演奏 レスリー・ハワード       
タイトル 『リスト ピアノ独奏曲全集 VOL.51 パラリポムネス』
データ
1996/97年録音 HYPERION CDA67233/4
ジャケット ジョン・マーティン『地獄へと入る堕天使』
収録曲
≪DISC 1≫
1.神曲のパラリポムネス  “ダンテソナタ” 第1バージョン
2.婚礼 第1バージョン
3.演奏会用大独奏曲 第1バージョン
4.ピアノ独奏のためのエレジー  “ノンネンヴェルトの僧房” 第1バージョン
5.忘れられたロマンス 短い草稿
6.神曲のプロレゴムネス  “ダンテソナタ” 第2バージョン

S158 a
S157 a
S175 a
S534 i
S527 bis
S158 b
DISC INDEX DISC.1≫ ≪DISC.2
感想 ≪DISC.1≫
1.神曲のパラリポムネス  “ダンテソナタ” 第1バージョン   S158 a 1839年
“巡礼の年 第2年 イタリア”第7曲“ソナタ風幻想曲 ダンテを読みて”(S161/7)の第1バージョンです。曲の全体の大きな枠組みとしては、最終版と同じ世界です。すべての部分において、旋律、和声、装飾の違いが見られます。第1バージョンの時点で、すでに大曲の風格をみせていますが、最終版の持つ圧倒的な迫力に比べると、まだまだ大人しい感じがします。

ダンテソナタの経過
S701e ダンテ・フラグメント 断片 1837年
S158a 神曲のパラリポムネス 第1バージョン 1839年
S158b 神曲のプロレゴムネス 第2バージョン 1840年
S− ハ長調のアダージョ  断片 1841年
S158c ソナタ風幻想曲“ダンテを読みて”  第3バージョン 184?年
S161/7 ソナタ風幻想曲“ダンテを読みて”  最終版 1849年

“パラリポムネス”という言葉は、ギリシア語に由来するラテン語で、本編に対する“補遺”という意味です。ショーペンハウアーの著作に『パレルガとパラリポーメナ』というものがあります。“パレルガ”は“付録”という意味です。これは主著『意志と表象としての世界』に対して補う意味で書かれた、つまり『付録と補遺』するために書かれた哲学論集になります
※1。1857年3月26日付けのエデュアルド・リスト宛の書簡で、リストは“パレルガとパラリポーメナ”からの1句を引用しています※2。『パレルガとパラリポーメナ』は1851年発表ですので、リストがこの哲学論集からタイトルを取ったとは思えません。『意志と表象としての世界』を読んでいないので、断定できませんが、ショーペンハウアーは自身の文章にラテン語やギリシア語を多く引用するため、リストはショーペンハウアーの著作から“パラリポムネス”“プロレゴムネス”という言葉を採取したのでは?と思います。

いずれにしても“ダンテソナタ”は、神曲に対する、音による“補遺”、あるいは“序文”という意味で作曲が開始される、ことになります。

※1 このあたりのことはショーペンハウアー『自殺について』 斎藤信治 訳 岩波文庫 の解説に詳しいです。
※2 アラン・ウォーカー『フランツ・リスト ワイマール時代』P.397。また『ファイナルイヤーズ』のP。466では最晩年のリストに、弟子や世話をしていた人物がリストに新聞や書籍を読んで聞かせるエピソードが紹介されています。そこでアウグスト・ストラーダルが、『パレルガとパラリポーメナ』を読んでおり、リストがショーペンハウアーの考えに賛同していることが紹介されています。

Paralipomenes a la Divina Commedia
(20:00 HYPERION CDA67401/2)
2.婚礼 第1バージョン          S157a   1838/39年
“巡礼の年 第2年 イタリア”第1曲(S161/1)の第1バージョンです。音世界は最終版と同じなのですが、最終版が持っている、主題とリズム、強弱の自然な流れが産み出すスケールの大きさがまだないように感じます。

Sposalizio
(7:48 HYPERION CDA67233/4)
3.演奏会用大独奏曲 第1バージョン        S175a  1850年
“演奏会用大独奏曲”(S176)の第1バージョンです。リストはこの曲をパリのコンセルヴァトワールのコンクール用に作曲しました。ピアノ独奏曲としての最終版となるS176とは、細かいところでかなり違うのですが、最も大きな違いは、“ファウスト交響曲”を思わせるアンダンテ・ソステヌートの部分がないことです。

