演奏 レスリー・ハワード       
タイトル 『リスト ピアノ独奏曲全集 VOL.4 超絶技巧練習曲集』
データ
1989年録音 HYPERION CDA66357
ジャケット テオドール・ジェリコー 『マゼッパ』
収録曲
  超絶技巧練習曲集  全12曲                               S139
1.プレリュード
2.(モルト・ヴィヴァーチェ)
3.風景
4.マゼッパ
5.鬼火
6.幻影
7.英雄
8.荒々しき狩
9.回想
10.(アレグロ・アジタート・モルト)
11.夕べの調べ
12.雪あらし

13.マリオット マリーのワルツ                                S ー
14.ハ調のアダージョ                                      S ー 
15.ルイ・フェルディナンド公のモティーフによる悲歌                   S162  
感想 超絶技巧練習曲集 全12曲                   S139          1852年
1826年15才のリストはすべての調性で48曲からなる練習曲集を作ろうと思い立ちます。そして12の課題による練習曲集(12の練習曲  op.6 S136)の12曲を書き上げます。結局、完成したのはこの12曲だけでした。1837年26才のリストは幼き頃の野心に再び取り組みます。S136を大幅に改訂し“24の大練習曲集(S137)”を作り上げます(ただし12曲のみ)。そして1840年に第4番のみをさらに作りこんだ“マゼッパ(S138)”を発表、その11年後の1851年に12曲全体を改訂し現在知られる“超絶技巧練習曲集(S139)”を完成させ、1852年に出版しました。このS139はS138と同じく師であるカール・チェルニーに献呈されました。

≪12篇の詩≫
“超絶技巧練習曲集”は標題が特徴的で、まるで幻想文学のようです。珠玉の12曲はボードレールやベルトランの詩集を思わせます。

≪超絶の絶頂≫
メカニカルな演奏技法にのみ注目すると、おそらくリストの名技主義の絶頂は1837年頃なのでしょう。“超絶技巧練習曲”の発展の歴史は、S136で“萌芽”し、S137で“技巧の絶頂”を向かえ、S139で“芸術の頂点”へと到達するのです。

Douze Etudes d’execution transcendante
(Total67:46 HYPERION CDA66357)
1.プレリュード (プレスト) ハ長調             S139/1
ショパンの12エチュードの第1曲目とは異なり、リストの方は序曲としての性格のみのようです。華々しいスパークが曲集の開始を飾ります。

Preludio(Presto)
(0:48 HYPERION CDA66357)
2.(モルト・ヴィヴァーチェ) イ短調            S139/2
僕は#1と#2は12曲の中でも特に結びつきが強いと考えています。2曲とも一方通行的な曲で、1曲目ではエネルギーは上昇し開花する感じ、2曲目ではそのエネルギーが前に突き進んで行く感じがします。この曲は12曲の中でも特にカッコイイ曲で僕は大好きです。

(Molto vivace)
(2:24 HYPERION CDA66357)
3.風景 (ポーコ・アダージョ) へ長調          S139/3
#1#2で異常なエネルギーではじまった“超絶技巧練習曲集”は、この第3曲目で、強さはそのままに、穏やかさを得ます。6/8拍子のパストラールともいえる作品。ノスタルジーに溢れた曲でリストの作品の中でも、最も美しい作品に数えられると思います。“風景”というタイトルはヴィクトル・ユゴーの詩からとられました。

Paysage(Poco adagio)
(5:15 HYPERION CDA66357)
4.マゼッパ (アレグロ) ニ短調              S139/4    
#3での穏やかさは、#4の冒頭の不穏な和音によって払拭されてしまいます。改訂につぐ改訂を経てきた“マゼッパ”が、ここでようやく完成します。この第4曲の楽譜の最後にはヴィクトル・ユゴーの詩句が引用されています。

≪マゼッパ伝説≫
イヴァン・ステファノヴィッチ・マゼッパ(1644−1709)は、ポーランド国王のヨハン・カジミール宮廷に使えていました。そこで貴族の夫人と親しくなり、不貞の罪によって、裸で馬に括り付けられ荒野に追放されるという刑をうけます。しかし放浪をつづけていると、ウクライナで救われます。マゼッパはそうしてウクライナのコサック兵の一員となります。やがて戦果をあげウクライナの英雄となるのです。

ウクライナは、1648年からポーランドからの独立戦争を行っていましたが、1650年にベレステチコの戦いで敗れたことがきっかけで、1654年にロシアの宗主権を認めロシア側につくことになります。ウクライナに対するロシアの支配力が強くなったのです。1700年からはじまる北方戦争において、スウェーデンとロシアの戦争時にウクライナはロシアからの独立戦争をけしかけます。1709年のポルタヴァの戦いでピョートル1世率いるロシア軍はスウェーデン軍を破り、ウクライナでの反乱も鎮圧します。マゼッパが死んだのもポルタヴァの戦いと同年の1709年です。

