2000年6月に読んだ本


【ヴュルテンベルクのサロン】 パスカル・キニャール 早川書房

2000.6.29読了.
故郷喪失者にして母語喪失者の主人公が語る物語.
細部の記憶,言葉遊び,プロテスタントとカトリック,執拗にたくさん出てくる固有名詞,言語,土地,そういうものに対する描写で物語は構築されている(そういえば物語らしい物語は無いなぁ).そしてあれだけこだわった細部に対する記憶が不確かになっていく.
知らない場所での知らない人々の思い出話(しかし細部にこだわった)が面白いかといえば,面白くないと答えざるを得ないが(救いも無いしね),興味深くないこともない.たまにはこういう本を読むのもいいかも.B

【オルファクトグラム】 井上 夢人 毎日新聞社

2000.6.26読了.
主人公は姉の殺人事件に巻き込まれて頭に重傷を負い,それを機に異常な臭覚を持ってしまう.で,その感覚により犯人を追及するというお話.
何といっても臭覚を視覚化したのがお手柄.主人公は臭いを『見る』ことができるのですねぇ.そしてその感覚を手なずけていく過程が素晴らしい.この本の最大の見所かも.雰囲気としては『透明人間の告白』『音の手がかり』的なのだけど,質的には上にいってるでしょう.
シリアルキラーの追求と行方不明の友人の捜索という二つのことを主人公がするのだが,この二つの事件が重なり合うところもクールでよろしい.シリアルキラーの犯行をあからさまに書かないのも奥ゆかしくてマル.娯楽読み物としてとても良くできている.B+

【そして二人だけになった】 森 博嗣 新潮社

2000.6.25読了.
二人の一人称が交代する形で語られる.
読者には最初から犯人は公開されているし,粗筋も表紙裏に書かれているので,問題はいかにしてエレガントに二人以外が殺されていくか,そして謎が解明されるか,ということになる.その観点から見ると,二人だけになっていく課程はちょっと間延びした印象がありますねぇ.余計な描写(詩まがいのね.こういうのは嫌いだ)が多すぎるのかも.しかし,新聞の写真を見て真相を解明する展開は大変よろしい.いいなぁ,こういうの.で,ひっくり返しがもう一回ある.こいつもなかなか.
ということで最後はいいんだけどなぁ,もうちょっと引き締められないものか….B

【美男忠臣蔵】 鈴木 輝一郎 講談社

2000.6.22読了.
鈴木輝一郎のハードコピーを読むのは初めて.
忠臣蔵の討ち入り直前から物語は始まり,四十七士の切腹で終わる.主な興味はどういう過程で処分が決まったかという事と,そもそもの松の廊下の真相及び浪士達の動機ってところでしょうか.視点は柳沢吉保と堀部安兵衛の二つから相互に語られる.
今まで読んだ忠臣蔵と違うのは,相当に醒めた見方をしているということ(浅野の乱心とか義士の動機とか),幕閣の内実がうまく描かれていること,女関連が全然無くて衆道関連だけだったり(題名でも分かるとおりにね)とかありまして目新しくて面白い.文章も好みかも.B

【検察側の論告】 佐藤 亜紀 四谷ラウンド

2000.6.20読了.
書評集.私にとってなじみのある本は少ない.なもので,評価は難しいのだけど,読んでいて楽しい.というのは何といっても語り口が魅力的で,相変わらずいい啖呵を読むことができる.ま,賛成反対どうあれ,明晰に書かれたややっこしい好みを読むのはいいものですねぇ.B

【わが心臓の痛み】 マイクル・コナリー 扶桑社

2000.6.19読了.
ノンシリーズ.しかし他の作品に対する言及があったりして,コナリーはいつかオールスターキャストの本でも書こうと思っているのだろうか?
主人公は心臓移植をした退職FBI捜査官.で,その心臓ってのが殺人事件の被害者からとられたものなのですねぇ.主人公は被害者の姉から依頼されて犯人を捜す.つかみは最高ですね.そして最初は単純な事件かと思われたのが,連続殺人事件であるとわかり,しかもサイコキラーの仕業かも…,となる展開は見事.
最後はちょっとあまりにもっていう展開であり,ちょっと読者サービスが行き過ぎちゃったのではないでしょうか.コナリーってそういう傾向あるよね.ま,とにかく読者をつかんではなさない.B+