Grand solo de concert
(15:04 HYPERION CDA67233/4)
4.ピアノ独奏のためのエレジー (“ノンネンヴェルトの僧房” 第1バージョン)
  S534i 1841年頃
これは“ノンネンヴェルトの僧房”の第1バージョンです。この頃は、装飾も和声もシンプルで、歌曲の編曲らしく親しみやすい旋律を前面に出したアレンジです。神秘的なイントロとエンディングは、とても魅力的で、“ノンネンヴェルトの僧房”の若々しさ、初々しさが感じられるバージョンです。

Elegie pour piano seul
(5:33 HYPERION CDA67233/4)
5.忘れられたロマンス 短い草稿       S527bis   1880年
これはちょうど“ロマンス〜おお、いったい何ゆえ”を、改訂する1880年の時の草稿です。“忘れられたロマンス”の世界が出来ています。途中で終ってしまいます。

Romance oubliee 
(1:55 HYPERION CDA67233/4)
6.神曲のプロレゴムネス “ダンテソナタ” 第2バージョン    S158b   1840年
“プロレゴムネス”という言葉は、“序文、序章”というような意味です。第2バージョンは、第1バージョンを、さらに全体的に改訂を加えています。音世界はますます最終版に近くなります。最終版には存在せず、そして勝るとも劣らない魅力を放つパッセージも多く聞こえます。

Prolegomenes a la Divina Commedia
(20:27 HYPERION CDA67233/4)


DISC INDEX DISC.1≫ ≪DISC.2
収録曲
≪DISC.2≫
≪DISC.2≫
1.バッハの名による前奏曲とフーガ 第1バージョン

  クリスマスツリー   パリ草稿
2.古いクリスマスの歌
3.おお聖なる夜
4.飼葉桶のそばの羊飼いたち
5.誠実な人びとよ来たれ(東方三博士の行進)
6.スケルツォーソ
7.Reveille-Martin(カリヨン 第1バージョン)
8.子守歌
9.古いプロヴァンスのクリスマスの歌
10.夕べの鐘
11.昔々
12.ハンガリー風
13.ポーランド風

14.システィナ礼拝堂〜アレグリの“ミゼレーレ”とモーツァルトの“アヴェ・ヴェルム・コルプス”による

   ハンガリーの民族旋律 簡単なスタイルでの編曲
15.第1番 ニ長調
16.第2番 ハ長調
17.第3番 変ロ長調

18.ハンガリーの民族旋律 “ラコッツィ行進曲”(21のハンガリーの民族旋律と狂詩曲 第13番bis)
19.ソナタ風幻想曲 “ダンテを読みて” 第3バージョン

S529i

S185a













S461i

S243/13bis




S242/13bis
S158 c
感想 1.バッハの名による前奏曲とフーガ 第1バージョン   S529i  1856年
“バッハの名による幻想曲とフーガ”(S529)の第1バージョンです。またこの曲は1855年に作られたオルガン独奏曲“バッハの名による前奏曲とフーガ(S260)”のピアノ独奏曲版です。最終版とは旋律や構成などで多くの箇所が異なります。ハワードの演奏にもよるのだと思いますが、最終版が疾走する感じであるのに対し、第1バージョンは雄大な感じで、グランディオーソという感じがします。

ハワードの解説によると、オルガン独奏曲版とピアノ独奏曲版の関係はちょっと入り組んでいて、まずオルガン第1バージョンが作られ、ほぼ同じ頃にピアノ第1バージョンが作られます。次にリストはピアノ第2バージョンを、ピアノ第1バージョンを元に作ります。そしてピアノ第2バージョンを元にオルガン第2バージョンを作ったとのこと。

Praludium und Fuge uber das Motiv B-A-C-H
(11:54 HYPERION CDA67401/2)
クリスマスツリー   パリ草稿          S185a   1876年
“クリスマスツリー”のバージョン違いは、全部で4つあるそうです。ですが第2バージョンは、何曲かしか現存せず、第3バージョンは最終稿かあるいは第1バージョンである“パリ草稿”とほとんど違いがないとのことのため、この“パリ草稿”をハワードは選んだとのこと。楽譜の指示によるものなのか分からないのですが、ハワードの演奏では、最終稿に比べ遅く演奏されているため、印象が大分変わります。パリ草稿は装飾や、旋律線もシンプルで、“草稿”という感じなのか、それとも“子どものための作品”という性格が強かったのでしょうか。

