演奏 レスリー・ハワード       
タイトル 『リスト ピアノ独奏曲全集 VOL.19 愛の夢、ソングブック』
データ 1991年録音 HYPERION  CDA66593
>>輸入盤 >>輸入盤(amazon.de)全曲試聴あり
ウィリアム・エティ『ヴィーナスと鳩』
収録曲
愛の夢 3つの夜想曲
1. 第1番“高貴なる愛” 変イ長調 S541/1
2. 第2番“わたしば死んだ” ホ長調 S541/2
3. 第3番“おお、愛しうるかぎり愛せ” 変イ長調 S541/3
歌の本 第1集
4. ローレライ S531/1
5. ラインの美しき流れのほとり S531/2
6. ミニョンの歌“君よ知るや、昔の国” S531/3
7. トゥーレの王 S531/4
8. 汝天上にある者(さすらい人の夜の歌) S531/5
9. 金色の髪の天使 S531/6
歌の本 第2集
10. おお、私が眠るとき S536
11. どうした、と彼らは言った S535
12. わが子よ、私がもし王だったら S537
13. もし美しい芝生があるなら S538
14. 墓とばら S539
15. ガスティベルツァ S540
16. ローレライ 第2バージョン S532

感想 愛の夢 3つの夜想曲
1.第1番“高貴なる愛” 変イ長調     S541/1  1850年頃
1849年に作曲された原曲(S307)はルートヴィヒ・ウーラントの詩によります。テキストはドイツ語です。ピアノ独奏曲“愛の夢”の第1番の原曲になります。落着いた感じの愛の歌です。“愛の夢”というタイトルは、どうもこの“高貴な愛”の詩の内容によるようです。ウーラントはドイツロマン主義の詩人です。

全体としてしっとりとした趣のある曲で、後半部にはトリルなどの高音の装飾がとても美しい、華やかな魅力も持っています。

1884年6月20日のマスタークラスで、グライペル嬢が“愛の夢 第1番、第3番”を演奏し、リストはその時、感情たっぷりに世界に浸って演奏するよう、指導しています。※1

※1 Diary notes of August Gollerich 『The Piano Master Classes of Franz Liszt,1884-1886』edited by Wilhelm Jeger ,translated by Richard Louis Zimdars (Indiana University Press ,1996) P46〜48

Hohe liebe
(5:44 HYPERION CDA66593)
2.第2番“わたしば死んだ” ホ長調    S541/2  1850年頃
原曲はルートヴィヒ・ウーラントの詩によります。テキストはドイツ語です。前半が歌曲をそのまま編曲しているような感じで、もともと音数の少ない歌曲と印象が似ています。ですがピアノ独奏曲編曲では、歌曲に相応する部分が終ったあとに華々しくスケールの大きな編曲がつけられています。そのためピアノ独奏曲版は、歌曲に比べ倍ほどの長さになっています。

この曲の主題は、5つのクラヴィーアシュトゥック 第1番 ホ長調 S192/1(1865年)でも使われます。むしろ時間的にも規模的にも、歌曲“わたしは死んだ”(S308)に近いのは、このS192/1です。

Seliger Tod
(4:04 HYPERION CDA66593)
3.第3番“おお、愛しうるかぎり愛せ” 変イ長調  S541/3  1850年頃
リストのすべての曲の中で、“ハンガリー狂詩曲第2番”と比肩し、また追い抜けるほどの知名度を有しているのが、この“愛の夢 第3番”です。このピアノ独奏曲が発表されてから、現在に至るまで、様々なポピュラー曲にアレンジされ続け、人びとに楽しまれてきました。

1847年に作られた原曲の歌曲“おお、愛しうるかぎり愛せ”(S298)はフェルディナント・フライリヒラートの詩によります。テキストはドイツ語です。

主題を豊かな装飾でアレンジを変えながら繰り返す簡単な構造なのですが、緩急をうまくおさえ豊かなドラマツルギーを持っており、まさに演奏家の表現力がいかされる曲です。


あまりにもポピュラーになりすぎたためにリスト自身辟易していたのか、1884年6月20日のマスタークラスで、グライペル嬢が、1885年6月29日には、アデル・アウス・デア・オーエが演奏しています。両日ともリストはこの曲を“軽薄な”曲と呼び、そのように演奏するよう発言しています。※1

