1999年11月に読んだ本


【宇宙消失】 グレッグ・イーガン 創元SF文庫

1999.11.30読了.
ある日,暗黒の物体に太陽系が包まれてしまい,星が消える.物語はその数十年後,私立探偵がある失踪事件を手掛けるところから始まる.
年代としては『クリスタル・サイレンス』と同じ頃,題材としては『カムナビ』と重なる.『クリスタル…』のサイバー空間もよかったけど,こっちの脳をいじってコンピュータ化するってのもいいし,品名と製造元と値段が一々書いてあるのがお茶目で楽しい.メインの量子論的逆転アイディアは『カムナビ』の底抜けアイディアと違ってアクロバティックで素晴らしい.いやーすごいなぁ.後半,ちょっとだれるけどこれだけで十分.
SFだよねぇ.B+

【新世紀日米大戦9】 大石 英司 中央公論

1999.11.25読了.
久しぶりの大石英司.出版ペースがにぶってるなぁ.
さて,今回も硫黄島の戦闘は続く.司馬さん,相変わらず強いなぁ.これでロボット2体目だもんね.60近いおばさんとは思えない.『よきかぜ』vs『シカゴ』もなかなか緊迫感があってよろしい.ただ3次元で動くから図とかあると便利で分かりやすいんだけどなぁ.日本では相変わらずの日系おねーちゃんのゲリラ戦.この人だんだん強くなるんじゃないかなぁ.
そんなところに突然最終兵器が登場する.ちょっと唖然かも.そんなにすごい奴なら日米両国を脅迫して戦争を終らせるっていう手の方が簡単だったのでは….B

【やみなべの陰謀】 田中 哲弥 電撃文庫

1999.11.24読了.
『ジャンルも文体も違う五つのそれぞれ独立した短編が,実は巧妙に張り巡らされた伏線によってひとつの長編を形作るという』作品(作者解説より).
ある日突然,普通の大学生栗原守のところに大男が千両箱を届けに来て物語は始まる.彼がやくざの抗争に巻き込まれかける第一話.彼の恋愛を描く第二話.そしていきなり第三話では江戸時代に話が飛ぶ.第四話はSF.第五話はスラップスティック・コメディで解決編.いや,どうなってしまうかと思ったら見事に物語は収束する.
作者の『わからん奴は勝手にしろ』的態度がクールでよろしい.だって解決編の探偵役は,けいれん的時間旅行者(おお『屠殺場5号』だ)で,こいつはもともと頭が悪い上に時間をジャンプするするたびに記憶喪失に陥る.相方は呆け老人.読者はこの二人のわけの分からない会話から錯綜した物語の筋道を考えなきゃいけない.う〜む,新手かも.そうそうここで出てくるバックトゥーザフューチャー的小物もいいなぁ.そういえば全体的にあの映画の香りがするよね.第四話なんて『バック…2』っぽいしなぁ.
読み終わったら再読するのがお勧め.伏線が素晴らしい.続編とか出ないのかなぁ.解説本でもいいぞ.『やみなべを解く』とかね.ウンベルト・エーコなら出るのにねぇ.傑作.A.

【古文書返却の旅】 網野 善彦 中公新書

1999.11.22読了.
戦後の混乱期に漁村の古文書を集めて資料館を作る試みがあり,資料は集めたのだが結局計画は挫折し,膨大な資料が返還されないままになり,著者が後始末をするハメになる.その経過を書いたもの.借りっぱなしで何十年もそのままなんだもんなぁ,ま,乱暴な話があったものであります.今は改善してるのかなぁ.そのあたり少し不安.C+.