≪マゼッパが駆け抜けるまで≫
S136/4 12の課題による練習曲集 第4番 1826 ピアノ独奏曲
S137/4 24の大練習曲集    第4番 1837 ピアノ独奏曲
S138 マゼッパ 1840 ピアノ独奏曲
S139/4 超絶技巧練習曲集   第4番 1851 ピアノ独奏曲
S100/1 交響詩“マゼッパ” 1851 管弦楽
(リスト、ラフ共作) 
S100/2 交響詩“マゼッパ” 1854 管弦楽(リスト単独)
S? マゼッパ 1855 2台のピアノ用
S? マゼッパ 1874 ピアノ2手用
S511 c マゼッパ 1870s ピアノ独奏曲
(シュタルク、リスト)

“超絶技巧練習曲”の中で唯一“交響詩”作品も作られているマゼッパは、その成立過程を単独で考えると、上のようになります。S136/4ですでに原型はあるのですが、ここには“マゼッパ”のイメージはありません。S137/4までの間にリストはユゴーの詩に接し、S136/4にマゼッパのイメージを加えていくわけです。荒れ狂う野生馬は、12曲から飛び出してしまい、単独でさらにイメージを強めていきます(S138)。旋律に付随する装飾音が軽くなっていく事は、馬が足枷を外されていく事と同じで、その分、野生馬は疾走していきます。
いきなり駆け出すS137/4に対し、S138では不穏な和音によるイントロがつけられています。そして完成のS139/4では、さらにイントロの後に、下から上へと駆け上がる“音のカーテン”が加えられます。これから始まる壮大な悲劇の“幕開け”を強調したのでしょう。

S100/1とS139/4は同じ1851年作曲ですが、どちらが先なのでしょうか?属啓成さんも諸井三郎さんもS139/4は、S100/1-2からの編曲としています。ですが僕は曲を聴いた感じ、そうは思えませんでした。S139/4は普通にS138の改訂と考えた方がしっくりします。S100/1-2では、マゼッパの勝利をさらに表現するために、S82“労働者の合唱”が後半にくっ付けられます。もしS139/4が、S100/1-2からの編曲だったとしたら、1855年以降のマゼッパと同じように“労働者の合唱”の部分も編曲されているはずと思うからです。

≪マゼッパを追いかけろ!≫
S137の頃は12曲すべてにタイトルがありませんでした。ところが荒れ狂う野生馬はマゼッパをいきなり頭一つ飛び出させてしまいます。その後S139となって、まるでマゼッパを追いかけるように12曲のうち10曲までにタイトルが与えられます。

≪マゼッパに魅せられる≫
マゼッパ伝説を芸術作品の題材としたものに、リストが直接影響を受けた、ヴィクトル・ユゴー『東方詩集』(1829)、バイロンの詩(1819)の他に、プーシキンの叙事詩『ポルターヴァ』、ジェリコーの絵画(油彩1822年、リトグラフ1823年)、ルイ・ブーランジェ、オラース・ヴェルネ、ウジェーヌ・ドラクロア3人の競作となる絵画、プーシキンの作品をテキストとしたチャイコフスキーのオペラ、現代に入って1993年フランスでバルダバスが『ジェリコー=マゼッパ伝説』という映画を作りました。

Mazeppa(Allegro)
(7:19 HYPERION CDA66357)
5.鬼火 (アレグレット) 変ロ長調    S139/5
“鬼火”は12曲の中で最もメフィストーフェレス的な作品です。半音階で跳ね回る旋律は、人を嘲笑しているかのようです。とても個性的であることと、技巧の表現が押し付けがましくないところが、よく演奏曲目として取り上げられる理由でしょうか?

Feux follets (Allegretto)
(4:05 HYPERION CDA66357)
6.幻影 (レント) ト短調                    S139/6
“幻影”というタイトルはユゴーの詩によります。ブゾーニによるとこの曲はナポレオン・ボナパルトの葬送にインスパイアされたとのことです。

歴史を調べると、ナポレオンは1821年にセント・ヘレナ島で死去します。そして19年後の1840年に遺体がセントヘレナ島からフランスへと戻されます。12月15日にパリで盛大な祝典が行なわれたとのこと。リストがインスパイアされるとしたらこの時の祝典だと思います。ですが、1840年の12月から1月にかけてリストはイギリス−アイルランドをツアーしています。“幻影”は1837年のS137の時点で、最終版の音世界には到達しているので、あまり関係ないような気がします。