Weihnachtsbaum(The Paris manuscripts)
(Total:24:28 HYPERION CDA67401/2)
2.古いクリスマスの歌
まだ曲が四角張っており、音数もとても少ないです。最終稿が持つ音数の増減によるドラマティックな感じがまだなく、草稿という感じがとてもします。

Weihnachtsbaum〜Pasallite〜Altes Weihnachtslied
(1:27 HYPERION CDA67401/2)
3.おお聖なる夜
ほとんど単音旋律のみの曲で、最終稿と最も異なる曲になります。

Weihnachtsbaum〜O heilige Nacht
(1:10 HYPERION CDA67401/2)
4.飼葉桶のそばの羊飼いたち
音世界は最終稿とほとんど同じですが、最終稿に比べ、だいぶ遅く演奏されているため、曲の表情が違うように感じます。最終稿では曲のブロックが終ったときに、とても耳に残る印象的な旋律があるのですが、パリ草稿版ではまだありません。

Weihnachtsbaum〜Die Hirten an der Krippe(In dulci jubilo)
(2:14 HYPERION CDA67401/2)
5.誠実な人びとよ来たれ(東方三博士の行進)
最終稿が持つ音数の増減によるドラマティックな感じがまだなく、流麗な起伏が産まれていません。

Weihnachtsbaum〜Adeste fideles:Gleichsam als Marsch der heiligen drei Konige
(2:24 HYPERION CDA67401/2)
6.スケルツォーソ
最終稿の初めの方だけにあたります。

Weihnachtsbaum〜Scherzoso
(0:57 HYPERION CDA67401/2)
7.Reveille-Martin(カリヨン 第1バージョン)
音世界は同じですが、最終稿の眩いばかりの輝きには到達していないようです。

Weihnachtsbaum〜Reveille-Matin(Wecker)(Carillon 1st)
(1:55 HYPERION CDA67401/2)
8.子守歌
音世界は同じです。この曲の出だしは“詩的で宗教的な調べ”(S)の第3曲“孤独の中の神の祝福”を思わせます。

Weihnachtsbaum〜Schlummerlied
(2:16 HYPERION CDA67401/2)
9.(古いプロヴァンスのクリスマスの歌)
パリ草稿の頃にはタイトルがありません。続く“夕べの鐘”“昔々”も同じです。ハワードの演奏によるのかもしれませんが、最終稿に比べて力強さが感じられません。

(Alt−provenzalische Noel)
(1:20 HYPERION CDA67401/2)
10.(夕べの鐘)
最終稿の初めの方の不思議な響きの箇所がなく、装飾もまだ細やかではありません。

(Weihnachtsbaum〜Abendglocken)
(2:43 HYPERION CDA67401/2)
11.(昔々)
流麗さがありませんが、この曲にあってはシンプルな感じが魅力を出しています。

(Weihnachtsbaum〜Ehemals!)
(2:31 HYPERION CDA67401/2)
12.ハンガリー風
ハワードの演奏によるのかもしれませんが、最終稿に比べて力強さが感じられません。

Weihnachtsbaum〜Ungarisch
(1:41 HYPERION CDA67401/2)
13.ポーランド風
最終稿にある輝かしい箇所が音数が少なくまだ大人しいです。ブロックを2回繰り返した後、最終稿ほどの華々しい盛上がりをみせずに終ってしまいます。

Weihnachtsbaum〜Polnisch
(3:50 HYPERION CDA67401/2)
14.システィナ礼拝堂〜アレグリの“ミゼレーレ”とモーツァルトの
   “アヴェ・ヴェルム・コルプス”による  第1バージョン   S461i  1862年
“システィナ礼拝堂にて”(S461)の第1バージョンになります。最終版の構成はミゼレーレ〜アヴェ・ヴェルム・コルプス〜ミゼレーレ〜アヴェ・ヴェルム・コルプスという形でした。第1バージョンでは2回目の“ミゼレーレ”は、少し顔を出すだけです。

“アヴェ・ヴェルム・コルプス”の部分が、最終版では単音で奏でられ、全体の大きなうねりの中で、絶妙なコントラストを産み出しているのに対し、第1バージョンでは和音で奏でられ、“ミゼレーレ”と“アヴェ・ヴェルム・コルプス”が分断している感じです。

