演奏 レスリー・ハワード       
タイトル 『リスト ピアノ独奏曲全集 VOL.7 詩的で宗教的な調べ』
データ 1989年録音 HYPERION CDA66421/2 2枚組
輸入盤(試聴あり)
ジャケット
ジョン・マーティン 『天国の平原(部分)』
収録曲
≪DISC 1≫
1. レーベルトとシュタルクの大ピアノ学校のためのアヴェ・マリア ”ローマの鐘” S182
2. アヴェ・マリス・ステラ S506
3. 祈り(”詩的で宗教的な調べ”第1曲目の初期バージョン)  S172a/1
4. 朝の賛歌 S173a/2
5. 夜の賛歌 S173a/1
6. 詩的で宗教的な調べ (”死者の追憶”の第1バージョン) S154
詩的で宗教的な調べ  S173
7. 祈り
8. アヴェ・マリア
9. 孤独の中の神の祝福
10. 死者の追憶
11. 主の祈り
12. 眠りから覚めた御子への賛歌
感想 ≪DISC 1≫
1.レーベルトとシュタルクの大ピアノ学校のためのアヴェ・マリア ”ローマの鐘”
  S182   1862年
この曲はタイトルにもあるようにレーベルトとシュタルクのピアノ学校の教材用として作曲されました。ハワードによれば“ローマの鐘”という題名は、おそらくリストによってつけられたものではないとのこと。“アヴェ・マリア”と名付けられたリストの曲は、複数あるので、ハワードは調性によって区分しています。これは“ホ長調のアヴェ・マリア”になります。

最初の音型が、“巡礼の年 第2年 イタリア”の“婚礼”を思わせます。“婚礼”と同じく澄み切った夜明けのような明朗な響きを持つ曲です。終わりの方では、力強い低音の輝かしい壮大な広がりを見せます。

Ave Maria(in E major) “Die Glocken von Rom”
(5:19 HYPERION CDA66421/2)
2.アヴェ・マリス・ステラ             S506        1868年
1865年〜66年頃に作曲されたオルガンと合唱のための作品“アヴェ・マリス・ステラ”(S34/1)の編曲です。“アヴェ・マリス・ステラ”は、“サルヴェ・レジーナ”といっしょに出版された、S669/2(これはオルガン版も兼ねています)もあります。S506の“アヴェ・マリス・ステラ”は、リズムが強調されたピアノ向きのアレンジです。同年頃に作曲されていて、どちらが先かちょっとわかりません。

Ave Maris Stella
(4:50 HYPERION CDA66421/2)
3.祈り(”詩的で宗教的な調べ”第1曲目の初期バージョン) S172 a/1 1847年
#7の最終稿と比べると、音数も少なく、曲もまだ短いです。

Invocation (early version)
(2:57 HYPERION CDA66421/2)
4.朝の賛歌                   S172 a/3     1847年
#4と#5は、三省堂の『クラシック音楽作品名辞典』では“夜の賛歌、朝の賛歌”という1曲として取り扱われていますが、曲として別々の作品です。 この2曲をリストは“詩的で宗教的な調べ”の中に取り入れようとして作曲しました。S番の順で考えると“夜”の方が先にきます。またラマルティーヌの詩でも、その順序です。ハワードが何故、順番を逆にして収録してしまったのか分かりません。

朝靄の肌寒いような雰囲気から始まり、輝かしい響きにつながります。全体的に旋律線の明瞭な美しい小品です。“夜の賛歌” “朝の賛歌”というタイトルは、1830年に出版されたラマルティーヌの詩集『詩的で宗教的な調べ』によります。

Hymne du matin
(4:09 HYPERION CDA66421/2)
5.夜の賛歌                     S172 a/2     1847年
“夜の賛歌”はノクターン風の、美しい響きに彩られます。流れるような憂いを帯びた旋律を持つ曲で、ピアノの美しい音色が堪能できる作品です。

Hymne du la nuit
(6:57 HYPERION CDA66421/2)
6.詩的で宗教的な調べ (”死者の追憶”の第1バージョン)    S154
  1833年 35年改訂
“詩的で宗教的な調べ”の作品群の中で、最も作曲年が早いものです。この曲はその後、後半に“デ・プロフュンディス”の主題が付けられ、“死者の追想”となって、第4曲目となります。

