとなり、力強い第3主題、第5主題へとつながっていくことで、非常にドラマティックな楽章となり、交響曲の第1楽章としての役割を十二分に果たします。特に第3主題は独特の旋律で、僕にとっては第1楽章を象徴する主題です。

2.グレートヒェン

第1部でメフィストーフェレスと契約したファウストが、まず最初に恋人として手に入れようとする純真な少女です。グレートヒェンはあくまでも清純ですが、ファウストの子を宿し、その子を池に捨てて殺してしまい、牢獄へと入れられます。ファウストの貪婪な強い欲求の結果、破滅してしまう少女です。ですが第1部のクライマックスでグレートヒェンは神によって救われます。
第2楽章は通常一般の交響曲の多くに見られるとおり緩徐楽章となります。ファウストの主題とグレートヒェンの主題が交錯し、恋愛の情景が描かれます。グレートヒェンの主題は非常に美しいもので、それは最終の合唱において“永遠なる女性”を歌いあげます。第2楽章“グレートヒェン”は前半と後半に分かれており、特に後半の室内楽を思わせる弦楽の絡み合うようなアレンジは、リストのオーケストレーションの中でも非常に際立ったものです。

3.メフィストーフェレス

“私は常に否定するところの霊なんです。”(岩波文庫 上巻1338行 P92 相良守峯訳)

ゲーテ、リストだけでなく、ありとあらゆる芸術家が魅力を感じずにいられない“メフィストーフェレス”とは、いったいどういうキャラクターなのでしょうか?僕はメフィストーフェレスに3つの大きな特徴を感じます。

メフィストーフェレスは、ファウストの交霊術によって呼び出される悪魔ですが、“ファウスト”の本当の冒頭、“天上の序曲”において、実はメフィストーフェレスは神と、“はたして主のしもべであるファウストの魂を奪えるかどうか”の賭けをしています。その時のメフィストーフェレスは、神に対しても生意気な口をきく、全く独立した存在です。僕はここにメフィストーフェレスの持つ“挑戦者”としての性格を感じます。メフィストーフェレスのもう一つのイメージは、ファウストを導く水先案内人としての側面です。“引率者”としての役割があります。そして常に皮肉をいい、全てを否定するという“冷笑家”としての性格。これら3つの性格が『ファウスト』の中で“道化”のようなイメージの下に見え隠れします。僕には、これらのメフィストーフェレスの性格がフランツ・リスト自身のように思えてなりません。

最もドラマティックな楽章となり、メフィストーフェレスの性格を描き出すと同時に、その狂騒ぶりは“ファウスト”第1部の見せ場である“ワルプルギスの夜”の場面を思わせます。そのメフィストーフェレスの悪魔的なダンスを描いているような様は、僕にとってはメフィストワルツよりも舞踏曲のような印象を受けます。ティンパニが激しく打ち鳴らされ、ヒステリックな弦楽など、あふれかえる魅力を持つ楽章です。

4.最終合唱

ゲーテのファウストの第2部、本当のラストに登場する神秘の合唱です。男声合唱とテノールのソロで歌われます。“彼は予想もしないものに対して、笑ったり泣いたりしました。たとえば、リストのコーラス付きの≪ファウスト≫交響曲では、作品の最悪の部分のフィナーレで涙を流すのです※3”これはホロヴィッツがラフマニノフを回想して言ったことです。確かにアレンジは直接的であからさまな感動をうながすようなもので、ホロヴィッツの言葉にもうなずけます。ですが作品全体の終結として聴くと、このシンプルさ、ストレートさがまた魅力です。特にグレートヒェンの主題がここで登場することはゲーテのファウストの理念にも通じるものがあり、感動的なものです。

※3
『ホロヴィッツの夕べ』 P258 デヴィッド・デュバル著 小藤隆志 訳 青土社 1995



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