確かにブゾーニが言うように葬送曲のように重いリズムの曲です。アルペジオの上に旋律がうまれています。僕はこの“幻影”が超絶技巧練習曲集の中で一番好きです。

Vision(Lento)
(6:01 HYPERION CDA66357)
7.英雄 (アレグロ) 変ホ長調               S139/7
この曲のイントロはリストが13歳の頃の作品“ロッシーニとスポンティーニの主題による華麗な変奏曲(S150)”と同じものが使われています。

#6がナポレオンともし関係しているのならば、“エロイカ”という標題がちょっと気になります。“勇壮な”という表現ではちょっと言い表わせきれないデモーニッシュな側面を持つ曲です。

Eroica(Allegro)
(4:41 HYPERION CDA66357)
8.荒々しき狩 (プレスト・フリオーソ) ハ短調          S139/8
12曲の中でも一番迫力がある曲です。導入部の巨大さに対して、中間部の旋律の美しさの対比が魅力的です。

この曲の“狩”という邦題には、すこし疑問があるようです。ヘルム著『リスト』の作品表では“死霊の狩り”となっています。僕にはちょっと分からないので、定着している“狩”としておきます。確かに、この曲のイメージは“狩”というにはちょっとデモーニッシュな面が強い感じを受けます。シットウェル著の『LISZT』によれば、ウェーバーの“魔弾の射手”の世界と関係しているそうです。

同じウェーバーの合唱曲で、リストもピアノ曲に編曲している“竪琴と剣 op.42”の第2曲が、“リュッツォウの荒々しい狩 Lutzows wilde jagd” です。この作品の詩の世界がヒントとなるのではないでしょうか?またこの詩はケルナーによるものですが、同じテキストにシューベルトが“リュッツォウの嵐の夜の狩”(D205)という二重唱曲を作っています。

Wilde jagt (Presto furioso)
(5:31 HYPERION CDA66357)
9.回想 (アンダンティーノ) 変イ長調              S139/9
迫力ある2曲の後の、緩やかな美しい曲です。ブゾーニはこの曲を「黄色く変色したラブレターの束」と表現しました。

Ricordanza(Andantino)
(10:33 HYPERION CDA66357)
10.(アレグロ・アジタート・モルト) へ短調          S139/10
僕にとって、数あるリストの作品の中でショパンを想起させるのが、この曲です。旋律線がショパンの何かに似ているのですが・・・。ブライス・モリソンによると、この曲はベートーヴェンのソナタ23番と同じく“アパッショナータ(熱情)”と呼ばれる事があるそうです。

(Allegro agitato molto)
(4:19 HYPERION CDA66357)
11.夕べの調べ (アンダンティーノ) 変ニ長調       S139/11
様々な音の効果が楽しめる作品です。#3の“風景”よりも、情景を描き出してくれます。緩やかな曲と思って聴いていると、非常にスケールの大きな響きへと変わっていきます。冒頭の低音の響きは、教会の鐘の音を模していると言われています。

Harmonies du soir (Andantino)

(9:32 HYPERION CDA66357)
12.雪あらし (アンダンテ・コン・モート) 変ロ短調      S139/12
この曲は従来“雪かき”と呼ばれていましたが、現在では“雪あらし”の方で定着しているようです。僕の持っている仏和辞典では Chasse-neige “機関車などにつける雪かき器、除雪車”となっているのですが・・・・。Chasseはもともと“狩”の意味で、動詞として“追い払う”という意味にもなります。“風に吹き払われる雪”というイメージがいいでしょうか。

ちらちらと幻想的に舞う雪(後半では吹き荒れるような雪)が描写されます。非常に繊細な描写で、数多くの演奏家たちの表現力が楽しめる作品です。

Chasse-neige (Andante con moto)
(6:19 HYPERION CDA66357)

13.マリオット マリーのワルツ            S −             1840年頃
オルゴールの曲のような小品です。これはリストからマリーダグー宛てに送られた書簡の中から見つかったものです。

Mariotte〜Valse de Marie
(1:14 HYPERION CDA66357)
14.ハ調のアダージョ                 S −             1841年
これはアルバム・リーフ(断片)で、ダンテソナタの断片です。

Adagio in C

(0:49 HYPERION CDA66357)
15.ルイ・フェルディナンド公のモティーフによる悲歌      S162      1842/52年 
ルイ・フェルディナンド公(1772−1806)は、プロイセン王国の王子の息子で、フリードリッヒ・ヴィルヘルム2世の甥にあたります。音楽的な才能に恵まれ、作品もいくつか残しています。1806年にナポレオン軍との戦いにおいて33歳の若さで戦死します。

優雅で明るい響きの曲です。

Elegie sur des motifs du Prince Louise Ferdinand de Prusse
(7:35 HYPERION CDA66357)


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