掲示板で、K.Tさんに教わったところでは、1830年代のマリー・ダグーとの往復書簡において、ラマルティーヌの詩集、およびリストの“詩的で宗教的な調べ”(S154)についての発言が出てくるそうです。福田弥著『リスト』によれば、この曲は1835年6月7日のガゼット・ミュジカルの付録としてつけられたとのこと
※1

※1 『作曲家 人と作品 リスト』 福田弥著 音楽之友社 P186〜187

旋律の一部や、装飾効果などが、超絶技巧練習曲集 第12曲“雪あらし”を思わせます。

ハワードは“詩的で宗教的な調べ(死者の追想の第1バージョン)”を“驚くべきアヴァンギャルドな作品”と評価しており、ハワードが紹介している文章では、リストは“tronquee et fautives”とも呼んだとのこと(“断片で欠陥のある”という意味でしょうか?)。

Harmonies poetiques et religieuses
(7:38 HYPERION CDA66421/2)
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
  “詩的で宗教的な調べ”(全10曲)           S173  1845〜53年   
“詩的で宗教的な調べ”とは、1830年に出版されたラマルティーヌの詩集からタイトルが取られています。“祈り”、“孤独の中の神の祝福”、“死者の追想”、“眠りから覚めた御子への賛歌”のタイトルがラマルティーヌの詩によります。さらに“夜の賛歌” “朝の賛歌”も含めれば、6曲がとられたことになります。

リストがヴィルトゥオーゾ時代に終止符を打ち、ヴォロニンツェでカロリーヌ・ヴィトゲンシュタインとの生活を始めるころに、以前の作品のいくつかも加えて全体の構想が作られたものです。同時期の作品として、“コンソレーションズ”“ヴォロニンツェの落穂拾い”があることも、この頃の穏やかな生活、リストの詩情、ショパンへの関心の強さを想像させます。

ですが、“ショパン”“ヴォロニンツェ”というキーワードに帰してしまうのは危険です。1830年代ですでに“詩的で宗教的な調べ”の構想が語られており、曲のいくつかは1830年、40年代に作られているためです
※1

※1 LISZT the master musicians Derek Watson DENT 1989  P85 

ウォーカーが紹介している、グートマンスタール男爵宛のリストの書簡によると、“詩的で宗教的な調べ”は120〜150ページに及ぶ曲集を想定していたとのこと
※2。ハワードがこのディスクに収録している“夜の賛歌”“朝の賛歌”また第47巻に収められている“マリアへの連祷”“寺院の灯り”は出版時に曲集から外されました。1852年に出版された10曲はカロリーヌ・ヴィトゲンシュタイン侯爵夫人に献呈されました。

“詩的で宗教的な調べ”はリストの若き芸術観の結晶であることが、リスト自身の言葉によって分かります。これはマリー・ダグーの回想録に記されているとのこと。

“私の使命は、思うに、ある様式でもってピアノ音楽に詩情を注ぎ込むことです。私にとって最も重要なことは、“詩的で宗教的な調べ”です。これは私のシリアスな作品です。私は効果などのために、この作品を台無しにするようなことはしないでしょう”
※4

※2 FRANZ LISZT The Weimar Years 1848-1861 Alan Walker Cornell Univwrsity Press 1989 P80
※3 FRANZ LISZT The Weimar Years 1848-1861 Alan Walker Cornell Univwrsity Press 1989 P49〜50
※4 AN ARTIST'S JOURNEY translated and annotated by Charles Suttoni , The University of Chicago Press 1989

Harmonies poetiques et religieuses
7.祈り                              S173/1
徐々に盛り上がる導入を持ち、力強さを感じる曲です。曲集の導入曲として、大変ドラマティックな作品です。#3の第1稿をさらに劇的に構成を組んだ作品となっています。穏やかな祈り、というより信仰の強さを感じます。明朗で広がるような世界観は、“巡礼の年 第2年 イタリア”の“婚礼”の世界を想起させます。

リストの他のピアノ独奏作品で、“オルガンミサ”に組み入れられた“祈り”(S265 ハワード第25巻 オルガン独奏も可能でオルガンも同じくS265)がありますが、それとは別の曲です。