※1 Diary notes of August Gollerich 『The Piano Master Classes of Franz Liszt,1884-1886』edited by Wilhelm Jeger ,translated by Richard Louis Zimdars (Indiana University Press ,1996) P76

O lieb, so lang du lieben kannst!
(4:06 HYPERION CDA66593)
歌の本 第1集
4.ローレライ      S531/1    1843年頃
原曲の歌曲はハインリヒ・ハイネの詩によります。テキストはドイツ語です。1841年に歌曲の第1版が、1856年に第2版がつくられています。また1860年にはオーケストラ伴奏版のS369が作られます。マリー・ダグーに献呈されました。

詩人が“ローレライ”という歌の誕生にまつわる伝説を語るような内容です。ドラマティックな曲で、リストの歌曲の中では知られている方です。

1886年6月21日のマスタークラスで、ジロティがこのピアノ独奏曲版を演奏しています。その時のリストのコメントは、最後の歌詞について“魔女のように感じられないように、シンプルに歌うこと”とのこと。リストはこの解釈に付いて、“以前、高名な女性歌手と口論になったことがある。船乗りがなんて愚かかなど突っ込んで考える必要などないではないか”と言っています(←誤読かも)。意味がよく分からないのですが、魔女のように歌わなければ、船が沈没する理由が感じられない、恐ろしさの感じられない歌に対して船が沈没してしまうのでは、船乗りが愚かに思える、という解釈に対して、リストが反論したのだ、と解釈しました
※1

ウォーカーを参照すると、リストはこの“ローレライ”をエミリー・ゲナストのために第2版として改訂しており、またオーケストラ伴奏版もゲナストのために編曲したものです。“口論した女性歌手”というのはエミリー・ゲナストのことでしょうか?
※2

※1 Diary notes of August Gollerich 『The Piano Master Classes of Franz Liszt,1884-1886』edited by Wilhelm Jeger ,translated by Richard Louis Zimdars (Indiana University Press ,1996) P159
※2 FRANZ LISZT The Weimar Years 1848-1861 Alan Walker Cornell Univwrsity Press
1989 P80

1841年8月付けのレオン・クロイツェル宛書簡で、ノンネンヴェルトにいるリストはライン川においてローレライの岩を訪れたことを書いています。リストは産業革命の利器である蒸気船を“野蛮な文明”と呼び、静謐さを失ったライン川に“そこにはすでにローレライはいなかった”と発言しています
※3。リストのテクノロジー、産業革命に対する考えを窺い知ることのできる文章です。

※3 AN ARTIST'S JOURNEY translated and annotated by Charles Suttoni , The University of Chicago Press 1989  P198

Die Lorelei
(6:52 HYPERION CDA66593)
5.ラインの美しき流れのほとり             S531/2    1843年頃
原曲の歌曲(S272)はハイネの詩によるもので、ドイツ語になります。ライン川の美しさを歌った歌です。

まずピアノ伴奏独唱曲の第1バージョン(S272 i )が1840年頃に作曲されます。この第1バージョンでのピアノ伴奏は非常に輝かしく美しいです。水の自由な流れを想起させます。次に1843年にピアノ独奏曲(S531/2)が作られます。基本的に、S272 i を基にしています。ピアノ伴奏独唱曲の歌曲の第2バージョン(S272 ii )では原曲の伴奏はシンプルなアルペジオで、その上に明確な旋律がのる形になります。ピアノパートのみで考えると、S272 i 、S531/2と、S272ii はほとんど別の曲に聞こえます。

ユゴー歌曲編曲集である“歌の本 第2集”で顕著なのですが、1840年代に作られる第1バージョンは、ピアノパートの音数が多くリストらしいヴィルトゥオジティを持っています。1850年代、1860年代と作曲家としての円熟期に作られる第2バージョンでは、歌をひきたて、歌曲全体としてのまとまりを重視しピアノパートも必要最小限に抑えられるような感じです。そのためピアノ独奏曲としては第2バージョンよりも、第1バージョンをもとにする方が存在感のあるピアノ曲に仕上がっているようです。


Am Rhein im schonen Strome
(3:14 HYPERION CDA66593)
6.ミニョンの歌“君よ知るや、昔の国”     S531/3   1843年頃
“ミニョン”というのは、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』に登場する女性で、“ミニョンの歌”は第3巻の第1章でミニョンが歌う歌です。

