演奏 レスリー・ハワード
タイトル 『リスト ピアノ独奏曲全集 VOL.34 24の大練習曲集(12曲)』
データ 1994年録音 HYPERION  CDA66973
ジャケット イポリト・フランドラン 『海辺に座る青年』
収録曲
  24の大練習曲集  全12曲
1.第1番  ハ長調  プレスト
2.第2番  イ短調  モルト・ヴィヴァーチェ・ア・カプリツィオ
3.第3番  へ長調  ポーコ・アダージョ
4.第4番  ニ短調  アレグロ・パセティコ
5.第5番  変ロ長調 イクォールメンテ
6.第6番  ト短調   ラルゴ・パセティコ
7.第7番  変ホ長調 アレグロ・デシソ
8.第8番  ハ短調   プレスト・ストレプトーソ
9.第9番  変イ長調  アンダンティーノ
10.第10番 へ短調   プレスト・モルト・アジタート
11.第11番 変ニ長調 レント・アッサイ
12.第12番 変ロ短調 アンダンティーノ

13.仕上げの練習曲 (“怒りを込めて” 第1バージョン)    
S137
S137/1
S137/2
S137/3
S137/4
S137/5
S137/6
S137/7
S137/8
S137/9
S137/10
S137/11
S137/12

S142
感想 24の大練習曲集 全12曲             S137       1837年
これは超絶技巧練習曲の原曲“12の練習曲”(S136)の2回目の改訂版にあたるものです。リストはこの時は24の調性で作品を書こうと思っていたため、タイトルが“24の〜”となっていますが、完成したのはS136と同じく12曲のみでした。この段階で、現在よく知られる最終版の超絶技巧練習曲集S139の世界は確立しています。“24の大練習曲”は最終版に比べ、洗練されていない分、技巧的には逆に最終版よりも難しいものと言われています。クラウディオ・アラウやベルリオーズが、“24の大練習曲集”は“リスト以外には演奏不可能”と発言したことが、アラウのCDライナーで紹介されており、リスティアンにとっては、長年、ぜひ聴いてみたい作品集でありました。

≪シューマンの批評≫
シューマンの音楽エッセイ集『音楽と音楽家』には、ちょうど1837年時点での“24の大練習曲集”についてのエッセイが収められています。これはまだ、この世に“超絶技巧練習曲集S139”が存在していない時分に書かれた文章なので、大変興味深いものです。ヴィルトゥオーゾ時代の、作曲家として成長期にあるリストについて、やや辛辣な紹介がされたあと、次の文章で締められています。

“前にもいった通り、この曲はみな大家の演奏できかなければならない。ことにできるならばリスト自身の演奏がいい。しかしたとえリストがひいても、あらゆる限界を超えたところや、得られる効果が、犠牲にされた美しさに対して、充分の償いとなっていないようなところでは、耳障りな箇所がたくさんあるだろうと思う。しかし何はともあれ、来るべき冬の彼の到着は、心から待ち遠しい。※1

このS137について非常に的を得た文章だと思います。

※1 『音楽と音楽家』 ロベルト・シューマン 吉田秀和 訳 岩波文庫 1958初版/1994年 30刷  P141

≪ショパンの影響≫
ショパンは1829年〜30年にかけて練習曲作品10を作り、リストに献呈します。さらにショパンは1832年〜36年にかけて作品25の練習曲を12曲完成させ、リストの恋人であるマリー・ダグーに献呈します。リストのエチュード改訂は1837年ですので、このあたりがもう一度リストがエチュードに取り組んだ背景のように思われ、またタイトルが“24”となっている背景だと思います。また作品を献呈されて発奮し、もう一度作品の完成に取り組むという経緯は“ファウスト交響曲”の例を思い出します。ただリストのエチュードはS136の段階でほとんど素材は産まれており、作品としてのショパンの影響はほとんどないと思います。僕が聴いた感じで、ショパンの影響が現れているのは、第3番の最終版で削除された一部分と、第10番の旋律の歌いまわし方だと思います。


