演奏 レスリー・ハワード       
タイトル 『リスト ピアノ独奏曲全集 VOL.3 幻想曲、3つの葬送頌歌,、演奏会用大独奏曲』
データ
1988年録音 HYPERION CDA66302
ジャケット シモン・レナード・ド・サン=シモン『静物画』
収録曲
1.バッハの名による幻想曲とフーガ    
2.バッハ〜リスト “涙し、嘆き、憂い、畏るることぞ”       
3.バッハ〜リスト カンタータ“涙し、嘆き、憂い、畏るることぞ”の通奏低音と、
  ロ短調ミサの“クルチ・フィクス”による変奏曲          

  3つの葬送頌歌
4. “死者たち”                    
5. “夜”                      
6. “タッソーの葬送的凱旋”          

7.演奏会用大独奏曲
S529
S179
S180



S516
S699
S517

S176
感想 1.バッハの名による幻想曲とフーガ              S529    1870/71年
この曲は1855年に作られたオルガン独奏曲“バッハの名による前奏曲とフーガ(S260)”のピアノ独奏曲版です。オルガン版では音が潰れてしまうような感じがありましたが、ピアノ独奏曲版では音像が明瞭になり、曲の魅力が際立ちました。オルガン版もよくCDなどで取り上げられていますが、現在ではピアノ版の方がポピュラーです。リストの作品の中でも、極めて巨大で破壊的エネルギーを持った作品で、ファンタジーの大傑作です。

Fantasie und Fuge (uber das Thema B-A-C-H)
(10:46 HYPERION CDA66302)
2.バッハ〜リスト “涙し、嘆き、憂い、畏るることぞ”による前奏曲   S179  1859年
バッハの教会カンタータ第12番(BWV12)の最初の合唱からの主題です。リストの“涙し、嘆き、憂い、畏るることぞ”の主題を用いた作品では、続くS180とそのオルガン版のS673が有名ですが、このS179も魅力があります。静かに音を紡いでいくように演奏され、劇的な盛上がりをみせます。


“Weinen, Klagen, Sorgen, Zagen” Praludium nach J.S.BACH
(5:35 HYPERION CDA66302)
3.バッハ〜リスト カンタータ“涙し、嘆き、憂い、畏るることぞ”の通奏低音と、
  ロ短調ミサの“クルチ・フィクス”による変奏曲   
バッハの教会カンタータ第12番(BWV12)の最初の合唱からの主題と、ロ短調ミサ曲の2.クレドから同じ主題である“クルチ・フィクス”を用いた変奏曲です。曲の最後にはカンタータ第12番の終楽章“神のなすことは善行なり”が使われます。ピアノ独奏曲はアントン・ルビンシュタインに、オルガン曲はゴットシャルクに献呈されました。またこの曲は、1862年に長女ブランディーヌが亡くなった事が作曲の背景と言われています。

ピアノ独奏曲が最初と書かれているCDライナーが多いのですが、本当のところはどちらかわからないそうです。オルガン版を聴いた感じ、速いパッセージなども多く、ピアノ独奏版が最初のような気がします。強いエネルギーが混沌と全体を支配する壮大な大作です。

Variationen uber das Motiv von Bach(Basso continuo des ersten Satzes seiner Kantate“Weinen, Klagen, Sorgen, Zagen” und des Crucifixus der H‐moll Messe)
(13:08 HYPERION CDA66302)
  3つの葬送頌歌
4.“死者たち”                     S516    1860〜66年
元は1860年に作られた管弦楽曲“3つの葬送頌歌”(S112)の第1曲目です。この曲はオルガン独奏版(S268)ではタイトルが変わり“追悼歌”となります。

1860年の管弦楽曲版は、前年に亡くなった息子ダニエラの死を悼んで作曲されました。ラムネ神父の死者を追悼する詩を元に作られています。そのため管弦楽曲版の方では、男声合唱が随意で入れられるように指示されているとのこと。ピアノ独奏版でも合唱とナレーションが随意で入れられるようになっているそうです。

全体は重苦しい雰囲気に覆われる曲です。エンディング間際ではピアノ独奏ならではの豪快な盛上がりを見せ、そして静かに終っていきます。

Trois odes funebres “Les Morts - Oraison”
(7:38 HYPERION CDA66302)
5.“夜”                        S699   1860〜66年
これは1838/39年作曲の“巡礼の年 第2年 イタリア”の2曲目“物思いに沈む人”(S161/2)がおおもとの原曲となり、そして1862年の長女ブランディーヌの死を契機に1863〜64年に作曲された管弦楽版“3つの葬送頌歌”の2曲目“夜”(S112/2)が産まれます。そのピアノ独奏版編曲が、このS699となります。さらに1864〜65年のヴァイオリンとピアノための編曲(S377a)、1866年のピアノ連弾曲(S602)も作られました。

おおもとのS161/2はミケランジェロが作ったメディチ家廟墓のロレンツォ・デ・メディチの像から受けたインスピレーションによる曲なのですが、こちらでは、同じメディチ家廟墓にあるジュリアーノ・デ・メディチ像の下にいる裸体像“夜”の方に焦点をあてたのでしょうか?ハワードの解説によると、ミケランジェロの詩からタイトルをとられたとのこと。他にもミケランジェロにまつわる作品として“エステ荘の糸杉に”がありますが、リストにとって、ミケランジェロは“死”をイメージさせる芸術家だったのかもしれません。またこのピアノ独奏版には随意でナレーションが入れられるとのこと。

