演奏 レスリー・ハワード(P)、ヴォルフ・カーラー、シャンドール・エレス、ユーリ・ステファノフ         
タイトル 『リスト ピアノ独奏曲全集 VOL.41 ピアノによる朗唱曲』
データ 1995年録音 HYPERION CDA67045
>>輸入盤(試聴あり)
ハインリッヒ・フュッスリ『夢魔』
収録曲
1. レノーレ S346
2. 悲しみの僧 S348
3. ヘルギの忠誠 S686
4. 死せる詩人の愛 S349
5. 盲目の歌い手 S350i
 
感想 1.レノーレ             S346   1858/60年
テキストは18世紀の詩人ゴッドフリート・ビュルガーの『レノーレ』によります。『レノーレ』を題材として、リストと関連の深いラフが交響曲第5番を作曲しています。

詩の内容は、次のような感じです。7年戦争に出征した恋人ヴィルヘルムが、ある夜レノーレのもとへ現れます。ヴィルヘルムはレノーレを黒い馬にのせ闇夜を疾駆します。着いた場所は墓場で、ヴィルヘルムの体はそこで崩れ落ちる、というようなオカルトのような幻想譚です。ビュルガーの詩“レノーレ”を、ハンフリー・サールは“ロマン派の納骨堂”と呼んだそうです。

“レノーレ”におけるリストのピアノ伴奏は、効果音のような旋律が多く。ムード音楽、情景描写音楽としての機能が優れています。リストの芸術観には、すべてのあらゆる芸術は本質的に同じである、という基本姿勢があります。その考えにのっとって、文学作品の内実、理念を音楽で表現した交響詩群がうまれるわけですが、リストの理想、意図が成功せずにムード音楽になってしまっている部分も感じられるものもあります。他芸術から抽出された理念を音楽化したものが、リストが目標とした交響詩ならば、他芸術に内在する理念はそのままで、音楽は付随するものに留まるのが、リストのメロドラマではないでしょうか。物語詩の朗唱と付随する効果音というのは、まるで映画音楽の先駆とも思えます。

ゲレリヒのマスタークラスの書籍によれば、1884年6月8日にフリードハイムの伴奏、ミス・ボーテの朗唱で取り上げられています。その時のリストのコメントは、“婦人は若々しく朗唱すること”とのこと。そしてリストは馬を駆る場面の描写を弾いて示したそうです。
※1

※1 Diary notes of August Gollerich 『The Piano Master Classes of Franz Liszt,1884-1886』edited by Wilhelm Jeger ,translated by Richard Louis Zimdars (Indiana University Press ,1996) P27〜28

Lenore
(16:34 HYPERION CDA67004)
2.悲しみの僧      S348 1860年   
テキストはニコラウス・レーナウによります。レーナウの詩に作られたリストの他の作品としては“村の居酒屋での踊り” “夜の行列” “3人のジプシー” があります。

詩の内容は、何か暗澹たる空気の中、佇む塔にいる僧に騎士が会いに行くという内容のようですが、神秘的な雰囲気に包まれています。ウォーカーのWY P507〜508の解説を読むと、ウォーカーは“ゴシック・ホラー”とも呼んでいます。

音楽的には、冒頭が完全に調性感を無くしており、非常に現代音楽的な響きを持っています。“死者の追想”をもっと明確な意思でもって不協和にした感じです。ハワード、ウォーカーの解説によれば、この作品は全音音階で作られており、二人ともこの作品が後に全音音階を全面的に使用することとなるドビュッシーが生まれる前に作られていることに注目しています。

Der traurige Monch(the sad monk)
(7:06 HYPERION CDA67045)
3.ヘルギの忠誠      S686 1860年
テキストはドイツ語で、モーリッツ・グラフ・フォン・シュトラハヴィッツという19世紀前半の早世した詩人によります。

もともとはフェリックス・ドレゼゲが、作った歌曲をリストが朗唱曲にしました。ドレゼゲはワーグナーの“ローエングリン”の影響からオペラ“ジグルド”という作品も作っています。ジグルドはドイツ語ではジークフリートにあたります。ヘルギ王は、北欧神話の『エッダ』に出てくる英雄で、父シグムンドと敵対するフンディング王を倒したため“フンディング殺しのヘルギ”と呼ばれます。ちくま文庫『エッダ グレティルのサガ 中世文学集 III』に“フンディング殺しのヘルギの歌”が収録されています。この書籍によれば、ヘルギ王はワルキューレの一人シグルーンと結婚しますが、戦いシグルーンの父ヘグニの子ダグ(シグルーンの兄弟?)に仇討ちされ戦死します。その後、シグルーンは死霊となったヘルギ王と一夜を共にします。この死んだ人間が霊となって愛する者と束の間会うことを“レノーレ・モティーフ”というそうです※1。リストが選んだテキストとして、“ヘルギの忠誠”と“レノーレ”には近親性が感じられます。

詩の内容はヘルギ王とシグルーンの悲愛を詠ったようです。曲は英雄譚らしく、勇猛でドラマティックな感じとメロディアスな部分で詩を盛り上げます。

※1 『エッダ グレティルのサガ 中世文学集III』ちくま文庫 松谷健二 訳 P371

Helge's True
(9:07 HYPERION CDA67045)
4.死せる詩人の愛      S349 1874年
テキストはマジャール語で、ヨーカイ・モール(1825−1904)が、友人の詩人であったペテーフィのことを歌った詩です。そのため、この曲の関連で、1877年にS195の“ペテーフィのために”、S205/6の“ハンガリーの歴史的肖像 第6曲 ペテーフィ・シャンドール”が作られています。

ペテーフィはハンガリーの国民詩人で、1848年の革命では中心的な活動をし、革命の戦火の中、1849年25歳の若さで生涯を終えました。またペテーフィ作の詩“ハンガリーの神”にリストは歌曲を作曲し、ピアノ独奏曲、オルガン曲に編曲しています。

ピアノ独奏版では、静かで穏やかな印象を受けた曲ですが、男声の朗唱が入ることで、曲に力強さが感じられます。

A holt kolto szerelme (The dead Poet's Love)
(13:47 HYPERION CDA67004)
5.盲目の歌手     S350  1875年
この曲には、1878年に作られたピアノ独創曲版(S542a)もあります。テキストはアレクセイ・コンスタノヴィッチ・トルストイ(1817−1875)の詩で、ロシア語になります。

アレクセイ・トルストイとリスト、およびヴィトゲンシュタイン侯爵夫人は親しい友人で、リストの書簡の中でも名前がよく出てきます。実際“盲目の歌手”はカロライナ・パブロヴ夫人によってリストは翻訳してもらい、1875年10月7日のオルガ宛書簡で、“その詩にレノーレと同じようにピアノ伴奏をつけています。ワイマールにアレクセイ・トルストイが来たときに彼の家で披露したい”ということが書かれています。

静謐なピアノの響きの上に詩の朗唱が重なる、とても詩的効果の優れた作品です。

Slypoi (The Blind Man)
(13:18 HYPERION CDA67045)


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