【カムナビ】 梅原 克文 角川書店

1999.11.19読了.
梅原書簡で話題の梅原克文が4年ぶりの書き下ろしっていうのであるから期待はするよねぇ.前作『ソリトン…』で面白かったけど不満が残った部分があったけど今度はどうなのかというのが期待の第一.もう一つの期待は,梅原書簡で表明されている『サイファイ』というのはどんなものなのか,ということであります.
まず,『ソリトンの悪魔』で感じた不満について.
  • 登場人物に感情移入できない.どうも私としてはお付き合いしたくない人が多い印象が残っている.
  • 安易に物事が進み過ぎる.例えばあんなに簡単にコミュニケーションできてしまっていいのだろうか?,とか.
    覚えているのはこんなところなのですが,これはそのまま『カムナビ』にも当てはまりますねぇ.特に主人公.うじうじと反省したり,やけっぱちになったり,落ち着きのない奴で同情できない.女性はいい奴と悪い奴と2人出てくるのだが,これもどうも現実感が無いなぁ.また,物語に何もかも突っ込んでしまいたいという気持ちはわかるんだけど,それをこの短期間の間に(結局何日間のお話なんだろう?)色々なことが起きてしまってそのため進行に無理が生じている.
    『サイファイ』について言えば,ジャンルに名前をつけるのは別にかまわないけど,この路線っていうのは,『半村良から色気を抜いて下手にした路線』と理解していいのだろうか?.もしそうならそんなものはいらない.ま,どうでもいいけどさ.
    何よりもずっこけたのは下巻の後半になって出てくるトンデモ理論でありまして,あまりといえばあまりの展開で,小説上での理論とはいえ,これじゃやっぱりまずいでしょう.せっかく盛り上がっているところで白けることおびただしい.
    とまあ,けなしているわけなのだけど,面白くないかといえばそんな事は無く,確かにページをめくらせる力がある.だからあのトンデモ理論をやめて,くり返しの描写とか余計な情景とか(例えば気象庁の場面なんて全部いらないと思う)はぶいてくれればもっとよかったのになぁ.それに細かいところを書込んでいるわりに細かいところにミスが多いのですよねぇ.そうそう笹子あたりで中央線から富士山なんか見えないぞ.B.
    この本は旅歌さんからの借り物.どうもありがとう.

    【ソバ屋で憩う】 杉浦日向子とソ連 新潮文庫

    1999.11.16読了.
    昼下がりに一杯飲みながら憩うことのできる蕎麦屋ガイド.
    子供の頃から蕎麦が好きで,好きな食べ物というとまず蕎麦を思い浮かべる.小学生か中学生の時,漱石の『猫』を読んで蕎麦の食べかたを知り,以来,なるべくそれを実行しようとして子供時代を過ごした(糞生意気なガキではあったなぁ).ところがこの頃蕎麦屋から足が遠ざかっているのですねぇ.そんな時にこの本を読み,いやまったく蕎麦屋はいいなぁ,と再確認.
    蕎麦っていうのはウィスキーに似ている.一般的なもの,ウィスキーでいえばブレンドウィスキーのように親しみやすい蕎麦と,高踏的なもの,シングルモルトみたいに慣れないとむしろ不味いといえるようなしかし慣れると病みつきになる蕎麦がある.通常,グルメ本で取り上げられる店はこのシングルモルト醸造所的蕎麦屋であります.本書でもそれは変わらない.ただ,本書では昼下がりにお酒を飲みながら憩える,ということが目的であるのが目新しい.
    さて,私にとって,このシングルモルト的蕎麦はどういう物であるのか.まず第一に概ねうまい蕎麦であることには同意するのにやぶさかではない.ただ,シングルモルトウィスキーと同じで好みが出てきて,しかもそれが激しくなるのですねぇ.例えば同じスコットランドのシングルモルトウィスキーでも好きじゃなくて絶対に買うものかと思っている銘柄もあるし,『ラガブーリン』のように目が細くなる銘柄もある訳で,同様に大好きな蕎麦屋の蕎麦(例えば並木の薮とかね)もあるけど,『どうもいただけないなぁ.乾蕎麦を自分で茹でた方がまし』というような蕎麦屋もあるのです.
    ということでこの本で紹介されている101店,皆美味しそうに書いてあるけれど,それは随分怪しげであると思うのですよ.
    そしてまた値段の問題がある.シングルモルト的蕎麦屋は大概お高い.イタワサでお酒を一杯やって『せいろ』を3〜4枚(それくらいじゃないと食べた気がしない位の量なんだよねぇ)で5千円近くかかるんじゃねぇ…(これでも安い方かも).家族と住宅ローンを抱えた身では敷居が高い.その点『まつや』はいいなぁ.お酒を頼むと蕎麦味噌が付いてくるし,『大もり』もあるしね.
    敷居が高いといえば,やたらと気取ったような店が多いのもハイブラウな蕎麦屋の特徴であって,私はそういう店には金輪際行きたくない.
    最近の私はもうあきらめてしまって(つまりお金が無いとか,子供連れで入りにくいとか,堅苦しい所はいやだとかで)ほとんど自宅での乾蕎麦でありまして,少し高目の蕎麦を選べばそこらのスーパーで売ってるもので十分おいしい(ま,国産ブレンドウィスキーのおいしさだけどね).つまみも酒も好きなのを選べるし.それに去年引っ越してしまい(家も職場も)通勤途中とか近場とかで知ってる蕎麦屋が無くなってしまったことも大きい.
    そうなってしまうと蕎麦屋の蕎麦ってものに一種のアキラメ感を持ってしまうのですねぇ.どうせあまりうまくないだろうとか思ってしまい,蕎麦屋に入ってもビールとつまみを頼んで蕎麦を食べずに出てしまうというような本末転倒の事態に陥っているのですよ,実際.ま,喉が渇いていてコーヒーも缶飲料も飲みたく無い時,とりあえず蕎麦屋に飛び込めばビールが飲めるってのは生活の知恵なんだけどさ.
    というようなこの頃の私が本書を読んでみたのです.うん,もしかしたら蕎麦屋への情熱が戻るかも.何といっても家の近所って結構まともな蕎麦屋(つまりシングルモルト級の)が多いんですねぇ.中には『せいろ』1300円なんていう言語道断な店もあるけど(私はプレミアムなワインを絶対買わないようにこういう店には絶対行かない)お気楽そうな店も自転車の行動範囲で随分あるようで,こいつは楽しみ.
    そういう店じゃなくても,行き付けの蕎麦屋を作っておくってのは大事かも.考えてみれば家の近所で何軒か候補があるから少し回ってみようかなぁ.職場からの帰りの駅のそばにもそういう店を開拓しなくちゃね.いや,吉祥寺とかで途中下車してもいいだけどさ.
    問題は休みの日の昼下がり(やっぱり帰宅途中じゃなくて午後行くのが正しい道でしょう),一人で酔っ払いに行くことを妻が許してくれるかどうかなのだよねぇ.B
    【クリスタルサイレンス】 藤崎 慎吾 朝日ソノラマ

