演奏 レスリー・ハワード       
タイトル 『リスト ピアノ独奏曲全集 VOL.38 前奏曲、演奏会用練習曲集』
データ
1995年録音 HYPERION CDA67015
ジャケット マリアノ・フォルニー『ファウスト幻想曲の記憶』
収録曲
1.交響詩“前奏曲”

  3つの演奏会用練習曲
2.第1曲 悲しみ
3.第2曲 軽やかさ
4.“ため息”のための2つの短いカデンツァ
5.第3曲 ため息 (カデンツァ付き、コーダの改訂版)

6.怒りをこめて 〜仕上げの練習曲  

  2つの演奏会用練習曲
7.第1曲 森のささやき
8.第2曲 小人のおどり

  レーナウのファウストからの2つのエピソード
9.夜の行列
10.村の居酒屋での踊り(メフィストワルツ 第1番 第1バージョン)
S511 a

S144
S144/1
S144/2
S144/3 bis
S144/3

S143

S145
S145/1
S145/2


S513 a
S514
感想 1.交響詩“前奏曲”                  S511 a 1848/54/65年頃
交響詩“前奏曲”(S97)のピアノ独奏版です。リストは“前奏曲”を、他に1858年にピアノ連弾曲(S591)、1854〜56年に2台のピアノ版(S637)に編曲しています。

このピアノ独奏版は、もともとは弟子のカール・クロイサーが草稿レヴェルで編曲したものを、リストが引き継いで仕上げたそうです。1865年の最終版はリスト単独とのこと。交響詩“前奏曲”は1848年作曲で、1852/53年改訂ですので、クロイサーとリストによるピアノ独奏版への編曲は、S97の作曲、改訂の流れと合致します。

交響詩“前奏曲”が非常にコンパクトにまとまった傑作であるため、ピアノ独奏版もそのままよくまとまっています。“闘争の嵐”と呼ばれている箇所などは、大変なヴィルトゥオジティを必要とする箇所となっています。

またこのピアノ独奏版“前奏曲”を聴いて思ったのですが、前半の部分がワーグナーの“タンホイザー”序曲の輝かしい高揚感に似ていると思います。“タンホイザー”の作曲年は1843年〜45年。初演は1845年です。リストとワーグナーは1841年に出会いますが、親交が深まったのは1849年頃からです
※1。1849年にリストがワイマールにおいて“タンホイザー”上演を実現したからなのですが、ということはリストは1849年以前に“タンホイザー”を知っているわけです※2。交響詩“前奏曲”の原曲となる合唱曲“四大元素”(S80)は1844/45年作曲です。“前奏曲”の前半の高揚にあたる部分は、“四大元素”の場合、最後の“空”の中間部に少し登場します。ですが“タンホイザー”序曲の輝かしい弦楽の高揚を思わせる部分とは性格が異なると思います(曲の最後に登場している、という点は大きく意味合いが異なると思います)。1848年における交響詩“前奏曲”の作曲に、“タンホイザー”序曲が影響を与えている、と考えるのもまんざらおかしくはないと思います。

※1 ヘルム『リスト』P.179〜の“リヒャルト・ヴァーグナーとリスト”に詳細に書かれています。
※2 1846年3月22日付けのワーグナーがリストに送った書簡で、ワーグナーがこの頃に“タンホイザー”の楽譜をリストに送付していることが分かります。

Les Preludes
(16:31 HYPERION CDA67015)
  3つの演奏会用練習曲                   S144   1848年
“3つの演奏会用練習曲”ははじめは、タイトルを持たなかったのですが、1849年にキストナー社から“3つの詩的カプリース集”という名で出版された際にタイトルがつけられました。家系上では弟にあたる法学者のエデュアルド・リストに献呈されました。3曲とも美しく、親しみやすい作品であるため、よく演奏され、リストの曲の中でもとてもポピュラーなものとなっています。