この曲の初めにラマルティーヌの詩が引用されています。

Invocation
(6:35 HYPERION CDA66421/2)
8.アヴェ・マリア                       S173/2     
この曲は、宗教合唱曲の“アヴェ・マリア I”(S20/1、2)と同じ曲です。福田弥著『リスト』の巻末作品表で確認すると、S20/2と同等のようです。S20/1が1846年作曲で、S20/2は1852年作曲です。“詩的で宗教的な調べ”の“アヴェ・マリア”は合唱曲から編曲されたと考えてよいようです。

合唱曲の方は静かながらも混声コーラスの重厚な響きでしたが、ピアノ独奏曲の方は、もっと大人しく控えめに響きます。

Ave Maria [in B flat major]
(5:27 HYPERION CDA66421/2)
9.孤独の中の神の祝福                  S173/3
静穏であり、神秘的な響きに包まれると同時に、華やかで親しみやすい旋律を持った曲です。曲集“詩的で宗教的な調べ”の中で最も規模が大きく、曲集を代表する曲です。ピアニストの構成力、繊細な表現力が最大限に発揮される曲であり、歴史的な名ピアニスト達が特別視してきた作品でもあります。1850年代初めの頃のリストが最も好んだ曲とのこと※1

晩年にいたるまで、リストにとっても他の人達にとっても好まれた曲のようで、晩年のマスタークラスでもシュトラーダルをはじめめ何人かの弟子が取り上げています。

※1 FRANZ LISZT The Weimar Years 1848-1861 Alan Walker Cornell Univwrsity Press 1989 P80

Benediction de Dieu dans la solitude
(14:27 HYPERION CDA66421/2)
10.死者の追憶                        S173/4
#6の“詩的で宗教的な調べ”の後半に、“デ・プロフュンディス”の主題が付けられています。この主題は未完のピアノと管弦楽のための作品“デ・プロフュンディス”(1834−35年)にも使われ、また“死の舞踏”の第1バージョンにも使われます。

非常に重く暗い世界が瞑想的に続く曲です。

※1 属啓成さんの『リスト作品篇』にはP.32に“1843年に4声の声楽曲として一旦完成”と、書いてありますが、ちょっと他の書籍等の作品表にその声楽曲の記述がありませんでした。 

Pensee des morts
(11:49 HYPERION CDA66421/2)
11.主の祈り                         S173/5
独特の音階で起伏が少ない旋律で、古い聖歌かマジャールの音楽のような雰囲気があります。S29の宗教的合唱曲より作られたものです。

Pater noster
(1:56 HYPERION CDA66421/2)
12.眠りから覚めた御子への賛歌            S173/6
詩はラマルティーヌによります。リストの小曲の中でもとても美しい旋律を持った作品です。リストの生涯に渡って、数種の合唱曲、いくつかの版のピアノ独奏曲が作られ続けた作品です。詳細は合唱曲のS19参照。最初のピアノ独奏曲版が、1840年に作られており、リストは演奏旅行に明け暮れている頃ですが、前年に息子のダニエルが生まれています。

Hymne de l’enfant a son reveil
(5:29 HYPERION CDA66421/2)


≪DISC.2≫
収録曲
≪DISC 2≫
詩的で宗教的な調べ(続き)
1. 葬送曲 1849年10月 S173/7
2. パレストリーナによるミゼレーレ S173/8
3. アンダンテ・ラクリモーソ S173/9
4. 愛の賛歌 S173/10
5. アレルヤ S183/1
6. アルカデルトのアヴェ・マリア S183/2
7. 主の家にわれらは進みゆく S505
8. おお、気高きローマ S546a
9. スラヴィモ・スラヴノ・スラヴェニ! S503
10. アヴェ・マリア ニ長調           第1バージョン S504
11. アヴェ・マリア 変ニ長調        第2バージョン S504
12. 教皇賛歌 S530
13. われらの主イエス・キリストの変容の祝日に S188
14. サンクタ・ドロテア S187
15. アヴェ・マリア ト長調 S545
16. ベネディクトゥス S501
17. オッフェルトリウム S501
18. スタバート・マーテル S−
19. ローマ内外の信徒に S184
20. 王の旗は先立ち S85
DISC INDEX DISC.1≫ ≪DISC.2
感想   詩的で宗教的な調べ(続き)
1.葬送曲 1849年10月      S173/7  
長い間、1849年10月に亡くなったショパンを悼む気持ちで作曲されたと、考えられていましたが、楽譜にmagyarと書かれている事で、1849年10月に処刑された14人のハンガリーの勇士のための葬送曲という考えが定説となっています。