ブランディーヌの死が影響した作品に、他にバッハ〜リスト“カンタータ 涙し、嘆き、憂い、畏るることぞ の通奏低音と、ロ短調ミサの クルチ・フィクス による変奏曲”(S180)があります。僕はS180の方にブランディーヌの死の悲しみ、という感じを受けませんでしたが、こちらのS699、S377aは葬送曲ですので、感じることができます。

Trois odes funebres “Les Notte”
(10:32 HYPERION CDA66302)
6.“タッソーの葬送的凱旋”               S517       1860〜66年
管弦楽版の“3つの葬送頌歌”(S112)の第3曲目“タッソーの葬送的凱旋”は、1849年作曲の交響詩“タッソー、嘆きと勝利”(S96)のエピローグとして作曲されました。S96の後半の“勝利の主題”を使っています。先の2曲と同じ、葬送の雰囲気の曲ですが、ここに“凱旋”“勝利”という明るいイメージが加わっている感じです。

Le Triomphe Funebre du Tasse
(10:45 HYPERION CDA66302)
7.演奏会用大独奏曲                  S176          1850年
リストはこの曲をパリのコンセルヴァトワールのコンクール出品のために作曲しました。曲はヘンゼルトに献呈されます。

この曲は、あの巨大な“ピアノソナタ ロ短調”(S178)の先行作品となります。“ピアノソナタ ロ短調”は完璧なまでに構築された音の建造物であり、リストの膨大な作曲の流れの中で、従来のインプロヴィゼーションがベースとなるリストのスタイルからは浮いた存在となっています。突然現れた“怪物”のような印象を受けます。ですが、この“演奏会用大独奏曲”が存在することで、“怪物”ソナタロ短調はリストの作品体系の中に、つなぎとめられるのです。

曲の全体の印象としては、僕は“ダンテソナタ”の方に似ていると思います。この“演奏会用大独奏曲”(S176)は、僕は“ダンテソナタ”、“ダンテ交響曲”、“ピアノソナタ ロ短調”、“ファウスト交響曲”をつなげる“鎖”だと考えています。

この5つの大曲の作曲年代をまとめると次のようになります。

タイトル 着手〜推敲 最終稿
S161/7 ソナタ風幻想曲“ダンテを読みて” 1839/40年 1849年
S176 演奏会用大独奏曲 1849年 1850年
S178 ピアノソナタロ短調 1851/52年 1853年
S109 ダンテ交響曲 1845/47年 1855/56年
S108 ファウスト交響曲 1840年代、1854年 1857年

これらの曲は、作曲年代が同時期にあたり、そのため作品内の主題等が似通っています。しかし、S176とS178の間には、大きな飛躍があります。リストはその間に何をしているのでしょうか?ここで注目すべきものが、シューベルト“さすらい人幻想曲”の編曲だと思います。リストは、シューベルトの“さすらい人幻想曲”をピアノ協奏曲版(S366)に1851年に編曲し、さらに同じ頃にピアノ連弾曲(S653)に編曲しています。新しい“ダンテソナタ”とも言える“演奏会用大独奏曲”のリストらしい主題に、シューベルトの“さすらい人幻想曲”の論理を加えた作品が“ピアノソナタ ロ短調”、と考えることができます。また見方を変えると、直線的な“縦の広がり”を見せる“ダンテソナタ”に、平面的な“横の広がり”を加えた“演奏会用大独奏曲”、そしてそこへシューベルトの“さすらい人幻想曲”の論理が加わることで、空間的な“奥の広がり”を見せる“ピアノソナタ ロ短調”と、考えられると思います。

ですがリストは決して“演奏会用大独奏曲”を習作とは考えていませんでした。この曲は、次のような発展をしていくのです。S258、S365aの存在は、リストがS176を習作と考えていないことのあらわれだと思います。

タイトル ジャンル 作曲年
S175a 演奏会用大独奏曲 ピアノ独奏曲 1850年
S176 演奏会用大独奏曲 ピアノ独奏曲 1849/50年
S365 演奏会用大独奏曲 ピアノ協奏曲 1850年
S258 悲愴協奏曲 2台のピアノ 1856年
S365a 悲愴協奏曲 ピアノ協奏曲 1885/86年

“ピアノソナタ ロ短調”を思わせる箇所は、まずハワードの演奏で2:00あたりから始まる箇所です。特に3:00過ぎから始まる、低音の力強い打撃音の上に、高音の装飾が掻き鳴らされる箇所、4:00あたりで緩徐部に移るところなどは、完全に“ピアノソナタ ロ短調”’(S178)の世界です。また2:45あたりから始まる主題は“ダンテ交響曲”(S109)、6:00あたりからのマイナー調になった主題は“ファウスト交響曲”(S108)を思い出させます。10:30あたりから始まるクライマックスは、“ピアノソナタ ロ短調”と“ダンテ交響曲”の“インフェルノ”を合わせたような感じから、11:00から始まる“ダンテソナタ”のクライマックスに似た箇所になだれ込みます。そして、曲の始めの方へ戻った後、劇的な音世界が続き、そして15:30あたりで緩徐部に移ります。そしてすべての結末である大フィナーレが奏でられます。

Grosses Konzrtsolo
(18:51 HYPERION CDA66302)


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