A la chapelle Sixtine − Miserere d’Allegri et Ave Verum de Mozart
(10:43 HYPERION CDA67401/2)
 ハンガリーの民族旋律 簡単なスタイルでの編曲    S243 bis  1843年頃
15.第1番 ニ長調                
これは1840年頃に作られた“ハンガリーの民族旋律(全3曲)”(S243)を簡単に演奏できるようにアレンジしたものです。このS243の3曲は、もともとは“21のハンガリーの民族旋律と狂詩曲”(S242)の中からの3曲をアレンジしたもので、この3曲はその後、“ハンガリー狂詩曲集”(S244)の第6番という1曲に纏め上げられます。

これはS243/1の簡略アレンジで、同時期1839−40年に作られている“21のハンガリーの民族旋律と狂詩曲”(S242)の第5曲目が原曲です。またこれは1853年に出版された“ハンガリー狂詩曲集”(S244)の第6曲目の冒頭部分にあたります。またS243/1の速度記号はテンポ・ジストです。

Ungarische National-Melodien(Im leichten Style bearbeitet)〜No.1 in D major
(1:31 HYPERION CDA67401/2)
16.第2番 ハ長調                
これはS243/2の簡略アレンジで、同時期1839−40年に作られている“21のハンガリーの民族旋律と狂詩曲”(S242)の第4曲目が原曲です。“ハンガリー狂詩曲集”(S244)第6曲目の、冒頭の次にくるテーマです。またS243/2の速度記号はアニマートです。

Ungarische National-Melodien(Im leichten Style bearbeitet)〜No.2 in C major
(0:29 HYPERION CDA67401/2)
17.第3番 変ロ長調
これはS243/3の簡略アレンジで、同時期1839−40年に作られている“21のハンガリーの民族旋律と狂詩曲”(S242)の第11曲目が原曲です。“ハンガリー狂詩曲集”(S244)第6曲目の、後半部分にあたります。またS243/3の速度記号はアレグレットです。

Ungarische National-Melodien(Im leichten Style bearbeitet)〜No.3 in B♭major
(1:42 HYPERION CDA67401/2)
18.ハンガリーの民族旋律 “ラコッツィ行進曲”
   (21のハンガリーの民族旋律と狂詩曲 第13番 bis)  S242/13bis  1846年頃
ピアノ独奏曲の“ラコッツィ行進曲”をまとめると次のようになります。

ピアノ独奏曲の“ラコッツィ行進曲”のグループ
S692d
ラコッツィ行進曲 簡略版
未完成 1839年頃
S242a/1 ラコッツィ行進曲  第1バージョン 1839
/40年
S164 f
アルバム・リーフ  イ短調 
“ラコッツィ行進曲”
断片 1841年
S242/13
“21のハンガリーの民族旋律と狂詩曲”
第13番“ラコッツィ行進曲”
最終稿 1846年
S242/13 bis
ハンガリーの民族旋律“ラコッツィ行進曲”
S242/13の異稿
1846年頃
S244/15 bis
ハンガリー狂詩曲 第15番
“ラコッツィ行進曲”
異稿 1847年頃
S244/15 ハンガリー狂詩曲 第15番 最終稿 1853年
S244 b/1 ラコッツィ行進曲
管弦楽版から編曲
1863年
S244 b ラコッツィ行進曲 
管弦楽版から簡略して編曲
1871年
S244 c ラコッツィ行進曲 
一般的なバージョン
18??年

このディスクに収められている“ラコッツィ行進曲”はS242/13の異稿という位置づけとなっていますが、イントロと全体の印象などはS244/15 bisに近いです。S242/13からS244/15までは、順序立てて発展していくという感じではなく、相互に補いながらグループを形成しているという感じです。

Ungarische National-Melodie
(5:45 HYPERION CDA67401/2)
19.ソナタ風幻想曲 “ダンテを読みて” 第3バージョン    S158 c   184?年
このバージョンで最終稿の“ダンテソナタ”とほとんど同じのレベルになります。15分あたりで始まるクライマックス部の下降する低音の打撃音が、少し分散するような感じで奏でられ、そこで少し緊迫感がなくなる感じがします。また、このあたりから最終版と異なる旋律・和音が徐々に現れ始めます。

Apres une lecture du Dante - Fantasia quasi Sonata
(18:15 HYPERION CDA67401/2)


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