≪1848年革命≫
フランス〜パリ2月革命

1846年〜47年にかけてヨーロッパでは穀物が不作となり、さらに経済恐慌におそわれます。
1848年2月22日にパリにおいて、ギゾー内閣政府に不満をもつ、中小企業家、プロレタリアートがデモを組織します。ギゾー内閣は退陣となりますが、23日政府軍が民衆に対し発砲し、デモは革命へと発達します。24日国王ルイ・フィリップは退位。臨時政府が樹立し、共和政が宣言されます。このときの臨時政府のメンバーに詩人ラマルティーヌがいました。

オーストリア、ドイツ〜ベルリン、ウィーン
パリ2月革命のエネルギーは、3月13日にウィーン、15日にベルリンでの民衆蜂起につながります。ウィーンでは、ついにメッテルニヒが退陣。ドイツではフランクフルト等の大都市に自由主義内閣が成立します。しかしオーストリアでは反革命勢力が優勢となり、10月にはフランツ・ヨーゼフ1世が即位することになります。

ハンガリー
ドイツと同じく1848年3月15日にハンガリーのペシュトでもデモ行進が行われます。そして4月7日にハンガリー独立責任内閣が誕生します。しかしハンガリーでの革命は、反革命のオーストリア正規軍、ロシア軍の圧倒的な兵力によって失速します。8月11日に中心人物のコッシュート・ラヨシュは亡命。ついに1849年8月13日にハンガリーはオーストリアに対し降伏することになります。そして10月に処刑された革命勢力の人物がリストの親友でもあったバッチャーニ首相をはじめ、リヒノフスキ、テレツキでした。

非常に重い低音の導入部が、葬送の雰囲気を強めます。緩徐部を過ぎ、大迫力の部分へ繋がります。この曲は“詩的で宗教的な調べ”の中でも、特に演奏される機会が多く、歴史に残る名演も多い有名な作品です。


Funerailles
(11:39 HYPERION CDA66371/2)
2.パレストリーナによるミゼレーレ        S173/8    1845〜53年 
神秘的な高音の装飾が施される静かな導入の後に、同じ主題を輝かしいばかりに壮大に奏でます。構成は単純ながら繊細な美しさと、ストレートな感動を得られる曲です。

属啓成さんは、この曲は“パレストリーナのミゼレーレ・メイ(詩篇第50番)”により、この詩篇歌は、非常に古くから教会典礼音楽として歌われてきた、と書かれています
※1。ですがハワードによれば、リストが使用した曲は、パレストリーナとは絶対に無関係とのこと。

※1 リスト 作品篇 属啓成 著 P36 (音楽之友社 1993年5月20日 第1刷発行)

Miserere d'apres Palestrina
(3:26 HYPERION CDA66371/2)
3.アンダンテ・ラクリモーソ           S173/9
この曲のみ、標題がありませんが、ラマルティーヌの詩は掲げられています。リズムの明確なとても静かな曲です。

あまり起伏のない曲ですが、そのせいかリストは、1884年6月9日にジロティがこの曲を演奏したとき、“くだらないもの、放ってしまうべきだ。全くひどい作品”と自嘲しています。
※1

※1 Diary notes of August Gollerich 『The Piano Master Classes of Franz Liszt,1884-1886』edited by Wilhelm Jeger ,translated by Richard Louis Zimdars (Indiana University Press ,1996) P29

Andante Lagrimoso
(11:46 HYPERION CDA66371/2)
4.愛の賛歌                       S173/10
曲の一部のベースラインが、“瞑想”(S204)に似ています。ゆるやかでロマンティックな曲で。曲想はシンプルですが、ドラマティックな盛り上げ方がリストらしい曲です。