ドレーク・ワトソンはこのS144が“演奏会用”の練習曲である点を重要視しています。“演奏会用”という呼称は、“超絶技巧練習曲”にはない点と比較しています。特に“ため息”なのですが、リストは弟子達にカデンツァを作ってあげたりしているので、少なくとも自分以外の人のための“練習曲”という目的があったのでしょう。

Trois Etudes de Concert
(Total15:44 HYPERION CDA67015)
2.第1曲 変イ長調 “悲しみ”                S144/1   1848年
第1曲の“悲しみ”は、豪華なイントロで輝かしく始まります。曲調はサロン風の優雅な曲です。変イ長調の輝かしい曲で、僕には“悲しみ”というタイトルはあまりふさわしくない感じがします。リストが付けたわけではないのですが、1849年に付けられたとなると、リストが知っていてもおかしくないのですが・・・。リストの意向は全く入っていないのだと思います。ハワードの解説でも、“3つの演奏会用練習曲”のタイトルの由来は不明、のようなことが書かれています。

Trois Etudes de Concert 〜 No.1 in A♭major “Il Lamento”
(9:26 HYPERION CDA67015)
3.第2曲 へ短調 “軽やかさ”                 S144/2     1848年
優雅で物憂い旋律が、3曲の中で最もショパンを思わせます。曲の性格から小品というイメージがありますが、技巧的、作品の構造的には、なかなかの大曲です。後半の弱音の伴奏の上に、流れるような旋律が乗るところなど美しい箇所が多いです。

Trois Etudes de Concert 〜 No.2 in F minor “La Leggierezza”
(5:33 HYPERION CDA67015)
4.“ため息”のための2つの短いカデンツァ            S144/3 bis
このカデンツァは、エンリケ・ゴビとリナ・シュマルハウゼンのために作られたものです。最初の(おそらくゴビのための)カデンツァは単音の旋律に装飾がかかる少し凝ったもので、次の(おそらくシュマルハウゼンのための)カデンツァは和音で旋律を奏でるものです。ゴビの方は作曲は不明、シュマルハウゼンの方は1885年です。

適宜に“ため息”の演奏前に、序文のように演奏されることを目的として書かれたそうです。そのためハワードの録音でも、“ため息”の前に収録されています。本編のエンディングに登場する“詩情のエコー”のような主題が演奏された後、本編“ため息”の輝かしいイントロにつながる効果は、大変すばらしく、美しいものです。現代のコンサートなどでも、ハワードと同じような構成で演奏されれば、さらに“ため息”は美しく映えるのではないでしょうか?

また第56巻にはさらに2つのカデンツァが録音されています。ルイーザ・コグネッティとエデュアルト・ダンロイサーのためにつくられたもので、両方とも1880年代のものです。晩年にいたるまでリストは“ため息”を弟子達の格好の教材として大切にしていたようです。

エンリケ・ゴビはハンガリーの作曲家で、リストと親交がありました。1873年には“リスト・カンタータ”なるものを作っています。リストの1873年12月13日付けのオルガ宛書簡でリストがふれています。

Two short cadenzas for Un sospiro
(0:44 HYPERION CDA67015)
5.第3曲 ニ長調 “ため息”(カデンツァ付き、コーダの改訂版)    S144/3 1848年
“愛の夢 第3番”“ラ・カンパネラ”と同じく、世界中のピアノ愛好家から“いつか自分で演奏してみたい・・・”という憧憬を注がれ続けてきた曲です。華麗なアルペジオが全体を支配して、眩いばかりの光を放つ、スケールの大きな輝かしい曲です。主旋律は右手と左手のアルペジオの中から紡ぎ出されるように浮かび上がります。僕の勝手な想像ですが、“ため息”という標題をつけた人は、曲の音楽的内容を言い表わしたのではなく、曲の美しさに、思わず“ため息”がでるような、という感じでつけたのではないでしょうか?あるいは主旋律の(特に2回目に登場するときに、オクターブ高い音が付けられるところの)響き方が、ため息をつくような感じに聞えたのかもしれません。