リストの“ミニョンの歌”関連の曲としては

S275:ピアノ伴奏歌曲
S531/3:それをピアノ独奏曲に編曲したもの
S370:オーケストラ伴奏歌曲
S468/1:同じテキストを使ったベートーヴェンの“ミニョン”Op.75-1のピアノ独奏曲編曲

の4曲があります。

S275とS531/3の2曲と、S370とS468/1の2曲では、主旋律に対する伴奏部分が明らかに性質が異なります。S468/1は別の作曲家による別の曲ですから、当り前ですが。S531/3を聴いていて、気付くことは、主旋律に対する伴奏部分が、ゆるやかなギターのコードストロークのような感じであることです。当然もとになったS275もそのような感じです。ですがS370は、ギターのコードストロークのような感じではなく、普通に想像されるオーケストラによる伴奏です。

『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』上巻 ゲーテ著 山崎章甫訳 岩波文庫 P229
“二、三時間たった時、ドアの前で音楽が聞こえてきた。はじめ彼はまた竪琴弾きがきたのだと思った。しかしすぐにそれがツィターの音であることがわかった。そして歌い始めたのはミニヨンの声であった。ヴィルヘルムがドアを開けると、ミニヨンが入ってきて、右に掲げた歌をうたったのであった。”

リストは明らかにツィターの音をピアノで表現しています。僕は、この“ミニョンの歌”におけるツィターの模倣は、リストがピアノで様々な楽器の表現を模倣することの一例だと考えます。

ピアノ独唱曲をそのまま移し変えているようなのですが、ヴォーカルの強さが失われた分、旋律の主張が弱く感じられます。

Mignons Lied
(5:54 HYPERION CDA66593)
7.昔トゥーレに王がいた        S531/4     1843年頃
原曲のテキストはドイツ語です。ゲーテのファウスト第1部の2759行でファウストとメフィストーフェレスがグレートヒェン(マルガレーテ)を誘惑するために、箪笥の中に装飾品を入れておき、グレートヒェンがそれを見つけるときに歌う歌です。愛する人を亡くした王が、その形見の杯を大切にし、その杯で飲むたびに涙にくれていたのですが、とうとう海にその杯を投げ捨てるという悲しみを歌ったものです。

まず1842年にピアノ伴奏の独唱曲S278 i (第1バージョン)が作られています。そして翌年1843年にピアノ独奏曲集“歌の本 第1集”の第4曲目に編曲されます。歌曲の方は1856年頃にS278A(第2バージョン)が作られています。


旋律が明瞭で、ピアノ小曲として非常に魅力があります。ところどころ効果的なヴィルトゥオジテを発揮する旋律が入っているのが、1843年という作曲年代らしいです。

Der Konig von Thule
(2:52 HYPERION CDA66593)
8.汝天上にある者(さすらい人の夜の歌)      S531/5   1843年頃
原曲はS279のゲーテの詩によります。原曲の和音進行だけの伴奏に対し、短いアルペジオを主体としたアレンジとなっています。原曲は重い感じの曲で“さすらい人の夜の歌”という感じでしたが、ピアノ独奏曲となって、より洗練されて軽やかになり、ドラマティックな盛上がりも持っています。

Der du von dem himmel bist (Wanderers Nachtlied 1)
(4:48 HYPERION CDA66593)
9.金色の髪の天使                   S531/6   1843年頃
歌曲版(S269)はボチェルラの詩によるもので、第1版が1839年作曲(S269)で、1856年に改訂されています。またこの曲は4才になった長女ブランディーヌのための子守歌として作られました。親しみやすい旋律を持った静かで美しい歌曲で、ピアノ独奏曲版もその小さな愛らしさをそのまま編曲していますが、中間部から盛上がり、後半でリストらしい装飾が施されます。

Angiolin dal biondo crin
(5:29 HYPERION CDA66593)
歌の本 第2集
10.おお、私が眠るとき          S536   1847年
原曲のテキストはユゴーにより、フランス語になります。夢の中の、まどろんだような気分で、愛を歌うような内容です。歌詞の中には、ペトラルカとラウラの名前も登場します。1844年に作曲された第1バージョン(S282 i )では、1860年の第2バージョンにはない後半で非常に盛り上がる箇所があります。

この1860年のリストの一連のユゴー歌曲の第2バージョンでは音を控え目にするという編曲が特徴と考えられます。それはちょうど“超絶技巧練習曲集”や“パガニーニ・エチュード”と同じ経過です。