    1999.11.11読了.
    いやもう真っ向勝負のSF.こういうの読むの久しぶり.
    話はテラフォーミングされつつある火星から始まる.極冠の氷を切り出している時に生物群(の死体,あるいは抜け殻)が発見される.セーガン生物群と名付けられたのだが(命名がいいなぁ),殻だけで中身が全く無い.ということはこれは知的生物の貝塚という可能性が….
    セーガン生物群を調査するために火星に行く主人公サヤ(縄文文化の専門家).サヤの恋人ケレン.兵器製造会社の怪しげなCEO(ゴキブリのサイボーグを体に這わせている).『フランケンシュタインの怪物』と『透明人間』の会話.サイボーグ兵士.
    何といってもヴァーディグ(仮想電子世界)の描写がそれっぽくてよろしい.確かにこういう風になる可能性はあるだろうなぁ.そして細かいところがよく考えられていてリアリティがある.ウソを書く時にはこういうことが大事なんだよね.A−
    【亡国のイージス】 福井 晴敏 講談社

    1999.11.4読了.
    確かに面白い.悪くないのだけど違和感がちらほらとあるのですねぇ.
    最初の細かい書込みは大変結構.OKです.ま,ちょっとクサいところもあるけどいいよなぁ.だけど旅客機爆破から救出,ポットの回収あたりになると眉に唾をつけたくなるのですねぇ.一方では描写は思いっきりリアルでありながら,太平洋の真ん中に飛行機から落っことしたポットを拾い上げることに全てを託すっていうのはちょっと思いっきり作り物じみて見えるのですよ.
    自衛隊の指揮系統も思いっきり無能に描かれ過ぎている.いくらなんでも偵察機くらい飛ばすだろうに,いきなり護衛艦ぶつけるってことは無いと思うのですよねぇ.
    艦内のアクションにしても,おおっいいぞっ,と思わせる描写があると思えば,ウソだろうと感じさせるところもあったりして興をそぐ.ウソっぽいところはさ,本当っぽく綿密に描写して欲しいんだけど,そういうところに限ってさらっと流してるんだもんねぇ.力の入れ方を間違えているぞ.
    でも面白いことは確か.う〜ん,困った本だなぁ.この本は旅歌さんにお借りしたもの.旅歌さんありがとう.B
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