この曲は晩年のリストが好んで弾いた曲のようで、1865年4月3日フランツ・ブレンデル宛書簡では、教皇に提案されたコンサートで、この曲を弾こうと思う、という意図が語られています
※1。またリストは1879年3月26日に行われた、セゲドの水害支援コンサートにおいて、アンコールでこの“愛の賛歌”を演奏しています※2。また、1886年の最後のイギリス訪問でも4月6日に取り上げています※3

また1865年9月28日のフランツ・ブレンデル宛書簡では、ロベルト・プフルグハウプトが“愛の賛歌”と“アヴェ・マリア”をヴァイオリンとピアノのための作品に編曲しており、それをエデュアルト・レメーニとナンドール・プラテニが好んで演奏したとのこと
※4

※1 LETTERS OF FRANZ LISZT VOLUME 2 "From Paris to Rome:Years of travel as Virtuoso"Franz Liszt, letters collected by La Mara and translated by Constance Bache INDYPUBLISH.COM LETTER NO.38
※2 FRANZ LISZT  The Final Years 1861-1886 Alan Walker Cornell Univwrsity Press 1996  P387
※3 FRANZ LISZT  The Final Years 1861-1886 Alan Walker Cornell Univwrsity Press 1996 P484
※4 LETTERS OF FRANZ LISZT VOLUME 2 "From Paris to Rome:Years of travel as Virtuoso"Franz Liszt, letters collected by La Mara and translated by Constance Bache INDYPUBLISH.COM LETTER NO.43

Cantique d'amour
(5:49 HYPERION CDA66421/2)

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
5.アレルヤ              S183/1    1862年
“アレルヤ”は、続く“アルカデルトのアヴェ・マリア”といっしょに出版されました。力強く神を讃える曲のようです。この作品は、“アッシジの聖フランチェスコの太陽賛歌”(S499 1881年)と同じ主題になります。

Alleluia
(3:35 HYPERION CDA66421/2)
6.アルカデルトのアヴェ・マリア            S183/2     1862年
変ロ長調のアヴェ・マリアは、ジャック・アルカデルト(1505−1568)作曲の主題を使っています。アルカデルトは始めシャンソンとして“男たちは愛を徳となすと見ゆ”を作曲しましたが、1845年にP・ルイ・ディーチュによって“アヴェ・マリア”という名で編曲され、その後“アヴェ・マリア”という題名が定着しました。1846年にリストはオルガン伴奏による混成合唱曲“アヴェ・マリア 1”を作曲し、その第2稿を1852年に、そしてその後ピアノ独奏曲に編曲しました。1862年にはオルガン曲にも編曲しています。

Ave Maria(d'Arcadelt) [in F major]
(3:51 HYPERION CDA66421/2)
7.主の家にわれらは進みゆく              S505   1880年以降
同名の宗教合唱曲“主の家に我らは進みゆく(S57)”からの編曲作品として、1884年に作られたオルガン版“主の家に我らは進みゆく”への前奏曲(S671)があります。

In domum domini ibimus
(2:53 HYPERION CDA66421/2)
8.おお、気高きローマ                S546a   1879年
この曲には1879年作曲の宗教合唱曲版(オルガン伴奏)があります。シンプルで力強い曲です。

O Roma nobilis
(1:20 HYPERION CDA66421/2)
9.スラヴィモ・スラヴノ・スラヴェニ!      S503   1863年頃
聖シリルと聖メソディウスの千年祭のために作曲されたました。合唱曲版は1863年7月5日にローマで初演され、同じ頃にオルガン版、ピアノ独奏版が作られたようです。合唱曲はS33、オルガン独奏版はS668になります。

インターネットの情報では、聖シリルと聖メソディウスはモラヴィアに布教活動を行った聖者で、モラヴィアに到着した863年7月5日が現在でもスロヴァキアの祝日となっています。リストの作曲年はちょうどその1000年後にあたります。

三省堂『クラシック音楽作品名辞典』によると、“スラヴィモ・スラヴノ・スラヴェニ!”には“栄光をたたえまつる”という訳タイトルが与えられています。“スラヴィモ・スラヴノ・スラヴェニ”という言葉にそのような意味があるのではなく、“スラヴ”を称えたタイトルでしょうか。