このピアノ独奏曲編曲は、歌曲の2つのバージョンの中間の版のように聞こえます。

Oh! quand je dors
(4:52 HYPERION CDA66593)
11.どうした、と彼らは言った          S535   1847年
原曲の歌曲(S276)はヴィクトル・ユゴーの詩によります。テキストはフランス語です。第1バージョンが1843年、第2バージョンが1860年につくられています。“彼ら”の問いかけに対して、“女性達”が答えるという構成をとっていますが、詩の内容がちょっとわかりません。第1バージョンでは第2番が終ってから盛り上がり、その後、余韻のように歌っていく構成をとっています。この盛り上がりの部分以降が第2バージョンで削除されます。S535のピアノ独奏曲は第1バージョンをもとにしています。

Comment,disaient-ils
(2:25 HYPERION CDA66593)
12.わが子よ、私がもし王だったら          S537    1847年
テキストはユゴーの詩でフランス語になります。ピアノ伴奏は歌詞に合わせ荒々しいまでに激しいものです。1860年の歌曲第2バージョンではピアノ伴奏がよりすっきりとし、詩の持つエネルギーは歌にゆだねられた感じになります。このピアノ独奏曲版は歌曲の第1バージョンに近いです。ピアノ独奏として壮大なスケールを持つ作品となっています。同じく歌曲から編曲された作品で、破壊的なエネルギーを持つ作品として、シューベルト歌曲を編曲した“天体”や“アトラス”を想起しました。

Enfant, si j'etais roi
(4:06 HYPERION CDA66593)
13.もし美しい芝生があるなら         S538   1847年
原曲のテキストはユゴーの詩でフランス語になります。愛や夢などの素晴らしさを自然の美しさで表現したような詩です。歌曲の第1バージョン(S284i)は1844年に作られています。ピアノ伴奏が一つ一つの音が長く、響きが重い感じです。2つのブロックを歌い終わった後、最後の3行をゆっくりと歌い上げる部分がついています。第2バージョン(S284ii)は1860年に作られます。第1バージョンに比べピアノ伴奏が粒が際立ったような響きとなり、軽やかな感じになっています。

ピアノ独奏曲版は第1バージョンをもとにしています。

S'il est un charmant gazon
(3:25 HYPERION CDA66593)
14.墓とばら                    S539  1847年
原曲のテキストはフランス語でユゴーによります。歌曲は1844年に作曲されています。この“墓とばら”続く“ガスティベルザ”のみ、第2バージョンがありません。墓という陰鬱な存在と、バラという美しい花の会話という形の詩です。中音域でしっとりと歌い上げる落ち着いた曲になっています。装飾も控え目でまた効果的です。

La tombe et la rose
(4:12 HYPERION CDA66593)
15.ガスティベルザ                 S540  1847年
テキストはフランス語でユゴーによります。ガスティベルザという兵士でしょうか、その者の歌う恋人の話などが詩の内容です。エキゾチックな舞踏曲の感じがあります。歌曲は物語詩に合わせて長い曲になっていますが、ピアノ独奏曲は短縮されています。歌曲でもテクニックを必要とする面白い節回しがあり、ピアノでも忠実に再現されています。

Gastibelza
(4:43 HYPERION CDA66593)
〜・〜・〜・〜・〜
16.ローレライ 第2バージョン         S532   1861年
1861年8月27日付け音楽出版業者のクリスティアン・フリードリヒ・カーント宛書簡で、このピアノ独奏編曲が、非常に困難であった、と発言しています。※1

冒頭から第1バージョンとは異なります。この新しいイントロダクションは、“トリスタンとイゾルデ”の旋律に酷似しており、トリスタンの先駆けと考えられています※2。このイントロダクションは1856年の第2版のピアノ伴奏歌曲からつけられています。ワーグナーの“トリスタンとイゾルデ”が1857年〜59年にかけての作曲であり、同時期とはいえリストの方が早いことは事実です。

※1 LISZT LETTERS IN THE LIBRARY OF CONGRESS - FRANZ LISZT STUDIES NO.10 translated by Michael Short 2003 PENDRAGON PRESS LETTER NO.168 P155
※2 FRANZ LISZT  The Final Years 1861-1886 Alan Walker Cornell Univwrsity Press 1996  P371

Die Lorelei
(6:32 HYPERION CDA66593)


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