【虫権利宣言】 奥本 大三郎 海野 和男 朝日新聞社

2000.6.18読了.
やっぱり虫関連の本は楽しい.前半は奥本大三郎,後半は海野和男,最後に対談という構成.両人ともオタクぶりを見せてくれて結構.いやもうちょっとディープだったらもっとよかったのだけどね.
遺伝子のどうのこうのよりもこういう話の方が数段面白い.B

【突入!炎の反乱地帯】 デイヴィッド・ファインタック ハヤカワ文庫

2000.6.15読了.
今回はニューヨークが舞台.物語は色々な人の一人称で語られる.
色々あるのだけど,早い話がわがままな少年が家出をしたら,イロイロ偶然が重なって戦争になってしまって,最後はシーフォートがイヤイヤながら出てくるというもの.このシリーズはシーフォートの石頭ぶりとたび重なる困難苦難とそれ以上の悪運ぶりを楽しむというのが正しい鑑賞態度であると思うのだけど,そういう面から見るとまったくの期待はずれ.『君の名は』的すれ違いにはちょっとうんざり….だけど不思議なことに読んじゃうのですねぇ.B−

【謎の蔵書票】 ロス・キング 早川書房

2000.6.11読了.
西洋17世紀のお話.ロンドンでの古書探求の話と,その物語から3〜40年位以前の三十年戦争当初のプラハからの脱出のお話が交互に書かれ,最後に集結する.
当然私は三十年戦争やイギリスの歴史については無知であって背景がよく分かっていないのが残念.このあたりの歴史は2年位前に読んだのだけど,きれいさっぱり忘れているのですねぇ.年はとりたくないもの….
背景は魅力的なことは魅力的なのだが,どうも全体的に話の筋がはっきりしない印象がある.主人公(ロンドンのね)がどうして深入りしていくのかがイマイチ納得できないし,なぜ主人公が巻き込まれたかが最後に明らかになるのだけど,これもどうも納得できない.ネタ的にはおいしいのだけどなぁ,料理法がちょっと,かも.B−
【誇りへの決別】 ギャビン・ライアル 早川書房

2000.6.7読了.
ランクリンとオギルロイのシリーズ2作目.今回も第一次世界大戦の口火になりかねない事件に絡む.舞台はロンドンとイタリアとそして怪しげオーストリア・ハンガリー二重帝国.今回は新兵器である飛行機が出てきて,オギルロイが航空マニアであったという意外な展開.
相変わらず語り口は皮肉でユーモアが含まれていて結構.もうちょっと回りくどく書いてあるといいんだけどなぁ,ま,それはかなわぬことでしょう.このシリーズは何といっても時代がいいのでありまして,この先の歴史の展開は当然当然よくわかっていて,古き良き時代の最後を飾る物語なのだけど,そして優雅さというものが少しは残っていた時代なのだけど,人間は(そしてスパイは)今と変わらずセコい.考えてみれば,この時代は国民国家の完成期なのですねぇ.
また,英国情報部の黎明期っていうのが楽しい.組織ってのは何にしろ(家庭でも会社でも)初期の手探りの頃が一番楽しい頃でありまして,そのあたりの何ともいえない初々しいところがいいよね.
そうそう,この作品ではライアルはやっぱり『ちがった空』『本番台本』のライアルを引きずってるのですねぇ.航空マニアの本性を出してしまったのかも.B
【架空の王国】 高野 史緒 中央公論社

2000.6.5読了.
日本からの留学生の(になろうとしている)女の子がヨーロッパの小さな国の陰謀に関わる.
冒頭,いきなり人が死ぬし(しかもダイイングメッセージを残して),王国の世継問題がクローズアップされるが,物語の比重は現世のものより中世の歴史にかかった浮き世離れした方面に行く.このあたりのギャップがちょっと消化不良っぽいけど,悪くはない.私はどちらかというと現代のお話の方はどうでもよかったかも.つまり歴史部分が魅力的.
最後はバタバタと物語が進んで,ちょっとご都合がよすぎるような気もする展開.全体としてはいびつな感じがするが雰囲気はいいですねぇ.B
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