Douze Grandes Etudes
(TOTAL74:14 HYPERION CDA66973)
1.第1番  ハ長調 プレスト                 S137/1
第1番は最終版とほとんど変わりません。プレリュードとしての役割です。

Douze Grandes Etudes No.1 in C major (Presto)
(0:52 HYPERION CDA66973)
2.第2番  イ短調  モルト・ヴィヴァーチェ・ア・カプリツィオ        S137/2
S136/2に対し、パガニーニの影響が細部の様々な表現方法として現れてきます。最終版に比べ旋律の展開が異なり、主題を転調させているようです。また強弱の差も、最終版に比べ一定のような感じです。

Douze Grandes Etudes No.2 in A minor (Molto vivace a capriccio)
(2:34 HYPERION CDA66973)
3.第3番  へ長調  ポーコ・アダージョ                     S137/3
“風景”の第2バージョンにあたります。豊かな詩情が加えられ、S136/3がとても美しい作品として生まれ変わりました。前半の音世界はほとんど最終版と同じです。最終版ではドラマティックに盛上がった後、詩情の余韻を残しながら静かに終っていくのですが、S137版ではさらに華々しくなります。この最終版で削除された盛上がりの部分は、ショパンの有名なエチュードOp.10/3“別れの曲”に似ています。

Douze Grandes Etudes No.3 in F major (Poco Adagio)
(5:09 HYPERION CDA66973)
4.第4番  ニ短調  アレグロ・パセティコ              S137/4
“マゼッパ”の第2バージョンにあたります。この頃の“マゼッパ”は、S138で加えられる“不穏な和音”によるイントロも、S139/4で加えられる“音のカーテン”もなく、S136/4の改訂という感じがします。最終版の音世界には到達していますが、ドラマツルギーが加えられていない、という感じです。

主旋律の後につく装飾が、音数が多く和音で奏でられているため、最終版よりも演奏が困難な感じがします。

Douze Grandes Etudes No.4 in D minor (Allegro patetico)
(6:23 HYPERION CDA66973)
5.第5番  変ロ長調 イクォールメンテ                S137/5
“鬼火”の第2バージョンにあたります。S137/5となって、すでに“鬼火”の音世界、メフィストーフェレス的な性格は確立しています。細かいところで最終版と異なるのですが、聴いた感じ大きな違いを感じませんでした。

Douze Grandes Etudes No.5 in B♭ major (Equalmente)
(4:25 HYPERION CDA66973)
6.第6番  ト短調   ラルゴ・パセティコ               S137/6
“幻影”の第2バージョンにあたります。最終版の音世界は確立しています。後半の輝かしく主題が奏でられるところへ移る前の劇的な装飾において、最終版と異なります。またリストはイントロ部分を“左手のみで演奏するように”指示しているとのこと。

Douze Grandes Etudes No.6 in G minor (Largo patetico)
(6:41 HYPERION CDA66973)
7.第7番  変ホ長調 アレグロ・デシソ               S137/7
これは“英雄”の第1バージョンにあたります。S136/7は第11番に移され、リストは13歳の頃の作品“ロッシーニとスポンティーニの主題による華麗な変奏曲(S150)”のイントロを用いて、全く新しい曲を加えました。音世界は最終版と同じですが、装飾などの細かい点で異なり、流麗さがまだありません。シューマンは『音楽と音楽家』の中で、第6番、第7番、第8番の3曲を“嵐の練習曲”“恐怖の練習曲”と呼んでいます。

Douze Grandes Etudes No.7 in E♭major (Allegro deciso)
(5:32 HYPERION CDA66973)
8.第8番  ハ短調   プレスト・ストレプトーソ         S137/8
これは“狩”の第2バージョンにあたります。最終版の音世界はすでに確立しています。最終版に比べ、特にイントロなどは迫力がまだ抑えられています。最終版では叙情的な部分が終り、輝かしく主題を奏でるところへ滑らかに移行していくのですが、こちらでは技巧的でデモーニッシュかつ破壊的な旋律となり、そしてイントロに戻り、そしてエンディングになだれ込む構成となっています。