短い曲ですが、力強く迫力のある曲です。

Slavimo slavno Slaveni!
(1:38 HYPERION CDA66421/2)
10.アヴェ・マリア ニ長調           第1バージョン       1870年
原曲はオルガン伴奏を伴う独唱または4声の混声合唱曲“アヴェ・マリア II(S34)”になります。合唱曲は1869年に作られ、1871年にオルガン版が作られました。ピアノ独奏版は、同じS504で“ニ長調のアヴェ・マリア”になります。この曲はワーグナーの友人のジェシー・ラウソーに献呈されました。

シンプルな親しみやすい旋律の静かな小品です。このオルガン版は、1879年作曲の“オルガン・ミサ(読唱ミサの挙式の助けとして付随する)”(S264)の第5曲“オッフェルトリウム”になります。

Ave Maria [in D major]
(1:38 HYPERION CDA66421/2)
11.アヴェ・マリア 変ニ長調        第2バージョン       1872年 
第1バージョンに比べると、変ニ長調となったことで、より落ち着いた感じとなり、また曲も様々な装飾が施され、豊かな表情を得ています。

Ave Maria [in D major]
(4:06 HYPERION CDA66421/2)
12.教皇賛歌                     S530       1864年頃
明朗な響きと、明確な旋律線を持ち、リストにしては珍しい、とてもオーソドックスな響きの曲です。オルガン版はS261になります。ピウス8世を讃えるために作曲されました。

この曲はその後、1862年から1866年の間に合唱曲に編曲されて、オラトリオ“キリスト”の教会建立の場面、第8曲“汝はペテロなり”(S3)に編曲されました。また“汝はペテロなり”は、そのままオルガン曲(S664)に編曲されています。さらに、宗教合唱曲の“ローマの魂に”(Dall' alma Roma)S36も作られます。

L' hymne du Pape
(2:57 HYPERION CDA66421/2)
13.われらの主イエス・キリストの変容の祝日に
イエス・キリストの変容の祝日というのは毎年の8月6日になります。イエスが弟子達と山に登りモーセ、エリアと語っていたときに、まばゆく輝く姿に変容したことが記念されています。

低音によって旋律が繰り返され、高い音の方でまるでギターのポピュラー曲のようなリズムのアルペジオが奏でられます。この作品も控えめな神秘さを醸し出しています。

In festo transfigurationis domini nostri jesu christi
(1:30 HYPERION CDA66421/2)
14.サンクタ・ドロテア
神秘的な美しさを持った穏やかな曲です。アルペジオの上に簡単な主題が奏でられます。短い曲ですが音の膨らみ方が繊細で魅力があります。イムレ・メッツォによるCDライナー(HUNGAROTON HCD12634-2)によると、聖ドロテアは、ディオクレティアヌス帝の治世に、殉教した聖女とのこと。

Sancta Dorothea
(1:44 HYPERION CDA66421/2)
15.アヴェ・マリア ト長調                S545     1881年
ベースと高音の旋律がほとんど同型で演奏される、とても簡単な曲です。ささやかな奇跡を微笑をもって称えるような小品です。オルガンでも演奏してもよい作品で、そのためオルガン版は同じS545としてよいのでしょうか。

リストの生前には出版されませんでした。もともとはピアノまたはハーモニウム伴奏の女声合唱曲(S341)です。このS341の第2版で、ピアノ独奏版、オルガン、またはハーモニウム独奏版が作られたようです。リストの生前には出版されませんでした。

ピエール・ボーソウのオルガン演奏で聴いたとき、第2主題のところで、壮大な響きとなったのですが、これは演奏家の解釈かもしれません。ハワードの演奏は終始穏やかなものです。この箇所は楽譜はmfの指示です。

Ave Maria [in G major]
(1:33 HYPERION CDA66421/2)
16.ベネディクトゥス                    S501      1867年
“ハンガリー戴冠ミサ曲(S11)”の7曲目です。神秘的で静かな響きで始まり、徐々に音楽は盛り上がっていきます。