この曲には、リストによる異なるカデンツァ(S144/3 bis)がいくつも作られています。アラン・ウォーカーの『リスト』を読むと、リストがこの曲を弟子達に弾いてみせるエチュードとして、よく取り上げていた事が分かります(カール・クリンドヴォルトなど≪有名なアグネス・ストリート・クリンドヴォルトの従兄弟にあたる人です≫)。ハワードが録音している版で使われているカデンツァは、1875年にオーギュスト・レネバウムのために書かれたものとのこと。またコーダは、リストが後年、改訂したものをリナ・ラーマンが保管しておいたものとのこと。

Trois Etudes de Concert 〜 No.3 in D♭major “Un Sospiro”(with cadenza and revised coda)
(5:48 HYPERION CDA67015)
6.怒りをこめて 〜仕上げの練習曲  第2バージョン   S143  1852年
1840年に作られた“サロン小品〜仕上げの練習曲”(S142)の第2バージョンとなります。第2バージョンでラテン語の“Ab irato(怒りを込めて)”という標題がつけられました。後半に曲調をがらりと変える華麗な箇所がつけられています。

ハワードによると、この曲は交響詩“前奏曲”に関連があるそうです。はっきりと分からないのですが、おそらく中間部の“闘争の嵐”と呼ばれている箇所の弦楽のオスティナートの部分からの展開に関連があるのだと思います。

Ab Irato − Etude de perfectionnement
(2:31 HYPERION CDA67015)
  2つの演奏会用練習曲                  S145
7.第1曲 森のささやき                    S145/1   1862/63年
この2つの演奏会用練習曲は、1863年に出版されたレーベルトとシュタルクのピアノ教本のために作曲され、弟子のデュオニス・プルックナーに献呈されました。この曲ではリストは、木々のざわめき、木洩れ日などを描写しています。リストが描写したものとして、“水、噴水”“小鳥の鳴き声”“森のざわめき”“ちらちらと舞う雪”“鐘の音”というものは、細かい動きで、光り輝くような、ということで共通すると思います。一方で“波”“晩鐘”というものは、ゆったりとした動きの夕暮れ時のイメージがあると思います。

リストがピアノで描写した具象イメージ
細かい動き
(刺激)

視覚 エステ荘の噴水 S163/4
ラインの美しき流れのほとり(歌曲) S272 i
森のささやき S145/1
超絶技巧練習曲第12曲“雪あらし” S139/12
糸車 “さまよえるオランダ人”糸紡ぎの合唱 S440
糸を紡ぐグレートヒェン S558/8
聴覚 鳥の鳴き声 ナイチンゲール S250/1
小鳥に語るアッシジの聖フランシス S175/1
夜の行列 S513 a
鐘の音 ラ・カンパネラ S141/3
カリヨン S186/6
大きな動き
(刺激)
視覚 波、ゆらぎ
(水の流れ)
ラインの美しき流れのほとり S531/2
波を渡るパオラの聖フランシス S175/2
泉のほとりで S160/4
ワレンシュタートの湖にて S160/2
聴覚 鐘の音 超絶技巧練習曲第11曲“夕べの調べ” S139/11
ジュネーヴの鐘 S160/9
鐘の音 S238

“大きな動き”の“波”や“鐘”の模倣はリスト以前にも様々な作曲家がやってきたことでした。上の表で考えると、明らかに“細かい動き”の方が、“新しいスタイル”での創造だと思います。リストのヴィルトゥオジティの発展が、“細かい動き”の描写も可能にし、そこへ“主観”が注ぎ込まれることで印象派への道を切り開いたのだと思います。

また注目すべきことは“光”だと思います。僕が思い付く限りではリストは“光”そのものを描写したものは書いていないと思います。ですが特に“細かい動き”の描写において、リストは“光”も描写しています。“エステ荘の噴水”は“水に反射する光”、“森のささやき”は“木洩れ日”“葉に反射する光”、“雪あらし”は“雪に反射する光”です。“ラ・カンパネラ”も“光”をイメージさせます。短い音を“光”の“粒子”のように操るのです。それは音による“点描”とも言えて、スーラなどの印象派の画家の手法にも通じていると思います。“光”の描写ということも、印象派へつながる重要な点だと思います。