Douze Grandes Etudes No.8 in C minor (Presto strepitoso)
(7:40 HYPERION CDA66973)
9.第9番  変イ長調  アンダンティーノ              S137/9
これは“回想”の第2バージョンにあたります。ほとんど最終版と変わらない感じですが、全体的に、主旋律に戻る前の装飾などが、最終版に比べてシンプルで大人しい感じです。

Douze Grandes Etudes No.9 in A♭major (Andantino)
(10:22 HYPERION CDA66973)
10.第10番 へ短調   プレスト・モルト・アジタート       S137/10
最終版でも標題がありませんが、第10番“アレグロ・アジタート・モルト”の第2バージョンにあたります。最初に主題が登場するところでは、最終版のような滑らかさがまだありません。また装飾も最終版においてかなり、リファインされたことが分かります。このS137/10の段階で、旋律の奏で方にショパンの影響が出ていることを感じます。曲の後半はマーチ風の主題が登場したりして、ほとんど別の曲になってしまいます。リストがこの曲の展開のさせ方に、かなり苦労した様子が伺えます。

また第56巻に収められている1844年につくられた“アルバムリーフ プレリュード・オムニトニーク”(S166e)という劇的効果を高める装飾が、このS137/10にはありません。S166 eが最終版に向けて、用意されたものであることが分かります。

Douze Grandes Etudes No.10 in F minor (Presto molto agitato)
(5:57 HYPERION CDA66973)
11.第11番 変ニ長調 レント・アッサイ               S137/11
これは“夕べの調べ”の第2バージョンにあたります。またS136では第7曲目の改訂にあたります。リストはシンプルなS136/7に素晴らしいドラマツルギーを注ぎこみ、見事な情景描写を実現しました。辛口のシューマンもこの第11番の見事な変貌に、その中声部の旋律を“全巻を通じて最も印象的な旋律”と称えました。

曲の音世界は最終版と同じですが、展開していく中で、やはり中間から後半にかけて最終版にはない展開を見せます。最終版に比べ非常に豪華な響きの展開になります。

Douze Grandes Etudes No.11 in D♭ major (Lento assai)
(9:36 HYPERION CDA66973)
12.第12番 変ロ短調 アンダンティーノ               S137/12
これは“雪あらし”の第2バージョンにあたります。最終版の素晴らしいイントロの前に、低音の単音旋律の主題が奏でられています。前半は最終版の音世界と同じですが、ドラマツルギーがまだ充分でなく、途中で終止してしまうような箇所があります。そこで奏でられる旋律は“ダンテソナタ”の旋律に似ています。

10番、11番、12番の3曲は、曲のイメージはつかんだものの、まだどのように展開させるか悩んでいる感じがします。そしてこれら3曲は1851年“超絶技巧練習曲集”(S139)の3度目の改訂によって、曲集の中でも、屈指の名曲となるのです。

Douze Grandes Etudes No.12 in B♭ minor (Andantino)
(8:22 HYPERION CDA66973)
13.サロン小品〜仕上げの練習曲 (“怒りを込めて” 第1バージョン) S142  1840年
これは“怒りを込めて”(S143)の第1バージョンとなります。第1バージョンではラテン語の“Ab irato(怒りを込めて)”という標題はついていません。歴史音楽学の学者であるフランソワ・ジョゼフ・フェティス(1784−1871)と、ピアニストで作曲家のイグナッツ・モシェレス(1794−1870)が1837年に発表した『ピアノ奏法の手引き』という本に収められました。この『ピアノ奏法の手引き』にはメンデルスゾーンやショパンも作品を寄せているとのこと※1

ハワードによると、この曲は交響詩“前奏曲”に関連があるそうです。はっきりと分からないのですが、おそらく中間部の“闘争の嵐”と呼ばれている箇所の弦楽のオスティナートの部分からの展開に関連があるのだと思います。このS142では、第2バージョンのS143にあった、後半の華麗な箇所がありません。

※1 ショパンの場合1839年作曲の“3つの新しい練習曲”でしょうか?辞典によると“モシェレスの教則本のための”という題がついているそうです。年代的にも合います。

Morceau de Salon − Etude de perfectionnement
(2:08 HYPERION CDA66973)


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