この曲は他に、1869年にヴァイオリンとピアノ(S381/1)、またはヴァイオリンとオルガン(S678/2)の二重奏のアレンジ、同じく1869年にピアノ連弾(S581)、1875年にヴァイオリンと管弦楽(S362)が作られています。

Benedictus(aus der Ungarichen Kronungsmesse)
(5:16 HYPERION CDA66421/2)
17.オッフェルトリウム                    S501       1867年
“ハンガリー戴冠ミサ曲(S11)”の5曲目です。S11の方でも、“オッフェルトリウム”のみ器楽のみの曲でした。合唱曲版、室内楽版に比べて短い曲となっています。

この曲は他に同じく1867年にオルガン独奏(S667)、1869年にピアノ連弾(S581)、ヴァイオリンとピアノ(S381/1)、またはヴァイオリンとオルガン(S678/2)の二重奏のアレンジが作られています。

Offertorium(aus der Ungarichen Kronungsmesse)
(4:05 HYPERION CDA66421/2)
18.スタバート・マーテル                S−      1847年以前?
力強い導入の後に、“スタバート・マーテル”を歌う歌詞が静かに奏でられます。この主題はグレゴリオ聖歌の主題とのこと。それを二度くり返した後、45小節目から始まる素晴らしく華麗で神秘的な響きの世界が繰り広げられます。EMB第12巻の解説によると、この“スタバート・マーテル”の作曲年代は特定されていない、とのこと。また1978年になるまで出版されませんでした。

1:この曲の最初の力強い導入の旋律は1847年に作られたロッシーニ〜リスト “スタバート・マーテル”より第2番“クユス・アニマム”(S553/1 ハワード 24巻)と同じものです。
2:また“スタバート・マーテル”部の主題をリストは、オラトリオ“クリストゥス”、“十字架の道行”でも使用しています。

ハワードは、上記1の事実と、曲の構造が“詩的で宗教的な調べ”の第8曲“パレストリーナのミゼレーレ”に似ているということから、1847年頃と推定しているようです。ハワードは2の事実の方は、同じ主題を使っていたとしても、関連性が見られない、と考えているようです。

イムレ・メッツォは、(。イシュトヴァーン・ラントシュのCD HUNGAROTON HCD12634-2 ライナー)、2の事実を重視し、1860〜70年代と推定しています。

僕の聴いた印象では、続く1860年代の作品と印象が似ているように思えるため、1860〜70年代なのでは、と予想します。


Stabat Mater
(3:51 HYPERION CDA66421/2)
19.ローマ内外の信徒に  法王の祝福       S184     1864年
“ウルビ エト オルビ”というのは、法王がローマの国民、そして世界中に呼びかけるときの言葉のようです。

ユニゾンで力強く主題が提示された後、呼応するように厚い和声が同じ主題で答えます。リストの宗教合唱曲などでよくある構成だと思いますが、法王の呼びかけと、応える人々と考えることが出来ると思います。

静かに主題を奏でた後、44小節目から始まる華麗なアルペジオによる装飾に彩られていき、曲は華やかになっていきます。神秘的な美しさとともにポピュラリティを得られそうな魅力ある曲です。

Urbi et orbi - Benediction papale
(3:53 HYPERION CDA66421/2)
20.王の旗は先立ち              S185      1864年
“Vexilla Regis prodeunt”というのは、6世紀のイタリアの司教詩人ヴェナンティウス・フォルトゥナトゥスが作ったラテン語賛歌の冒頭句です※1。EMBの楽譜の解説によると、引用した主題は、1行目、3行目、6行目とのこと。その箇所には楽譜に詩が書かれています。

非常に力強い主題を変奏していく感じです。この曲は1978年になるまで出版されませんでした。1860年代に作曲されたリストの宗教音楽は、力強さと神秘的な美しさを持っており、リストのロマン派としての音楽性を宗教音楽に組み入れていこうとする試みが感じられます。構成は単純ですが、シリアスさとロマンティシズム、神秘性を兼ね備えた魅力的な作品です。

同年の1864年に、管弦楽曲版(S355)が作られています。

※1 ダンテ 『神曲』 地獄編 寿岳文章 訳 集英社文庫P403 の注釈

Vexilla Regis prodeunt
(5:16 HYPERION CDA66421/2)

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