Zwei konzertetuden 〜 Waldersraushen
(4:44 HYPERION CDA67015)
8.第2曲 小人のおどり                   S145/2    1862/63年
“グノーム”という“森の精、小人”は、ムソルグスキーの“展覧会の絵”でも登場します。ムソルグスキーは、少しおどろおどろしい感じの描き方をしましたが、リストは悪戯好きの妖精のように捉えているようです。跳ね回るような感じが、同じエチュードの仲間の“超絶技巧練習曲 第5番 鬼火”(S139/5)の音世界に似ていると思います。

属啓成さんの『リスト作品篇』では、この曲が、メンデルスゾーンの“真夏の夜の夢”に登場する妖精を思い出して書いたのだろう、という説があることが紹介されています。リストは1849〜50年にメンデルスゾーンの“真夏の夜の夢”から“結婚行進曲と妖精の踊り”(S410)を編曲しており、またリストのメンデルスゾーンの“妖精の描写力”に対する賞賛を考えると、確かに納得できます。

Zwei konzertetuden 〜 Gnomenreigen
(3:07 HYPERION CDA67015)
  レーナウのファウストからの2つのエピソード
9.夜の行列                            S513 a  1861/73年
“レーナウのファウストからの2つのエピソード”は“夜の行列”の方は管弦楽版(S110)がオリジナルになります。管弦楽版は、他にピアノ連弾曲(S599)としても編曲されています。インスピレーションはゲーテの『ファウスト』によるのではなく、詩人レーナウの24のエピソードからなる『ファウスト断章』によります。レーナウはハンガリーの詩人で、彼の詩を元に作曲されたものとして他に、リストの歌曲『3人のジプシー』、R・シュトラウスの『ドン・ファン』があります。

レーナウのエピソードでは、憂鬱な気分のファウストが、安らぎを求め馬にまたがり、夜の森を進んでいくと、司祭や子ども達の行列に出会い、その光景に悪魔と契約した自分の境遇を嘆くという場面が使われます。

音楽はこの場面にそって描かれ、初めは陰鬱な響きが続き、途中で司祭達の歌うグレゴリオ聖歌“Pange,lingua,gloriosi,corporis,mysterium”が登場します。途中で登場する単音旋律がそうです。陰鬱な音世界への救いの旋律の登場、というのは“システィナ礼拝堂の喚起”を思い出します。森の中のナイチンゲールの鳴き声の描写など、物語を上手く描いた作品です。リストの研究者の中には、この“夜の行列”(管弦楽版の方)が大変な傑作であると考えている人も多いとのこと。ピアノ版も負けず劣らず非常な傑作だと思います。

シットウェルの『リスト』P.228で紹介されている、リストがヴィトゲンシュタイン侯爵夫人へ宛てた手紙で、リストはこの曲が、シューベルトの“影法師”の世界に近似していることを語っています。またリストはこの“影法師”を1838/39年にピアノ独奏曲(S560/12)に編曲しています。

Zwei episoden aus Lenaus Faust − Der nachtliche Zug
(14:18 HYPERION CDA67015)
10.村の居酒屋での踊り(メフィストワルツ 第1番 第1バージョン) S514 1859/60年
“村の居酒屋での踊り”のピアノ独奏曲版は管弦楽曲よりも先に作られています。これは有名な“メフィストワルツ第1番”(S514)の第1バージョンになります。

レーナウのエピソードでは、ファウストを連れたメフィストーフェレスが村の居酒屋に現れる場面があたります。メフィストーフェレスはそこでヴァイオリンを演奏すると、人々が踊り出すという場面です。ゲーテのファウストでは、“アウエルバッハの酒場”の場面と“ワルプルギスの夜”の場面があたるのでしょうか?

音世界はすでに確立していますが、まだ装飾が少なく、最終版の華々しさが足りないような感じです。

Zwei episoden aus Lenaus Faust − Der Tanz in der Dorfschenke
(10:08 HYPERION CDA67015)


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